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Entry 2022/06/28
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【ネタバレ】トゥー・ダスト 土に還る|あらすじ結末感想と解説評価。ルーリグ・ゲーザ×ショーン・スナイダーで描く心温まるコメディ

  • Writer :
  • からさわゆみこ

悲しくも滑稽な“愛する者”との別れに慰めを求める旅

今回ご紹介する映画『トゥー・ダスト 土に還る』は、敬虔なユダヤ教信者の男が妻を癌で亡くし悲しみにくれつつ、その愛する妻の亡骸がどのように、“土に還る”のか……その過程が気になりだします。

男はそのことを知るため、市民大学の生物学教授を訪ねます。しかし、専門知識のない教授は迷惑に感じながらも、男のしつこさに負け一緒に探究する旅に出ます。

本作は第31回東京国際映画祭のワールド・フォーカス部門とサンフランシスコユダヤ人映画祭、ハンプトン国際映画祭にて上映された作品です。

本作は監督を務めたショーン・スナイダーのユダヤ教への関心と、亡き母リンダ・シュナイダーの死が着想のきっかけとなっています。

映画『トゥー・ダスト 土に還る』の作品情報

(C) 2019 To Dust The Movie, LLC. All Rights Reserved.

【公開】
2018年(アメリカ映画)

【監督・脚本】
ショーン・スナイダー

【原題】
To Dust

【キャスト】
ルーリグ・ゲーザ、マシュー・ブロデリック、サミー・フォイト、レオ・ヘラー、ジャネット・サルノ、ステファニー・カーツバ、ベン・ハマー、ラリー・オーウェンズ、バーン・コーエン、アーロン・ラスキン、ジル・マリー・ローレンス、ジョセフ・シプルト、ザルマン・ラスキン、サラ・ジェス・オーステル、ナタリー・カーター、マルセリン・ヒューゴット

【作品概要】
本作が長編映画の監督デビューとなったショーン・スナイダーは、脚本でインディペンデント・スピリット賞にて、最優秀脚本賞にノミネートされました。

主役のシュムエル役には、第68回カンヌ国際映画祭でグランプリ、第88回アカデミー賞で外国語映画賞を受賞した『サウルの息子』(2016)で主演を務めた、ルーリグ・ゲーザが演じます。

共演に『インフィニティ 無限の愛』(1996)、『GODZILLA ゴジラ』(1998)で主演を務めた、マシュー・ブロデリックが大学教授のアルバートを演じます。

映画『トゥー・ダスト 土に還る』のあらすじとネタバレ

(C) 2019 To Dust The Movie, LLC. All Rights Reserved.

旧約聖書“コヘレトの言葉”によれば、「塵は土に還り、霊は神の元へ還る」という。そして、「信仰とは絶大なる責任」という言葉に沿う男の苦悩が始まる。

ユダヤ教の先唱者シュムメルは、愛する妻を亡くし落胆していました。ユダヤ教の教義に基づき、妻の遺体は奇麗に洗浄され白い布に包まれ、簡素な木の棺に納められました。

シュムメルは肉親を亡くした証として、上着の襟にハサミを入れ、妻を想い悲しみにくれます。その様子を2人の息子が心配そうにみつめ、彼らの祖母が優しくなだめました。

妻の亡骸は即日墓地に埋葬されました。そして、シュムメルはその晩から妻の遺体が朽ち、“塵”に戻る過程の夢を見るようになります。

夢を見ていくうちにシュムメルには、ある疑問が頭に浮かびました。それはユダヤ教の教典にある、体の248の部位がどのように朽ち、塵となって土に還るのかということです。

彼は教会の“ラビ”に夢のことを打ち明け、妻がどのくらいで塵となり土へ還り、魂が神の元に還れるのか尋ねます。

その期間が長引けば長引くほど、妻の魂が苦しむのではないかと、不安でならなかったからです。

ラビはそのようなことよりも、2人の息子や自身のことを気にかけるよう促します。

それでもシュムメルは憑りつかれたように、妻のことが脳裏から離れず、礼拝の時にはまるでトランス状態に陥ったようになります。

彼は酒を盗みそれを飲みながら、森の中をさまよい池のほとりに古いボートをみつけます。彼はそれを池でこぎ出します。

ボートの角でうずくまりしばらく漂い、陸へ戻ると妻の墓に行き地面に耳をあて、地中の様子を知ろうとしたりしました。

家に帰ったシュムメルは母に“一ヶ月”経ったと、息子たちのために早く立ち直るよう諭し、切った上着の襟を繕うと言います。

シュムメルは母の言葉を理解しつつも、遺体のことが気がかりでなりません。彼は葬祭場へ出向き葬儀屋に、棺に入れられ埋葬した遺体が土に還る経緯を質問します。

棺の販売員はシュムメルが購入する気がないと気づき、自分は科学者でないからわからないと言い追い帰します。

以下、『トゥー・ダスト 土に還る』のネタバレ・結末の記載がございます。『トゥー・ダスト 土に還る』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。

