自然と人間の関係を真摯に見つめ直した金子雅和監督の『アルビノの木』は、農作物を喰い荒らす害獣駆除に従事する若者が、山に生きる人たちにとって、長きにわたって特別な存在として敬ってきた一頭の白鹿を撃つために山へ入っていくストーリー。
ポルトガルで開催されたフィゲイラ・フィルム・アート2017にて、日本映画初である三冠受賞の快挙は、最優秀長編劇映画、最優秀監督、最優秀撮影を栄誉を獲得しました。
ロケ地である長野での凱旋上映も決まった映画『アルビノの木』をご紹介します。
CONTENTS
1.映画『アルビノの木』の作品情報
【公開】
2017年(日本映画)
【制作・脚本・監督】
金子雅和
【キャスト】
松岡龍平、東加奈子、福地祐介、山田キヌヲ、長谷川初範、増田修一朗、尾崎愛、細井学、松蔭浩之、松永麻里、山口智恵
【作品概要】
短編映画を多く手掛けてきた金子雅和監督の長編第2作品。
主人公ユク役を金子長編初監督作品『すみれ人形』に続き、「金子組」では常連俳優となっている松岡龍平が演じ、その脇を東加奈子、現代美術家の松蔭浩之、山田キヌヲ、長谷川初範たちが共演を果たします。
2.映画『アルビノの木』のあらすじ
害獣駆除会社に勤務するユクのもとに、多額の報酬の仕事依頼が舞い込みます。
それは鉱山として栄えた山間の村で“白鹿様”と敬われてきた珍しい鹿を秘密裏に撃つことでした。
一般的な鹿と異なる存在が世間から悪い噂になることを危惧して、過疎化する村とともに切り捨てようとする町の役人の苦肉の策の以来でした。
害のない動物を殺傷することに仄かな疑問を抱えつつもユクは村に向かいます。
山中で出会った故郷に対し複雑な心境を抱く村に住む女性ナギ、彼女の婚約者で木食器職人の羊市…
山小屋に住みながら不本意であるものの仕事を続ける昔気質の罠猟師、そして山の集落で穏やかに暮らす人々…
連なる山々青々と生い茂る樹々、ときに赤く色を変える川、飛沫を白く舞いあげる滝壺…
これら山とともにある時を背負いながら静かに佇む白鹿。病床の母のために、人々が大切に思っている命を奪うという事は…。
3.映画『アルビノの木』の感想レビューまとめ
今作『アルビノの木』に対して、日本で初快挙となる最優秀長編劇映画、最優秀監督、最優秀撮影という三冠を贈ったのは、ポルトガルで開催されたフィゲイラ・フィルム・アート2017。
世界23ヶ国から参加の67作品を上映したもので、メインコンペティションとなる長編劇映画部門は10ヶ国15作品で競われたそうです。
映画祭の審査委員長を務めたアンドレージ・コワルツキ氏は、『アルビノの木』に次のようなコメントを贈っています。
「『アルビノの木』は、ある地域の観光に被害を与える一方で別の地域社会では尊敬されている「珍しい白鹿」を殺すことで大きな報酬を得る契約を受け入れた猟師の、倫理的ジレンマを伝える」
アンドレージ・コワルツキ審査委員長は作品の持つテーマである、一方向からの物の見方と二項対立軸的な物の見方では計りきれないことを描いた点を評価しているコメントですね。
本来であれば、有り難う(有り得る事が難しいを意味する)の感謝を万物すべてに持っていた日本人の感覚は多様性です。
二極化して意味を捉えるようになったのは、西洋の近代化のそのものとも言えます。
では、日本人はどのようなコメントを今作『アルビノの木』に寄せているのでしょう。
猟師でありながら作家としても『ぼくは猟師になった』 (新潮文庫)や『けもの道の歩き方 猟師が見つめる日本の自然』(リトルモア刊)などの著者でもある千松信也は、次のようなコメントを述べています。
「人間が好き勝手利用した山野でかつて数を減らした鹿たちは、人間がその森の利用を放棄する中で生息数を回復した。どんどん増えていく彼・彼女らは、いつしか、ありがたい“山の恵み”ではなく、“害獣”と呼ばれるようになった。ただ殺され、焼却・埋設される存在。そして、それを行うのも現代の猟師の仕事である。
僕が山の中でそんな鹿たちと対峙した時に感じる、なんともいえない“居心地の悪さ”。
この作品はそれを随所で思い起こさせる」
千松信也の「いつしか、ありがたい“山の恵み”ではなく、“害獣”と呼ばれるようになった」という言葉の奥には、猟師ならではの痛みがあります。
しかしそれは猟師ではないこちらも、無縁でないという共犯者のように痛みを感じますね。
さらに、民俗学者で著書『津波と観音 十一の顔を持つ水辺の記念碑』(亜紀書房)や『先祖と日本人 戦後と災後のフォークロア』(日本評論社)で知られる畑中章宏はこの映画について興味深いコメントを寄せています。
