『私をくいとめて』は、東京国際映画祭2020のTOKYOプレミア2020にてワールド・プレミア上映!
東京国際映画祭2020で大九明子監督の、のんを主演に迎えた最新作『私をくいとめて』が披露されました。
綿矢りさの同名小説を映画化した『勝手にふるえてろ』(2017)で、第30回東京国際映画祭のコンペティション部門観客賞を受賞するなど、観客からの熱い支持を集めた大九監督。
同じく綿矢りさの小説を原作に、”おひとりさま”生活を満喫する女性と、年下男子の不器用な恋の行方を描きながら、現代を生きる女性の本音を描いた作品です。
映画『私をくいとめて』の作品情報
【公開】
2020年(日本映画)
【原作】
綿矢りさ
【監督・脚本】
大九明子
【出演】
のん、林遣都、臼田あさ美、若林拓也、前野朋哉、山田真歩、片桐はいり、橋本愛
【作品概要】
ひとり暮らしを満喫する独身女性。彼女が楽しく平和に生活できる理由は、彼女の脳内住むもう1人の自分、相談役である“A”とかわす会話にありました。
綿矢りさが著した原作小説を、『美人が婚活してみたら』(2019)、『甘いお酒でうがい』(2020)の大九明子監督が映画化。
『8日で死んだ怪獣の12日の物語 劇場版』(2020)に出演した、のんが主演を務めます。
アニメ映画『この世界の片隅に』(2016)で、声優としての実力を示した彼女は、本作で橋本愛とNHKドラマ、連続テレビ小説『あまちゃん』(2013)以来の共演を果たしました。
『コーヒーが冷めないうちに』(2018)、『劇場版 おっさんずラブ 〜LOVE or DEAD〜』(2019)の林遣都。
『愚行録』(2017)や『終わった人』(2018)の臼田あさ美など、技巧派の俳優の出演している作品です。
映画『私をくいとめて』のあらすじ
“おひとりさま”ライフがすっかり板についた31歳、一人暮らしの働く女性、黒田みつ子(のん)。
みつ子が一人でも楽しく生きている理由は、脳内に相談役「A」のおかげ。人間関係や身の振り方に迷った時は、もう一人の自分「A」が、彼女に適格なアンサーをくれました。
「A」と一緒に平和な日常が続くと信じていたみつ子。しかしある日、年下の営業マンの多田くん(林遣都)に、恋心を抱いているのかもと感じます。
みつ子は同僚のノゾミさん(臼田あさ美)、そして遠いイタリア地で再会した友人、皐月(橋本愛)に見守られ、「A」と共に一歩前へ踏み出しました。
失敗したらダメージを負いそうな、彼女の崖っぷちの恋愛は、いかなる結末を迎えるのでしょうか。
映画『私をくいとめて』の感想と評価
左から橋本愛、のん、林遣都、大九明子監督
軽妙に描かれた”おひとりさま”生活
2005年ユーキャン新語・流行語大賞にノミネートされて以来、すっかり言葉として定着した”おひとりさま”。
シングルライフを楽しむ女性も増えた現在、よりポジティブなイメージで語られることも増えてきました。
2016年に朝日新聞に連載され、翌年書籍化された綿矢りさの小説「私をくいとめて」も、”おひとりさま”な女性を主人公にした作品です。
『勝手にふるえてろ』(2017)で、綿矢りさの同名の小説を映画化している大九明子が、今回も監督を務めました。
前回の『勝手にふるえてろ』で、綿矢りさの簡潔で軽妙な文体をポップに映像化し、同時に若い女性の少し屈折した内面を描き、多くの観客の共感を呼んだ大九明子。
そしてキャストにのん、橋本愛、臼田あさ美といった、将に原作のイメージ通りのキャストが起用されました。
『勝手にふるえてろ』の製作が仕上げに入った時期に、多くの人から「綿矢さんの新作小説を読みましたか?」、と声をかけられた大九監督。
モノローグで書かれた小説「勝手にふるえてろ」を、自作では会話劇として演出していた監督。
新たな小説『私をくいとめて』では、完成間近の映画のように、主人公と脳内の自分「A」との会話を描いていると聞き、すぐこの作品を読んだと、上映前の舞台挨拶で語ってくれました。