(C) 2019 To Dust The Movie, LLC. All Rights Reserved.

シュムメルは市民大学を訪れますが、対応してくれたのは女性でした。

戒律の厳しいユダヤ教では、男性は女性と目を合わせたり会話もNGです。シュムメルは筆談で科学者に会いたいと伝え、女性は分野を聞きますが詳細は言えないと答えます。

女性はいくつかの科学分野をあげていきますが、シュムメルが答えられないでいると、女性は“生物学”の教室へ案内しました。

授業が終わると教授のアルバートは、シュムメルに何か用かと声をかけます。シュムメルは妻が亡くなり、怖ろしい妄想に憑りつかれていると話し始めます。

アルバートは「ラビ(ユダヤ教指導者)の役に立てることはない」と立ち去ろうとしますが、シュムメルは夢の話をし、妻の魂が土に還るまで苦しんでいないか不安だと言います。

そして、埋葬した妻の死体がどうなっているのか知りたいと話しました。

一方、息子たちは学校で友人から、シュムメルは「“ディブク(悪霊)”を喰った顔をしている」と悪口を言われていました。

別の少年がディブクは“左足の親指”から入ると指摘し、そのことはファイヴェルがみつけたビデオの中で、証明されていると話します。

大学ではアルバートがシュムメルを図書室へ連れて行き、子豚の死骸を使い、腐敗する過程を実験した本を見せ説明します。

しかし、子豚と人では状況が違うので、時間的な経緯がはっきりしません。教授は「豚を埋めてみれば少しはわかるかもしれない」と言うと、シュムメルは大学を後にします。

翌日シュムメルは、中華料理店で料理用の豚を一頭買い、それを森に運び穴を掘って埋めると、再び教授を訪ねます。

教授は驚いてシュムメルと埋めた場所へ行きます。教授は掘り返すよう指示し、豚の様子をみると「全てが間違っている」と言いました。

体格や死因、死亡から埋葬されるまでの時間などが違うと正確な実験はできないからです。そして、できるだけ状況の近い豚を使わない限り意味が無いと言います。

シュムメルは驚いたことに、生きた豚を養豚場から盗み、アルバートの家に押しかけてしまいます。アルバートは追い出そうとしますが、シュムメルはお構いなしで「教授の指示通りにした」と一点張りです。

