連載コラム「B級映画 ザ・虎の穴ロードショー」第90回
深夜テレビの放送や、レンタルビデオ店で目にする機会があったB級映画たち。現在では、新作・旧作含めたB級映画の数々を、動画配信U-NEXTで鑑賞することも可能です。
そんな気になるB級映画のお宝掘り出し物を、Cinemarcheのシネマダイバーがご紹介する「B級映画 ザ・虎の穴ロードショー」。第90回は戦慄のサイコスリラー映画『キラー・タトゥー 狂気の彫り師』。
ロンドンで女性の連続失踪事件が発生します。容疑者としてタトゥーアーティストの男が浮上します。彼には恐るべき秘密がありました。
倒錯した欲望を持つサイコキラーと女性捜査官の攻防を描いたサスペンス映画を紹介します。
【連載コラム】「B級映画ザ・虎の穴ロードショー」記事一覧はこちら
CONTENTS
映画『キラー・タトゥー 狂気の彫り師』の作品情報
【公開】
2020年(イギリス映画)
【原題】
Skinned / Killer Tattooist
【監督・製作】
テリー・リー・コーカー
【脚本・製作】
ブラッドリー・コーカー
【キャスト】
ルイス・カーク、ノーリーン・カミスキー、ヘイリー=マリー・アックス、ジョエル・ロスウェル、クラウディア・グレイス・マッケル
【作品概要】
女性客を恐るべき欲望の対象にしていたタトゥーアーティスト。連続失踪事件の容疑者として浮上した彼に、女性潜入捜査官が客を装って接近します。非道な残虐行為を描いたサイコスリラー映画。
アウシュビッツ強制収容所を題材にした映画『ガード・オブ・アウシュビッツ』(2018)、『エンジェル・オブ・アウシュビッツ 』(2019)、『エンジェル・オブ・アウシュビッツ』(2020)を手掛けたテリー・リー・コーカーが監督した作品です。
主演はドラマ『ザ・キャプチャー 歪められた真実』(2019~)のルイス・カークと『ファースト・コンタクト』(2017)のノーリーン・カミスキー。2人は共に『ガード・オブ・アウシュビッツ』に出演しています。
映画『キラー・タトゥー 狂気の彫り師』のあらすじとネタバレ
ペットとして飼っている巨大なワニに話しかける男。そして目覚めた彼は、床に飛び散る血痕を掃除し始めます。
几帳面に身支度を整えると男は自室から出ます。大規模なショッピングモールの空き部屋に住む男ネイサン(ルイス・カーク)は、車でタトゥーパーラーに向かいました。
店には予約をしていない女性ミア(クラウディア・グレイス・マッケル)が待っていました。ネイサンは彼女に施術を開始します。言葉巧みに彼女の心を開くと、夕食に招待するネイサン。
食事を終えるとネイサンは彼女を車に乗せて送ります。車のシートには、表面を汚さぬようにフィルムが貼ってありました…。
とある動画配信者の男ジャック(ジョエル・ロスウェル)がカメラの前で、闇サイトで購入したミステリーボックス、何が入っているか判らない送り主不明の箱を視聴者向けに開封していました。
中にはバラバラにした後つなぎ直した不気味な人形と顔を消した家族写真、トランプのジョーカーの札が入っています。さらに箱に入っていた物を見て言葉を失うジャック。
一方、麻薬の売人や客である中毒者が集う家にエバ(ノーリーン・カミスキー)がいました。薬の影響なのか、うつろな表情をした彼女の前で警察が踏み込み、部屋にいた者は次々逮捕されていきます。
そしてなぜか刑務所にいるネイサンの姿が映し出されます。彼はあり合わせの物で自作した道具を使い、囚人仲間にタトゥーしていました。この日は大男の囚人ノアに施術しているネイサン。
麻薬取引の関係者が逮捕される現場にいたエバは潜入捜査官でした。警察に復帰した彼女は上司のジョーダン警部補(ヘイリー=マリー・アックス)から、ジャックが開けたミステリーボックスに入っていた物を見せらます。
