理解できない相手と分かち合える日が来るまで。
2020年12月4日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷、ほか全国公開予定の映画『ミセス・ノイズィ』。
隣人同士の小さな「諍い」から始まる、大きな「争い」について描いた、天野千尋監督の意欲作です。
自分の物差しは本当に正しいのか。
そんなことを問いかけてくる、味わい深い作品となっています。
CONTENTS
映画『ミセス・ノイズィ』の作品情報
【日本公開】
2020年(日本映画)
【監督・脚本】
天野千尋
【キャスト】
篠原ゆき子、大高洋子、長尾卓磨、新津ちせ、宮崎太一、米本来輝、洞口依子、和田雅成、田中要次、風祭ゆき
【作品概要】
あらゆる「争い」についての普遍的真理をテーマにした、天野監督によるオリジナル脚本の意欲作。
主人公の小説家、吉岡真紀を演じるのは『共喰い』(2013)『湯を沸かすほどの熱い愛』(2016)などの篠原ゆき子。本作の好演で第59回アジア太平洋映画祭主演女優賞を受賞しました。
謎の隣人夫婦役はオーディションにて抜擢された大高洋子と宮崎太一。真紀の夫・裕一を長尾卓磨、真紀の従兄弟・多田直哉役を米本来輝、真紀の娘・菜子を『Foorin』のメンバー“ちせ”としても活躍中の新津ちせが演じています。
映画『ミセス・ノイズィ』のあらすじ
主人公の吉岡真紀は、デビュー作『種と果実』で文学賞を受賞した小説家。
娘の菜子が生まれ、夫の裕一と幸せな時間を過ごしています。創作意欲に溢れた真紀は、これからの生活に希望を抱いていました。
それから数年後。菜子は幼稚園生になり、吉岡家は都心を離れ、郊外の古びたマンションに引っ越してきました。
真紀の仕事はと言うと、スランプから脱せない日々が続いています。新たな地で心機一転、執筆活動に専念しようと試みますが、なかなかアイデアは浮かびません。
早朝から机に向かう真紀の耳に、鈍い振動音が聞こえてきます。見ると、隣のベランダで、中年女性・若田美和子が、ぶつぶつと何か呟きながら鬼気迫る表情で布団を叩いていました。
その日の昼、公園で遊びたいとせがむ菜子を放って、締め切り間近の原稿を執筆する真紀。菜子はこっそりボールを持って外にでます。
菜子がいないことに気づいた真紀は、慌てて玄関の扉を開けました。
廊下に転がる菜子のボール。
そこへ、菜子が隣人の美和子に連れられ帰ってきます。菜子は美和子と公園で遊んできたと言うんです。
美和子の言葉の端々から、責められているような悪意を感じる真紀。
その晩、仕事から帰ってきた裕一に、昼間に起きた出来事と、隣人への違和感を伝えます。裕一は真紀をなだめ、彼女の気持ちを落ち着かせました。
翌日、真紀は菜子を連れ、書き上がった原稿を持って編集社へ向かいます。原稿を読んだ担当の編集者は、人物描写の浅さを指摘し、原稿を差し戻します。
明朝、改めて執筆を行う真紀の耳に、布団叩きの音が聞こえてきました。真紀はベランダ越しに、隣人の美和子へ止めるよう声をかけます。
美和子は不機嫌そうに布団を叩くのを止め、布団を取り込んで室内へ戻って行きました。
その後、公園に行きたいと言う菜子の話も聞かずに、真紀は原稿に向かいます。
真紀が気づいた時には菜子はおらず、隣の部屋のドアを叩きますが…。
映画『ミセス・ノイズィ』の感想と評価
「騒音おばさん」事件への疑問
本作は天野千尋監督によるオリジナル脚本ではありますが、ある実在の事件をモチーフにしていることは明らかです。
「騒音おばさん」事件と呼ばれたそれも、元は隣人同士のトラブルから始まったそう。早朝の布団叩きや大音量で音楽を流すなどの迷惑行為がマスコミに取り上げられたことから、世間に周知されていきました。
事件の被告人となった主婦の一連の言動は、マスコミや視聴者に面白おかしく映ったため、連日のようにテレビで流され、いまだにその映像はインターネット上に残っています。
