連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」第50回
「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」の第50回で紹介するのは、イライジャ・ウッド主演のサスペンス映画『プライス 戦慄の報酬』。
苦手だったり、疎遠になったりした親族がいる人もいるでしょう。それでもある日、意を決してその人物と再会すると、何だか居心地が悪くなってしまい…なんて経験が起こりうることも、誰もが想像出来る事実です。
そんな残念な再会を経験する男を演じるのがイライジャ・ウッド。しかし彼が感じた違和感は、想像を越えた事件の始まりに過ぎなかったのです…!
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CONTENTS
映画『プライス 戦慄の報酬』の作品情報
【日本公開】
2020年(カナダ・ニュージーランド・アイルランド・アメリカ合作映画)
【原題】
Come to Daddy
【監督】
アント・ティンプソン
【キャスト】
イライジャ・ウッド、スティーブン・マクハティ、マーティン・ドノヴァン、マイケル・スマイリー
【作品概要】
疎遠な間柄の父と30年ぶりの再会を遂げた男が、奇妙な事件に巻き込まれてゆくサスペンス・スリラー映画。主演は子役時代から長らく活躍し、「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズで世界的スターとなったイライジャ・ウッドです。
共演は70年代から活躍し、『ウォッチメン』(2009)では初代ナイトオウル、『ブルーに生まれついて』(2015)ではイーサン・ホーク演じるジャズミュージシャン、チェット・ベイカーの父を演じたスティーブン・マクハティ。『ABC・オブ・デス』(2012)シリーズや『ターボキッド』(2015)のプロデューサーを務めた、アント・ティンプソンの初長編監督作品です。
モリンス・デ・レイ・ホラー映画祭で観客が選ぶ最優秀作品賞と、審査員が選ぶ最優秀脚本賞を受賞。ヌーシャテル国際ファンタスティック映画祭でユースジュリー賞(青年審査員賞)を獲得した作品です。
映画『プライス 戦慄の報酬』のあらすじとネタバレ
“父親の罪は子に帰する”というシェイクスピアの「ベニスの商人」からの引用と、”パパみたいな人はいない”とのビヨンセの曲、「Daddy」からの引用を紹介して映画は始まります。
林の中の一本道に停まったバスから、都会的な出で立ちで大きなキャリーケースを下げた男、ノーヴァル(イライジャ・ウッド)が1人降りました。
彼は林の中をキャリーケースを引いて進み、そこを抜け浜辺に出ます。手紙に書かれた手書きの地図で行き先を確認し、海辺の岩場に建つ奇妙なデザインの家を訪れます。
ためらった後、玄関をノックし現れた相手に父さんと呼びかけ、息子だと名乗るノーヴァル。
彼は長らく疎遠であった父から会いたいとの手紙をもらい、はるばる訪ねて来たのでした。父のブライアン(スティーブン・マクハティ)は息子の顔を見て驚き、抱きしめます。
招き入れられたもののノーヴァルは家の形が、まるで1960年代のUFOみたいだと語るなど、ぎこちない会話を交わします。
荷物を広げていたノーヴァルに、ブライアンは写真を撮って母に見せてやれと提案します。ノーヴァルのスマホで自撮りをする2人。ところが誤って父がスマホを海に落とします。
そのスマホは20台しかない限定品で、ノーヴァルはショックを受けます。しかし父はがさつな態度をとり、悪びれた様子を見せません。
2人は一緒に料理しますが、ブライアンは息子に母の様子を尋ねます。今は体調が悪く、父の話はしないと伝えるノーヴァル。
一時的に母と暮らしていると聞き、その年で母と同居はおかしくないか、一緒に寝ているのかとからかう父。切った肉をフライパンに投げ込むなど、ノーヴァルには父の振る舞いが無神経なものに感じられました。
夕食時にブライアンにワインを勧められ、飲めないと答えるノーヴァル。彼は過去にアルコール依存症となり、挙句に自殺未遂を起こしたと告白します。
その話を聞いた父は、自分のグラスにだけ酒をなみなみと注ぎ、ゆっくりと飲みつつ酒が欲しいか、と誘うように訊ねてきました。
