連載コラム「B級映画 ザ・虎の穴ロードショー」第100回
深夜テレビの放送や、レンタルビデオ店で目にする機会があったB級映画たち。現在では、新作・旧作含めたB級映画の数々を、動画配信U-NEXTで鑑賞することも可能です。
そんな気になるB級映画のお宝掘り出し物を、Cinemarcheのシネマダイバーがご紹介する「B級映画 ザ・虎の穴ロードショー」。記念すべき第100回はフランス発の水中ホラー映画『ザ・ディープ・ハウス』。
湖の底に沈むいわく付きの屋敷内を撮影していたカップルが、奇怪な現象に遭遇します。2人を襲う恐怖の正体とは?果たして彼らは水中幽霊屋敷から脱出できるのか?
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CONTENTS
映画『ザ・ディープ・ハウス』の作品情報
【公開】
2022年(フランス・ベルギー映画)
【原題】
The Deep House
【監督・脚本】
ジュリアン・モーリー、アレクサンドル・バスティロ
【キャスト】
ジェームズ・ジャガー、カミーユ・ロウ、エリック・サバン、アレクシス・セルバース、アン・クレサン、キャロライナ・マッシー
【作品概要】
世界各地の心霊スポットである廃墟を動画で紹介しているYouTuberカップルは、フランスの湖底に沈む屋敷の撮影に挑みました。しかしその屋敷には何かが潜んでいたのです…。水中を舞台に展開する幽霊屋敷ホラー映画。
監督・脚本は『屋敷女』(2007)や『レザーフェイス 悪魔のいけにえ』(2017)のジュリアン・モーリーとアレクサンドル・バスティロ。
主演はミック・ジャガーの息子で『アウトポスト』(2019)に出演のジェームズ・ジャガーと、モデルとしても活躍している『ノーリミット 果てなき深淵』(2022)のカミーユ・ロウが務めました。
映画『ザ・ディープ・ハウス』のあらすじとネタバレ
ウクライナにある廃墟となった診療所を訪れるニューヨーク在住のティナ(カミーユ・ロウ)とベン(ジェームズ・ジャガー)。
2人はいわく付きの心霊スポットを訪れ撮影し、その動画をアップしているYouTuberでした。3ヶ月後、2人はフランスの南西部を訪れます。
今回は人口湖に沈んだ建物を潜水して撮影するつもりでした。しかし車で向かった湖は観光客が多数集まる平和な場所でした。
前回の動画の再生数も伸び悩んでおり、見込み違いに焦るベンにティナは観光して楽しもう提案しましした。しかしベンは地元の老人ピエール(エリック・サバン)から、気になる話を聞き出します。
森の奥にあまり人に知られていないフレー湖があるというのです。ピエールの案内でその場所を訪れようとティナに提案するベン。
フレー湖は地図にも載っていない、度重なる水害で人々が放棄した後1984年に誕生した人口湖でした。老人の話ではそこに水没した屋敷があると言うのです。
2人はピエールの案内で天地に向かいます。湖に近づくには最後の数㎞は車から降りて歩かねばなりません。2人は潜水器具と撮影機材を持ち、ピエールの後を追いました。
やがてうっそうと繁る木々に囲まれたフレー湖に到着します。スキューバダイビングの装備を身に付け、ピエールに見守られながら水中撮影用のドローンと共に潜水する2人。
今回撮影した動画の再生回数が100万回を超えたら、ラスベガスで結婚式を挙げようと告げるベン。2人は無線で会話を交わしつつ、多くの魚が泳ぐ湖の中を潜って行きました。
ピエールが説明した通りに水没した階段に沿って進むと、水深30mあたりに屋敷が現れました。周囲を取り囲む柵には何故かマリア像とニワトリの剥製が縛りつけてありました。立ち入り禁止の表示板がある柵を越え、2人は屋敷に向かいます。
敷地内に入ると、不思議な事に多数いた魚が姿を消していました。そしてモンティニャク家と書かれた霊廟を見つけるベン。
霊廟に近づくと機器の不調なのか、ベンが流していた音楽が乱れます。霊廟の扉を開けようとするベンを不吉だと告げ止めるティナ。そして2人はモンティニャク一家の屋敷に向かいます。
屋敷の入り口の鋼鉄製の扉は閉ざされていました。水没し放棄するしかないはずの屋敷は、不思議な事に厳重に閉鎖されていました。しかし周囲を探索し屋根裏部屋の窓を開ける事に成功した2人。
ベンとティナは撮影用ドローンに続いて屋敷の中に入ります。屋敷の中には家具に本、人形など住民の残した物が大量にありました。扉を開けると暗い室内にドローンを先に進ませ、2人は屋敷の奥へと進みます。
