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Entry 2019/06/18
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映画『凪待ち』感想。被災地「石巻」を撮影ロケ地にした理由を母・亜弓が望んだ「新たな家族つくり」から読み解く

  • Writer :
  • 咲田真菜

映画『凪待ち』は、2019年6月28日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー!

『彼女がその名を知らない鳥たち』や『虎狼の血』で知られる白石和彌監督と、俳優にしてアーティストの香取慎吾が初のタッグを組んだ映画『凪待ち』

東日本大震災を経験した宮城県石巻市を舞台に、人生につまずき零落れてしまった家族の喪失、その再生に至るまでの願いを描いたヒューマンドラマである本作。

なぜ、映画『凪待ち』は、「被災地」を舞台に「家族の再生」を描いたのだろう。

映画の舞台となった「石巻」


©2018「凪待ち」FILM PARTNERS

映画「凪待ち」の舞台となったのは宮城県石巻市だ。

石巻は2011年3月11日に発生した東日本大震災で、地震と津波の大きな被害を受けた。この物語はそんな、「震災後」の石巻を舞台としている。

しかし、あくまで物語の背景として描かれた「被災地」の印象は観客に強く訴えかけることはしない。

「被災地を舞台にしている作品だ」、そう意識していたからこそ、震災に対する感傷的な描写や、復興への希望のような「きれいごと」ばかりが前面に押し出されていた作品だったら、途端にウソっぽさを感じてしまうのではないか、と危惧していた。

しかし、その懸念は作品を観ているうちに一瞬で消え去った。

「被災地」というイメージよりも、人間ドラマ、そして登場人物の心情とカメラワークの絶妙な重なりにどんどん引き込まれていき、最後までストーリー展開から目が離せなかった。

しかし、観終わった今、改めて作品と「場」という視点で考えた時、やはりこの物語は「被災地」という「場」でなければ、語りえなかったものであると感じている。

そして、「震災後」という今の時代だからこそ語られた物語であるともいえるのではないか。

日和山から見渡す石巻の町


©︎Cinemarche
※写真は2019年6月14日に撮影されたもの

2017年の5月、石巻を訪れた。標高61.3メートルの日和山から見渡す石巻の町は、展望スペースに設置されたかつての風景写真とずいぶん姿を変えている。

眼下に広がる点々と空き地のある地域には、震災以前には集落があり、生活があった。そして、その向こうに見える海。そこから巨大な津波が襲ってきたとは思えないほど、穏やかな美しい海だ。

その海は今、徐々に高く作られた防波堤で見えなくなりつつある。適切な避難によって全員の命が助かった小学校は、火災の影響で黒く焼け焦げた姿を未だシートに覆われており、当時の被害の状況を改めて思い知らされる。

震災後8年が経ち、石巻は「再生」の町となった。

少しずつ復興を遂げ、今では町の中に新しい住宅が立ち並ぶ。多くの住宅が津波で流された土地も宅地造成も進められ、風景が刻一刻と変わる。

少しずつ住む人も増え、新しいコミュニティーも生まれ始めているという。沿岸部は復興祈念公園として整備が進められている。


©2018「凪待ち」FILM PARTNERS

「凪待ち」の作品の中で、そんな石巻の町に戻ることに決めた亜弓や亜弓の娘・美波、彼女たちについてくる亜弓の恋人・郁男もまた、自らの「再生」を願った者たちだ。

亜弓は実家に戻り、癌を患う父親の介護をしながらも、自分の美容院を開店する準備を進めている。学校に行けなくなっていた美波も、石巻に戻って入学した定時制高校でかつての友人と出会い、徐々に笑顔を取り戻す。

ギャンブル漬けだった郁男も、亜弓一家の知り合いである小野寺に紹介してもらった職場で真面目に働き、足を洗おうとする。

石巻という町はJR仙石線の終着駅であり、その先には海が広がる町だ。悩み、迷う人々が最後にたどり着き、新たな生活を送るのにふさわしい町かもしれない。

江戸時代には海運の拠点にもなり、各地との交流も盛んであり、常に新しいものと変化を受け入れてきた場である。

石巻の町には、終着駅の閉鎖的雰囲気ではなく、新しいものを受け入れ世界に開いていく、そのような雰囲気がどことなく今も残っているような気がする。

しかし、そんな石巻で「再生」を望む郁男達にも暗雲が立ち込め始める。

新しいものを受け入れるとはいえ、小さな町だからこその距離の近さもある。亜弓達が戻ってきたことも、郁男という男の存在もすぐに知れ渡り、元夫が現れ、いちゃもんをつけてくる。