最初は映画化を意識していなかったものの、カラフルな内容に惹かれ、自分が期待する物と異なる形で映画化されては嫌だと思い、すぐシナリオを書き始めたと振り返っています。
原作との違いを監督が語る
今回の作品も前作同様、鮮やかな色調と軽妙なリズムを持つ作品として映画化した大九監督。
しかし流れるような軽妙なタッチで著された原作小説に比べ、のんが演じた主人公、みつ子は時に感情の爆発を見せる、激しさを秘めた人物として描かれました。
原作の綿矢りさとは、LINEで連絡を取り合う仲であるが、私は彼女の1読者であると、上映後のQ&Aで語った監督。
綿矢さんの書かれる文学は、平易で読みやすく切れ味のある言葉によって、読者同士がディスカッションしたくなる、何気ないエピソードが書かれている。
その綿矢さんの小説に対して、私が「A(アンサー)」を答えてみた。
主人公みつ子の感じた怒りに対し、私の怒りはこんな感じですと表現したら、小説より主人公が乱暴になった、と笑いながら原作との違いについて語ってくれました。
一人芝居にコミカルな演技、感情の爆発までを見せた、のんの演技を大九監督は職人だと評しています。
役作りの攻略本として原作を読みこみ、雑誌などを買い込み主人公みつこの気分を体験し、丁寧な準備をして現場に臨み、かつ現場では監督の注文に対し、的確にアジャストしてくる。
まさに映画製作の中での、俳優部の職人だと彼女を紹介してくれました。
原作のイメージ通りのキャストが選ばれた一方、みつ子の相手となる多田くんは、原作では大柄で一見威圧感を感じさせるスポーツ刈りの人物から、年下の優し気な人物に変更されています。
どの原作を映画にする際も、登場人物の細かな描写に左右されることはない、と語った監督。
大事にしているのは主人公が、どういう人物かを咀嚼する事だと話しました。
自分のフィルターを通して再構築した主人公は、どういう人物が相手なら、心を許すだろうか。
久々に恋愛するみつ子が、脳内の「A」や友人の皐月と喋るように、堂々と接する事が出来る人物は、年下の甘い感じの人に心を許すのではないだろうか。
という私なりの解釈で、林遣都演じる多田くんのキャラクターを作り上げた、と説明してくれました。
まとめ
大九明子監督らしいアプローチで、今回も綿矢りさの文学を巧みに映画化した『私をくいとめて』。
本作の製作には、様々な技術的な挑戦が行われています。
脳内の「A」との会話は、プレスコ(事前にセリフを収録する手法)を行っています。
まず2人の掛け合いを収録し、後にのんが1人で演じる現場で「A」の声を流し、改めて同時に声を収録して作りあげました。
本作最大のチャレンジは、コロナ禍で国境を越えられない中、いかにして画面の中にローマを構築するか、観客をローマに連れて行く事だった、と語る大九監督。
これは自分にとっても、スタッフにとっても大きな課題だった、と振り返っています。
この映画の製作を準備する段階で、既にコロナ禍の空気が迫っており、渡航はハードではないかとスタッフと話し合っていました。
映画の主人公以上に、ローマに行くことへの緊張感があったと振り返る監督。
この映画はどうなるんだろう、という緊張感の中で、ついに撮影隊は国境を越えられなくなり、悲しくなったと振り返ってくれました。
でも負けてたまるか、この枷を生かして登場人物の気持ちを描けるのではないか、と燃えて挑んだ結果、映画のシーンが生まれたと説明しています。
ローマの撮影はリモート撮影、欲しい映像を現地のカメラマンに伝えながら撮影していると、その舞台裏を語ってくれました。
楽しくも生き辛さを抱えながら、現代を生きる若い”おひとりさま”女性を描いた本作。
その作品は、同時にコロナ禍の映画製作の困難を背景に撮影され、完成し、観客に披露されました。
2つの意味で時代を現す映画となった『私をくいとめて』。そのメッセージは確実に、観客にも伝わってきます。