日々の喜びを静かに紡ぐヴィム・ヴェンダース監督の秀作『PERFECT DAYS』
『パリ、テキサス』(1984)『ベルリン・天使の詩』(1988)で知られるドイツの名匠ヴィム・ヴェンダース監督が、『孤狼の血』(2018)の役所広司を主演に迎え、静かな日常を描いたヒューマンドラマ『PERFECT DAYS』。
東京・渋谷の公共トイレの清掃員が送る日々の、小さな揺らぎを繊細に映し出します。
2023年・第76回カンヌ国際映画祭コンペティション部門で役所が男優賞、日本アカデミー賞で最優秀監督賞、最優秀主演男優賞を受賞したほか、米アカデミー賞国際長編映画賞にノミネートされるなど、国内外で高い評価を得ました。
静かな感動がさざ波のように寄せては返す、映画『PERFECT DAYS』の魅力をご紹介します。
CONTENTS
映画『PERFECT DAYS』の作品情報
【公開】
2023年(日本映画)
【監督・脚本】
ヴィム・ヴェンダース
【編集】
トニ・フロッシュハマー
【キャスト】
役所広司、柄本時生、アオイヤマダ、中野有紗、麻生祐未、石川さゆり、三浦友和、甲本雅裕、長井短、犬山イヌコ、あがた森魚、モロ師岡、田中泯、松金よね子、柴田元幸、安藤玉恵
【作品概要】
『パリ、テキサス』(1984)『ベルリン・天使の詩』(1988)のドイツの名匠ヴィム・ヴェンダース監督によるヒューマンドラマ。
東京・渋谷区内17カ所の公共トイレを、世界的な建築家やクリエイターが刷新する「THE TOKYO TOILET プロジェクト」にヴェンダース監督が賛同し、東京・渋谷の街のスタイリッシュな公共トイレを舞台に生み出された作品です。
主演は『孤狼の血』(2018)の日本を代表する名優・役所広司。トイレ清掃員の送る日々の小さな揺らぎを繊細に表現し、2023年・第76回カンヌ国際映画祭コンペティション部門で男優賞を受賞しました。
本作は日本アカデミー賞最優秀監督賞、最優秀主演男優賞を受賞したほか、米アカデミー賞の国際長編映画賞にノミネートされるなど、国内外で高い評価を得ています。
小津安二郎を敬愛するヴェンダース監督ならではの日本愛にあふれた一作で、主人公の「平山」という名は、小津作品に繰り返し登場する名前に由来します。
映画『PERFECT DAYS』のあらすじとネタバレ
近くに東京スカイツリーがそびえ立つ押上の古い木造アパートに、平山はひとりで暮らしていました。東京渋谷の公衆トイレの清掃員をしている彼は、規則正しい生活を静かに送っています。
毎日夜明け前に老女が掃除する竹ほうきの音で目覚め、起き上がって薄い布団をさっとたたみ、無駄な動きなく身支度を済ませます。
ドアを開けて空を見上げる平山の目は明るく澄んでいます。いつもの缶コーヒーを朝食代わりに飲みながら、手作りの掃除道具を積んだ軽自動車を運転して仕事場へ向かいます。無造作に積まれた古い洋楽のカセットテープから選んで聞くうちに空が白々と明け始めます。
渋谷のスタイリッシュなトイレを黙々と磨き上げていく平山。仕事の後は自転車で開店直後の銭湯に向かい、一番風呂を浴びてからいつもの地下商店街の居酒屋で夕食をとり、小さな灯りの下で読書しながら眠りにつきます。
同じ繰り返しのような生活。殺風景な部屋。しかし、平山の生活は彼の心を満たしてくれるものに囲まれていました。大事に育てている植木、昼休憩時に撮る木漏れ日のモノクロ写真、古い洋楽のカセットテープ。
ぐっすり眠った後はまた、竹ぼうきの音で目覚め、同じように日々の暮らしを始めます。
いい加減だけれどどこか憎めない同僚のタカシや、彼が夢中になっているガールズバーのアヤ、顔を合わせるホームレスの男、フィルムを現像してくれる店、銭湯のなじみの常連たち、古本屋の女性店主らと、小さな関わりを持ちながら毎日を送っていた平山。
そんな彼のもとに、ある日、思いがけず姪のニコが押しかけてきます。
映画『PERFECT DAYS』の感想と評価
映画でしか描けないものを追求した一作
小津安二郎を敬愛する『パリ・テキサス』の名匠ヴィム・ヴェンダース監督の、日本への深い愛とリスペクトに満ちた傑作です。役所広司演じる主人公が小津作品に繰り返し登場する「平山」と名付けられていることからも、強い思いが感じられます。
繰り返す何気ない日々に存在する美と尊さに圧倒され、「これは映画でしか描けない!」とうならされる作品です。
平山の毎日は静かで単調です。
