頂点を追い求めたプロレスラー一家を覆う悲劇の連鎖
気鋭の映画会社A24が贈る2023年製作のアメリカ映画『アイアンクロー』。
アメリカの伝説的プロレスラー、フリッツ・フォン・エリックとその息子たちを取り巻く実話をベースに描いた2024年4月の日本公開作を、ネタバレ有りで解説致します。
映画『アイアンクロー』の作品情報
【日本公開】
2024年(アメリカ映画)
【原題】
The Iron Claw
【製作・監督・脚本】
ショーン・ダーキン
【共同製作】
テッサ・ロス、ジュリエット・ハウエル、アンガス・ラモント、デリン・シュレシンジャー
【製作総指揮】
ハリソン・ハフマン、レン・ブラバトニック、ダニー・コーエン、エバ・イェーツ、マックスウェル・ジェイコブ・フリードマン
【撮影】
エルデーイ・マーチャーシュ
【編集】
マシュー・ハンナム
【キャスト】
ザック・エフロン、ジェレミー・アレン・ホワイト、ハリス・ディキンソン、モーラ・ティアニー、スタンリー・シモンズ、ホルト・マッキャラニー、リリー・ジェームズ、マイケル・J・ハーネイ、チャボ・ゲレロ・Jr.
【作品概要】
『不都合な理想の夫婦』(2020)のショーン・ダーキン監督が、1960~70年代にアメリカで活躍したプロレスラー、フリッツ・フォン・エリックとその家族をA24製作で映画化。
『リミテッド』(2023)のザック・エフロンが、主人公の次男ケビン・フォン・エリックを演じます。
そのほか、『逆転のトライアングル』(2022)のハリス・ディキンソンが三男デビッド、ドラマシリーズ『一流シェフのファミリーレストラン』(2022~)のジェレミー・アレン・ホワイトが四男ケリー、『ベイビー・ドライバー』(2017)のリリー・ジェームズがケビンの恋人パム役をそれぞれ演じます。
日本では2024年4月5日(金)に劇場公開となりました。
映画『アイアンクロー』のあらすじとネタバレ
1960~70年代に必殺技“アイアンクロー=鉄の爪”で一世を風靡したプロレスラーのフリッツ・フォン・エリックは、全米各地に点在するローカルプロレス団体の組合組織NWA傘下の新団体NWAビッグタイム・レスリングを、テキサス州ダラスを拠点に設立。
恵まれた体格と握力120kgとも言われる怪力を武器にヒール(悪役)レスラーとして活躍していたフリッツですが、世界最高峰タイトルと称されたNWA世界ヘビー級王座を手にすることができないままでした。
夫と家計のことを心配する妻ドリスに、「成功するには最強のレスラーになるしかない」と説き伏せていたフリッツは、現役引退後にプロモーター業に専念。団体名をWCCWに改称し、次男のケビンをスターレスラーに育て上げていました。
父や兄と同じレスラーになろうと体力作りに励む三男デビッド、陸上競技の円盤投げ選手としてオリンピック出場を目指す四男ケリー、そしてミュージシャン志望の五男マイク…ケビンを中心とするフォン・エリック兄弟の仲はすこぶる良好でした。
79年、父の期待に応えたかのようにケビンはNWAテキサス州ヘビー級王座を獲得。しかしフリッツは、自身が獲れなかったNWAヘビー級王座を最終目標とするよう命じ、時の王者ハーリー・レイスとのノンタイトル戦を組みます。
ここで勝てばベルト挑戦につながるとして意気込むケビン。しかし場外で受けたレイスのブレーンバスターで脇腹を痛めて動きが鈍ります。試合はレフェリーを暴行したレイスの反則負けとなるも、結果を残せなかった息子にフリッツは慰めの言葉もかけず去っていきます。
やがてレスラーとなったデビッドとの兄弟タッグとして人気が上昇していく最中、ファンの女性パムと親しくなったケビンは、「フォン・エリック」は祖母の旧姓で、代々呪われた家系と聞いた父がギミックとしてそのままリングネームに使ったと明かします。
80年、アメリカがモスクワ五輪参加をボイコットしたことで、選手を諦めた四男ケリーがプロレス転向を決意。エリック3兄弟として売り出すも、マイクパフォーマンスに長けたデビッド、荒々しく闘うケリーに人気が集中していきます。
父フリッツの期待が次第に弟たちに移っていくことを察知するも、彼らのサポートに回るようになったケビンは、パムの妊娠を機に結婚式を挙げます。
結婚パーティーの最中、トイレで吐血していたデビッドを見つけたケビンが身を案じるも、日本でのタイトルマッチを控えていたデビッドは平静を装います。しかし数日後、そのデビッドが日本で宿泊していたホテルで急死、死因は内臓破裂によるものでした。
悲嘆に暮れる家族でしたが、フリッツは人前で涙を見せるなと厳命。埋葬日にデビッドが日本から送った絵ハガキを部屋で見つけたケビンは、「兄さんと間違われてサインを求められたのが嬉しい」と記されたメッセージにひとり落涙するのでした。
フリッツの案でデビッドの追悼興行が組まれ、NWAヘビー級王者リック・フレアーとのノンタイトルマッチを闘ったケビン。レフェリーの制止を聞かずにアイアンクローでフレアーを締め上げて反則負けとなるも、試合後、控室を訪ねたフレアーにそのラフファイトを褒められ、次の対戦ではベルトを懸けてもいいと仄めかされます。
ところがケリーも挑戦者に名乗りを上げたことで、フリッツはコイントスで2人のどちらが挑戦者になるかを決めます。結果、挑戦者となったケリーが王座を奪取し、フォン・エリック家の悲願を果たします。
