セクハラを重罪だと認めさせた大いなる一歩を描く
ハリウッドの絶対的権力者だった映画プロデューサーのハーベイ・ワインスタインによる性的暴行を告発した、2人の女性記者による回顧録を基に映画化した衝撃の社会派ドラマ『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』。
#MeToo運動に火をつけたジャーナリストたちの戦いを熱く描いた一作です。
主演は『プロミシング・ヤング・ウーマン』(2021)のキャリー・マリガンと『ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ』(2018)のゾーイ・カザン。
『アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド』(2022)のマリア・シュラーダーが監督を務め、ブラッド・ピットが製作総指揮を手がけています。
CONTENTS
映画『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』の作品情報
【日本公開】
2023年(アメリカ映画)
【原作】
ジョディ・カンター、ミーガン・トゥーイー
【監督】
マリア・シュラーダー
【脚本】
レベッカ・レンキェビチ
【編集】
ハンスヨルク・バイスブリッヒ
【出演】
キャリー・マリガン、ゾーイ・カザン、パトリシア・クラークソン、アンドレ・ブラウアー、ジェニファー・イーリー、サマンサ・モートン、アンジェラ・ヨー、アシュレイ・ジャッド
【作品概要】
ニューヨークタイムズ紙のふたりの女性記者が、ハリウッドの権力者だった映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインによる長年にわたる性暴力事件を記事にするまでの戦いを描いた一作。
#MeToo運動を世界に広める大きなきっかけとなった事件として知られています。
監督は『アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド』(2022)のマリア・シュラーダー。ブラッド・ピットが製作総指揮に参加しています。
主人公のふたりの記者ミーガンとジョディを、『プロミシング・ヤング・ウーマン』(2021)のキャリー・マリガンと『ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ』(2018)のゾーイ・カザンがそれぞれ演じました。
パトリシア・クラークソン、アンドレ・ブラウアーらが上司役として参加したほか、実際にワインスタインを告発したアシュレイ・ジャッドが本人役で出演しています。
映画『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』のあらすじとネタバレ
妊娠中のニューヨーク・タイムズ紙の記者ミーガン・トゥーイーは、トランプ候補のセクハラ疑惑について取材を進めていました。
トランプから罵られ、マスコミや匿名電話からも脅しを受ける日々。やがて、トランプが大統領に当選します。その後、多くの女性が彼との示談に応じました。
出産を終えたミーガンは、ある日同僚のジョディ・カンターから電話を受けます。大物映画プロデューサーのワインスタインが数十年にわたって続けてきた性的暴行について取材を進めていたジョディは、被害者たちから話を聞く難しさに悩み、ミーガンに助言を求めました。
産休から業務に戻ったミーガンは、ジョディとともにワインスタインの調査を始めます。彼はこれまで何度も事件をもみ消しており、被害女性の多くは示談に応じて秘密保持契約を結ばされていました。証言すれば訴えられるという恐怖や当時のトラウマによって、彼女たちは声を上げられずにいました。
問題の本質が業界の隠蔽体質にあると気づいた記者たちは、妨害を受けながらも真実を追い求め続けました。
映画『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』の感想と評価
権力者にNOを突きつけた記者たちの戦い
世の女性たちが立ち上がり、性被害を告発する#MeToo運動の大きなきっかけとなった、ひとつの勇気ある記事を映画化した『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』。
本作の主人公は、捨て身で被害者たちにぶつかり証言を得たふたりの記者たちであるとともに、彼女たちの取材に応じ、勇気を出して告発した大勢の女性たちです。
本作では、長い間理不尽な犯罪に苦しめられてきた「女性」の歴史が浮き彫りになります。
性加害とは、体だけではなく人格そのものを奪いとり、魂を殺す罪です。未来を夢見ていた人々の笑顔を奪い、力づくで虫けらのように押し潰す汚い行為といえます。
