10歳の少女が“男の子になりすまし”どこまで通用するか?そんな、ひと夏の大挑戦!
映画『トムボーイ』は『燃ゆる女の肖像』で、第72回カンヌ国際映画祭の脚本賞とクィア・パルム賞を受賞した、セリーヌ・シアマ監督が2011年に製作した2作目の長編映画です。
本作はインディペンデント作品でありながら、シアマ監督の祖国フランスで劇場公開されると、30万人を動員する大ヒットを記録しました。
主人公は10歳のロール。父と妊娠中の母親、妹と新しい街に引っ越してきます。ロールは住宅街の中庭で出会った少女リザに、「ミカエル」と名乗り“男の子”として過ごし始めます。
やがて、リザはミカエルに好意を抱き始め、ミカエルもまた本来の自分と葛藤しながら、彼女との距離を縮めていきます。しかし、夏が終わり新学期が近づくにつれ、ミカエルは困難に直面していきます。
映画『トムボーイ』の作品情報
【日本公開】
2021年(フランス映画)
【脚本・監督】
セリーヌ・シアマ
【原題】
Tomboy
【キャスト】
ゾエ・エラン、マローン・レヴァナ、マチュー・ドゥミ、ジャンヌ・ディソン、ソフィー・カッターニ
【作品概要】
『トムボーイ』はフランスで公開後、第14回ブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭、第2回オデッサ国際映画祭などで主要な賞を多数獲得しました。
シアマ監督はインタビューで、「女の子が男の子になりすますという物語は、長いこと私の頭のなかにありました」とインタビューで答え、シナリオの作成から撮影までに4カ月、撮影期間20日間というまさに、少年少女のみずみずしいまでの短い夏をリアルに描いています。
主人公のロール(ミカエル)を演じたゾエ・エランは、ある意味、自身も主人公に近いキャラクターで、役作りには苦労がなかったと語り、作中の彼女はまさに少年そのものです。
オーディション前にサッカーをしているゾエを見たシアマ監督が、即決で彼女をキャスティングしたというほどです。映画『トムボーイ』は10年の時を経て、ついに日本での劇場公開を果たしました。
映画『トムボーイ』のあらすじとネタバレ
ある夏の日、父親は子供を膝の上にのせ、自動車のハンドルを握らせて運転のまねごとをさせます。アクセルやブレーキは父親、カーブを曲がる時には手を添えながら……。
運転してみたい“息子”とふざけてやらせてみる父親、そんな微笑ましい様子の父子は、新居のある新しい街へ向っていました。
新しい家にはまもなく出産予定の母親と、幼い妹が先に到着しています。あとから到着した“兄”は家の中を探索し、愛らしい妹とじゃれあいます。
身重でベッドで休んでいた母親は、“ロール”とその子を呼び「希望通りあなたの部屋の壁紙は青色よ。気に入った?」ロールはうなずきます。
父親はロールに「何度も引越しさせたが、ずっとここで暮らすつもりだ」と、言います。家族は転々とした生活をしていて、その暮らしに終止符をうつための引越しでした。
しばらくロールは妹のジャンヌと家の中で過ごし、身重の母が休めるようよく面倒をみます。ジャンヌを風呂に入れ髪も洗ってあげます。
風呂から上がるロールの姿は、典型的な10代の少年のようですが、男の子を象徴する“それ”はなく本当は女の子でした。ロールは自分の姿を鏡に映してみると、何かを思いますがタオルを全身に巻いて出ます。
翌日もロールはジャンヌと遊んですごしますが、中庭から子供達のはしゃぐ声が聞こえると、そっと外へ出てみます。
ロールは声のした方へ向かいますが、すでに誰もいません。その代りに1人の少女が「男の子たちならもういないわ」と声をかけてきました。
少女は“リザ”と名乗りロールと同じ10歳です。リザが名前を訊ねると、ロールはとっさに「ミカエル」と男の子の名で答えます。
映画『トムボーイ』の感想と評価
原題の“tomboy”には、“おてんば娘”という意味があります。16世紀前半では普通の男の子で「不作法で騒がしい」意味を指していましたが、16世紀後半には、“男勝りな女の子”を指すようになりました。
『トムボーイ』はそんな男勝りのロールが、引越し先で知り合ったリザの勘違いを利用して、とっさに“ミカエル”と名乗り男の子を装ったことをきっかけに、後に引けない大ウソに発展してしまう、“ひと夏のトンデモ出来事”が物語でした。
ロールがどのタイミングで自分が、“女の子”であることをカミングアウトするつもりだったのか? そこまで計画に入れていない、その場しのぎで“なりすまし”を実行していきました。
この作品を“ジェンダーレス”をテーマにしているという見方もあるようですが、特にそれを強調するシチュエーションはありません。
親子関係も良好で、ジャンヌの面倒見も良い優しいお姉さんです。引っ越す前は男の子とばかり遊び、着る物も色の好みもどちらかと言えばボーイッシュで、新しい引越し先でリザと出会い、仲良くなったことに母は“女友達”ができたと安心します。
しかし、ロールの真意がどうだったのかは、この時点では本人にもわからないことだと思います。もし、心の面でも男の子としての自我が芽生えつつあったとすれば、無意識にリザに対し異性としての好意があったともいえるからです。
10歳の少女に心と身体の居心地の悪さが、あるのかないのか……本作ではそこまで明解に表わしていません。どちらかといえば、どこまで男の子になりすませることができるか?ロールの挑戦が重視されています。
この時点でロールの男の子っぽさは、家庭環境が男の子のように強くたくましくあることを求められ、そのまま成長したともとれるからです。
つまり、“男の子”になりすましていただけで、男の子になりたいとまでは思っていません。しかし、リザがキスしたことで、ロールに何かを目覚めさせたかもしれない……そんな憶測も拭いきれないでしょう。
ラストで新しい家族が誕生します。弟なのか妹なのかはわかりません。生まれたばかりの赤ちゃんの性別は見極めが難しく、やはりシンボルで確認するしかないでしょう。
もし、弟であればロールは男の子でいる必要がなくなり、女の子にもどれるきっかけになるやもしれません。妹であればおしゃまなジャンヌがお世話をし、ロールは男の子気分のままで2人の妹を守る、兄のような存在が続くとも思えます。
はたまた子を産む母の姿を通して、女性としての自我が芽生えたかもしれません。そのくらいにまだまだ未熟なアイデンティティの狭間で、ロールは“男の子のふり”をして騒がせたのです。
まとめ
主人公ロールは“自分は何者なのか?”、“性別は?”など、複雑な感情を持て余すほどの年齢ではありません。しかし、新しい街へ引越しがきっかけで、偶然、男の子になりすますという大きな挑戦をします。
『トムボーイ』は成り行きでついた嘘が、新学期が近づくにつれ収拾つかなくなり、ロール(ミカエル)はどうなるのか!?そんなスリリングな夏を描いていました。
寛容な父と厳しい母、可愛い妹と新しい家族の中、大きな嘘がきっかけでこの先にどんな真実が待ち受けているのか? トランスジェンダーへの入口(気づき)ともとれる本作でしたが、監督の思惑は少し違います。
監督曰く「いつ正体が暴かれるのか?」というスリルを観客が、主人公と共に味わえるような仕上がりで、狙い通りそんなドキドキに魅了された映画でした。
2021年9月17日公開。東京・新宿シネマカリテより全国順次公開。