映画『ホモ・サピエンスの涙』は2020年11月20日ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
ヴェネチア国際映画祭にて銀獅子賞(最優秀監督賞)を受賞した映画『ホモ・サピエンスの涙』をご紹介します。
時代、年齢が異なるひとびとの人生の一瞬を、33シーン全てワンシーンワンカットで撮られた映画。生きる希望と絶望を描いたヒューマンドラマの枠を超えた芸術品とも言える作品です。
『ミッドサマー』のアリ・アスター監督や『バードマンあるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』のアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督など、名だたる名匠たちが敬愛するロイ・アンダーソン監督の5年ぶりの新作映画で、実在の絵画からインスピレーションを受けたシーンもあり美術ファンも必見。
映画『ホモ・サピエンスの涙』の作品情報
【公開】
2020年(スウェーデン映画)
【監督】
ロイ・アンダーソン
【キャスト】
マッティン・サーネル、タティアーナ・デローナイ、アンデシュ・ヘルストルム、ヤーン・エイェ・ファルリング、ベングト・バルギウス、トーレ・フリーゲル
【作品概要】
本作は、ヴェネチア国際映画祭にて銀獅子賞(最優秀監督賞)を受賞し、第55回スウェーデンアカデミー賞にて美術賞を受賞。そのほか世界中の映画祭で高く評価を受けた作品です。
監督は、スウェーデンのロイ・アンダーソン。『散歩する惑星』(2000)で、ヴェネチア国際映画祭の金獅子賞を受賞し、つづく『愛おしき隣人』(2007)、『さよなら、人類』(2014)は3部作で「リビング・トリロジー」として知られています。
最大の特徴である絵画的な映像は、ほとんどCGを使わずストックホルムにあるstudio24 という監督自身のスタジオで撮られています。天井が6メートルあるスタジオでは、巨大なセットが作りこまれ、背景はミニチュアの建物やマットペイントを使い、細部まで計算しつくされた映像が生み出されています。
本作もほぼすべてのシーンがstudio24 で撮られたものですが、監督の目指す世界観を完成させるために、一部デジタル処理を施したり、発泡スチロールをレーザーで切り抜いて細かな模型によって再現したものを背景の建物として使用。
また、アンダーソン作品の新たな試みのひとつに、ナレーション使用があります。ユダヤ系画家マルク・シャガールや、近大ロシア画家イリヤ・レーピンら実在の絵画作品からインスピレーションを受けたシーンがあるのも注目すべき点です。
映画『ホモ・サピエンスの涙』のあらすじ
戦禍に見舞われた街を上空から眺めるカップル、高台のベンチに座り「もう9月ね」と何気ない会話をかわす男女。
妻を驚かせるために買いものに出かけた男性、この世に絶望し信じるものを失った牧師。
そして、これから愛に出会う青年、陽気な音楽にあわせて踊る若者などなど。
性別や時代が異なる様々な人々の暮らしの一瞬を集めた悲喜劇の数々がスクリーンいっぱいに展開。
映像の魔術師が、この時代を生きるホモ・サピエンス(全人類)に贈る映像詩です。
映画『ホモ・サピエンスの涙』の感想と評価
本作にはあらすじというべき物語はありません。脈絡やつながりがないシーンの連続ながら、人生のかなしみや絶望であったり、ささやかな幸せや希望を丁寧にすくいあげた映画です。
ワンシーンワンカットで撮られた33のシーンと、そこに映る人物を説明するナレーションによって構成されており、何度か同じ人物が出てきますが、ほとんどがワンシーンのみの登場人物です。
戦禍の街を抱き合い漂う男女、神を信じられなくなった牧師、十字架を背負い街を練り歩く男、故障した車を目の前に途方に暮れる男、歯の治療中に途中で投げ出してしまう歯科医師。
ほんとうに様々な人の人生の一瞬を切り取り、そこにある絶望や小さなしあわせを描いています。
ブラックユーモアが利いていて、悲しい内容のシーンであっても不思議と笑ってしまったり、逆に微笑ましいシーンでもどこか悲しそうに見えるものもあります。
観る人によって感じ方がきっと違うはずなので考えながら観たり、観終わったあと内容について考察するのが好きな人にはきっとたまらない作品だと言えるでしょう。
中でも印象深かったのは、雨の中の父娘と靴に問題を抱える女性のシーンでした。
1つ目の場面では、雨のなか自分が濡れるのをかまわず娘の靴ひもを結びつづける父親。結び終えて手を繋いで歩きだす親子のうしろ姿が映されます。
この父親はきっと几帳面だけど不器用で、娘のことを心から愛しているのでしょう。
愛されて育つ娘は、父になにかしてもらうことが当たり前でその愛情の深さに気づくのは、きっとこの先何十年後なんだろうな、と想像が膨らみました。セリフも何もないカットなので、あくまで想像ですが。
2つ目の場面では、ベビーカーを押す女性の履いていたハイヒールの片方が折れて困っている様子が映し出されます。
ベンチに座ってとなりの男性を見るものの、彼は見て見ぬふりで助けてくれず、すこし考えた結果女性は両足ともはだしになって、何食わぬ顔でベビーカーを押して歩きはじめます。
その様子を驚いた男性がじっと見つめるというシーンです。ここでは、周りに頼らずたくましく生きる母親像が感じられます。
予期せぬアクシデントに対してどうやって立ち向かえばいいか分からないという状況を、ヒールが折れるというアクシデントに込めて描いており、自分の力で歩き出す女性のうしろ姿をみつめる男性の唖然とした表情がなんとも滑稽です。
どちらのシーンもなにか大きな出来事が起こるわけではありませんが、人生にはこういった小さな出来事の繰り返しがあると気が付きます。
神の存在が本当でも嘘でも、人はみな希望を持って逞しく生き続けることができるのだと、静かに物語っているのではないでしょうか。
まとめ
ロイ・アンダーソン監督の映画の大きな魅力の一つは、まるで美術作品のような映像だと言えます。
ワンシーンずつポストカードにしたくなるような色彩トーンや構図の妙技は唯一無二です。
ロイ・アンダーソン作品を初めて観る人は、これどうやって撮ってるの? と気になってしまうのではないでしょうか。
しかもそれがほぼCGに頼らず撮られていることを分かった上で観ると、また面白いはずです。
絶望的な場面も微笑ましい場面も、そこに映る人々にどこか愛着を抱いてしまう不思議な愛おしさがあるのも魅力です。
ほかの映画では感じられない不思議な世界観にどっぷりと浸るため、スクリーンでの鑑賞をお勧めします。
『ホモサピエンスの涙』は2020年11月20日ヒューマントラスト有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開です。