食事を終えたノーヴァルは、父の仕事は何かと聞きます。今は引退したが、かつてはリムジンの運転手を務め、多くの芸能人を運んだと語るブライアン。
音楽業界で働くノーヴァルは、やっと父と共通の話題が出来たと思い、自分の仕事ぶりを説明し、エルトン・ジョンら有名人と交流があると話します。
すると父も、息子が告げたエルトン・ジョンの本名、レジナルドの名を出し、10年前に彼の専属運転手を務め、様々な世話をして共に飲み話をする友人だったと告げました。
今からエルトン・ジョンに電話をして、親子2代で付き合った仲だと知らせようとします。夜も遅く迷惑な振る舞いだと、その電話を強い口調で止めさせたノーヴァル。
電話を止めたブライアンは、実はお前は知り合いではないんだろうと告げ、軽蔑したような笑いを浮かべました。
眠る前に歯を磨くノーヴァルの前に、ブライアンが現れます。彼は自分の息子を喧嘩も出来ない臆病者呼ばわりします。
自分は喧嘩沙汰の際に相手の片耳を切り落とし、切り口から相手の骨を見たこと告げ、おやすみと言って去るブライアン。
ノーヴァルは父から手紙をもらい、期待を胸に現れました。しかし父は首のタトゥーを入れた姿で現れ、その上乱暴な態度を取られた彼はベットに入っても眠れません。
すると話し声がします。どうやらブライアンはジェスロという相手と電話している様子で、何かもめ事を抱えているようでした。
何かの物音に気付いたらしく、父は電話を切りました。ノーヴァルが慌てて眠ったふりをすると、その部屋のドアを開け、様子を伺いに現れるブライアン。
翌朝、ノーヴァルは改めて父に、手紙を寄こし家に招いた理由を訊ねますが、ブライアンは泳ごうと言って返事をはぐらかします。
ノーヴァルは家の電話を使い、母の具合を尋ねます。そして久しぶりに再会した父の印象を打ち明けました。
実際に会った父は、想像していた人物とは全く異なっており、違和感を感じていると彼は打ち明けます。父は人付き合いが苦手なだけかも、と母に説明するノーヴァル。
やがて判り合えるようかもしれない、と彼は母に語ります。その後父と共に浜辺に現れ、海に浮かぶノーヴァルのすぐ側に、ブライアンは石を投げ込んできました。
家に戻ったノーヴァルが風呂に入っていると、また父の声がします。独り言でしょうか、あいつは死んだ、子守はゴメンだと叫ぶブライアン。
耐えかねたノーヴァルは、手紙を寄こし自分を呼んだ父が、なぜこんな態度を取るのだと言い寄ります。会話を拒む父に、彼は説明を迫ります。
ノーヴァルが5歳の時ブライアンは蒸発し、それから30年が経っていました。父から再会を望んだはずですが、2人はまともな会話すらしていません。
そう追及してもブライアンは息子に、お前は判っていないと繰り返すばかりです。それどころか感動の再会など望んでないと、ノーヴァルを罵りました。
罵声をあびせ、息子を突き飛ばし始めたブライアン。耐えるノーヴァルの前に、父は包丁を持ち掴みかかってきます。
身の危険を感じたその時、父は突然発作を起こして倒れます。思いがけない出来事に驚くしかないノーヴァル。
父の呼吸は停まり、間違いなく死んでいました。彼は救急に電話しましたが、報告を受けた相手は検視官が到着するのは金曜になるので、それまで待つよう指示しました。
父の亡骸にロッカーから出した毛布をかけるノーヴァル。ロッカーには息子との思い出の品でしょうか、虎のぬいぐるみがあり、彼は父の意外な一面を知ります。
関係者に事情を説明し、父の死体と家で過ごすことになったノーヴァル。
翌日、家にパトカーが現れます。現れた警官は父が倒れた事情を厳しく追及してきますが、ノーヴァルはありのままを話すしかありません。
警官は悪党はレーズンのような暗い目をしている、だがお前の目は違うと告げ、彼の言い分を信じてくれました。
そして警官は毛布をめくり、ブライアンの遺体を確認します。その瞳こそレーズン色をしているように見えます。
次いで女検死官のグラディスが現れ、死体は引き取ります。言われるままに書類にサインしていると、検死官からも優しい目をしていると指摘されるノーヴァル。
何かあったら連絡するようグラディスから渡された名刺を手に、ノーヴァルは浜辺でたたずんでいました。何か物音が聞こえます。正体は風に飛ばされた虎の絵が描かれた、どこかの商店のビニール袋で、それは彼の顔に被さりました。
家に戻り着替え、ベットに入ったノーヴァル。次の日グラディス検死官は、防腐処理をした父の亡骸を持ってきました。ノーヴァルは彼女と共に、車から家まで遺体を運びます。