ジョーダンは9人の女性が失踪した事件と、闇サイトで販売された箱に関連があると睨みエバの意見を求めます。箱の中にあったのは人間の皮膚の断片には、スカリフィケーションという手法を用いて描いたタトゥーがあると気付いたエバ。
エバは潜入捜査の体験から心身ともに消耗していました。リハビリを続けながら証拠品を調べていた彼女は、タトゥーのデザインの特徴に気付きました。
エバは目を付けたネイサンのタトゥーショップに客として訪れ、彼の施術を受けました。父は外科医だったと語るネイサンは、彼女にスカリフィケーション手法のタトゥーを入れます。
エバが帰ると施術で剥した皮膚片を回収し、大切に冷蔵庫に保管するネイサン。その冷蔵庫にはルーシーと名を記したタッパーに肉片が入っていました。その肉をミンチにして調理しているネイサンは、ルーシーをどのように「処理」したか思い出していました。
タトゥーのコンベンション会場に現れたネイサンに、エバは偶然を装い接近します。会話を重ね親しくなるとネイサンに施術アーティストなのに、なぜ自分の肌にはタトゥーを入れないのか尋ねるエバ。
自分は貧欲でタトゥーを入れ始めると際限が無くなる、だから客の体に理想のタトゥーを入れるとネイサンは答えます。
エバは自らをロシア人と偽り近づきました。ネイサンから腕のタトゥーの文字の意味を聞かれると、エバは「栄養を与えるものが、私を破壊する」とエバは答えます。興味を抱いたのか、立ち去る彼女にまた会いに来て欲しいと告げるネイサン。
ネイサンはショッピングモール内にある自宅に戻ると、冷蔵庫に保管した”肉”を調理します。一室にはニアが縛られ監禁されていました。
彼は欲望に歪んだ笑顔でミアを言葉で攻めると、やがて彼女の体にメスを突き立てます。
事を終え血痕を掃除したネイサンは、バケツを持ちモールの地下室に入ります。彼はそこで何種類もの爬虫類を飼育していました。その中の大きなワニに「スタンリー」と呼びかけるネイサン。
ネイサンはスタンリーと名付けたワニに、切り取った皮膚に施されたタトゥーを見せます。そして「先に食べさせてもらったが、良い肉だ」と言ってバケツの中の肉をワニに与えます。
人間の皮膚で何かを製作し、調理した肉を食べるネイサン。そして刑務所にいる彼はタトゥーを施術中の囚人ノアに、ペットのスタンリーについて話します。エサをよく食べる生き物だったが責任を持って世話した、そして自分自身も食べなければ…と思わせぶりに話しました。
ネイサンは周りに迷惑をかけない条件でショッピングモールに住み続け、今日も店で施術しています。客が行方不明になったミアの恋人、ローラと知った彼はスカリフィケーションのタトゥーを提案します。
彼は遅くまで施術したローラを車で送ります。彼女が車内で自分から切除された皮膚を入れた、ローラと書かれたタッパーを見つけるといきなり殴り倒したネイサン。
捕らえたローラに勝ち誇ったように話しかけたネイサンは、彼女にミアと書かれたタッパーの肉を見せます。彼女が暴れ肉が床に落ちると、怒ったネイサンはその肉をローラの口に力づくで押し込めます。
新たな犠牲者を始末し片付けた彼の元に、エバから電話がかかってきました。彼女から会おうと言われたネイサンは、自分が作った料理を持っていくと提案します。承知したものの自分はベジタリアンだと彼に告げるエバ。
以前に事件の証拠品が入ったミステリーボックスを、カメラの前で開封したジャックのチャンネル登録者は劇的に増えていました。それに味をしめたのか、ジャックは再度カメラの前で闇サイトで購入した箱を開封します。
前回の箱にはタトゥーの入った革で作られた不気味な財布が入っていた、と手に取り説明するジャック。今回の箱は以前より大きいものでした。
