連載コラム『シニンは映画に生かされて』第23回
2020年12月25日(金)より全国ロードショー公開の映画『AWAKE』。「プロ棋士vs将棋AIソフト」をコンセプトに開催された将棋エンタメイベント「電王戦」にて実際に行われた対局から着想を得て作られたオリジナルストーリーです。
プロ棋士という夢に敗れたのち「将棋AIソフトの開発」という新たな夢を見出していく主人公・英一を吉沢亮が、プロ棋士にして英一のかつてのライバル・陸を若葉竜也が演じています。
CONTENTS
映画『AWAKE』の作品情報
【公開】
2020年(日本映画)
【監督・脚本】
山田篤宏
【キャスト】
吉沢亮、若葉竜也、落合モトキ、寛 一 郎/馬場ふみか、川島潤哉、永岡佑、森矢カンナ、中村まこと
【作品概要】
2015年「プロ棋士vs将棋AIソフト」をコンセプトに開催された将棋エンタメイベント「電王戦」での一対局から着想を得たオリジナルストーリー。自ら本作のオリジナルシナリオを手がけ、第1回木下グループ新人監督賞グランプリに輝いた山田篤宏監督の本格的な商業映画デビュー作でもある。
主人公・英一を演じるのは、飛ぶ鳥を落とす勢いで多数の映画・ドラマに出演し続ける俳優・吉沢亮。かつてのライバルにしてプロ棋士の陸役を若手実力派の若葉竜也が演じる他、落合モトキ、寛一郎、馬場ふみか、川島潤哉、永岡佑、森矢カンナ、中村まことなど、確かな実力を持つ面々が顔を揃えている。
映画『AWAKE』のあらすじ
大学生の英一は、かつて奨励会(日本将棋連盟の棋士養成機関)で棋士を目指していた。しかし同世代の圧倒的な強さと才能を誇る陸に敗れた英一は、プロの道を諦め、普通の学生に戻るべく大学に入学。幼少時から将棋以外何もしてこなかった英一は、急に社交的になれるはずもなくぎこちない学生生活を始める。
そんなある日、ふとしたことでコンピュータ将棋に出会う。「独創的かつ強い」……まさに彼が理想とする将棋を繰り出す元となるプログラミングに心を奪われた英一は、早速人工知能研究会の扉をたたき、変わり者の先輩・磯野の手ほどきを受けることになる。
「自分の手で生んだソフトを強くしたい」……将棋以外の新たな目標を初めて見つけ、プログラム開発にのめり込む英一。数年後、自ら生み出したプログラムを《AWAKE》と名付け、コンピュータ将棋の大会で優勝した英一は、プロ棋士との対局である電王戦の出場を依頼される。
返答に躊躇する英一だったが、対局相手が若手強豪棋士として活躍するかつてのライバル・陸と知り……。
映画『AWAKE』の感想と評価
将棋において「相手」を見失った主人公
将棋・囲碁における対戦を指す際に用いられる「対局」という言葉は、「盤上を挟んで二人の人間が向かい合い、将棋・囲碁を行うこと」を意味します。そしてその定義でも言及されている通り、将棋とは「相手」という存在がいること、その相手が「対面」することで成立するボードゲームだと察することができます。
無論、《AWAKE》をはじめ将棋AIソフトの本来活躍するオンラインゲームの場など、将棋における対局の形態はすでに大きな変化を迎えています。しかしながら、「相手のこの一手には、どのような意味や戦略が?」と相手の指し手に込められた数多の可能性を読み取り、対策を練り続けるという戦いの在り方自体は、決して変わることはないはずです。
吉沢亮が演じる主人公・英一はプロ棋士養成機関「奨励会」の過酷な競争を続けながらも、「誰も思いつかないような自由な将棋」を目標に将棋と向き合い続けてきました。しかしその一方で、奨励会の同期にして競争相手である陸など同年代の子どもたちとはせず、ただ自身の「自由な将棋」に執心し続けました。
相手の指し手の可能性を読み取る。それは相手の思考や想いを読み取ることと同義であり、対局という行為はある意味では、盤上を通じて相手と対話することといえます。
英一は「自由な将棋」という自身の将棋の在り方に囚われ過ぎた結果、将棋においてなくてなならない存在である「相手」を見失ってしまいました。その結果が、一度敗北を喫したことで英一という「相手」を再認識した陸との決定的な差として現れたのです。
将棋AIソフトを介して「対話なき対局」を脱する
将棋において「相手」という存在を見失い、「プロ棋士になれなかった」という挫折を経験した英一。大学に入学してもその挫折を引きずる中で、彼はコンピュータ将棋という将棋との新たな関わり方と出会い、将棋AIのソフト開発に没頭し始めます。そうして英一らの手によって生み出された将棋AIソフト《AWAKE》はやがてプロ棋士として活躍する陸と戦うことになります。
陸と《AWAKE》の対局。その出来事は、英一が一度捨て去ってしまった「勝負」への執着、そしてその先にある見失ってしまった「相手」の存在を思い出させるものでした。ある意味では英一自身を縛り続けていた「自由な将棋」と同様に大切なものを、《AWAKE》は彼に思い出させてくれたのです。
「対話なき対局」というディスコミュニケーションの状態に陥ってしまったことで、結果としてプロ棋士への道を挫折した英一。その中で《AWAKE》は彼にとっての新たな夢、新たなコミュニケーションツールとして機能し、そのおかげで英一は対局における「対話」の意味を再認識することができました。そしてその結果、英一はプロ・アマチュアの垣根を超えた「棋士」として陸との電王戦に臨み、「棋士」としての選択にたどり着けたのです。
まとめ
将棋の対局においてなくてはならない存在である「相手」を見失ったことで挫折を経た英一は、《AWAKE》の開発を通じて再び本来の将棋の在り方を思い出し、陸との電王戦でも「棋士」としての自身の在り方を貫きました。
そうした英一の「棋士」としての姿は、「数多の可能性が漂う中で、たった一つの手を自身の意志によって選べる」という将棋の自由さ、かつて英一が目指していた「自由な将棋」に基づいているといえます。
《AWAKE》はその名の通り、開発者である英一を「覚醒」させ、彼に「自由な将棋」の本当の意味に気づかせてくれました。そしてその「数多の可能性が漂う中で、たった一つの手を自身の意志によって選べる」という自由さとは、将棋という世界のみならず、哲学者サルトル曰く「自由の刑に処せられている」という全ての人々が知るべきものでもあります。
果たして、英一は《AWAKE》を通じての陸との対局によって、「自由な将棋」をどのような形で貫いたのか。その選択を、ぜひ映画を通じてお確かめください。
次回の『シニンは映画に生かされて』は……
次回の『シニンは映画に生かされて』では、2021年3月26日(金)より劇場公開予定の映画『騙し絵の牙』をご紹介させていただきます。
編集長:河合のびプロフィール
1995年生まれ、静岡県出身の詩人。2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、2020年6月に映画情報Webサイト「Cinemarche」編集長へ就任。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける。
2021年にはポッドキャスト番組「こんじゅりのシネマストリーマー」にサブMCとして出演(@youzo_kawai)。