検死官は彼を気遣い話かけますが、悲しむ程に父を知っていなかったと、正直に打ち明けるノーヴァル。
グラディスは自分の夫が亡くなった時、1時間ほどしゃべったと告げ、彼にも語ることを勧めますが、ノーヴァルは大丈夫だと答えました。
改めて1人眠りにつこうとするノーヴァル。ところが奇妙な物音が聞こえてきます。どうやら床下の方から聞こえるようです。
音のする方に進み、恐る恐る父の部屋に入って、ベットに置いた父の亡骸を収めた死体袋に異常が無いか確認するノーヴァル。
翌朝もノーヴァルは落ち着けずにいました。着替えの最中にまた物音がします。検死官に貰った名刺を手に連絡すべきか迷っていると、いきなり電話のベルが鳴ります。
電話を取ったノーヴァルが呼びかけても、相手から応答はありません。電話を切った彼は父の遺体の様子を見ましたが、やはり異常は感じられません。
今夜もベットで横になると物音がします。耐え兼ねて黙れと叫びますが音は収まりません。翌朝彼は、憔悴しきった表情をしていました。
トイレからふと窓の外を眺めた彼は、林の中に人影を見つけ驚きます。恐る恐る見返すと、そこには誰もいません。精神的に追い詰められ、父の残した酒に手をつけるノーヴァル。
長らく禁酒していた彼は、久々の酒に溺れます。物音がしても気に留めず、酔った勢いで彼はグラディスに電話します。
彼はこの家に来るよう検死官に頼み込みますが、もう遅い時間だと断られます。ノーヴァルは必死に頼みますが、最後には彼女が電話を切りました。
するとまた物音がします。もしや電話のベルに反応しているのではと、彼は受話器で電話を叩き鳴らします。すると応えるように物音が響き、驚いたノーヴァル。
彼は酒瓶を手に父の寝室に向かい、死体袋を開けて生前も、死んでからも自分を苦しめる父に叫び不満をぶつけると、遺体と同じベットに横たわります。
いつの間にか眠っていたノーヴァルは、目覚めた時には落ち着きを取り戻し、父の亡骸を収めた遺体袋を閉じ部屋を後にしました。
冷静になった彼は、部屋の壁の一部が外せると気付きます。そこを外すと物置になっており、中には古いダンボール箱があります。
箱の中には、古いグローブやアルバムが入っていました。アルバムには若き日の母や、この家にあったものでしょうか、虎のぬいぐるみを抱いた幼いノーヴァルの写真がありました。
そこに写った父ブライアンの姿は、どう見ても今死体となって横たわっているブライアンに似ていません。写真を手に改めて遺体と対面するノーヴァル。
やはり写真の人物と、遺体となった人物は別人です。するとまた物音が響き始めます。彼は改めて音の出どころを探します。
ノーヴァルは居間から音が出ていることに気付きます。テーブルをどけカーペットをはがすと、床にはハッチの蓋がありました。
音は蓋の下から聞こえるようです。ノーヴァルはハッチの蓋を開け懐中電灯を手に、恐る恐るハシゴを使い降りていきました…。
映画『プライス 戦慄の報酬』の感想と評価
参考映像:『ダーティー・コップ』(2016)
『わが心のボルチモア』(1990)や『フォーエヴァー・ヤング 時を越えた告白』(1992)などで子役として注目を集め、『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズのフロド役として、世界的な人気を獲得したイライジャ・ウッド。
ところがフロドを演じた人気俳優は、『シン・シティ』(2005)ではメガネ姿の食人殺人鬼(!)を演じ、『マニアック』(2012)ではサイコな殺人鬼を熱演し人々のド肝を抜きました。
『ゾンビスクール!』(2015)ではお子様ゾンビと対決するなど、実はB級悪ノリ映画に出演するのが大好きなイライジャ・ウッド。彼が今やB級映画の顔役、「未体験ゾーンの映画たち2020」で2本も主演作が公開された、ニコラス・ケイジの影響を受けないはずがありません。
『ダーティー・コップ』でニコラス・ケイジと共演し、すっかり心服した…かどうかは判りません
が、ニコラス・ケイジ主演の『マンディ 地獄のロード・ウォリアー』(2018)では、製作に回りサポートしています。
実は熱演・怪演が大好きな俳優、イライジャ・ウッドの本領が発揮された映画こそ、今回ご紹介した『プライス 戦慄の報酬』です。
監督の実体験を奇想天外に発展させる
