アメリカ社会からはみ出た憂鬱な30代を描いた作品
今回ご紹介する映画『リバー・オブ・グラス』(2021)は、“現代アメリカ映画の最重要作家”と評されている、ケリー・ライカート監督の長編映画初作品です。
ケリー・ライカート監督は『First Cow』(2020)で、第70回ベルリン国際映画祭コンペティション部門にてノミネート。ニューヨーク批評家協会賞(NYFCC)では作品賞を受賞しました。
フロリダのリゾート都市マイアミにほど近い校外で、退屈で刺激のない暮らしをしているコージーは、主婦のまま30歳になっていました。
そんな彼女は子供達が他の夫婦に引き取られ、晴れて自由の身になり新しい人生を始めるという、現実逃避の妄想をし、鬱々とした日々を過ごしていました……。
CONTENTS
映画『リバー・オブ・グラス』の作品情報
【公開】
2021年(アメリカ映画)
【監督・脚本】
ケリー・ライカート
【原題】
River of Grass
【キャスト】
リサ・ボウマン、ラリー・フェセンデン、ディック・ラッセル、スタン・カプラン、マイケル・ブシェーミ
【作品概要】
映画『リバー・オブ・グラス』はライカート監督が20代最後の年に、故郷フロリダのマイアミに戻った時、思春期の頃の自分に捧げる作品として制作しました。
思春期の頃の彼女は、逃避行に憧れ、アバンチュールに憧れ、アウトローに憧れていました。そこで映画のコンセプトを「ロードの無いロード・ムービー、愛の無いラブ・ストーリー、犯罪の無い犯罪映画」としたと語ります。
また、撮影エピソードとして、撮影許可料が払えなかった監督やクルーは、警察から何度も圧力をかけられながら、半ばゲリラ撮影という形で本作を完成させました。
映画『リバー・オブ・グラス』のあらすじとネタバレ
1962年、マイアミ大学付属病院で生まれたコージー、名前の由来は父ライダーが好きなジャズドラマーから。
コージーが10歳の時に母親は家を出て行ってしまい、父は彼女に「サーカスに入団した」と話し、それ以来コージーは、命がけで綱渡りをする母を想像するのが好きになりました。
父親は母親がいなくなったことで、コージーをカトリック教会に通わせるようになります。
しかし、第一水曜日の「告解日(懺悔する日)」には懺悔することがみつからず、嘘の理由をいくつかローテーションしていました。
コージーは高校生の時に知り合ったボビーからプロポーズをされ結婚しますが、彼女には彼に対する愛情はなく、結婚すれば芽生えると思ていたのです。
結婚後、いわくつきの家をオークションで購入します。その家は前の住人が夫を殺害し、遺体をバスルームの壁に埋め込んだ家でした。
コージーは殺人の理由について、妻の動機を「些細な不満の蓄積」によるものだと考えます。
ある晩、刑事をしているライダーは、ジャズバーで強盗を謀った若者を追いかけますが、威嚇射撃をしようと、腰のガンベルトを触ると、銃が装着されていませんでした。
コージーはフロリダ南部の湿地帯に近い街で暮らしていました。そこは先住民が「草の川」と呼んでいた地域です。
夫はレストランで働き、子供も3人いるコージー。ですが、彼女は母性が乏しく、ある日親切な夫婦が子供を引き取りに来る空想などをしていました。
夫が仕事でいない彼女の1日はダラダラと長く、その時間を「床体操」をして有意義に過ごしていました。
ライダーは強盗犯について聞き込みをしますが、失くした拳銃の行方について考えています。彼は時々、署内でも拳銃を落とし気づかないことがありました。
コージーは退屈な日常を、生まれてからや余命の日数を計算したり、知り合いの名前を書き出したりして過ごしてました。
彼女は知り合いの名前を書き出しながら、自分ほど孤独な人間はいないと考えていましたが、もう「1人いた」と思える人物と隣りの郡で知り合います。
デイド郡に住むリーはまもなく30歳を迎えようとしていますが、祖母の家でうだつの上がらない生活をしていました。
定職にもつかず、短くなったタバコに火を点けて吸い、車で友人のダグを訪ねたりしながら、毎日ダラダラとしています。
ダグは今朝の出来事を話します。家の前でタバコを吸っていると、通りの茂みに拳銃と思しきものが落ちているのを見たと言います。
近寄って見ると、持ち手が茶色の黒い銃だったと言い、家の裏に隠してあると話しました。リーは興味なさげでそのうちダグは、父親の家業を手伝いに出かけて行きます。
ライダーは時々コージーのところへ来ます。彼は若い頃、クラブでジャズドラマーをしていましたが、母と出会いコージーを身ごもると、刑事に転職しました。
ライダーは若い上司に拳銃を紛失したことで言及されます。そして、彼は1週間以内に探し出すよう命じられ、オフィスや自宅をくまなく探しますがみつかりません。
その頃、リーの部屋にダグが訪ねて来ていました。ダグはリーに拳銃を見せます。そして彼の暮らしぶりを見ながら、外に出てみるべきだと諭します。
世界を旅したり、入隊するのもいいと勧めますが、リーはのらりくらりと言い訳するばかりか、ダグを家業を手伝って終わるのかとバカにします。
ダグは現実を突きつけられ落ち込み、部屋を出ようとしますが、拳銃をどうしたものか彼に相談すると、リーは「ブロワード郡なら売れる」とアドバイスしました。