中にはまた不気味な人形とラベルの無いドックフードに思える缶詰、マネキンの頭部、そして「2回開けろ」と書かれえたタッパーが入っています。悪臭のするタッパーを開け、アルミホイルの包みを開くジャック。
その中に切り取られた心臓が入っています。メッセージに従いそれを開くと、中にはUSBメモリスティックが入っています。ジャックが中身を確認すると、不気味な映像が流れます。
同じ頃自ら調理した料理を手にしたネイサンが、エバの自宅を訪ねていました…。
映画『キラー・タトゥー 狂気の彫り師』の感想と評価
スタイリッシュなタトゥーアーティストが客として現れた女性を殺害、皮を剥ぎその肉を調理し…。
ホラー映画好きなら注目してしまう設定です。映像も雰囲気があり、主演俳優2人の演技も多くの方が合格点を付ける作品です。
人間の皮膚を使って色々な品物を作る、モデルは『サイコ』(1960)や『悪魔のいけにえ』(1974)など、数多くのホラー映画に影響を与えたエド・ゲイン事件でしょう。
犠牲者の遺体をワニに与え処分する。これはトビー・フーパー監督の『悪魔の沼』(1976)、いや『悪魔の沼』にインスパイアを与えたジョー・ボール事件が元ネタでしょうか。
過去と現在が交差する展開も見どころです。ネイサンが刑務所にいるシーンは、当初これは映画が描く事件以前の出来事と思った方もいるでしょう。観客に時系列を誤解させる”映画版「叙述トリック」”は、『ソウ2』(2005)を意識したかもしれません。
やがてこの刑務所のシーンは事件後の姿だ、と気付いた人も、まさかこんな理由で刑務所にいたとは思わぬはず。悪趣味に徹するだけでなく、ミステリー映画を好む人も意識した要素も数多く用意された映画です。
ミステリー映画要素にあふれた作品
世界各国の多くでネット配信・テレビ放送で公開された本作。レイティングもアメリカでTV-MA、大人向けの作品と指定されました。
テレビ放送可能な作品ですからゴア描写・残酷描写(およびエロ描写)は控え目です。お肉を調理するシーンは多数登場しますが、その「下ごしらえ」は画面に映りません。安心しました?それとも残念ですか?
それでも不気味感・不快感はしっかり表現できてますから、お食事シーンに悪い印象は持たないはず。サイコパス的殺人鬼の不気味さと危険な魅力はしっかり描かれています。
このネイサンがショッピングモールに住んでいる、彼の犯罪の証拠をミステリーボックスという形でネット配信者が紹介する。これらは強引な設定だと違和感を覚えるでしょう。
しかしラストで全てに裏があったと明かされます。これもお見事な構成だと高く評価されて良いはず。映画を見ずにあらすじネタバレを読んだ方は、本作を傑作ミステリー映画と確信したでしょうか。
ところが本作をご覧の方々の評価は残念ながら思わしくありません。世界各国の映画紹介サイトを見ても、ここまで酷い感想の並ぶ映画も珍しいと思える状態です。
既に本作をご覧の方は、これらの感想に「同感だ」と思う人が多数派と思われます。ではなぜこんな結果になったのか解説していきましょう。
しかし残念な評価が多数寄せられている模様
ミステリー小説における「叙述トリック」とは、作中の人物の性別や役割(探偵と思っていた人物が犯人だった)など、記述で読者にミスリードを与え事実と異なる思い込みを与えるものです。
これは映画化が難しい小説ならではの手法です。しかし冒頭でも紹介しましたが”映画版「叙述トリック」”として使用されるテクニックが、観客に時系列を誤解させる手法で『ソウ2』などの作品で体験した方も多いでしょう。
当然ながらこのテクニックが成功するには、現在・過去を誤解させ両者が一見同じ時間に見えるような編集が欠かせません。しかし本作はそのような映画の中の時間の表現が失敗しています。
