映画『無頼』は2020年12月12日(土)から「新宿K’s cinema」「池袋シネマ・ロサ」「横浜ジャック&ベティ」を皮切りに全国順次公開
世間から弾き出されながらも、誰にも頼らず真っ直ぐに生きた男、井藤正治。
己の欲望のままに裏社会を歩んだ正治から見た、昭和の日本を描いた映画『無頼』。
井筒和幸監督の8年ぶりの新作となる『無頼』は、これまで『岸和田少年愚連隊』『パッチギ!』『ヒーローショー』などで、世間から外れた「アウトサイダー」的な存在を数多く描いてきた井筒監督の集大成とも言える作品です。
何にも頼らず生き抜いていく男達の群像劇であり、激動と狂乱の時代を描いた昭和史でもある、本作の魅力をご紹介します。
映画『無頼』の作品情報
【公開】
2020年公開(日本映画)
【監督・脚本】
井筒和幸
【協同脚本】
佐野宜志、都築直飛
【プロデューサー】
増田悟司、小木曽仁、湊谷恭史
【主題歌】
泉谷しげる
【キャスト】
松本利夫、柳ゆり菜、中村達也、清水伸、松角洋平、遠藤かおる、佐藤五郎、久場雄太、阿部亮平、遠藤雄弥、火野蜂三、木幡竜、清水優、田口巧輝、朝香賢徹、ペ・ジョンミョン、高橋雄祐、橋本一郎、浜田学、駒木根隆介、松浦祐也、松尾潤、松本大志、森本のぶ、赤間麻里子、石田佳名子、西川可奈子、於保佐代子、中山晨輝、斎藤嘉樹、澤村大輔、長村航希、斉藤天鼓、木下ほうか、芦川誠、外波山文明、三上寛、隆大介、升毅、小木茂光、ラサール石井
【作品概要】
極貧の生活から抜け出す為に、己の力のみでのし上がっていった主人公、井藤正治の人生と、昭和という時代を描いた映画『無頼』。
主演に、EXILEのパフォーマーとして活躍後、俳優としても高い評価を得ている松本利夫。共演に『純平、考え直せ』(2018)でヒロインに抜擢されるなど、数々の映像作品に出演している柳ゆり菜の他、中村達也や小木茂光、木下ほうか、升毅など、実力派の俳優が集結しています。
映画『無頼』のあらすじ
太平洋戦争後の、日本の復興が終了し「もはや戦後ではない」といわれた1956年。
伊豆の田舎町で、母親の顔さえも知らずに育った井藤正治は、極貧の生活を送っていました。
元教師の父親は、祖父の残した遺産で事業を立ち上げては潰しており、今は酒に溺れる毎日です。
ある時、正治は父親に頭を叩かれた事に激高し、逆に鍋で父親の頭を殴り、家から追い出します。
両親もいなくなり、頼るものが無い正治は、日雇いの肉体労働で、日銭を稼ぐ毎日を送るようになります。
1960年、日本は「日米安全保障条約」に反対する、大規模デモ運動である「安保闘争」で騒然としていました。
正治は、不良仲間と学生をカツアゲし、売血を強要した事で鑑別所に送られます。
鑑別所には、他の罪で収監された人達がいましたが、正治は鑑別所ですら貧富の差を見せつけられます。
ケネディ大統領が暗殺され、日本が騒然としていた1963年。
21歳になった正治は、兄貴分と慕っていたヤクザから「シマを持たせてやる」とそそのかされ、バーに乗り込み敵対するヤクザを斬りつけます。
日本が東京オリンピックに湧く1964年。
収監された刑務所で、身寄りも無い正治は、差し入れも無く苦しい思いをしていました。
正治は、東京オリンピックのラジオ中継で騒ぐ看守に、苛立ちを覚えています。
その後、正治は出所しますが、ヤクザと揉めた事からケジメとして指を詰め、もう後戻りできない道に踏み込みます。
1971年、網走刑務所での刑期を終えた正治は、兄の孝の勧めで、北陸の武闘派「川野組」の組長と盃を交わします。
自身の組を持った正治のもとには、血の気の荒い、さまざまな若者が集まり、地元の組と抗争を繰り広げるようになります。
武闘派として名を轟かせるようになった組を持ち、組長として束ねる正治は、何にも頼ることなく、自分の力のみで「昭和」という激動の時代を渡り歩いていきます。
映画『無頼』感想と評価