しかし王座獲得の夜、酔ったままバイクを運転したケリーが事故に遭い、右足を失います。度重なる不幸は一族の呪いから来るものと恐れたケビンは、パムとの間に生まれた子のファーストネームに「デビッド」に名付け、改姓前のファミリーネーム「アドキッソン」で出生登録します。
一方、敬虔な母ドリスからミュージシャンになることを反対されたマイクは、フリッツの勧めでレスラーに。ところがデビューして間もなく、試合中にドロップキックを放つも受け身に失敗して肩を負傷、それが元で毒素性ショック症候群を患います。
『アイアンクロー』の感想と評価
強さと栄光という“呪縛”
最初に個人的なことを書きますが、小さい頃からプロレスファンだった筆者は、よく一緒にプロレス中継を観ていた父親とプロレスごっこをしていました。その際に必ずと言っていいほど、大きな手で頭やお腹を鷲づかみにされたものですが、その技こそアイアンクロー(お腹へのクローは「ストマッククロー」と呼称)です。
おそらく筆者が初めて受けたプロレス技であり、かつ父とのじゃれ合いの証だったそのアイアンクローをフェイバリット・ホールド(必殺技)としていたのがフリッツ・フォン・エリック。巨体のジャイアント馬場が掌だけでマットにねじ伏せられて頭部から血を流す姿は観る者に戦慄を与え、馬場自身も後年「怖かった対戦相手」として挙げていたほどの名レスラーです。
一方でファンの間では、フリッツの息子たちが次々と死去した悲劇も承知の事実となっており、本作『アイアンクロー』は、その“フォン・エリック家の呪い”を、息子たちの中で唯一存命する次男ケビンを主人公に映画化した作品です。
家長のフリッツは、自ら果たせなかったNWAヘビー級王座獲得の夢を息子たちに託します。マチズモ(男性優位主義)を伴う「強さこそ絶対、栄光こそ権力」という薫陶を受けた息子たちは、父の言葉に「イェッサー(Yes, sir)」と従い、父の思いどおりに各自レスラーとなっていきます。
しかしそんなフォン・エリック家の悲願は、虚実入り混じるプロレスにある強さと栄光という呪縛と密接にリンクしていきます。
愛がもたらす予期せぬ悲劇
絶体的存在の父フリッツがクローズアップされがちなフォン・エリック家ですが、母ドリスの存在も外すことはできません。
若い頃こそ家計事情を顧みない夫に口を出していたものの、やがてそれが無意味と察したかのように宗教に卒倒していくドリスは、息子たちの悩みに「兄弟同士で解決しろ」と耳を貸さない夫同様、ケビンからの相談事を礼拝を理由に断り、さらにはミュージシャンになりたいという五男マイクの夢を「神の教えに反する」と諦めさせます。
だからといって、一家を襲う悲劇の原因を「両親が毒親だったから」とするのは早計でしょう。フリッツもドリスも家族の幸せを考えていたのは違いないでしょうし、ケビンら息子たちも親に従順することが幸せの道標と思っていたはず。
人間は育った環境や時代背景、経験、教育などによって信念や価値観が異なってきます。ケビン本人はこう語ります。「父からのプレッシャーではない。私たちは強い愛情で結ばれていた。それが問題だった。愛だったんだよ」
家族愛は確実にあったのですが、それが強すぎたが故に、予期せぬ苦悩やほころびを生んでしまう――それは誰でも起こり得ること。
劇中で、ケビンはアイアンクローを2回フリッツに仕掛けます。1回目は試合を終えて会場を出たフリッツをまだ幼いケビンが笑顔で出迎え、じゃれ合うように頭を締め付けます。それは父への愛情と尊敬の証です。
しかし2回目では、四男ケリーが自殺した直後、悩んでいた彼に救いの手を差し伸べなかったフリッツに憤怒してその首を絞め上げます。フリッツですら試合中に繰り出さなかった首へのアイアンクロー、それは父への反発と決別の証。従順するのを止め、自らの手で呪いを断ち切ったケビンは、新たな家族愛を築くのです。
WCCWでのフォン・エリック兄弟 vs フリーバーズ戦(1983)
まとめ
実は劇中には登場しませんが、フォン・エリック兄弟にはクリスという末弟がいました。彼も兄同様にプロレスラーとなるも、ステロイド剤の過剰投与で身体に異常をきたし、1991年に拳銃自殺しています。クリスの存在をオミットした理由として、監督のショーン・ダーキンは「これ以上の悲劇に観客が耐えられないと思ったから」と答えています。
6兄弟中、2人が病死して3人が自殺、地味でプロレスセンスが凡庸だったケビンだけが存命というのも、あまりにも酷な運命というもの。リング上での屈強な姿を見てきたからこそ、プロレスラーの死ほど受け入れ難いものはありません。ファンとしては、身を挺して観る者を魅了してくれるレスラーこそ報われた人生を送ってほしいと切に願います。
プロレスを題材にした映画はいくつもありますが、とりわけドキュメンタリーの『レスリング・ウィズ・シャドウズ』(1998)や『ビヨンド・ザ・マット』(1999)、ミッキー・ローク主演の『レスラー』(2009)といった、レスラーのリング上の栄華とリング下の厳しい生活を赤裸々に綴った作品が目につきます。いずれもファンには辛い内容ですが、だからこそ傑作でもあります。
『アイアンクロー』は新たなプロレス映画の傑作であると言っても過言ではありませんが、家族・兄弟の絆を描いた素晴らしい作品であると断言します。