外を掃くほうきの音で目覚め、鉢植えに水をやり、ルーティン通りに支度をしてトイレ掃除の仕事に出かけます。丁寧に仕事をした後は、開店直後の銭湯で一番風呂につかり、なじみの居酒屋で一杯飲んで、夜は小さな灯りの下で本を読んですやすやと眠る。
出かけにドアを開けて空を見上げた表情、広い湯船につかった時の気持ちよさそうな顔、毎晩迎えてくれる飲み屋の店主との温かな交流。画面に映し出される平山の表情を見ているだけで、彼がいかに明るく満ち足りた日々を送っているのかが伝わってきます。
若いアヤから頬にキスされた日は、湯船での平山の笑顔に嬉しさが加わり、後輩のタカシが障害を持つ友人に耳を触らせてやっていることを知った日の酒は、違う味がすることまで伝わってきます。
寡黙な平山のほんのちょっとした表情や視線の違いで、その日の出来事が彼に与えた影響の大きさが伝わってきます。小説やドラマではできない、「映画」だからこその表現だと実感させられます。
なんてことないいつもの毎日に確かに存在する、一つ一つの小さな幸せや小さな奇跡。それらに心動かされる平山の繊細な表情。セリフがほとんどない中で、心情を細やかに表現する役所広司の演技は素晴らしいの一言に尽きます。世界中から認められ、カンヌ国際映画祭で男優賞を受賞したことに胸が熱くなります。
一瞬に宿る木漏れ日の写真を何年もの間、毎日撮り続ける平山の姿は、「木漏れ日」という日本独特の美しい表現に心を寄せたヴェンダース監督の姿に重なります。
一瞬に宿る美を追求することの偉大さにただ心が震え、とてつもなく大きな何かに包まれたような気持ちになります。見終えた後も、大きな余韻の中に心がたゆたい続ける傑作です。
自分を満たすものとは何なのか
平山はとにかく寡黙な男性で、いつも静かに微笑んでいます。ナレーションも入らず、言葉で説明される情報はほとんどありません。
平山が住んでいるのは、時代に忘れられたかのような古い木造アパートです。風呂もなく、家具らしいものもない、殺風景な部屋。しかし、そこは平山の城でした。
大切に聞いている古い洋楽のカセットテープ、毎日愛おしんで水やりしている植木たち、撮りためた木漏れ日のモノクロ写真。平山にとって本当に大切なものだけで満たされている場所なのです。
平山は仕事の後、開店と同時に銭湯に入り、きれいな湯の張られた大きな湯船で一日の疲れを流します。駅の改札口が見える地下の行きつけの居酒屋で、「お疲れさん!」と声をかけてくれる店主からいつもの一杯と一皿を受け取り、にぎやかな雑踏の中で夕食。雨が降ってもそのルーティンは変わりません。
休日に古本屋で選んだ文庫を、小さな読書灯の下で読みながら眠る。そして翌朝はまた、夜明け前に聞こえる竹ぼうきの音で目覚める。
ヴェンダース監督は平山を修行僧のようだと評しています。修行を思わせるほど単調でありながら、彼の生活には喜びと潤いがありました。
モノがあふれたこの時代に、自分にとって必要なものとは何なのかを誰もが見失っているといえるかもしれません。自分を満たしてくれるものをはっきりと知っており、心地よく毎日を生きる平山を見ていると、コピーにある通り「こんなふうに生きていけたなら」と思わずにはいられなくなることでしょう。
静かな平山の人生に、さまざまな人たちが交錯します。お調子者の後輩・タカシ、彼の恋するアヤ、タカシになついている障害を持つでらちゃん、あちこちで遭遇するホームレスの老人。
やがて、平山を頼って家出してきた姪のニコに平山は大きく感情を揺さぶられます。娘を迎えにきた妹・ケイコと数年ぶりに会った彼は、抱きしめてから涙を流します。
平山とケイコの会話から、平山と父に確執があり、家を捨てて平山が今の生活を手に入れたことが断片的にわかります。困難の末に、平山は自分にとって大切なものが何なのかを知ることが出来たのかもしれません。
まとめ
名匠ヴィム・ヴェンダース監督と名優・役所広司がタッグを組んで生み出した傑作『PERFECT DAYS』。普段の生活の中に宿る煌めきと、さざ波のように起こる揺らぎが与える人生の豊かさを教えてくれます。
物語を静かに淡々と紡ぐ本作では、その多くを観る者の想像に委ねています。
タカシとアヤの恋の行方。平山の頬にアヤがキスした理由。居酒屋のママへの平山のほのかな思いの正体。彼女の元夫との間に生まれた淡い友情と翌日こみ上げた涙のわけ。
それらを想像する自由があることも本作の大きな魅力であり、私たちは観た後も、この作品についてずっと思いを馳せずにいられなくなるのです。