「現実」と「劇中劇」ふたつの物語が交錯する、映画『パラレルワールド・シアター』
映画『パラレルワールド・シアター』は、立ち上げて10年を迎える、 売れない小劇団の主宰が30歳を目前に、劇団の方向性を自問自答していく物語です。
劇団クオンタムフィジックスの主宰佐々木は、3年ぶりに本公演を企画し、そのリハーサルを重ねる中で劇団員たちは、夢と現実について価値観の相違に気がつきはじめます。
監督・脚本を務めた堤真矢(つつみまさや)は、2012年よりYouTubeやniconicoを活動の場に、WEBドラマを自主制作し、YouTubeチャンネル「Tick Tack Movie」にて公開しています。
代表作は「現実拡張 スマホ仮面」シリーズでその人気から、続編の制作費用の調達をクラウドファンディングにて達成します。
本作もクラウドファンディングにて、目標額100万円を上回る128万円を獲得し、堤監督の初長編映画を完成させました。
CONTENTS
映画『パラレルワールド・シアター』の作品情報
【公開】
2019年(日本映画)
【監督・脚本】
堤真矢
【キャスト】
須田暁、空美、藤野政貴、広瀬斗史輝、本間理紗、和田修昌、浜野なおみ、瑞貴、竹田哲朗、片渕真子
【作品概要】
主役の佐々木役は、ぴあフィルムフェスティバル2018でエンタテインメント賞を受賞した『からっぽ』(2018)に出演した、須田暁が務めます。
ヒロインで劇団の初期メンバー中川役には、モデルやCMでの活動を経て、『光と禿』(2017)、『関ケ原』(2017)などで、女優として幅を広げている空美が演じます。
他の劇団員役には、さまざまな経歴を経ている役者が、オーディションにて選ばれ、その経歴が作品の趣旨に活かされています。
映画『パラレルワールド・シアター』のあらすじ
結成10年になる小劇団「クオンタムフィジックス」は、発足当時はコアなファンが付く、新鋭劇団として活躍をしていたが、時を経てその輝きは失いつつありました。
劇団を主宰する佐々木新也は30歳目前になっていました。ラジオ番組にゲスト出演した佐々木は、今後の活動について聞かれ、とっさに本公演を企画中と言ってしまいます。
つい口をすべらしてしまったことですが、劇団を立て直すきっかけと考え、3年ぶりとなる本公演に本腰を入れ始めます。
脚本の内容はさまざまな理由でタイムトラベルする者が、“パラレルワールド”を行き来する中、時空のゆがみにより破滅するという、バッドエンドのSF作品でした。
出演者は旗揚げ当時から一緒に活動する権田大佑と、途中加入した団員5名、退団して芸能活動し軌道に乗り始めた星野勇二が友情出演します。
しかし、佐々木にはもう1人出演してほしい人物がいました。それは権田と共に旗揚げから一緒に活動してきた、相棒であり良き理解者だった、看板女優の中川麗子です。
彼女は佐々木の目指す演劇の方向性に疑問を感じ、退団し派遣社員として仕事をしていました。佐々木は彼女にもオファーするものの、あっさり断られます。
本格的に練習が始動し演出の方向性が固まりつつあるころ、現役の団員や元団員の星野が抱く、「クオンタムフィジックス」に対する思い、思惑が表面化し交錯していきます。
また、3年間のブランクで団員達の意識も変わり、本公演に向ける気持ちにもズレが生じ、ギクシャクとした雰囲気が漂い始めます・・・・・・。
映画『パラレルワールド・シアター』の感想と評価
映画『パラレルワールド・シアター』は、佐々木が学生時代に旗揚げした小劇団「クオンタムフィジックス」の存在意義が、主宰である佐々木や劇団員にとって、あやふやになりつつある時期を描いていました。
物語は芝居小屋を建てはじめ、舞台などの設営や演者たちの練習が進み、いよいよ公演!という時に、大黒柱である佐々木が方向性のバランスを失い、小屋ごと倒れてしまった・・・そんなイメージでした。
劇中劇「時間旅行者のラストダンス」は結果的に、佐々木や出演者の思惑、過去につくった要因で、現在の結果につながる姿を描いていました。
旗揚げ当時から一緒に活動をしている権田の存在、劇団内の恋愛事情、佐々木の中川への感情、それらが脚本に集約されていることに、佐々木自身が気づいていません。
