『彼女が好きなものは』は東京国際映画祭2021Nippon Cinema Nowにて上映、12月3日(金)全国ロードショー!
2021年、舞台を日比谷・有楽町・銀座地区に移し実施された東京国際映画祭。話題の日本映画を集めた企画”Nippon Cinema Now”上映作品の中に、BL小説そしてセクシュアルマイノリティを題材に描いた青春映画が登場しました。
その作品が『彼女が好きなものは』。作家・浅原ナオトが2016年にWEBに発表し、2018年出版された小説「彼女が好きなものはホモであって僕ではない」を原作にする映画です。
なおこの小説は2019年、NHKが『腐女子、うっかりゲイに告る。』のタイトルでドラマ化。翌年に再放送され、配信でも視聴される人気ドラマになりました。
若者たちに支持された、複雑な題材を取り上げた青春恋愛小説を映画化した作品を紹介します。
CONTENTS
映画『彼女が好きなものは』の作品情報
【公開】
2021年(日本映画)
【原作】
浅原ナオト
【監督・脚本】
草野翔吾
【キャスト】
神尾楓珠、山田杏奈、前田旺志郎、三浦獠太、渡辺大知、三浦透子、池田朱那、磯村勇斗、山口紗弥加、今井翼
【作品概要】
男性同⼠の恋愛がテーマのBLマンガが大好きな女子と、⾃分がゲイであることを周囲に隠している男子。付き合い始めた2人の高校生の姿を通じて、LGBTQ問題に切り込んだ意欲作。
『にがくてあまい』(2016)や『世界でいちばん長い写真』(2018)など、若い世代を描くことに定評のある草野翔吾監督が、浅原ナオトの小説を映画化した作品です。
ドラマ『左ききのエレン』(2019)に主演し話題となり、『裏アカ』(2021)に出演の神尾楓珠が主役の純を演じ、『樹海村』(2021)で彼と共演した山田杏奈が相手役の紗枝を演じました。
『キネマの神様』(2021)や『うみべの女の子』(2021)の前田旺志郎に、 プロサッカー選手三浦知良の息子で、ドラマ『グランメゾン★東京』(2019)で俳優デビューした三浦獠太、『終わった人』(2018)の今井翼らが共演した作品です。
映画『彼女が好きなものは』のあらすじ
母と2人で暮らしている安藤純(神尾楓珠)は、幼い頃からの親友・高岡亮平(前田旺志郎)やクラスの人気者・小野雄介(三浦獠太)と同じ高校に通っていました。
仲間たちが同じ年頃の女子に興味を示す中、純にはまだ彼女はいませんでした。実は彼は同性愛者だったのです。
純はそれを母や、親しい亮平にも隠し通していました。そして年上で妻子持ちの同性愛者・佐々木誠(今井翼)と、肉体関係を持つ関係を密かに続けている純。
世の中を冷めた目で眺める、皮肉屋の一面を持つ純は、そんな自分を自嘲的に感じ蔑んでいました。ある日純は本屋でBL漫画本を買っていたクラスメート、三浦紗枝(山田杏奈)と出会います。
自らをBL好きの”腐女子”と認めた紗枝ですが、周囲にそれを知られたくありません。BL漫画の内容に興味を持ち、それを貸してもらう事を条件に、彼女の趣味は誰にも語らぬことにする純。
約束通り秘密を守ってくれた純を、紗枝は心を許せる相手だと認めたようです。親し気な雰囲気の2人の中を取り持とうと、亮平はグループデートを計画します。
そのデートの最中、紗枝から好きだと告白された純は、自分は同性愛者と悟りながらも彼女を受け入れてしまいました。
こうして恋人となった純と紗枝。純はある思いを抱いて彼女との関係を望みましたが、同時にそれは無理だとも自覚していました。そんな自分の悩みを、チャットだけで交流している同性愛者の男子大学生、Mr.ファーレンハイトに相談する純。
彼の悩みに気付かず、親友の亮平は純と紗枝を仲を応援しますが、雄介は快く思わぬ様子でした。また紗枝の存在は、自分と純の関係をいずれ変えるだろう、パートナーの誠はそう感じているようです。
そして、ついに紗枝は純が同性愛者だと気付きました。自身をBL好きと認めていたはずなのに、大きなショックを受けた紗枝。
自分は様々な思いを抱き7、引き裂かれそうになっていると気付いた純。しかし周囲のどこにも彼を理解し相談相手になれる人物はいません。
我々にとって、身近な存在である性的マイノリティ問題。そして、事態は思いがけない方向に進みます…。
映画『彼女が好きなものは』の感想と評価
過激な言葉と描写を使用した青春映画
原作小説のタイトルは「彼女が好きなものはホモであって僕ではない」。先にドラマ化された時のタイトルは『腐女子、うっかりゲイに告る。』。今回の映画化タイトル『彼女が好きなものは』こそ、一番大人しいように思えます。
しかし青春映画のフォーマットで描かれた本作は思いがけず過激。刺激的描写が多数、という訳ではありません。同性愛者を示す言葉に、あえて過激なワードを選択しているのです。
このような言葉の使用、そして主人公の純に与えられた設定。いわゆる「誰もが共感できる、理想的マイノリティ」の物語ではありません。複雑な悩みを持つ彼に心を打たれるものの、「一面的な描き方だ」「別な悩みを抱える同性愛者もいる」との声が生まれるかもしれません。
映画やドラマに描かれ、メディアに登場する性的マイノリティの姿を見て、我々は彼らを理解した気になっています。しかしBL大好きの”腐女子”・紗枝が、純の真実の姿を知って動揺したように、身近にいた彼らにカミングアウトされると、実は大いに困惑するのではないでしょうか。
