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Entry 2019/03/30
Update

野村奈央映画『からっぽ』あらすじと感想。卒業制作がPFFアワードなどを多数受賞の快挙|ちば映画祭2019初期衝動ピーナッツ便り1

  • Writer :
  • Cinemarche編集部
  • 河合のび

ちば映画祭2019エントリー・野村奈央監督作品『からっぽ』が3月30日に上映

「初期衝動」というテーマを掲げ、2019年も数々のインディペンデント映画を上映するちば映画祭。


©︎Cinemarche

そこで上映された作品の一つが、PFFアワード2018エンタテイメント賞、第12回田辺・弁慶映画祭TBSラジオ賞を受賞し、2018年12月に劇場公開されたばかりの野村奈央監督の映画『からっぽ』です。

皮肉と笑いを交えつつも、誰もが避けることのできない「自分の顔」という問題に真正面から向き合った物語。

新進気鋭の映像作家として注目され、今後の活躍が期待されている野村奈央監督ならではの魅力に溢れた恋愛映画です。

【連載コラム】『ちば映画祭2019初期衝動ピーナッツ便り』記事一覧はこちら

映画『からっぽ』の作品情報


(C)NAO NOMURA

【公開】
2018年(日本映画)

【脚本・監督】
野村奈央

【キャスト】
打越梨子、カワチカツアキ、須田暁、木村知貴

【作品概要】
365日、朝昼晩といくつものバイトに明け暮れるフリーターの女性が、画家の青年と出会ったのを契機に曖昧な自己に囚われてゆく姿を描く。

武蔵野美術大学の卒業制作として手がけた作品であり、野村監督の劇場公開映画デビュー作でもあります。

自主映画の祭典・PFFアワード2018に選出されエンタテインメント賞を獲得したほか、数々の映画祭で上映されて注目を集めました。

映画『からっぽ』のあらすじ

365日、朝昼晩といくつものバイトを渡り歩くスーパーフリーターである渡良瀬まち。

ある日、バイト先の居酒屋で彼女をモデルに絵を描きたいという画家・由人と出会います。

由人のスケッチに心を奪われたまちは、由人と暮らし始めながら彼にのめり込んでいきます。

しかしながら、彼女は由人のキャンバスに描かれた自分に違和感を抱くようになり、それまで続けていたバイトにすら身が入らなくなっていきました。

そして芸術専門のライター・糸川洋と出会ったことで、まちのそれまでの生活は更なる崩壊へと向かってゆきます。

野村奈央監督のプロフィール


©︎Cinemarche

1994年生まれの東京都出身。

18歳の頃に出会った知人から脚本の執筆を勧められたのきっかけに、その後は監督や編集作業も行うようになります。

2019年現在は武蔵野美術大学を卒業し、フリーランスの映像作家として活動。

監督作品には2016年の『道子、どこ』などがあります。

映画『からっぽ』の感想と評価

まち役を妖艶に演じた女優・打越梨子さん


©︎Cinemarche

野村監督曰く21もの業種のバイトに明け暮れ、それらで使う制服や道具を一棟の貸しガレージにしまい込んでいる主人公・まち。

業種ごとで全く異なる立ち振る舞いをする彼女の姿は、バイトというものが彼女の様々な顔を構成するために不可欠な道具であり、最早彼女の顔そのものであることを示しています。

そしてバイトに関するもの全てが詰め込まれた空間である貸しガレージは、彼女の顔、言い換えるとペルソナ、つまり人格を管理するための主人格であり、彼女の脳と言っても過言ではありません。

打越梨子さんと俳優初挑戦ながらも由人役を名演したカワチカツアキさん


©︎Cinemarche

何故、まちはバイトという手段によって、いくつもの顔を生み出す必要があるのでしょうか。

それは、バイトに明け暮れる生活そのものが、彼女にとっての自分探しであるためです。

いくつもの顔を生み出しながら、「自分の顔」は果たしてどれなのだろうかと探し続ける。

その「いくつもの顔」自体が、まちにとっての「自分の顔」となりつつあることにも気付かずにです。

また劇中において、まちの自宅は一度も描写されていません。

あくまで由人をはじめとする他人の家、そして彼女の全てが詰め込まれた貸しガレージだけが映し出されます。

野村監督が是非「酔っ払い役」を演じてほしいと熱望した俳優・木村知貴


©︎Cinemarche

まちには、人間にとって少なからず心の拠り所となるはずの家がないのです。

つまり彼女にとって、バイトに明け暮れる生活とは自分探しであると同時に、自身の家を見つけるための放浪の旅でもあるのです。

そんなまちが、由人と彼が描く自身の肖像画に自らの心の拠り所と「自分の顔」を見出し、それらを確固たるものにしたい、失くしたくないという願望に飲み込まれた時、その反面、そこに定着させられてしまうことへの抵抗感に苛まれた時、彼女がそれまでに生み出してきた顔たちは一体どうなってしまうのか。

まちの「自分の顔」は、物語の展開と結末によって、最後にはどのような姿形となるのか。

その答えは、本作『からっぽ』を観ることで初めて知ることができます。

まとめ

作品上映後、トークショーでの野村奈央監督


©︎Cinemarche

「自分の顔」を見つけるという一つの問題は、本作における主人公・まちのみならず、SNSというバイトよりも一層容易に、一層安易に顔を生み出すことができる手段を手に入れてしまった現代の人間にとっては、非常に身近な問題であり、切迫した問題です。

『からっぽ』が提示する問題への解答例は、決して生易しいものでも、一滴の血も流れないものでもありません。

それでも、その解答例は同じ問題に苦悩する人間である観客たちに、一種の晴れやかさを与えてくれるのは間違いありません。

その解答例には、正解も不正解もありません。

何故なら、どちらであったとしても、映画『からっぽ』が確かな感動を観客たちにもたらしてくれることに変わりがないからです。

【連載コラム】『ちば映画祭2019初期衝動ピーナッツ便り』記事一覧はこちら

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