「日本列島に住む人びとは、「社会」を構成するものが人間だけだなんて、ずっと思ってはいなかった。
動物や樹木や草花、雨風といった気象などが相互に交流し合い、人間も含めた社会が成り立っていると考えるのがふつうだった。
そんな暗黙のルールを破り、人間だけがそこからはずれたつもりでいても、勝手にはできない。
動物や植物や気象にも、彼らの歴史があり、事情があるのだ。
こういった、いまもっとも大変で意識されるべき「構造」が、この映画には描かれていると思う」
畑中章宏のいう“構造”とは、山と共に生きる時間の流れであり、あらゆる万物の一体感の死生観という“構造”なのでしょう。
それを恵みなのか、害獣なのかを分けるだけでない共同体という等しい関係を見抜いているのかも知れませんね。
4.金子雅和監督プロフィール
金子雅和(かねこまさかず)は、1978年1月24日に東京都生まれた、監督・脚本・撮影・編集・プロデューサー。
高校3年生の時、文化祭で監督・脚本を初体験したことで映画に興味を抱くようになります。大学生となった金子はイメージフォーラム付属映像研究所で映画を学びはじめます。
古道具屋で見つけた8ミリカメラを手にして自主映画作りに没頭。2004年より映画美学校にて映画作りを本格的に習得しました。
【フィルモグラフィ】
2008年:『すみれ人形』(瀬々敬久監修 出演:山田キヌヲ、綾野剛)アップリンクにて公開。また、同年には短編映画『鏡の娘』
2009年:短編映画『こなごな』短編映画『失はれる物語』
2010年:短編映画『復元師』
2013年:短編映画『水の足跡』短編映画『逢瀬』
2016年:長編映画『アルビノの木』
5.自然豊かなロケ地になった長野で凱旋上映!
【9月23日(土)〜24日(日)長野・ロケ地須坂初上映】
須坂ロケ映画 里帰り上映
【須坂市シルキー第一ホール】
「アルビノの木」コメンタリー上映会
【日時】
2017年9月23日(土)
開場18時 上映19時〜20時30分 終了20時45分
【会場】
須坂市シルキーホール (3階 第1ホール)
【ゲスト】
金子雅和監督、松岡龍平(予定)
【入場料】
1,300円(前売り1,100円)※前売券は50枚(限定)です。
※前売券が売り切れた場合は、当日券の販売は行いませんのでご了承ください。
◆ワンドリンクサービス(須坂フルーツ発泡酒)
【前売券取扱場所】
須坂市観光協会(シルキー2階)、須坂市中央公民館、須坂市技術情報センター
「アルビノの木」凱旋上映会
【日時】
2017年9月24日(日)
開場9時30分 上映10時〜11時30分
舞台挨拶11時30分〜
【会場】
須坂市文化会館メセナホール(小ホール)
【ゲスト】
金子雅和監督、松岡龍平さん(ゲスト)
【入場料】
1,000円(前売り800円)※前売券は200枚(限定)です。
※前売券が売り切れた場合は、当日券の販売は行いませんのでご了承ください。
【前売券取扱場所】
須坂市観光協会(シルキー2階)、須坂市中央公民館、須坂市技術情報センター
*上記の前売券販売所に直接お問い合わせくださいますよう、宜しくお願い致します。
なお、11月18日(土)長野県上田市にある上田文化会館で開催される、第21回うえだ城下町映画祭映画祭にて初日プログラム「信州ゆかりの若手監督作品」でも、『アビルノの木』は上映をされます。
まとめ
金子雅和監督は日本で映画賞三冠の知らせを知った際に、次のようなコメントを現地の映画祭にビデオメッセージとして送ったそうです。
「素晴しい賞を3つも頂き、心から光栄です。私はこの映画の最終仕上げを考慮している時、仮編集版を見た友人の薦めがあり、ポルトガルの偉大な巨匠 マノエル・ド・オリヴェイラ監督の作品を見直し、大きな指針を得ました。ですので、ポルトガルでの受賞には非常に大きな意味があり、審査員の皆さまのご判断に深く感謝いたします。今回、ポルトガルに行けなかったことは非常に残念ですが、将来新しい作品で再び、フィゲイラ・ダ・フォズを訪れます。あがとうございました」
ロケ地長野県須坂市での里帰り上映や、今後の金子雅和監督の作品制作にも期待して見守りたいですね。
若き孤高な才能が日本に留まらず海外へと映画というツールでアプローチした姿勢により、そのロケ地となった地方や地域が他の世界でと繋がっていく素晴らしさは、価値観の二極化を避けられる多様性の保持ではないだろうか。
きっとこの映画は、あなたに気付かさせてくれるきっかけになるかも知れませんよ。