連載コラム『仮面の男の名はシン』第4回
『シン・ゴジラ』『シン・エヴァンゲリオン劇場版』『シン・ウルトラマン』に続く新たな“シン”映画『シン・仮面ライダー』。
原作・石ノ森章太郎の特撮テレビドラマ『仮面ライダー』(1971〜1973)及び関連作品群を基に、庵野秀明が監督・脚本を手がけた作品です。
本記事では、“人類の持続可能な幸福”の実現を掲げる謎の秘密結社「SHOCKER(ショッカー)」の正体/目的についてクローズアップ。
ネタバレ言及ありで、一人の人間の“絶望”が起因となったであろうSHOCKERの創設経緯、人工知能「アイ」が導き出した“0”を“1”にする効率的な幸福追求、その結果生じたオーグたちによる“幸福追求のテロリズム”などを考察・解説していきます。
CONTENTS
映画『シン・仮面ライダー』の作品情報
【公開】
2023年(日本映画)
【原作】
石ノ森章太郎
【脚本・監督】
庵野秀明
【キャスト】
池松壮亮、浜辺美波、柄本佑、西野七瀬、塚本晋也、手塚とおる、松尾スズキ、森山未來
【作品概要】
1971年4月に第1作目『仮面ライダー』の放送が開始され、今年2021年で50周年を迎える「仮面ライダー」シリーズの生誕50周年作品として企画された映画作品。
脚本・監督は『シン・ゴジラ』(2016)と『シン・エヴァンゲリオン劇場版』(2021)にて総監督を、『シン・ウルトラマン』にて脚本・総監修を務めた庵野秀明。
主人公の本郷猛/仮面ライダーを池松壮亮、ヒロイン・緑川ルリ子を浜辺美波、一文字隼人/仮面ライダー第2号を柄本佑が演じる。
愛の秘密結社「SHOCKER」の正体/目的を考察・解説!
「人類が人類を幸福へ導くのは不可能」という絶望
テレビドラマ『仮面ライダー』及び関連作品群にて、仮面ライダーが戦う相手として登場する謎多き組織「ショッカー」。
「ナチス・ドイツの生体移植及び人体改造技術を受け継ぐ残党組織でもある、国際的秘密犯罪組織(テレビドラマ版)」「日本政府と通ずるも、その全容は明らかにされない謎の組織(石ノ森漫画版)」「古代文明が遺したオーバーテクノロジーを利用した地球の“管理”を目的とする組織(絵コンテ漫画版)」など、各作品でその設定は異なるものの、“世界征服”という目的自体はどの設定にも共通しているといえます。
対して映画『シン・仮面ライダー』に登場した「Sustainable Happiness Organization with Computational Knowledge Embedded Remodeling(計算機的知性の移植改造を用いた持続可能な幸福の機構)」……SHOCKERは、「人類を“持続可能な幸福”へと導く愛の秘密結社」として描かれました。
また映画作中では、父・緑川博士や異母兄・イチロー/チョウオーグ同様に組織の構成員であったルリ子の口から、SHOCKERの創設経緯についても語られました。
日本の大富豪であった組織の創設者は、世界最高の人工知能「アイ」の創造を計画し、自身の莫大な資産を元手に研究者たちへ開発を依頼。アイならびに“外世界観測用自律型人工知能”としての人型ロボット「ジェイ」、そのバージョンアップ版にあたる「ケイ」を誕生させました。
のちに「人類を幸福に導け」という“願い”という名の命令をアイとケイに託し、自殺した創設者。その末期に秘められた創設者の真意は定かではありませんが、人類の幸福を人工知能という“人ならざるもの”あるいは“神じみたもの”に託した彼が「人類自身が、人類を幸福へ導くことは不可能」という絶望に陥っていたことだけは明白でしょう。
「人類自身が、人類を幸福へと導く」という創設者の願いが絶たれたことで誕生した人工知能アイとケイ。“願いを託されたもの”というその存在意義は、幸せを求める他者の願いを守ろうとする仮面ライダーの姿とも重なる反面、両者には「人ならざる人工知能」と「“人ならざるもの”に肉体を改造されようとも、人の心を失わない人間」という確固たる違いも存在するのです。
“0”の人間を“1”にする効率的な幸福追求
創設者亡き後、演算の果てに「いわゆる“最大多数の最大幸福”は人類の幸福ではない」「最も深く絶望した人間を救済する活動の継続こそが、人類の幸福へとつながる」という結論を算出したアイは、その結論に基づく幸福追求活動を実行する組織としてSHOCKERを作り出しました。