2人は無線で会話を交わしていましたが、ティナはベンと異なる何者かの声を聞いた気がしました。それはノイズだと説明するベン。奥の部屋の壁には古い猟銃と、モンティニャク家の人々の肖像画がかけられていました。
壁に掛けられた動物の頭蓋骨の前で写真撮影する2人。しかしある部屋に入った時、違和感を覚えます。
その部屋には家財道具や8ミリフイルム、机の上にはテープレコーダーや映写機などが整然と並び、とても40年近く前に水没した家の中とは思えない生活感がありました。
しかも部屋には家族のもの以外の無数の子供たちの写真や、ピエロのマスクや子供用の木馬がありました。視聴者受けしそうな場所を見つけた、とはしゃぐベンを不安を覚えつつたしなめるティナ。
突然ベンがカーテン越しに人影を見た、と言い出しました。撮影しているカメラの映像にノイズが走りますが、彼が確認すると誰の姿もありません。
冗談だったら止めて欲しいとティナは訴えますが、今度はドローンが撮影する映像が乱れ切れました。ベンがコントローラーを触ると映像は復活します。
2人は下の階に向かいました。玄関の扉を開けるとその先は板で塞がれ、逃れようとした者がいたのか無数の引っ搔き傷が付いていました。誰かが監禁されていたのかも、と口にするベン。
突然ピアノを鳴らした音がします。屋敷内に他のダイバーがいるはずもありません。ベンは抜いたナイフを握り、ドローンをピアノのある部屋に進ませました。
ドローンのソナーは何か動く物を検知していましたが、やがて反応は消えました。2人は部屋の奥の様子を伺います。
動いた物の正体は掴めません。今起きた現象をベンは合理的に説明しようとしますが、不吉な予感に襲われたティナには納得できません。
ベンも今は不安を感じていると認め、こんな体験は初めてだと口にしました。しかし幽霊屋敷など現実には存在しない、凄い動画になるし君も先を見たいはずだと主張するベン。
2人は残る部屋の探索を開始します。しかし次に入った部屋の壁には、行方不明になった子供たちを探し求めるポスターや、それを報じる新聞記事が多数貼ってあったのです…。
映画『ザ・ディープ・ハウス』の感想と評価
水中が舞台のホラー映画で幽霊(ゾンビ?)が登場…。意外な設定のようでルチオ・フルチの『サンゲリア』(1979)、そしてジョージ・A・ロメロも『ランド・オブ・ザ・デッド』(2005)などで水中で活動するゾンビを登場させています。
フランスはスペインと合作映画『ナチス・ゾンビ吸血機甲師団』(1980)に、湖に潜む恨みを抱いて人々を襲うゾンビが登場します。『ザ・ディープ・ハウス』との共通点を感じた方もいるでしょう。
とはいえ水中撮影での撮影は困難が伴うもの。B級ホラー映画と言えば低予算というイメージがありますが、なぜ費用がかさみ困難を伴う設定の映画を作ろうとしたのでしょうか。
インタビューで共同監督のジュリアン・モーリーとは、毎回毎日のように映画のアイデアを出し合っていると語ったアレクサンドル・バスティロ。
私たちはダリオ・アルジェント監督の『インフェルノ』(1980)や、ニール・ジョーダン監督の『IN DREAMS 殺意の森』(1999)の水中シーンに恋してる、と彼は言葉を続けました。
「突然アイデアが浮かんだのです。水中?お化け屋敷?実にクールなアイデアだ、これを”ディープ・ハウス”と呼ぼう。本作のコンセプトはすぐに生まれました」
その翌日、2~3年程前から一緒に映画を作るアイデアを探していたプロデューサーに、このアイデアを伝えます。こうして本作の製作はスタートしたのです。
ダイバーとセットを駆使して描いた”本物の水中幽霊屋敷”
しかしフランスで映画製作の資金集めは難しい、特にホラー映画製作は、と語るバスティロ監督。だからお金をかけずに済む複雑な手法を使い、更にコロナパンデミックの影響もあり実にスピーディーに撮影は進んだと話しています。
『アクアマン』(2018)や『シェイプ・オブ・ウォーター』(2018)など、最近の映画の水中シーンはグリーンスクリーンを背景にして撮影され、CGで視覚効果が追加されると説明したジュリアン・モーリー監督。
「しかし私たちは本作を鑑賞する観客に、日常とは異なる環境の中に身を置いている直感的感覚を味わって欲しかったのです」。彼はその意図をこう語りました。こうして本作は実際の水中に実物大のセットを組み、その中で撮影されたのです。
映画の主な水中シーンは、ベルギーにあるヨーロッパ最大の水槽で撮影されます。セットである屋敷は巨大な格子状のステージの上に建てられ、徐々に水中に沈める事が可能でした。
幽霊屋敷の内部には生活感を感じさせる装飾が施されます。それを長時間水に漬けていては痛んで台無しになる、そこで段階的に屋敷を水に沈め、階ごとに撮影を進めたのです。