本作は自分の実体験が元になっている、と多くの場で語っているアント・ティンプソン監督。長い闘病の末に実父が亡くなった後、遺体を防腐処理して家に戻し、夜を通して共に過ごし、故人について静かに思いを巡らした体験が元になっています。
日本の通夜と同じと思われるかもしれませんが、欧米のキリスト教式の葬儀では、遺体は葬儀場に安置し、そこを訪れて故人と対面するのが主流です。
ニュージーランド出身の監督は、マオリ族の文化に遺体と家で過ごし、故人を偲ぶ習慣があると知っていましたが、実際に自身が感じた奇妙な感情を、この映画のアイデアとしました。
とはいえ亡父へのオマージュにしては、悪ノリが過ぎるこの映画。しかしジャンル映画の製作者の監督は、自分同様ブラックなユーモアを愛した父に相応しい内容だと語っています。
自分のアイデアをコメディホラーを書いた脚本家に持ち込み、肉付けして作られたストーリーが、この映画として完成したのです。
奇妙な物語を織り成すキャストたち
常識外れな役を演じるのが好きなイライジャ・ウッドは、本作の脚本を読みまず面白いと感じました。頼りなくどこか親しみを与える主人公の滑稽な姿を、過剰にならない演技で表現しています。
彼は監督と共に主人公の印象に残るスタイル、場違いなファッションに、キリアン・マーフィー主演のドラマ「ピーキー・ブラインダーズ」のような髪形、右耳の下には「音」「命」の漢字タトゥーを入れた、奇抜な姿を作り上げていきました。
共演者との会話劇でサスペンスとして始まる物語は、いつの間にかブラックユーモアで満たされます。監督は主人公と最後に対決する、『フリー・ファイヤー』(2016)や『マダムのおかしな晩餐会』(2016)に出演した、マイケル・スマイリーの演技を高く評価しています。
コメディアンでもある彼は、監督と話し合い様々なアイデアを出し、楽しんで即興で様々な姿を演じました。彼の演技に注目すると、実に「遊んで」いるなと実感できます。そのような俳優と仕事を共にするのは、素晴らしい体験だったと振り返る監督。
本作の後半はダークな笑いに満ちていますが、イライジャ・ウッドはドタバタ喜劇として演じません。人生で最も奇妙な出来事に遭遇した主人公を、最後まで巻き込まれた人物として表現します。
このブラックユーモアが、サスペンスで見せる前半と、親子の物語を総括するラストと合さると、何か居心地悪く感じる方もいるでしょう。この映画、本当にこのシーンで笑っていいの?、そんな気分になるかもしれません。
深く考えることはありません。主人公が必死であるほど、馬鹿げた状況との落差が面白いのです。深刻な顔で下ネタ、ブラックネタと格闘するイライジャ・ウッドの姿を楽しんで下さい。
まとめ
どこか奇妙なユーモアをたたえたサスペンス映画『プライス 戦慄の報酬』。想像のつかないノリ展開を楽しむべき作品で、ブラックコメディを愛する人にお薦めです。
そして仕事の選び方が、どこかニコラス・ケイジ化しているイライジャ・ウッド。B級ジャンル映画のファンは、間違いなくこちら側の映画の住人になりつつある、彼の姿を確認するためにも見るべき作品です。
B級映画ファンにとって、実に頼もしい仕事選びをしているイライジャ・ウッドですが、『ハリー・ポッター』シリーズで世界的人気者になったダニエル・ラドクリフも、舞台劇を含めこの先輩を見習ったかのような、趣味の良い(?)仕事選びを続けています。
彼らにとって世界的大ヒット作出演で得た富と名声の意味は、決してセレブとして振る舞うことではなく、今後自由に自分がやりたい仕事を選ぶための手段でしょう。
ところで本作に登場する、窒息プレイ専門(…)のお姉さんの名前はプレシャスです。「ロード・オブ・ザ・リング」でイライジャ・ウッド演じるフロドは、例の指輪を巡り大冒険をします。
その指輪をゴラムは劇中で有名なセリフ、「愛しいしと=My precious(プレシャス)」と呼んでいます…。本当にこの映画、色んなところに黒い笑いが潜んでいるのです。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」は…
次回の第51回は太平洋戦争の転換点となった激戦の秘話を描く戦争映画『ミッドウェイ 運命の海』を紹介いたします。お楽しみに。
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