大人の入り口に立った15歳の少女が抱く、心のざわつきを瑞々しく描いた作品
今回ご紹介する映画『水の中のつぼみ』は、『燃ゆる女の肖像』(2020)のセリーヌ・シアマの初監督作品です。
本作はシアマ監督の体験を基に書かれた、少女から女性になる狭間で揺れ動く思春期・・・。少女達の心と体のギャップに戸惑う、みずみずしい姿を描いた青春ドラマです。
また、2007年カンヌ映画祭の“ある視点”部門にて正式上映作品に選出され、若干27歳のシアマ監督の才能に注目を集めました。
シンクロナイズドスイミングクラブの競技発表会に、親友のアンヌの応援に来た15歳のマリーは、ジュニアチームの演技と、キャプテンをしている美少女フロリアーヌに憧れを抱きます。
やがてマリーの気持ちは、フロリアーヌに近づきたい一心一杯になります。そして、同じスイミングスクールに入会する決心をするのですが・・・。
映画『水の中のつぼみ』の作品情報
【公開】
2008年(フランス映画)
【原題】
Naissance des Pieuvres
【監督・脚本】
セリーヌ・シアマ
【キャスト】
ポーリーヌ・アキュアール、アデル・エネル、ルイーズ・ブラシェール、ワラン・ジャッカン、クリステル・バラ、マリー・ジリ・ピエール、アリス・ドゥ・ランクザン、クレール・ピエラ
【作品概要】
『水の中のつぼみ』はマリーを中心にフロリアーヌ、アンヌの3人の少女に焦点をあて、それぞれの思春期にありがちな、悩みや不安、初めて知る嫉妬心の苦悩を表しています。
マリー役のポーリーヌ・アキュアールは、公園でスカウトされた演技未経験の少女です。アンヌ役のルイーズ・ブラシェールは、オーディション募集に応募し選出されました。
唯一、すでに女優として活躍していたのが、カンヌ国際映画祭グランプリ受賞作『BPM ビート・パー・ミニット』(2017)のアデル・エネルがフロリアーヌ役を演じます。
アデルは第72回カンヌ国際映画祭で脚本賞とクィアパルム賞を受賞した『燃ゆる女の肖像』(2020)で、再びセリーヌ・シアマ作品に出演しています。
映画『水の中のつぼみ』のあらすじとネタバレ
プールのロッカー室に集まる少女達が、これから始まるシンクロナイズドスイミングのクラス発表会の準備をしています。
クラスの中でも体の発達が早く、他の子達より大きいのがアンヌです。でも、心はまだまだ幼く、緊張しているのをチームメンバーに励まされます。
マリーは親友のアンヌが出場する、この発表会を観にきます。年代別で演技は進み、ジュニアクラスの番が始まると、マリーはチームキャプテンでひときわ美しい少女、フロリアーヌに目を奪われました。
着席するのも忘れ立ちつくし、観客に座るよう促されるほど衝撃をうけたマリーは、食い入るように演技に魅入り、フロリアーヌが憧れの的になりました。
ロッカールームの前でアンヌが出てくるのを待つマリーの前に、憧れのフロリアーヌが現れると、おもわず声をかけようとしますが、勇気が出せず彼女の背をみつめるだけでした。
次々に他の選手が出ていく中、アンヌは水着のままベンチに座っています。同世代の他の選手よりも身体が大きいことを気にして、着替えられなかったからです。
ロッカールームに誰もいなくなったのを見計らい、着替えようと全裸になったとき、誰もいないと誤解した男子が入ってきて、裸姿を見られてしまいます。
出てくるのが遅いアンヌに文句を言うマリーですが、自転車で2人乗りをして帰ります。マリーは自宅のバスタブで、シンクロの真似事をしフロリアーヌのことを思います。
そして、スクールのシンクロクラブに入会することを決意し、マリーは申し込みをしに受付に行きますが、次の申し込みは1ヶ月先の9月からだといわれます。
アンヌの家に遊びに行ったマリーは、洗剤の入った箱をダンベル代わりに筋トレします。マリーは華奢な体型にコンプレックスがありました。
アンヌは少しだけ筋肉がついたと、マリーにメジャーを見せて励まし、自分は太っているのがコンプレックスだといいます。
そして、シンクロのメンバーが主催するパーティがあるから、マリーを誘いました。アンヌは自分の裸を見たフランソワーズが、ファーストキスの相手だと決めていました。
アンヌは薄く口紅を塗り、肌の露出した服を着て、マリーは着るものに迷いながら、普通の服を選んで出かけます。
パーティ会場につくとアンヌは、意中の男子フランソワーズをみつけ、目くばせしながら踊り狂います。
マリーはフロリアーヌを捜すために家の中をうろつき、フロリアーヌが退屈そうにしているのをみつけますが、声はかけられませんでした。
少しすると彼女がレストルームに入っていき、マリーもついて行きます。気分が悪かったのか、フロリアーヌは嘔吐して出てきます。
口元を洗うフロリアーヌにマリーは「シンクロを見た」と声をかけます。彼女は無関心な態度をとりますが、マリーは続けて「きれいだった」と感想を言います。
そして、マリーは練習の見学を許可してほしいと頼みます。フロリアーヌはマリーからガムをもらって嚙むと、マリーの鼻元に口を寄せて臭くないか聞き、見学のことは無視して出ていきます。
パーティールームに戻ったフロリアーヌは、フランソワーズと濃厚なキスをしはじめ、それを見たアンヌはショックをうけ帰ってしまいます。