そして、創設者同様に“絶望”……幸福へと至る願いが絶たれた状況へと陥ってしまった人間を、その願いを実現し得る「オーグメント(augment:増強、拡張)」によって救済し、自身の幸福を追求させるという仕組み……“機構”を構築していったのです。
「新たな科学技術によって人間の身体能力・認知能力を拡張、あるいは進化させ、人間の状況を過去・現在における社会・思想の枠組みをも超えて向上させる」という思想自体は、イギリスの生物学者J・B・S・ホールデンが1923年に提唱して以来、現在まで研究が続けられているトランス・ヒューマニズムそのものといえます。
その一方で「“最大多数の最大幸福”を人類の幸福ではない」という演算結果は、“最大多数の最大幸福”はあくまでも“人類社会の幸福”であり、人類社会の幸福と人類の幸福は必ずしもイコールとはならないことを示しているといえます。
また「最も深く絶望した人間の救済が、人類の幸福へとつながる」も、幸福は相対的であると同時に絶対的でもあるという矛盾した性質を持つが故に、“幸福の当事者”=“人類”ではないアイ自身に人類の幸福の“具体性”や“尺度”を生み出すのは困難であり、そもそも幸福の定義の確定は「人類への幸福の押し付け」にも通じ「人類を幸福に導く」という創設者の命令に反し得る可能性もあるというアイのジレンマも垣間見える結果であること。
そして、幸福の矛盾性を成立させた上で人類を幸福へと導くためには、自身が幸福か否かに悩んでいる人間に「あなたは幸福だ」と認知させる機構よりも、幸福が絶たれた人間……“0”の人間を“1”にできる機構の構築を進めた方が、より効率的な人類の幸福実現が可能になるという発想の結果と捉えることができるのです。
まとめ/“幸福追求のテロリズム”が生む絶望と孤独
人工知能アイの演算結果の下、「“0”の人間を“1”にする」というSHOCKERの基本的な機構が構築され、その機構の中で作成されたショッカー怪人ならぬオーグメント(オーグ)たち。
しかし、「“0”の人間を“1”にする」の機構における「“1”を何と設定するかという具体性や尺度は、“0”の人間自身に判断させる」という前提条件が、「オーグとなった人間が自身の手にした“強い力”によって、幸福という名を借りたエゴイズムを跋扈させる」という結果をもたらし得ることも、アイが演算内で想定済みだったのかは定かではありません。
クモオーグの「“超人”となった責務としての人類の殺害」、コウモリオーグの「疫病による人類社会の浄化」、サソリオーグの「快楽のための殺戮」、ヒロミ/ハチオーグの「“他者の支配”による承認欲求の充足のための、新たな奴隷制度に基づく世界支配システムの構築」、そしてイチロー/チョウオーグの「“天国”とも“地獄”ともとれる仮想世界『ハビタット世界』への全人類の葬送」……。
“強い力”によって既存の社会を破壊し、他者への暴力も厭わない方法で“自身が願う幸福”を実現せんとするオーグたちの姿。
それは「トランスヒューマニズムの産物として誕生した人類の進化形“ポストヒューマン”によるより良き社会構造変革」というよりも、「世界に絶望した者たちが“他者からの幸福の強奪”によって自らの欠けた幸福を取り戻そうとする、幸福追求のテロリズム」と評するのが適切に感じられます。
オーグによる、幸福追求のテロリズム。アイの演算結果の果てに生み出されたその行動は、幸福の強奪に伴う人類全体のさらなる絶望の拡張のみならず、他者が“人”ではなく“自らの幸福の糧”と化してしまったが故のオーグたちのさらなる孤独の拡張をもたらしました。
それは、コウモリオーグやヒロミ/ハチオーグが抱えていた“他者からの不理解”の孤独、そして全ての心が共有され嘘偽りが存在し得ないハビタット世界……「理解」という概念、そして「他者」という概念を人類から消し去ることで、ある意味では“究極の孤独”を生み出そうとしてしまったイチロー/チョウオーグの姿からも伺えるのです。
ライター:河合のびプロフィール
1995年生まれ、静岡県出身の詩人。
2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部へ加入。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける(@youzo_kawai)。