映画『すばらしき世界』は2021年2月11日(木)よりTOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開!
『ゆれる』(2006)や『ディア・ドクター』(2009)、『夢売るふたり』や(2012)『永い言い訳』(2016)など、これまでオリジナル作品を撮り続けてきた西川美和監督。
2021年2月11日に全国公開を迎えた『すばらしき世界』では、直木賞作家の佐木隆三が実在の人物をモデルに書き上げた小説『身分帳』を原案に、自ら脚本を書き上げ映画化。西川監督にとって長編映画では初の「原作もの」へ挑みました。
西川監督にとって長年憧れの存在だった役所広司を主演に迎え、人生の大半を刑務所で過ごした男性が刑期を終えて出所した後、なんとか社会のレールに乗り直そうともがく姿を描いています。
映画『すばらしき世界』の作品情報
【日本公開】
2021年公開(日本映画)
【監督・脚本】
西川美和
【原案】
佐木隆三「身分帳」
【キャスト】
役所広司、仲野太賀、六角精児、北村有起哉、白竜、キムラ緑子、長澤まさみ、安田成美、梶芽衣子、橋爪功
【作品概要】
直木賞作家の佐木隆三が実在の人物をモデルに書き上げた小説「身分帳」を原案に映画化。オリジナル脚本にこだわり作品を発表してきた西川美和監督にとって、長編監督作初の「原作もの」でもある。
原案小説の舞台から約35年後の現代へと設定を変え、3年間ものリサーチを経て脚本を執筆。元受刑者の男に役所広司を迎えて「人間」と「社会」の現在に切り込んだ本作は、第56回シカゴ国際映画祭にて観客賞と最優秀演技賞(役所広司)をW受賞。また第45回トロント国際映画祭にも正式に出品された。
映画『すばらしき世界』のあらすじとネタバレ
雪が降り積もる冬の旭川刑務所で、ひとりの受刑者が刑期を終え出所しました。
刑務官に見送られてバスに乗ったその男・三上正夫(役所広司)は東京へと向かい、身元引受人の弁護士・庄司(橋爪功)とその妻・敦子(梶芽衣子)に迎えられます。すき焼きを振る舞われ暖かい言葉をかけられて、三上は思わず涙します。
その頃、テレビの制作会社を辞めたばかりで小説家を志す青年・津乃田(仲野太賀)のもとに、TVプロデューサーの吉澤(長澤まさみ)から連絡が入りました。三上という出所したばかりの男が、人探しの番組に「母親を探してほしい」と連絡してきたといいます。
その男を取材してほしいと吉澤は言うのですが、三上が元殺人犯だと聞き、津乃田は躊躇します。しかし生活が苦しいのではと吉澤に痛いところを突かれ、津乃田は仕方なく依頼を受けることになりました。
吉澤は母親探し自体よりも、前科者の三上が心を入れ替え社会に復帰する様子をドキュメンタリーとして撮れば反響を呼ぶだろうと目論んでいました。
津乃田は表紙に「身分帳」と書かれたノートに目を通していました。身分帳とは、刑務所の受刑者の経歴を事細かに記した個人台帳のようなものです。
三上は自分の身分帳をノートに丁寧に書き写していました。生い立ちからこれまでの犯罪歴、刑務所で起こした騒動などが綴られ、13年間を刑務所で過ごしていたことから、その数は膨大なものになっていました。それを履歴書代わりにテレビ局へ送ってきたのです。
福岡の芸者の私生児として生まれた三上は戸籍のないまま育ち、母親がいなくなったので施設に入れられたもののそこから飛び出し、暴力団と関係するようになりました。前科を10犯も重ね、最後に犯した罪は、妻・久美子(安田成美)と経営していたスナックへ乗り込んできた競争相手の暴力団の若者を、その若者が持っていた日本刀でめった刺しにし殺害したというものでした。
三上は今でもまだ悪いのは死んだ男であり、あんな男のために刑務所暮らしとなったことに腹を立てていました。けれどももう極道の世界に戻る気はなく、今度こそカタギの人生を歩みたいと真剣に考えていました。
津乃田は戦々恐々としながら三上に連絡を取りますが、元殺人犯とは思えない人懐こい笑みを浮かべる三上を見て安堵します。三上が社会復帰をしていく様子を撮りたいのだと語ると、三上はそんなことより消息不明の母親を見つけてほしいと答えます。
下町の古いアパートの2階角部屋で、三上は慎ましく生活していました。出所したばかりで体調も十分でないため、生活保護を受けることになりますが、三上は情けなく思い、服役中に身に着けた技術を役立てたいと職探しを始めます。しかしなかなか思うようにはいきません。
