連載コラム「シネマダイバー推薦のNetflix映画おすすめ」第115回
今回ご紹介するNetflix映画『オールドピープル』は、第36回を迎えた映画祭『Fantasy Film Festival』にてプレミア上映され、ドイツ7都市で先行公開されました。
ドイツの過疎化した片田舎を舞台に、人手の足りない老人介護施設の入所者に異変がおき、故郷に帰省した親子に恐ろしいできごとが襲います。
妹の結婚式に参列するため、エラは子供達を連れて数年ぶりに故郷へ帰ります。彼女が家庭を持ち暮らしていた村は、すっかり寂れていました。
妹は実家で披露宴を行い、介護施設に入所している父を呼ぶことにしていましたが、エラは父が施設で生活をしているとは知りませんでした。
そして、幸せに満ちた披露宴の夜に惨劇がおこります。
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映画『オールドピープル』の作品情報
【公開】
2022年(ドイツ映画)
【原題】
Old People
【監督・脚本】
アンディ・フェッチャー
【キャスト】
メリカ・フォルタン、シュテファン・ルカ、アナ・ウンターバーガー、ビアンカ・ナブラート、オットー・エミール・コッホ、マキシン・カシース、リヒャルト・マヌアルピライ、ジャンヌ・グルソー、パウル・ファスナハト、ゲーアハルト・ベース
【作品概要】
主演のメリカ・フォルタンは、Netflixシリーズの『皇妃エリザベート』と『トライブス: 明日を拓きし者』にも出演しています。
作中で悲劇の体験を語る娘ローラ役のビアンカ・ナヴラートと、エラの元夫ルーカス役のシュテファン・ルカは、ドイツのテレビドラマなどでよく知られる俳優です。
監督・脚本を務めたアンディ・フェッチャーは、2011年に手掛けたホラー映画『アーバン エクスプローラー』で、ブリュッセル国際ファンタスティック映画祭の最優秀監督賞にノミネートされました。
映画『オールドピープル』のあらすじとネタバレ
雨が降りしきる晩、訪問ヘルパーの女性が独居老人のラインケ宅を訪ねます。鍵を開けようとすると、ドアが少し開いています。
ヘルパーは慎重に部屋へ入り、ラインケの名前を呼びますが応答はありません。キッチンへ向かうとテーブルには、腐敗した食べ物や虫の卵が湧いた本が開いてあります。
若い娘に手を伸ばす長老達の挿絵・・・そこに「助けて」と酸素ボンベを引きながら、ラインケがフラフラと現れ、ヘルパーが挨拶をすると彼は酸素ボンベを振り上げ、彼女に叩きつけます。
ラインケは無言でヘルパーの顔面にボンベを何度も叩き落とし、頭部を粉砕して殺害すると、おもむろに窓を開け落雷のあった街に向かい、雄叫びをあげました。
加速する高齢化社会について学んだローラは、叔母の結婚式のため母の故郷へ行った日の奇怪なできごとを振り返ります。
そのできごとは社会のシステム崩壊を予想させ、激化する世代間の対立を予兆させるものだったと・・・。
ローラの両親は離婚していましたが、離婚する前は母エラの実家で家族は暮らしていました。エラの妹サンナが実家で結婚披露宴を開くため、数年ぶりに帰省します。
弟ノアにとってその家は父親との思い出が強く残っています。その父ルーカスは近所で農場を営み、介護士のキムと暮らしていました。
ルーカスとキムも披露宴に出席予定ですが、介護士をしているキムは、その前に食事の介助をするために施設へ向かいました。
サンナのパートナーは同じ敷地内の小屋をリフォームし、新居に改造していました。ノアは母屋と小屋を地下で結ぶ通路があると教えます。
その家はかつてお金持ちが住んでいた屋敷で、小屋は使用人の家だったと、ノアは祖父から聞いたと話します。
エラはサンナに父はどこにいるのか訊ねると、彼女はザウルハイムの施設にいると話します。エラは離婚し父と言い争って以来、家を出てから音信不通になっていました。
老人ホームにいることを知ったエラは、ショックと共に自責の念を感じますが、サンナは父もエラにきつくあたったことを後悔してるはずと慰めます。
2人はノアを連れて施設へ父を迎えに行きます。途中でルーカスと会いノアは久しぶりの再会に喜び、キムが施設にいると伝えます。
老人ホームに向かう途中、村に若い世代を見かけず、老人の姿しかないことに気が付きます。老人たちはエラたちを冷ややかにみつめました。
老人ホームに到着したエラたちは、施設内が散乱し職員がいないことに違和感を感じます。入所している利用者は感情を失い、奇声を発したり徘徊する人で溢れていました。
エラたちがようやく職員の姿をみつけ、キムを呼んでもらえます。彼女は職員の数が圧倒的に足りず、入所者は増えるばかりだとぼやきます。
ノアは披露宴の招待状をキムに渡すと、父の部屋へと案内されていきます。先を歩くノアは廊下の突き当りで佇む、黒いシャツを着た大柄の老人に手招きされます。
祖父のいる部屋にたどりついたノアは、祖父に語り掛けますが無言のままでした。
エラがきても無反応な父、彼女たちを凝視する入所者たちをキムは、家族の面会はほとんどなく訪問者が珍しいからと言いました。
エラは音沙汰なしにしていたことを、激しく後悔し父に謝り抱きしめます。
一方、ローラは幼なじみのアレックスと、島へ遊びに行き先祖の霊を祀る像を見せます。
彼は2000年前に建てられた像で、老人を敬うことで、家族は守られるが、破れば呪われると教えます。
アレックスはその象に彫られた、“E+L”を見せるために連れてきました。“エラ&ルーカス”のことでした。
エラの父親は車に乗せられ、披露宴会場の自宅へ一時帰宅します。その様子を黒いシャツを着た老人がみつめ、不敵な笑みを浮かべました。