同じようにそれを目撃したマリーもフロリアーヌに、複雑な気持ちを抱きました。
マリーはスイミングスクールの前で、フロリアーヌを待ちぶせしました。彼女が来ると迷わず声をかけ、練習を見学させてくれればなんでもすると頼み込みます。
フロリアーヌは今は特にないと立ち去りますが、すぐに振り返り“物好きな子”とでも思うように「水着はある?」と聞いて見学を許しました。
華奢な自分に自信がないマリーは、なかなか水着に着替えられません。他の子達が着替えて出て行くと、やっと着替え始めました。
マリーは特にすることもなく、プールサイドで練習を眺めていると、チームメンバーの気が散るからか、フロリアーヌはプールに入るよう勧めます。
プールに入ったマリーは水の中に潜り、フロリアーヌ達が練習に励む姿を見ます。水面上では優雅で美しいシンクロをみせる彼女達は、水中では必死に足で水を掻いていました。
その鍛え上げられた彼女達のしなやかな体型に、マリーは感動すら覚えて至近距離で見学をし、自分との違いを見せつけられ落ち込みます。
映画『水の中のつぼみ』の感想と評価
映画『水の中のつぼみ』は子供と大人の狭間の思春期で、体つきの変化や感情の起伏に困惑する3人の少女が主役でした。
思春期のあがきをシンクロナイズドスイミングの演技と重ね、水面上は優雅な笑顔で平静を演じ、水面下の激しい足技から連想させました。
鑑賞後、この少女達に共感する女性は多いはずです。焼きもちは焼いたことはあるけど、それが憎しみに変わる瞬間や性への興味など、誰にでも心当たりのある世代の話です。
ただ1つ稀有だったのは、マリーの性的マイノリティーのほのめかしでした。同性の先輩やアイドルなどへの“憧れ”を抱く人は多くても、恋愛感情に移行し苦悩したことです。
そもそもマリーはアンヌとも仲良しで、アンヌは異性への興味や体つきへのコンプレックスがあり、マリーはプールでフロリアーヌを見てから、自分とのギャップに気づきます。
フロリアーヌの大人びた容姿と妖艶な佇まい、意識していなくても、自然と男性にセックスアピールしているように見られてしまう。彼女にはそれが悩みがでした。
大人ぶりたくて背伸びしてしまうフロリアーヌは、そのことを自分の武器にし、男性を翻弄し利用したりします。
それでも彼女はアンヌのように性交に対し解放的ではなく、むしろ慎重で怯えていたことに、見た目と心は違うと伝えています。
フロリアーヌは他の女の子たちが彼女を嫌う中、必死に自分に近づこうとするマリーに興味を持ち、マリーの思惑を試すかのように、恋人と会う口実に利用したりします。
マリーは利用された苦渋を味わいますが、2度目には「待たない」とキッパリ断ったことで、フロリアーヌはマリーを心を許せる相手と認知し、引き止めたのでしょう。
自分の苦悩をはじめてマリーに話し、フロリアーヌはマリーなら一線を越えてしまいそうな自分を救ってくれると、考えたように思いました。
アンヌも同じでした・・・。フランソワーズと一線を超え、逆に悪い事に走りそうになる自分が怖くなって、マリーに救いを求めました。
フロリアーヌがマリーにキスをしたのは、彼女は自分に告白したコーチと“同様”と本能でわかったからです。
フロリアーヌはマリーが自分を友達としてではなく、恋愛の対象として見ていると感じた時、ガッカリして「一度だけキスをしてやった」のでしょう。
ラストシーンのマリーとアンヌが水の中、フロリアーヌが1人で踊る姿は、3人の未来を示すようでもあります。
マリーは恋愛対象が同性ということを“肯定”しながら成長し、アンヌはそんなマリーの“理解者”として、水に漂うような友人関係が続くでしょう。
一方、フロリアーヌは異性同性どちらからも、性的な対象でしかないことに、孤独を感じながら生きていくのでしょうか?
フロリアーヌの生き方はまさに、シンクロナイズドスイミングの選手そのもの・・・本来優しい面もあり、身持ちも固い女の子です。
見た目の偏見がない理解者を捜すのか、孤独を選んでいくのか・・・寂しさを醸し出すダンスが続きました。
まとめ
映画『水の中のつぼみ』はセリーヌ・シアマ監督のデビュー作でしたが、関係者の間では初作品とは思えない完成度と、高い評価を得た作品です。
ロケ地はシアマ監督の生まれ故郷が中心で、脚本の内容には監督自身の見た経験が、盛り込まれているとインタビューで話しています。
監督はどの世代がみても共感を呼ぶ、“普遍的”な作品に仕上げるため、大人の登場を最低限にし、時代(世代)を感じさせるような機器も採用しませんでした。
“思春期”の心の機微は、今も昔も未来永劫に変化しない、みずみずしさがなければ意味が無いからとも語り、フラットな演出にこだわりました。
マリー役のポーリーヌ・アキュアールが、『ラ・ブーム』(1980)のソフィー・マルソーを思いださせます。
『ラ・ブーム』も思春期の青春を描いた作品です。すると『水の中のつぼみ』は時代を問わず、共通したメッセージがある作品だと納得させられました。
また、性的マイノリティーの目覚めをほのめかした物語を、丁寧に描いておりマリーがフロリアーヌとキスをして、口元を洗ったシーンから2通りの見方もできるでしょう。
マリーは同性愛者だと自覚するのか?憧れが一気に覚めるのか?どちらともとれ、「意外と簡単」別に特別なことでもない・・・そんな想像を掻き立てられる映画でした。