ケースワーカーの井口(北村有起哉)や津乃田の助言を受けた三上は、運転をする仕事に携わろうと考えます。しかし服役中に免許証は失効してしまい、ゼロから取り直さなくてはならないと女性警察官から冷たく言われ、三上は思わず激高し声を荒げてしまいます。
ある日、近所のスーパーマーケットで買い物をした三上が店を出ると、店長の松本(六角精児)が追いかけてきました。万引きの疑いをかけられ、三上は持ち物を全て机にぶちまけます。店長が頭を下げている中、三上は怒りではちきれそうになりますが、なんとか我慢して店を出ます。
すると松本が、三上が置いていった商品とお詫びの品を持って走ってきました。二人は並んで歩き、松本は三上とほのかに心を通じ合わせます。以来二人は友人となり、松本は免許が取れれば、仕事を紹介すると伝えました。
しかし、教習所での一発テストは長期間車を運転していなかった三上には難しく、危険な運転をして教官に怒鳴られる始末です。かといって、教習所で一から学ぶにはお金がありません。
その夜、津乃田と吉澤が三上を焼き肉屋へ連れ出しました。
母親探しにこだわる三上に、吉澤は「三上が奮闘する姿が全国放映されたら、社会からはみ出てしまった人たちに対して大きな勇気を与えることだろう」と言葉巧みに説得。番組をお母さんも観てくれるかもしれないと付け加えました。三上はその言葉を聞き、取材を受けることにします。
しかしその帰り道、二人のチンピラが中年男に暴力的に絡んでいる姿が三上の目に入りました。三上は躊躇なくチンピラたちのもとへ行くと、中年男を解放させ、ここでは通行人の邪魔になるからこっちへ来いと人気のないところに2人を連れていきました。
その様子を吉澤は津乃田に撮るよう指示し、津乃田はコンパクトカメラを回しますが、だんだん三上はエキサイトし、その場にあった脚立で二人を殴り始めました。
思わず津乃田はカメラを止めますが、吉澤は続けるようにと命じます。チンピラが抵抗できなくなったところで、三上は得意げに津乃田と吉澤の方をみやりますが、二人の姿はありませんでした。
津乃田が逃げ、吉澤が追いかけていました。追いついた吉澤はカメラをひったくって投げつけると「カメラを回さないならあいつらの間にはいって止めろよ! それが出来ないなら撮影して皆に知らせろよ! お前みたいな中途半端な人間が一番駄目なんだ」と怒鳴りつけ、帰っていきました。
何もかもがうまくいかない三上は苛立ちを募らせ、親切にしてくれる松本にも悪態をつきます。彼は小さな紙を取り出しました。それは以前世話になったことがあった、暴力団組長・下稲葉(白竜)の電話番号でした。
三上が電話すると、下稲葉は懐かしがりすぐに福岡に来るよう彼を誘いました。そそくさと福岡を訪ねた三上を下稲葉は丁寧にもてなしましたが、暴力団に対する厳しいしめつけのため、組はすっかり廃れていました。
警官ともめる下稲葉たちを見て、駆けつけようとする三上を下稲葉の妻・マス子(キムラ緑子)が「ふいにしたらあかんよ!」と身を挺して止めます。「娑婆は我慢の連続で面白うない」という三上にマス子は言うのでした。「そやけど空が広いち言いますよ」と。
失意のまま東京へ戻ってきた三上は津乃田から連絡を受けます。三上がかつて暮らしていた養護施設と連絡がとれ、古い資料を調べてくれるとのことでした。
津乃田と共に養護施設を訪ねた三上は、現在の園長と面会しました。園長は残念ながら、10年以上前の資料は焼却してしまい、調べようがないと告げました。ただ三上が入所していたころ、食前係として園に勤めていたという女性が園長の隣に座っていました。
彼女は昔のことはほとんど覚えていないと言いますが、オルガンが弾けたので子どもたちと園の歌を歌った記憶を語りました。すると三上はその歌を口ずさみ始め、続いて女性も歌い始めました。
その後、三上は子どもたちと一緒に園庭でサッカーに興じ、ゴールを決めた少年にハグしました。が、そのままうつむいて泣き始めてしまいました。子どもたちは戸惑いながらも、心配げに三上の顔を覗き込んでいました。
夜、旅館の風呂場で津乃田は三上の背中を流しながら「書いてみます。三上さんが生まれて、生きてきたことを。だから、元に戻らないでくださいよ」と言いました。その言葉に、三上は黙ってうなずくのでした。
映画『すばらしき世界』の感想と評価