ダグはブロワードの土地勘が無いと、リーに売って金にすればと、拳銃をあげてしまいました。翌朝、リーは起こしに来てくれた祖母に銃を向けて驚かせてしまいます。
映画『リバー・オブ・グラス』の感想と評価
映画『リバー・オブ・グラス』の舞台となったフロリダは、ケリー・ライカートが生まれ育った土地です。その彼女はインディー映画界を代表する女性監督となりました。
ライカート監督はこれまでに、アメリカを漂流するように生きる人々にスポットを当て、作品を手がけてきました。本作はその長編デビュー作です。
2021年には本作を含む初期の4作が『ケリー・ライカートの映画たち 漂流のアメリカ』と題され劇場公開されました。
日本人が思い浮かべるフロリダは温暖な気候から、リゾート産業が活発で、ケネディー宇宙センターもあることで、宇宙開発の本拠地的なイメージを抱くでしょう。
ところがこの作品に出てくるフロリダのブロワード郡とデイド郡は、湿地開発が止った郊外でそこでの暮しから抜け出せなかった、主人公達のリアルが描かれていました。
それでも都会へ向かうハイウェイの開発が進み、車を飛ばせばすぐにでも、明るい未来に手が届きそうな地域でした。
しかし、コージーとリーにはとてつもなく遠く、渡ることすらできない道でした。何もせず怠惰に流された生き方が招いたことです。
もう1人の自分に出会う映画
ライカート監督は本作を「思春期の頃の自分に捧げる作品」と称しています。ライカート監督は思春期の頃、逃避行やアバンチュール、アウトローに憧れる少女でした。
さて、主人公のコージーは30歳になったばかりの頃で、当時の監督と同じ年齢です。
自分と等身大の女性を主人公にすることで、夢を追い求め飛び出していなければ、憧れを抱いたままの自分になっていた……。と、語りかけたかったのでしょうか?
ホームフィルムのように、思い出を映し出すような手法も憧れや妄想の域から出ることのない、平凡以下の鬱々とした閉塞感を想像させました。
もとより多くの人達は憧れという「枠」からはみ出ることもなく、人生をそれなりに送っていきます。
コージーもその1人ではありましたが、母親の愛情を知らずに自分も母になり、日常に不満を貯め込んでいきました。
リーとの出会いにはときめきもなく、むしろ「同じ穴の狢」にすぎません。平凡な生活から連れ出してくれる人物とは皆無でした。
対するリーはコージーが子持ちの既婚者だと知らずに、彼女と人生をやり直せるパートナーがみつかったと思います。
強いていうならばこの思いの違いが、後の2人の運命の分かれ道となりました。
コージーはリーが拳銃を所持し偶発的に発砲したことで、スリリングな人生の幕開けを期待しましたが、リーにはそれを叶えるだけの力量や甲斐性もありませんでした。
さて、コージーの人生を決めたのは母だったのでしょうか? キャンプ場でまだ遊びたいとわめき散らす母に「黙れ!」と、キャンプ場に置いて帰ったのは父でした。
コージーがリーに発砲したのは、彼が一緒に茶番を続けようとわめくことに耐えられなかったからです。
最後にコージーが思いがけない行動をしたことで、のろのろと走る車で渋滞した道から、急転直下の人生……、しかも、最悪な未来を想像させます。
ライカート監督が本作を「道なきロードムービー、愛なきラブストーリー、犯罪なきサスペンス」と表現した通り、現実から逃げたいと思う2人が、見慣れた行動範囲の中をうろついているだけの、4日間の滑稽な姿を描いた作品でした。
「漂流者」になるのか「漂流」するのか?
『漂流のアメリカ』でいうと、2021年にはクロエ・ジャオ監督の映画『ノマドランド』(2021)が公開され、アカデミー賞の主要部門で多数の賞を受賞しました。
この作品はアメリカで車上生活をする人達のドキュメンタリーのような作品で、アメリカを漂流している様子を描いていました。
『ノマドランド』(2021)では、株の暴落で家も職も失った主人公を通し、必ずしも学歴や職種で人生の良し悪しは決まらない、という生き方を示します。
2021年にこの2つの対照的なロードムービーが公開されたことで、アメリカが持つより高いギャンブル度のある社会性を感じさせました。
何が成功し何が失敗を招くのか全く分からない……。そんな、アメリカを漂流する様を描いたのが、ケリー・ライカートやクロエ・ジャオ監督です。
2021年の才能ある女性映画監督がクローズアップされたことは、「漂流のアメリカ」とは流されていくのか、もしくは流れに乗っていくのか、行動をおこしても起こさなくても、リスクがあるのが人生で、アメリカにはその格差もあるのだと思わせます。
まとめ
『リバー・オブ・グラス』は90年代前半のアメリカフロリダ州が舞台ですが、観光産業や宇宙開発とは無縁に感じる、平凡な地域が出て出てきます。
人生とは自分で切り開いていくもの。しかし、運命とも違う偶然のいたずらに翻弄され、惨めな人生になりうることもある、そんなことを伝えています。
感情が育たなかったのは親のせいと思ったコージーの生き方、それに流され他力本願の人生が招く、平凡よりも惨めな未来を予見しました。
映画『リバー・オブ・グラス』はありきたりなですが「必死さ」が、いかに自分の人生を左右するか、現実はそんなに甘くないという戒めを与えてくれる作品でした。
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