そうわかっていながら、社会も、そして女性たち自身も、「仕方ないこと」あるいは「よくあること」として気が遠くなるほどの長い間、目をつぶってきました。
本作ではその醜い罪に真向から向き合い、暴くために立ち上がるジャーナリストたちの姿が描かれます。女性だけではなく、同じ怒りを共有する男性ジャーナリストたちの姿も映し出されます。
彼らが罪を白日にさらす目的は、制裁を与えることに加え、性加害者に有利な法を変えて女性がこれ以上悲劇に陥ることのないシステムの構築にありました。
臭い物には蓋という業界の悪しき体質に加え、秘密保持契約による口封じにより、示談に応じた女性たちは口を閉ざすことを強いられました。性被害を受けた後も、彼女たちは強大な権力の暴力によって職を奪われ、抜け殻のような人生を送らされていたのです。
しかし、世の女性たちは立ち上がりました。現在も#MeToo運動の流れはとどまることなく、さらに大きなうねりとなって世界中を巻き込んでいます。
日本も例外ではありません。セクハラやパワハラが大きなバッシングを受けるようになったのは、「悪事に対して声を上げていい」という当たり前のことに、皆が気づかされたからだと言えるでしょう。
また、これまでの長い女性虐待の歴史に、どれほど女性たちが怒りを内包して生きてきたかの表れでもあります。それは、「女性という存在そのもの」に向けられた汚い犯罪への強い怒りです。
本作では性的な描写は音声だけにとどまり、ショッキングなシーンなしに淡々と記者と被害者たちの戦いが描かれます。女性の性的搾取をさせないという強い意志が感じられる一作です。
エンディングでは、ワインスタインに23年の実刑が下されたというテロップが流れます。性加害とはこれだけ重い罰が下される邪悪な罪なのだと改めて気づかされますが、被害者たちの苦しみの時間は恐らくその長い年月を凌ぐほど長かったことでしょう。
すべての未来を奪われた女性たちも少なくないことを思えば、その刑は決して重過ぎることはありません。現に、ワインスタインはその後も別の地でさらなる実刑判決を受けています。
ひとつの出来事が大きな勇気と前進をくれるという事実を大切にしていきたいと、素直に思わされる作品です。
子どもに理不尽な思いはさせないという強い信念
本作で主演を務めたキャリー・マリガンとゾーイ・カザンの繊細な演技は特筆に値します。悩んだり苦しんだりしながらも、決してこのまま女性たちを泣き寝入りされたりしないという強い信念を感じさせる演技に、心揺さぶられることでしょう。
マリガン演じるミーガンは、もともとトランプの性暴力を取材しており、必死で食らいついたものの、結局トランプは大統領に当選してしまいます。
無力感の中で娘を出産した彼女は、カザン演じるジョディに助言を求められ、会社に戻ってからともにワインスタインの性暴力事件を追うこととなります。ジョディもまた、子どもを持つ母親でした。
被害者のひとりであるローラは、自分の子どもたちには暴力が当たり前のことと思ってほしくないと言って、実名での告白を受け入れます。
彼女たちは皆、自分の子どもたちの代にまでこのような悪習を決して残すまいという強い信念がありました。
登場する数多くの被害者たちからも、同じ思いが感じられます。自分のすべてを奪った犯罪への憎しみとともに、これからの人たちに同じことが起きないシステムを作り出すことを誰もが心から望んでいました。
男性ジャーナリストたちも同じ思いだったことでしょう。自分の子や妻、姉妹、友人など、大切な人を理不尽な暴力にさらすことのない世の中にするという使命に燃えていたに違いありません。
ワインスタインは逮捕されましたが、彼のように権力を持ち、異常な性欲や自己顕示欲を持つ人間がいなくなることは決してありません。もし彼らの悪事を知ったならば、声を上げることで子どもたちの未来を守ることができると肝に銘じるべきでしょう。
まとめ
世界を驚かせた、ハリウッドの超一流映画プロデューサーによる性暴力に対する報道。絶対的権力者の罪は長年庇われ、封じ込められ、被害者は泣き寝入りするしかありませんでした。とうとうその蓋をはぎ取ったのが、本作の主人公ミーガンとジョディの女性記者コンビです。
彼女たちの手記をもとに映画化された本作は、ふたたび世界に「声を上げる」大切さとその権利について教えてくれます。
被害者たちは人格を打ち砕かれた上、その後も就職を邪魔されるなど深刻な二次被害に遭っています。また、示談で秘密保持契約を結ばされ、告発を封じられるなど、作中でも取り上げられた通り、加害者側に有利な法に苦しめられてきました。
そういった社会システムの不備についてもしっかり描いた本作を観ると、これまで事態が明るみに出なかった事情がよくわかります。日本もまったく同じで、悪事を「庇う大人たち」がいる限りは、事が明るみにでることはありませんでした。
よくも悪くもSNSが発達した現代では、法を乗り越えて、悪事に制裁を科す土壌が育ったと言えるでしょう。今後もこの#MeToo運動の勢いは強まり続けるに違いありません。