ですが、内情を知らない傍観者たちが一般人のことを晒し上げ、あたかもバラエティ番組のキャラクターかのように弄んだ行為には疑問を感じざるを得ません。
本作『ミセス・ノイズィ』では、その疑問に向き合い、ひとつの答えを提示してくれました。
キャストの演技力が多重構造を可能にした
本作は、真紀と美和子、それぞれの視点で進んでいきます。
前半は真紀の目線でストーリーが展開していくんですが、真紀は決して「巻き込まれ型」主人公では無く、パワフルで言いたいことをはっきり言えて、こうだと決めたら一直線に突き進むタイプ。
ですが、それは場合によっては、周りに気を配れない自己中心的な性格にも見えてしまいます。
特に、作中の真紀は仕事で長いスランプ状態。気持ちばかりが焦っており、うまくいかない苛立ちから娘の菜子をつい邪険に扱ってしまうことも。
一方、隣人の美和子は、真意が読めないモンスターのような不気味な存在として描かれて行きます。しかし、それは真紀から見た美和子の姿でしかないんです。
そんな真紀と美和子を、女優の篠原ゆき子と大高洋子が好演。
篠原ゆき子は、全身から神経質さを感じさせながらも、ただの被害者では終わらない真紀の図太さを体現していました。
大高洋子は、モナリザのような、見た者にさまざまな感情を抱かせる微笑みをたたえながら、その奥底に潜む想いを滲ませます。
また、長尾卓磨、宮崎太一という、それぞれの夫役を演じた男性陣も、物語に説得力を与えていました。
長尾卓磨は、包容力と「旦那あるある」な無理解さを程よいさじ加減で演じ、宮崎太一は難役に真摯に向き合い、コメディに偏ってしまいそうな本作をグッと引き締めます。
天野千尋監督が描く後悔の物語
本作の監督と脚本を務めた天野千尋は1982年生まれ。5年の会社勤務を経て、2009年より映画制作を開始し、ぴあフィルムフェスティバルを始め、多数の映画祭への入選・入賞を経て商業デビューを果たしました。
主演の篠原ゆき子が「私が演じた真紀は、猪突猛進、ガシガシがむしゃらな天野監督の姿そのもの」と語っている通り、本作は、2015年に出産を経験した天野千尋監督だからこそ描けた世界が広がっています。
出産後、キャリアや創作活動への希望を抱いている主人公の真紀。この子がいるから頑張れると、本作冒頭の真紀は光り輝いていました。
ですが、それらは日々の生活で削られていき、現在は出がらし状態。一番大事にしたかった娘の菜子のことすら目に入らなくなってしまっています。
また、周囲のアドバイスすら素直に受け止められず、脳内で悪意ある言葉として変換してしまいます。
これに似たことは、母となり、自己実現と家族の間で揺れた方なら味わった経験があるんではないでしょうか。
大切なはずの我が子が可愛く思えなくなったり、つい自分を優先してしまったり。
端から見るととても愛らしい子どもの言動が、余裕を失った母の目には疎ましく映ることも。
それらは、天野監督も通ってきた道なのでしょう。決して真紀の言動に言い訳の余地を与えず、真紀が自らの誤ちに気づくまで、辛抱強く見守ります。
真紀の「後悔」は天野監督の「後悔」であり、子を持つ親たちを激励しているんです。
後悔を乗り越え、前に進んでゆく真紀の姿に、勇気付けられる方も多いんではないでしょうか。
まとめ
本作で、真紀と美和子は、ある形で争いを昇華させます。赦しでも、懺悔でもない、ある意味「手打ち」ともいえるふたりの出した答えには、フィクションだから生み出せる強みを感じました。
複雑な大人のしがらみを浮き立たせる、菜子役の新津ちせのイノセントな愛らしさからも目が離せません。
映画『ミセス・ノイズィ』は2020年12月4日(金)よりTOHOシネマズ日比谷、ほか全国にてロードショー。劇場で上映された際には、スクリーンでこの衝撃を堪能してください。