その“無意識の意識”が、クオンタムフィジックスの存続を大きく揺るがしました。
誰もが一度くらいは、「あの時、こうしていたら・・・」と回想することがあると思います。佐々木は「過去を変えられたとしても結果は変わらない」・・・とシビアに伝えています。
一方で映画として鑑賞し、制作までのプロセスと重ねた時、過去に学び未来を見据えた行動が「未来を造る」そんなことも考えさせる作品です。
ここに堤監督の“無意識の意識”が潜在していたように感じました。
「何者でもない者たちの挑戦」青春に終わりはない
監督の堤真矢自身も学生時代から、自主映画の制作をしており、30代になって本作を手がけました。
“クラウドファンディング”の可能性に掛け、WEB映画『現実拡張 スマホ仮面』で成功したことで、長編映画の制作を後押ししたのだと推察します。
WEB映画での一定の評価が功を奏し、映画『パラレルワールド・シアター』は都内の貸館1ヶ所からはじまり、地上波メディアでの映画期待度ランキングにランクインすると、最終的には東京・大阪・福岡3都市での上映を実現しました。
『パラレルワールド・シアター』のアンサーストーリーが、堤監督のこの取り組みだとしたら、“何者でもない者”から長編映画の監督となった、記念すべき作品と言えます。
“青春”には遅すぎることはなく、未来を切り開く行動している限り、成功や失敗が伴い、それが青春というものだと考えます。
堤監督も佐々木が思う“良い作品”を作りたい気持ちと同じでしょう。しかし、夢半ばで諦めていく現実があることも知っているはずです。
「佐々木がもし、クラウドファンディングを知っていたら・・・。」この作品には、そんな気持ちも込められているのではないかと感じます。
そう考えると「僕ならこうした」という気持ちが、堤監督にはあったのでは?と想像させました。
「劇中」と「劇中劇」そして「現実」
映画『パラレルワールド・シアター』は半年という、長期的な時間をかけ制作されました。
キャスト達は初対面同士だったため、よそよそしさが顕著だったといいます。
役柄は10年間劇団を共にした仲間という設定ですが、3年間、本公演から遠ざかっていた劇団員が集まるというはじまりがあり、そのよそよそしさが活かせたと、主演の須田暁は監督とのインタビューで語っています。
そして、本公演に向かう劇団員と、映画の撮影が進んで行くキャストとシンクロする形で進み、現実味のある「仲間感」が生まれました。
クオンタムフィジックスの仲間たちは、劇中劇「時間旅行者のラストダンス」のように、最後は空中分解するような形で終わります。
そして、『パラレルワールド・シアター』のキャスト・スタッフたちは、完成と共にまたそれぞれの道へと進みます。
では直近の堤監督は今、2021年に長編映画『もうひとつのことば』を公開し、Las Vegas Asian Film AwardsのBest Feature Film 部門にて、最優秀長編映画賞を受賞しました。
監督・脚本家としての才能が、海外の映画界でも高評価をされています。
現在は命の充電中・・・ということを公式Twitterでつぶやいています。堤監督のそんな言葉を鑑みるに、慌てず騒がず時を待つそんな懐の深さを感じさせます。
まとめ
映画『パラレルワールド・シアター』は演劇に情熱を捧げ10年、30歳という社会的な立場が問われる男性と、家庭が視野に入る妙齢の女性が登場しました。
このまま夢を追い求めるのか、一般的な生活にシフトするのか、そんな岐路に立たされた、主宰と劇団員の個々の想いを丁寧に描いた作品です。
また、大学時代から自主製作映画を撮り続けている、堤真矢監督の青春も感じさせる作品でもあります。
監督と主演の須田暁のインタビューでは、演劇や映画という、エンターテイメントに関わる人に限らず、多くの人に共感を得てもらいたいと語ります。
過去を振り返ること、未来へ向かう岐路に立つことは、学生時代や社会人あらゆる人にあることです。夢の継続にはアンテナを張り巡らせ、未来へつなぐ情報収集と行動が大事だと伝えているようでした。
本作は鑑賞者の思い出に共感を求めるだけでなく、公開までのプロセスも踏まえ、過去に失敗をしたと思っていても、挑戦する気持ちで行動さえ起こせば、違う結果が未来にはあると感じさせる映画でした。