『すばらしき世界』の主人公・三上は母親の愛情を知らずに育ち、人生の大半を刑務所で暮らしてきた男です。今度こそはカタギになろうと誓いますが、刑務所で学んだ職業技術を生かせる仕事は今の社会にはほとんどありません。
三上は殺人で服役していたとは思えないような、穏やかな表情を見せるかと思えば、ことあるごとに激高し、その暴力性をむき出しにします。そのため、ひりひりとした緊張感が全編に漂い、役所広司は自身の真骨頂ともいえる見事な演技を見せています。
映画を観るものは三上の喜怒哀楽と共にあると言ってもよく、彼が自ら身を滅ぼしてしまうのではないかと案じ始めることとなります。映画はそんな観客の心を読んだかのように、終盤にはミスリード的な演出でさらに心をかき乱して来るのでたまりません。
『すばらしき世界』という映画のタイトルはひどく逆説的なものとも捉えられますが、しかしながら、カメラが放心する人々を地上に残しどんどん浮上し今度は空へと向かうラストシーンにて、静かに『すばらしき世界』というタイトルが映し出された時、多くの方はそのタイトルの本当の意味を知り、涙を流すことを禁じえないはずです。
三上の周りには、未元請負人の弁護士夫婦、スーパーの店長・松本、ケースワーカーの井口、そして津乃田たちが集まってきます。彼らの親切のおかげで、三上は社会復帰の道を少しずつ歩んでいくようになります。
西川美和監督は『ゆれる』『夢売るふたり』といったこれまでの作品で、善良な市民に見える人々の普段は姿を見せない醜い側面を浮かび上がらせ、人間というものの存在を問うてきた作家であるという印象が強いのですが、本作では人の親切が身にしみて、主人公が涙を流す場面が繰り返し描かれます。彼らが見せる親切には、嘘偽りはありません。
しかし、この親切な人たちが「神」のような存在なのかといえばそうではないでしょう。寧ろ彼らは、三上という「人間」に惹かれて、自身の善良な側面を引き出されているのです。
弁護士の妻は三上は真面目すぎるからこの社会に合わないのだと言い、理不尽だと思うことがあったら目をつぶり我慢するのだと皆がアドバイスします。
三上はそのことを守りますが、それは彼の心をひどく削ってしまいます。生きるために人間が割り切って見て見ぬ振りをしたり、気にしないようにすることが彼にはできません。「間違っている」と思えば声を上げ、挑むのが彼の流儀です。
こうしたキャラクターをかつて観た気がします。そう、いわゆる「股旅映画」に登場する主人公たちです。マキノ雅弘の「次郎長三国志」シリーズに出てくるような侠客たちを思い出さないでしょうか。
様々な理由でヤクザに身を落とした親不孝ものではあるけれど、気は優しくて力持ち。強きをくじき弱きを助ける男たちです。普段は愉快で陽気な彼らは映画のヒーローですが、いくら善行を積み重ねても、ヤクザものであることから世間では爪弾きにされ疎まれる哀しい存在です。
三上はそのような日本映画の哀しくも愛すべきヒーローの系譜を引き継いでおり、タイトルの『すばらしき世界』とは、「三上正夫という人物の生き様」そのものを指しているのです。
彼と接した人々は、人間の善と悪のうちの善の部分を引き出されます。旭川警察の刑務官が三上の乗ったバスが見えなくなるまで見送っていたのも、おそらくそういうことなのでしょう。
まとめ
三上正夫という男の人生を描くことで見えてくるのは、私たちが日々妥協したり、うまくやり過ごすことで生き延びている世界がやはり「素晴らしい世界」ではないという現実です。
社会のレールから一度でもはみ出してしまった人にとってこの世の中は厳しく冷たいものです。長澤まさみが演じたテレビプロデューサーのように、言葉巧みに人間を利用し、そのことになんのためらいもないような者だけが成功して他者からも認められる、そんな仕組みによって成り立っているのです。
そうした意味では三上だけでなく、仲野太賀が演じた小説家を目指す元テレビマンの津乃田も、社会のレールから緩やかに落ちかけている男といってもいいでしょう。彼が三上に惹かれるのも必然といえる流れであり、三上が順応できないことに順応し、それをなんとも思わず日々行使していることに恥ずかしさを感じるようになったのです。
前述したように、西川美和監督は人間の醜い側面を引き出すことで人間の生き方を問うてきた作家ですが、本作は観客に対しても他人事で済ませない当事者性を提示してきます。
三上という人物は、アンチヒーローでありながらヒーローであり、ファンタジーであり、メタファーのような存在であるのかもしれません。