なりゆきでアルバートは豚を殺してしまい、仕方なくシュムメルと森へ豚を埋めに行く羽目になりました。

アルバートはこれで気が済んだだろうと思いますが、話はそう単純ではありません。シュムメルは度々アルバートに連絡し、次の工程について指示を受けようとしました。

ある日、シュムメルは息子達の通う学校から呼び出されます。兄弟が校長の部屋から本を盗んだと、厳重注意を受け、もっと息子たちと向き合うよう促されます。

しかし、彼らの目当ては“ディブク(悪霊)”のことを証明するビデオテープでした。それを隠すため適当に「名探偵ハーディーボーイズ」の本を盗みました。

帰りにシュムメルは息子たちを森に連れて行き、あのボートに乗せて母親との思い出を話し、いかに彼女を愛していたかを語ります。

兄のナフタリが「ユダヤ教らしくない」というと、シュムメルは突然激高し、息子たちに母親への愛を唱えるよう促します。

しかし、愛を口にする習慣がない息子たちは戸惑い、なかなか言うことができずにいると、苛立ったシュムメルは強制的に「ママ、愛している」と言わせます。

兄弟はその晩、盗んだビデオを観ました。それはユダヤ教が示す、悪霊“ディブク”の物語を描いた古い映画でした。

2人はその映画を観て父がディブクに憑りつかれたと信じてしまい、寝静まった深夜に父親の寝室へ行き、左足の親指に「ママ、お父さんから出ていって」と念じます。

シュムメルの奇行はおさまりません。電話に出ないアルバートを執拗に追いかけ、埋めた豚の検証に付き合わせます。

4週間が過ぎて掘り起こしてみますが、豚は腐敗は進んでいるものの、土には還ってはいませんでした。

始めは怪訝そうにしていたアルバートでしたが、思いがけないこの実験に気づけば、シュムメルよりも前のめりになっていきます。

シュムメルに妻の墓の土を空き缶位の量で持ってくるよう指示します。土のpHを調べることで、腐敗の進行具合がわかるからです。

しかし、豚を埋めた土では反応があったのに反し、妻の墓の土は全く反応がなく、腐敗は進んでいないことがわかってしまいます。

シュムメルは落ち込みますが、逆に気持ちを切り替える努力をはじめます。

(C) 2019 To Dust The Movie, LLC. All Rights Reserved.

母が勧めてくれた未亡人女性と見合いをして、彼女から亡くなった奥さんを愛していて構わない、焦らず考えてほしいと言われ、シュムメルの心は癒されました。

アルバートは実験によって探究心に火がつき、シュムメルに明解な結果を示すことができなかったことで、リベンジに燃えていました。

彼は昔の教授仲間が“死体農場(ボディーファーム)”を開設し、環境の違いで死体が腐敗する研究をしている情報を掴みます。

そのことをシュムメルに伝えようと、アルバートは自宅へ押しかけました。シュムメルは見合いで気持ちの整理を始めたばかりで、迷惑そうな態度をします。

しかし、死体農場の話を聞くと再び興味を抱き始め、遠く離れた施設へ一緒に行くことにします。

ところが何時間もかけ施設に到着したにもかかわらず、その教授は病死しており、研究について詳細を聞くこともできず、シュムメルの妻と同じ条件の献体もありませんでした。

シュムメルは激怒し再び悲しみに突き落とされましたが、帰路につくしかありません。施設の周囲を走っていると、「body farm」の看板を見つけます。

金網と高い塀に囲まれていたそこは、施錠され入る隙もありませんでしたが、アルバートはシュムメルのために、踏み台になり少しでも中を覗かせようとします。

シュムメルが懐中電灯で塀の先を照らすと、野ざらしにされ進行状況の違う、腐敗した死体をいくつか目にしました。

しばらくすると警備員にみつかりますが、シュムメルの事情を話すと情状酌量で、捕まらずに済みました。

シュムメルは野ざらしになっていた死体が、確かに土に還っていくことを目で見て、その様は崇高で美しいものだったと話します。

アルバートは死体のもっとも有用な活用方法は「肥料」だとつぶやきます。

真夜中に地元に帰ってきた2人は、墓地へ行き妻の墓を掘り起こします。遺体は白い布に包まれていますが、少しだけ見えた彼女の手は、驚くほど奇麗なままでした。

2人は森へ入り池の見える場所にくると、穴を掘ってそこに妻の死体を埋めました。

夜が明けるころアルバートは大学へ、シュムメルは息子達が眠るベッドの端に座り、“ショファー(角笛)”を吹きはじめます。

映画『トゥー・ダスト 土に還る』の感想と評価

(C) 2019 To Dust The Movie, LLC. All Rights Reserved.

シュムメル役のルーリグ・ゲーザは孤児でした。幼少期を里子としてハンガリーで育ち、12歳からはユダヤ人の家庭で暮らしています。その影響か彼は成人したのちに正統派ユダヤ教徒となりました。

作中のシュムメルや息子たちの衣服や髪型などは、正統派ユダヤ教の正装です。ルーリグ・ゲーザはユダヤ神学校で学位を取得しているので、熟知している彼にこの役は適任といえます。