性的マイノリティに向き合う時に、「判ったつもりでいる態度」をとるのが一番危ういのかもしれません。彼らをエンタメとして消費する事に慣れてしまい、気付ないうちに好奇・からかいの対象にしている者も多いでしょう。
そんな人々に現状を気付いてもらおうと、あえて差別的な意味を持つ「ホモ」という言葉を使用したと語る、自らを同性愛者だとカミングアウトしている原作者・浅原ナオト。
一方で彼は主人公の姿を通して、普通になりたい願望と普通になれない現実を赤裸々に描きました。好きな相手が同性でもいい、理屈では片付かない複雑な現実を描いてみせた結果、多くの方から共感を得たのだろうと、自らの小説について語っています。
草野翔吾監督の描いた本作は、この原作者の想いを忠実に映画化したと言えるでしょう。
重要なのは高校生たちのディベートシーン
草野翔吾監督
今回『彼女が好きなものは』として映画化され結果、本作は原作・ドラマに比べると、どうしても多くの部分を削る必要が生まれました。
各登場人物の掘り下げは薄くならざるを得ず、様々なエピソードも省略された感があります。特にチャットの交流相手、Mr.ファーレンハイトに関するエピソードは大きく削られました。
一つ間違えると簡略化した物語を、駆け足で語る映画になったかもしれません。そこで登場するのが劇中で起きた事件を踏まえ、教師の指導の下で意見を発表しあう生徒たちのシーンです。
セクシュアルマイノリティに対する考え、思いをぶつけ合う生徒たち。世の中には様々な考えがありますが、多くの者は教条的な意見を表明して良しとするか、当事者個人に思いをはせること無く、軽く第3者の出来事として捉えがちな現実を見せています。
東京国際映画祭での上映後のQ&Aで、このディベートシーンは実際に意見を語らせた姿を捉えたのではなく、出演者たちには決められたセリフをしゃべってもらった、と説明する草野監督。
しかし、このシーンのために集めた高校生の年齢に近い者にディスカッションを行わせ、その中で自分の心に刺さった言葉を書き留め、脚本に落とし込んだと監督は説明しています。
本作は回釜山国際映画祭にも正式出品され上映されましたが、韓国の観客にはディベートシーンの若者たちの発言は、ポジティブな言葉として捉えられたようだ、との印象を受けたと語っています。
監督自身はこのシーンの若者たちの言葉は、前向きでポジティブだけでなく、危うい意味を持つものも含まれていると考えています。日本と韓国の受け取り方の差は字幕(翻訳)によるものか、それとも文化的背景によるものか、興味深い反応だと監督は話しました。
原作から様々な要素を削らねばならなかった分、このシーンに脚本を執筆した監督の、原作のメッセージをくみつつ性的マイノリティ問題に対する、真摯なメッセージが込められたと感じます。
まとめ
セクシュアルマイノリティの苦悩の一つの形を、主人公に与えた物語を通して描き、観客に様々な問いを放つ映画『彼女が好きなものは』。決してイケメン同性愛者男子と、BL好き”腐女子”による軽いドタバタコメディではありません。
あえて侮蔑的な言葉を選び、自身を自嘲的に語る主人公の姿に心を揺さぶられます。中にはこの描き方で良いのか、と疑問を覚える人がいるかもしれません。
ポリティカル・コレクトネス意識が高まる中、一方で表現が委縮し始めている時代に、あえて本作のように「社会的に無難な、ポリコレ的に正しい悩み」ではなく、「個々人の考えや環境に根差した、個人的な苦悩」を抱く主人公・純を描くのは勇気ある行為だと思われます。
原作本の表紙に書かれた絵を見て、早い段階で純を演じるのは神尾楓珠が相応しいと感じていた草野監督。
透明感を持ちながら、同時に影の部分も持つイメージがピッタリと考えた、と話しています。神尾楓珠が漂わせる魅力ある空気感は、ぜひ本作を鑑賞して確認させて下さい。
本作が持つテーマ性は、紹介したディベートシーンで深く切り込んで描かれます。観客により刺さる言葉も、それを聞いて湧き上がる思いも人それぞれで異なるでしょう。
しかしこのシーンの後に登場する、Mr.ファーレンハイトのエピソードもまた、強いメッセージを持つと紹介しておきましょう。彼に関するエピソードは映画の枠に収めるために削られた部分もあり、それを残念に思う方もいるはずです。
ところが劇中で描かれない彼に関する部分を想像することで、おそらく身近にいるはずの性的マイノリティ問題の重さと、それを中々意識できずにいる「普通の人々」のギャップを、鋭く突き付けてくるのです。
同性愛者も「普通の人々」も個々の人間。置かれた状況も抱える悩みも千差万別。ポリコレ的に正しい、理想の姿などあり得ない、それを踏まえて描く青春映画として本作は完成しました。
その意味で主人公に向き合った周囲の人物を演じた、山田杏奈・前田旺志郎・三浦獠太・今井翼らの生き生きした姿こそ、多くの気づきを観客に与えてくれるのです。
「本作がLGBTQを描いた映画だと、言われない日が来るのが理想なんだと思います」と語る草野翔吾監督。その意味を本作を鑑賞した観客全てが感じるでしょう。
増田健(映画屋のジョン)プロフィール
1968年生まれ、高校時代は8mmフィルムで映画を制作。大阪芸術大学を卒業後、映画興行会社に就職。多様な劇場に勤務し、念願のマイナー映画の上映にも関わる。
今は映画ライターとして活躍中。タルコフスキーと石井輝男を人生の師と仰ぎ、「B級・ジャンル映画なんでも来い!」「珍作・迷作大歓迎!」がモットーに様々な視点で愛情をもって映画を紹介。(@eigayajohn)