亜弓は美波や郁男と衝突するようになり、郁男はやめたはずのギャンブルの世界にまた足を踏み入れてしまう。郁男や亜弓たちの生き方は決して一筋縄ではいかない。

何度も郁男らの姿に裏切られ続ける


©2018「凪待ち」FILM PARTNERS

本作を観ながら、何度も彼らの姿に裏切られ続けた。「今度こそうまくいくのではないか」「もう、これ以上苦しいことは起こらないだろう」そう思って、半ば祈るような気持ちで先を観るが、そうはいかない。

思わず「なぜ…」という言葉が口から洩れる。しかし、一方で、それが人の人生の本来の姿なのだと思い知らされる。

再生を願い、被災地である石巻に行き、新しい生活を始めてうまくいく―そんな綺麗事で人生は語れないということを、まざまざと見せつけられる。

郁男達と同じように、被災地もまた、前進ばかりではない。「復興」「再生」という言葉ばかりが独り歩きし、あたかも震災後の復興は順調であるかのような報道もある。

8年経って、「風化」という言葉すら聞かれなくなってきたようにも思う。


©2018「凪待ち」FILM PARTNERS

石巻にも新しい人々が住み始める一方で、昔から住んでいた場所に戻れない人がいる。戻らないことを決めた人もいる。

いなくなってしまった人を今でも探し続ける人がいる。多くの命が奪われ、多くの人生が失われ、多くの思い出が波に流されてしまった。

「再生」の裏には多くの失われたものがあり、前に進むだけとはいかない。郁男達の人生と石巻の町の辿る運命はどこか重なるものがある。

「震災」の暗い影


©2018「凪待ち」FILM PARTNERS

初めに本作における「震災」は背景に過ぎないと述べたが、実際はこの作品には「震災」の暗い影が潜んでいる。

なぜ、亜弓は小学生の美波を連れて故郷を離れなければならなかったのか

なぜ、美波は引っ越した先の学校に行けなくなってしまったのか

なぜ、亜弓の父は病を押して海に出るのか

なぜ、郁男や周囲の人々はこれほどまでに辛い思いをしなければならないのか

その一つ一つの原因には、震災のもたらしたものが存在している。

震災や津波という、とてつもなく大きな出来事が一瞬にして多くの人の運命を変えた。町の風景も、美しい海の姿も変えてしまった。

その後の原発事故が私たちにもたらした影響も大きなものだ。目に見える形で変わってしまったものがあまりにも多すぎた。

それでも、8年経って表面的には復興は進んだ。一つ一つ新しい形に作り替えられ、修復され、撤去されていった。原発の報道もずいぶんと少なくなった。

「3.11」を経験していない子供達ももう小学生となっている。震災を知らない人々が少しずつ増えるにつれて、その印象も薄れていく。

しかし、余波はまだまだ続いているのだ。目に見えなくても、普段は気づかなくても、確実に震災のもたらしたものは、多くの人々の生活の端々に潜み、人々の意識や生き方を変えている。

母親・亜弓の思い「家族の形を取り戻す」


©2018「凪待ち」FILM PARTNERS

石巻に戻り、亜弓は石巻で新しい生活を作り出そうとした。

「母親」として美波にもきつくあたる。しかし、そのことで反発した美波の帰りが遅くなる。郁男とも激しい言い合いになり、亜弓は車を降りてしまう。それが取り返しのつかないことに結びついてしまう。

なぜ、亜弓は美波に厳しくあたり、郁男と言い合いになったのか。それは、亜弓がなんとか「親」であろうとし、「家族」のあり方にこだわったからではないだろうか。

震災後、変わってしまった「家族」の形を取り戻すべく、新しい暮らしを始め、何とか落ち着いた暮らしを作り出そうとする、その焦りが亜弓、美波、郁男を追い詰めてしまった。

まとめ


©2018「凪待ち」FILM PARTNERS

震災と津波の残したものは、私たちの生活の中に確実にある。そして、震災以前と以後では、私たちは異なる世界を生きているのだ。

目には見えない波が今でも私たちの暮らしを確実に揺らしている。私たちはその波が凪ぐのを待っている、まだその途上だ。

しかし、待っているだけでは波に飲まれてしまう。郁男がギャンブルに溺れてしまったように。

亜弓の父は病と闘いながらも、亡き妻を探しながら今日も船に乗る。忘れられない人を忘れられないまま、それでも波に立ち向かい、その中を必死に進もうとする。

「震災後」の今をどう生きるか、凪の時が来るのを待ちながら、私たちは考え、前に進まなければならない。

映画『凪待ち』は、2019年6月28日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー!




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