何より水中に潜むゾンビのような幽霊を演じられる人物、ダイバーを手配する必要があります。特に重要なのがモンティニャク家の娘サラを演じる若い女性。
アレクサンドル・バスティロはこのように語っています。 「11~12歳位の女の子で、水深6mの環境で酸素無しでダイビング可能な人を見つけるのは大変困難です」
「私たちは幸運にもモナコでキャロライナ・マッシーを見つける事ができました。撮影時彼女は11歳でしたが、おそらく3~4年前からフリーダイバーでした。 フリーダイビングは彼女の情熱です」
「こうしてCGI や特殊効果無しで、セット上で実際の幽霊を使って全ての撮影を行うことができたのです。画面に表示されているものは、全て実際に撮影されたものです」
2人の監督がこだわって作った水中シーン、その成果はぜひ本作を鑑賞して確認して下さい。
ホラー映画ファンの予想を裏切ることを狙う監督
本作のラストシーンについて、ネタバレ・結末の記載部をお読みで無い方に配慮しつつ紹介します。フランスで本作が劇場公開されると、監督たちは試写会などの多くの場所で観客とのQ&Aを行いました。
その際、何人かの観客は本作のラストに対し”腹を立てて”いました。「それこそが本作でやりたかった事で、私はこの反応を見て満足しました」と語るジュリアン・モーリー。
「物語の行方が読めない展開ほどエキサイティングな事はありません。観客としても全ての展開を推測しても、誰が生き残り誰が死ぬのか判らない状態は素晴らしく、監督にラストを持っていかれるのは実にクールです。これもまた映画体験の一部でしょう」
本作を手がけた両監督の代表作『屋敷女』は、いわゆる「胸糞な展開と描写」で有名な作品ですが、同時にホラー映画に慣れた観客たちの意表を突き、予想を上回る過激な描写を見せた作品と呼べるかもしれません。
他の場所ではモーリー監督はこうも語っています。「私たちには観客を驚かせる方法を見つける事こそ常に課題です。観客が映画を見ている際、物語がどこに向かっているのか判らない様にするのが大好きだからです」
「この思いは映画を撮っている時も、脚本を書いている時も同じです。観客として観たいと望む物語、チケットを払ってでも観たいと思う映画を作る事を常に心がけています」
その結果冒頭のあるシーンが、ラストで残酷な意味を持っていたと気付かされるのですが…。あなたはこのラストを予想出来ましたか?
まとめ
水中を舞台にした幽霊屋敷映画…幽霊にしてはゾンビのような存在感がありますが、監督たちは「幽霊」と語っています…という設定がユニークなホラー映画『ザ・ディープ・ハウス』。
何で水中の廃墟に生活感があるの?しかも電気まで通じている…というツッコミは自然な反応ですが何と言っても相手は「幽霊屋敷」、あり得る描写だと広い心で許してあげましょう。
それでもあの一家の息子はどうして逃げ延びた?、今までどうやって犠牲者を誘い込んだ?と疑問は尽きません。また浮上するには危険な深さの環境、『海底47m』(2017)のようにダイビングの危険性を濃密の描写した方が緊張感を高めたかもしれません。
しかし余計な説明を省いたお陰で、上映時間80分余りのシンプルなホラー映画となりました。そして一番の見どころは監督たちこだわりの、ライブ感ある水中恐怖シーンです。
CGなど特殊効果の発展のおかげで様々な映画で水中シーンが登場するようになりましたが、ダイバーら実際の人物が本物のセットの中で演じた臨場感は、本作を価値ある存在へと高めました。
『ミッション:インポッシブル』シリーズで、トム・クルーズが自ら演じるスタントシーンが新作の見せ場となった様に、俳優・スタントマンが演じる「本物のシーン」の価値は、CG全盛の時代だからこそ再評価の機運が高まっています。
そんな視点から本作の大部分を占める水中シーンを、じっくりとご鑑賞下さい。…ルチオ・フルチの『サンゲリア』に登場した、「サメとゾンビが格闘する」珍シーンのライブ感がお好きな方は、ぜひ本作をご鑑賞下さい。
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増田健(映画屋のジョン)プロフィール
1968年生まれ、高校時代は8mmフィルムで映画を制作。大阪芸術大学を卒業後、映画興行会社に就職。多様な劇場に勤務し、念願のマイナー映画の上映にも関わる。
今は映画ライターとして活躍中。タルコフスキーと石井輝男を人生の師と仰ぎ、「B級・ジャンル映画なんでも来い!」「珍作・迷作大歓迎!」がモットーに様々な視点で愛情をもって映画を紹介。(@eigayajohn)