映画『無頼』の主人公である正治は、ヤクザの道に進み、激動の日本の中で成り上がっていくのですが、本作はヤクザ同士の抗争や、正治の極道としての生き様を描いた任侠作品ではありません。
本作で描かれているのは、誰にも頼らず自分の力で生き抜いていった正治の目を通して、焼野原から再生し高度経済成長期に発展した「昭和」という、激動の時代です。
日本の復興が終了して以降「安保闘争」「ケネディ大統領暗殺」「東京オリンピック」など、当時の国内外の事件を織り交ぜながら、正治の生涯を描いた本作は、1995年の『フォレスト・ガンプ/一期一会』に近いものを感じました。
ですが、魔法にかかったような奇跡の連続のような人生を描いた『フォレスト・ガンプ/一期一会』とは対照的に、『無頼』では「生き抜く」という行為が、まさに命がけである事を描いています。
母親の顔も知らず育ち、情けない父親を家から叩き出した幼少期の正治は、その後は自分の力で生き抜いていかなければならなくなります。
正治は貧乏な暮らしから抜け出したい一心で、次第にヤクザの道に進んでいくようになります。
ヤクザの道に進み、自分の欲望のままに突き進む正治の姿に、嫌悪感を抱く人もいるのではないでしょうか?
ただ、正治は幼少期から、貧乏が理由で周囲から馬鹿にされており、世間に馴染めずにいました。
正治が高度経済成長期の恩恵を受けるには、世間の道に外れた方法しか選択肢がなく、正治自身、その方法しか見えていなかったのです。
親に頼らない生き方を選ぶしかなかった正治は、大人になり、世間にすら頼らない生き方をするしかなくなるのですが、そこには、正治の「生きる」事に対しての執念とも呼べる情熱が込められています。
『無頼』は、1956年の日本から始まり、高度経済成長期を経てバブル経済の狂乱と終息までを描いています。
そこには、焼野原から復興し、世界に肩を並べるほどの経済大国に成長した日本の姿が映し出されており、日本が持つ強い生命力すら感じます。
現代の日本は長い不況に陥り、「生きる」事に対して価値が見出せず、後ろ向きになってしまいがちですが、日本が昭和の頃のような活気を取り戻す時が来ると信じたいですし、日本にはそういった底力があるはずです。
その為には『無頼』の主人公、正治のように「生きる」事に対して情熱を燃やす事が必要なのではないでしょうか?
前述したように、『無頼』はヤクザ社会が舞台ですが、いわゆる任侠映画ではありません。
昭和という時代に、誰にも頼らず、どんな逆境をも跳ね返し、生き抜く行為を命がけで行った、1人の男の生涯を描いています。
また、組同士の抗争に重点を置かず、組を存続させる為に必要なお金、いわゆるシノギの方法に頭を悩ませたり、何にも頼らず生きてきた正治が、家族という存在に拘ったりなど、現代にも通じる、共感できる部分も多い作品となっています。
まとめ
『無頼』では、活気のあった昭和という時代を、生きる事に執着した正治を通して描いています。
ですが、決して「昭和は良かった」というような作品ではありません。
景気が良くなるにしたがい、欲望が増し、個人主義になり、格差が広まり始めたのも昭和という時代です。
日本全体が夢を見ていた時代が昭和なら、平成以降は夢から醒めてしまった時代とも言え、井筒監督は「日本全体が老いてしまったと言えるのかもしれない」と語っています。
『無頼』の後半では、老いていく正治が、自身の結末について考える描写がありますが、ここに活気が失われた現在の日本が重なってしまいます。
ですが、これからの日本を活気づかせるのは、昭和の時代を知らない世代です。
そして、昭和を全く知らない世代にこそ、正治の目を通して本作で描かれている日本は、新鮮に見えるのではないでしょうか?
世間から外れたアウトローの熱い生き様を描いた映画『無頼』。
本作を通して昭和を知り、その時代の熱量に触れる事が、令和を生きるヒントになるかもしれません。