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映画『オールドピープル』の感想と評価
黒いシャツの老人の正体
若い世代に復讐するために、老人ホームの入所者をマインドコントロールしてたと思われる、黒いシャツの老人は、冒頭で訪問ヘルパーを酸素ボンベで撲殺したラインケです。
黒いシャツの老人の喉には、気管切開チューブを使っていた形跡がありました。鼻から酸素を吸入し、喉から痰除去をしていたのでしょう。
しかし、車椅子を使わなければならないほど、病状が悪かったラインケがなぜ、普通の老人のように歩き回り、冷酷な殺人をおこしたのでしょうか。
オープニングシーンで“かつて老人には復讐の魂が宿り、邪悪な力は弱い老人に憑りつく”という一節が流れます。
ドイツの詩人ゲーテの「ファウスト」では、老いたファウスト博士が自己の欲望を満たすため、悪魔メフィストフェレスと契約を交わし、「憂い」に付け入る悪魔の呪い(試練)を何度も受けます。
ラインケは孤独を憂いでいました。彼の家には“孤独は老人の報い”と刺繍された、壁掛けがあります。実在する格言なのかはわかりませんが、彼は間違いなく孤独でした。
ラインケは孤独から救い出してもらうため、悪魔と契約し憑りつかれたのです。
老人に憑りつく悪魔には、ロノウェという悪魔がいます。ロノウェは巧みな心理操作と話術が得意で、敵味方関係なく扇動する力を授ける悪魔です。
介護士キムが黒シャツの老人の名前がわからないと言ったのは、悪魔の力で老人ホームに入所していたからです。
そして、敵である若い世代のキムの感情を操作し、味方につけた上に自死させたのもラインケでした。
悪魔に憑りつかれたラインケは、言葉巧みに入所者を洗脳して、老人への敬いを忘れた若い世代への復讐に扇動しました。
エラの父も娘を恨みましたが、ラインケの洗脳を退け孫たちを守ります。エラの謝罪で心が揺らいでいたからです。
そして、孫たちが歌う家族の歌で、幸せだった日々を思い出し救われました。
作中、本のページを破り、エラに渡す老人がいましたが、その本はドイツ人神学者ルターの「祈りの本」だったと推察します。
「祈りの本」の第4戒は“父母を敬う”祈りで、これまでの人間の営みは父母の慈悲によって守られたもので、両親を敬う心が今までの歴史を作ってきたと説くものでした。
映画としての翻訳はざっくりした表現になっていますが、未来の社会をより良くするもしないも、若い世代の心がけにもかかっていることを伝えています。
ローラがラストで語るナレーションは、高齢者の不満に聞く耳が足りないことを、示唆していましたが、これはドイツだけの問題ではないとも訴えていました。
ドイツの少子高齢化社会
監督・脚本のアンディ・フェッチャーは、テレビのドキュメンタリーや子供向けの番組に携わっていて、その過程で福祉の劣悪な現状についても知り得たといいます。
『オールド・ピープル』の制作に際し、その経験が役にたったのでしょう。つまり、高齢者対策も表に出ていることだけが全てではないということです。
日本では若い介護士による入所者への虐待などが、表面化される事件も発生しました。原因の一つに入所者の暴言もありました。
高齢者には苦難を乗り越え築き上げた、経済や地位、社会貢献という自負と自尊心の高さがあり、敬うのが当たり前といった感覚があるのは否めません。
それに対して疎ましく感じた若い世代の不満が招いた結果ですが、若い世代の高齢者を敬う気持ちが足りない、という理由だけではない複雑さもありました。
ルターの説く聖書では、“隣人”を敬うことを多く説いてます。隣人というのは家族のことで、まずは身近な家族という隣人を敬うことが、社会を平穏に導くということです。
老いも若きもその精神を忘れなければ、不平や不満も補うことができるといえるでしょう。
ドイツには隣人を大切に思う精神が、社会に反映しています。過疎化が進んだ地域では、シリアの難民を受け入れたことで、地域が活性化されたという事例があります。
同じようにウクライナからの避難民も積極的に受け入れているのには、こうした宗教的な教えもあるからだと想像できます。
つまり、映画『オールドピープル』は高齢者と若い世代の対立を回避するために、忘れ去られつつある“隣人への敬い”を取り戻そうと訴えかける作品でもありました。
まとめ
今回はドイツ発のホラー映画としては、近年では珍しいという印象の『オールドピープル』のご紹介でした。
ドイツ製のホラー映画は、ピンとこない方も多いかと思いますが、ホラー映画の発祥は“ドイツ表現主義”のサイレント映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』と言われています。
“ドイツ表現主義”とは内面的、感情的、精神的なものなど「目に見えない」ものを主観的に強調し、表現する芸術作品を指します。
ヒッチ・コック監督やダリオ・アルジェント監督、ティム・バートン監督もドイツ映画の“ドイツ表現主義”から強く影響されています。
映画『オールドピープル』はこのような、ドイツ表現主義の手法とは少し違いますが、家族から見放された、老人の見えない感情や精神、怒りに焦点を当て怪奇的でグロテスクに表現するという点では、かなり攻めていた作品です。
そこでは家族といえども人生は個人のもの、その上で互いに敬い合うことが、幸福度の高い社会にできることを示唆していました。
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