『キラー・タトゥー』には「現在」のシーンから、「過去?」に飛ぶ編集が多数登場します。この「過去?」が本当にあった出来事のフラッシュバックなのか、単なる登場人物のイメージなのか、現在進行形で別の場所での起きている事なのか、実に判別困難です。
お陰で観客は混乱し、その結果刑務所のシーンの「叙述トリック」の印象も薄れています。スタイリッシュに撮影されたシーンを考え無くつないだだけ、と感じた方も多いでしょう。
観客は見ている映画にアラがあると感じると、ますますアラ探しを始めるものです。すると映画にあるおかしな描写が目につき始め、例えばネイサンを追う女刑事エバの潜入捜査官設定は、本当にストーリーの中で生かされているのか気になり始めます。
潜入捜査中のエバはともかく、彼女の上司の警部補まで単独行動して良いのか悩みます。警官の行動としては説得力に欠け、1人で動いた理由も説明されません。彼女が警官を引き連れで行動してれば別の結果があったかも…これは出演者の少ない映画ならではの事情でしょうか。
そして「主人公の捜査官が自分を囮にしたとはいえ、被害者にあんな事をさせていいの?」と誰もが疑問に思うはずです。
その結果被害者は…。ラストのどんでん返しも伏線を観客に明示出来ていたとは言い難く、強引に付け足したものと誤解されがちです。そもそもこのどんでん返しに、B級映画的に「取って付けた」どんでん返しがあるのはご愛敬でしょうか。
その結果、本作は「残念な映画」という印象が強くなっています。いや、だからこそB級映画ファンが愛すべき映画だ、「B級映画 ザ・虎の穴ロードショー」に相応しい作品だ、とも言えるでしょう。
まとめ
設定からして『羊たちの沈黙』(1991)を思わせる、そして様々な仕掛けを持つサイコサスペンス映画『キラー・タトゥー 狂気の彫り師』。
しかしそれらが物語として機能していた、とは言い難い作品です。映画の編集って大事だなぁ、と気付かせてくれる、何とも愛おしい作品と呼べるでしょう。
この映画は世界的に厳しい声が寄せられていると紹介しましたが、そんな多くの意見も出演陣に対しては実に好意的です。
恐るべき犯罪者ネイサンを演じたルイス・カーク、彼を追う捜査官エバを演じたノーリーン・カミスキーの演技は説得力があるものでした。
他の出演者もテリー・リー・コーカー監督作品の常連が多く、監督と出演者の間には信頼関係とイメージの共有が築かれていたのでしょう。これで演技もダメなら、もっと惨い評価になっていたはずです。
それでも危険な雰囲気と不気味感漂う映像は、ホラー映画ファンを満足させるはず。もし本作が日本でテレビ放送用に短縮版が作るなら余計なシーンをカットして展開を整理し、吹替で説明セリフを加えればもっと見やすくなるでしょう。
そしてあらすじネタバレを読み本作を傑作と勘違いした方、ごめんなさい。同時に「映画より紹介文の方が面白かった」と思って頂ければ、ちょっと嬉しいです。
映画という映像作品は、ネタバレを読もうが本当の意味で楽しんだことにはなりません。ストーリーと別に存在する様々な魅力や残念な部分など、あなたの発見を映画鑑賞の中から見つけて下さい。
B級映画、ジャンル映画を愛する方なら、常にそんな姿勢で映画に向き合っておられるはず。特にこのコラムをお読みの方であれば。
【連載コラム】「B級映画ザ・虎の穴ロードショー」記事一覧はこちら
配信状況などはU-NEXT公式サイトをご確認ください。
増田健(映画屋のジョン)プロフィール
1968年生まれ、高校時代は8mmフィルムで映画を制作。大阪芸術大学を卒業後、映画興行会社に就職。多様な劇場に勤務し、念願のマイナー映画の上映にも関わる。
今は映画ライターとして活躍中。タルコフスキーと石井輝男を人生の師と仰ぎ、「B級・ジャンル映画なんでも来い!」「珍作・迷作大歓迎!」がモットーに様々な視点で愛情をもって映画を紹介。(@eigayajohn)