正統派ユダヤ教にはミツヴァと呼ばれる、613項目の律法があり複雑かつ厳格です。しかし、基本的には人としての道徳心を重んずる行動が大切とされています。

シュムメルが息子たちに「ママ、愛している」と、言わせたシーンで「ユダヤ教らしくない」と言ったのは、ユダヤ教は血縁よりも教徒としての行動が重要視されているからです

また、窃盗も許されていないのにシュムメルは、結婚式のワインや豚を盗んでしまいます。

古代ではワインを飲むことは偶像崇拝の対象とされたため、禁じられてきました。近代ではラビが監修したブドウ園のブドウで醸造したワインが主に飲まれています。

シュムメルが飲んだワインは教会が承認したもので、勧められた酒を断るシーンは外部の酒という意味がありました。

シュムメルの行動は妻を失った悲しみを表わしていると見れますが、ユダヤ教徒の目線では、死者が悪霊となって愛する者に憑りついたように見えたでしょう。

ルーリグ・ゲーザは演じるにあたって、抵抗感はなかったのでしょうか? 逆に“ディブク”の実態を示す好機と捉えたのでしょうか

いずれにしてもラストシーンで“ショファー(角笛)”を吹くシーンは、ユダヤ教にとってこれが“悪魔を祓い”、“贖罪”にあたる行為なので演じられたのでしょう。

「ジェラルドの汚れなき世界」

(C) 2019 To Dust The Movie, LLC. All Rights Reserved.

冒頭でコヘレトの言葉「塵は土に還り、魂は神の元に還る」が、シュムメルを翻弄させました。

そして、「信仰とは絶大なる責任だ(God is an overwhelming responsibility)」は、ジェスロ・タルの言葉として登場します。

このジェスロ・タルについて検索すると、イングランド出身のロックバンドが出てきます。これは彼らの代表曲の詞の一節でした。

「ジェラルドの汚れなき世界」(1972年発表)というアルバムのA面とB面を通して、ワンタイトル43分46秒という、コンセプトアルバムの長編詩のフレーズでした。

ジェラルドという少年がその一生を語るというスタイルで、男の生き様のようなものが描かれています。

ユダヤ教の家長としてシュムメルは、死後の魂について証明すべく、妻の死後に執着してしまいます。つまり、神の元に召されるのを見届ける責任があるという解釈なのでしょう。

ところで「ジェスロ・タル」はもう1つ存在します。近代農業の父と呼ばれるイギリス人農学者の名前で、バンド名はこの農学者の名前から取ったと言われています。

農業を機械化し効率の良い収穫を目的とした発明家でもありました。労力のわりに収穫量が見合っていなかった、古い農業を改革しました。

ユダヤ教も改革されているのか

超正統派と呼ばれるユダヤ教の人たちは、今でも独自のコミュニティーで暮しています。本作はニューヨークのブルックリンに実在する、ハシディズム派のコミュニティーが舞台です。

超正統派ユダヤ教の男性は一生をユダヤ教の学びに捧げ、女性は夫を支え家計を稼ぐため労働するのが基本です。

女性は12歳で成人とみなされ、若年で見合い結婚をします。恋愛結婚はほとんどないというので、シュムメルの妻への感情もユダヤ教的ではないのかもしれません。

また、教育も男女共に英語は不浄な言語とみなされ、学ぶ人は少ないと言います。アルバートもユダヤ人でした。確かに授業のシーンで、英語が苦手な教授という印象でした。

また、正統派ユダヤ教の葬儀は、遺体をそのまま埋葬するのが慣わしのようですが、棺に入れる場合は、本作に出てくるような簡素なものです。

キリスト教も土葬が主流ですが、遺体は消毒や殺菌が施され、腐敗を防ぐ処理がされます。これをエンバーミングと呼ばれますが、アメリカでは州によって法律化されています。

ユダヤ教はありのままの状態で土葬するのが慣習ですが、妻の手指がきれいで腐敗が進んでいなかったことから、現在では遺体処理も一般的になっているのだとわかります。

シュムメルが妻の遺体を埋め直したのは、本来の教義に基づく形に戻したことになります。「信仰とは絶大なる責任だ」を貫いたとも言えるでしょう。

まとめ

(C) 2019 To Dust The Movie, LLC. All Rights Reserved.

『トゥー・ダスト 土に還る』は純粋なユダヤ教徒の男と、大学の生物学教授という相交わることもない2人が、死体を通じて共通の目的を目指したヒューマンコメディ作品でした。

シュムメルは律法からはみ出しつつ、最終的に教義に基づく埋葬で愛する妻の魂を救い、アルバートはシュムメルに付き合わされながらも、科学者としての情熱を呼び覚まされます。

ラストシーンで2人がそれぞれの日常に戻っていく姿には、探究なくして真実の証明と、安心感は得られないとわかります

ショファーの音色で目覚めた2人の息子も、父の姿を見て自分達の祈りが通じ、ディブク(悪霊)を祓えたと自信につながったことでしょう。




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