第35回東京国際映画祭『母性』
2022年にて35回目を迎える東京国際映画祭。コロナ感染症の影響も落ち着き、本格再始動を遂げた映画祭は2022年10月24日(月)に開会され、11月2日(水)まで開催されます。
ある未解決事件の顛末を、“娘を愛せない母”と“母に愛されたい娘”のそれぞれの視点から振り返り、やがて真実にたどり着くまでを描き出した『母性』。
廣木隆一監督が映画化した作品がガラ・セレクション部門で披露されました。
キャストとして戸田恵梨香と永野芽郁が母娘役を演じます。過去の出来事が母と娘という2つのパターンで語られ、それぞれの視点から見える真実が少しずつズレてきます。
母が我が子に感じる母性愛とは? また娘が母に愛されたい思いは叶うのでしょうか。
母娘の亀裂をかろうじて繫ぎ止めているのは母娘の歪な愛なのですが、その結末は驚くべきものです。
【連載コラム】『TIFF東京国際映画祭2022』記事一覧はこちら
映画『母性』の作品情報
【公開】
2022年(日本映画)
【原作】
湊かなえ『母性』(新潮文庫刊)
【監督】
廣木隆一
【脚本】
堀泉杏
【エグゼクティブプロデューサー】
関口大輔
【キャスト】
戸田恵梨香、永野芽郁、大地真央、高畑淳子、三浦誠己、中村ゆり、山下リオ
【概要】
映画『母性』の原作は、湊かなえの同名小説。
脚本は『ナラタージュ』(2017)の堀泉杏が担当し、『ナミヤ雑貨店の奇蹟』(2017)、『PとJK』(2017)、『ママレード・ボーイ』(2018)、Netflix映画『彼女』(2021)の廣木隆一監督が手掛けました。
母のルミ子を『あの日のオルガン』(2019)の戸田恵梨香、娘の清佳を『そして、バトンは渡された』(2021)『マイ・ブロークン・マリコ』(2022)の永野芽郁が演じています。
共演として、ルミ子の実母を大地真央、義母を高畑淳子、ルミ子の夫に三浦誠己。
映画『母性』のあらすじ
女子高生が自宅の庭で首吊りをする事件が起きました。
発見したのは少女の母で、事故なのか自殺なのか真相は不明なままです。
新聞に載った記事に興味を持った学校教師の清佳は、自分自身の過去を振り返ります。
清佳の母・ルミ子はお嬢様育ちで実母から愛情いっぱいに育てられました。
清佳はそんな母と祖母(母の実母)から大切にされていました。
「私は愛能おう限り、大切に娘を育ててきました」と話し出すルミ子の証言で、ルミ子と清佳のこれまでのいきさつが語られます。
そしてまた同じいきさつについて、「何をすれば母は私を必要としてくれるのだろうか、何をすれば愛してくれるのだろうか」と言う言葉をもって、清佳の証言が始まります。
ルミ子は実母が大好きでしたが、不幸にもある事故で実母は亡くなってしまいます。
その事故についても、ルミ子と清佳のそれぞれの視点から語られました。
けれども、同じ時間・同じ出来事を回想しているはずなのに、その内容は次第に食い違っていきます。
映画『母性』の感想と評価
湊かなえ原作小説につきものなのは、モノローグ。映画ではそれを母と娘、2人の証言という形で見事に表しました。
幸せそうに見えるひと組の母娘ですが、1つの出来事について2人の証言を聞けば、彼女たちが全く違うことを思っているのが手に取るようにわかります。
何気ないシーンにも視点を変えるだけで、全く別の話になってしまうという怖さがありありとあらわれています。
例えば、ルミ子が台所で清佳のお弁当箱を落とすシーン。
ルミ子の証言では手が滑って落としてしまうのですが、清佳の証言では、ルミ子は怒ったようにお弁当を床に投げつけているのです。
それが母と娘であるがゆえに、お互いのすれ違う感情が深刻な心の傷を相手に与えます。
どちらの言い分も正しいように思えるのですが、この母娘は面と向かって本心を話そうとはしません。これもお互いに女性であるがゆえの複雑な気持ちが働いていると言えます。
愛を求める娘・清佳を演じる永野芽郁。娘を出来る限りに愛したいと願いそれに務める母・ルミ子に戸田恵梨香。
感情のすれ違う母娘を演ずる戸田・永野の熱演ぶりに注目です。また、登場するあと2人の母たちの演技もすごい。
ルミ子の実母は大地真央が演じていますが、この実母こそ母の中の母、‟聖母”という感じで、母親のお手本となるような人物でした。実母が娘のルミ子に贈る大切な言葉をお聞き逃しのないように。
そして、ルミ子の夫の母には高畑淳子。大声で怒鳴り散らし、嫁いびりもする厳しい義母です。けれどもこの義母もまた、自分の実の娘に対しては‟母”でした。
作中にはいろいろなタイプの母たちが登場しますが、皆、自分なりの子どもの愛し方をしているのに気が付きます。
本作は、母親とは何かと考えるチャンスを与えてくれているのかも知れません。
まとめ
母と娘、2人の証言からなる湊かなえのミステリー小説を映画化した『母性』をご紹介しました。
冒頭からラストまで、主人公母娘の‟娘を愛せない”‟母から愛されたい”という気持ちがぶつかり合っています。
その中で印象深いのは「愛能おう限り」という言葉。これには「愛としての愛が及ぶ限り」や「愛を精一杯に」の意味があります。
精一杯愛することが子供への愛の証と、堂々と口にできるのが母性溢れる母親なのでしょうか。
複雑で難解な母娘の関係でも、常に‟母性”がついてきます。人によって違う母性でもそれを滲ませるのは、愛に違いはなのですが……。
母性とはいったい何なのでしょうと疑問もわく本作。母娘の母性の行くつく先にあるものを、ぜひ劇場でご覧ください。
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星野しげみプロフィール
滋賀県出身の元陸上自衛官。現役時代にはイベントPRなど広報の仕事に携わる。退職後、専業主婦を経て以前から好きだった「書くこと」を追求。2020年よりCinemarcheでの記事執筆・編集業を開始し現在に至る。
時間を見つけて勤しむ読書は年間100冊前後。好きな小説が映画化されるとすぐに観に行き、映像となった活字の世界を楽しむ。