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Entry 2023/03/18
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香港映画『窄路微塵(きょうろみじん)』あらすじ感想と評価考察。経済的かつ政治的に不安を抱える“今の香港”にとって必要な秀作|大阪アジアン映画祭2023見聞録6

  • Writer :
  • 西川ちょり

2023年開催・第18回大阪アジアン映画祭コンペティション部門上映作品『窄路微塵(きょうろみじん)』

「大阪発。日本全国、そしてアジアへ!」をテーマに、アジア各地の優れた映画を世界または日本の他都市に先駆けて上映・紹介する大阪アジアン映画祭。

2023年で第18回を迎えた同映画祭では、3月10日(金)〜19日(日)の10日間にわたって、16の国・地域の合計51作品(うち世界初上映15作、海外初上映8作、アジア初上映2作、日本初上映20作)が上映されました。

今回は香港のラム・サム(林森)監督の『窄路微塵(きょうろみじん)』をご紹介します。

2023年4月16日に授賞式が行われる“香港のアカデミー賞”こと香港電影金像獎(第41回)で10部門にノミネートされた注目の作品です。

【連載コラム】『大阪アジアン映画祭2023見聞録』記事一覧はこちら

映画『窄路微塵(きょうろみじん)』の作品情報


(C)mm2 Studios Hong Kong

【日本公開】
2023年(香港映画)

【原題】
窄路微塵(英題:The Narrow Road)

【監督・脚本】
ラム・サム(林森)

【キャスト】
ルイス・チョン(張繼聰)、アンジェラ・ユン(袁澧林)

【作品概要】
映画『少年たちの時代革命』(2021)の共同監督を務めたラム・サム監督の単独監督デビュー作。

コロナ禍の香港を舞台に、細々と清掃会社を経営する男性とシングルマザーの交流を描き、第41回香港電影金像獎では10部門にノミネートされました。

映画『窄路微塵(きょうろみじん)』のあらすじ

チャクは、飲食店や富裕層の家などの消毒を行う清掃会社を経営しています。社員は彼だけなので、体力的にもきつく、仕事を終えた時にはいつも疲れ果てていました。

しかし新型コロナウイルスが感染を拡大する中で、飲食店は休養を余儀なくされ、チャクの仕事も随分減ってしまいました。長年愛用している車の調子も悪く、おまけに消毒液が手に入りにくくなっており、会社を維持するのに苦労する毎日です。

そんな中、キャンディという名の若い女性が雇ってほしいと会社を訪ねてきました。キャンディは小さな女の子のいるシングルマザーで、万引きをして生き延びてきましたが、家賃の滞納も重なったことで仕事を探していたのです。

キャンディはよく働き、二人は徐々に絆を深めていきます。

ところが、マスクが不足して手に入らない中、富裕層の家に大量にあったマスクをキャンディが黙って持ち帰り、それがバレたことでチャクは大切な顧客を失ってしまいます。

「もう明日から来なくていい」と告げたチャクでしたが……。

映画『窄路微塵(きょうろみじん)』の感想と評価

パンデミック初期の香港を舞台にした本作は、社会の底辺で生活苦にあえぎながらも賢明に生きる人々に焦点をあてています

ルイス・チョン演じる主人公のチャクは飲食店や富裕層の家の清掃業に従事しています。

冒頭、チャクが防備服に身を包んで消毒液を撒く場面が描かれます。輝く光を浴びて、まるでSF映画のワンシーンのように見えますが、それはチャクの日常の一風景に過ぎません。

そんな「SF映画のように見える日常の風景」は、新型コロナウィルスによる未曾有のパンデミックの状況が生んだ風景でもあり、非常に象徴的な場面になっています。

チャクが運転する車の窓からは、ウィルスの蔓延を防ぐために閉業を余儀なくされ、シャッターをおろした店の並びが映されます。チャクの仕事にもその“しわ寄せ”が来ているほか、大事な商売道具の「消毒液」が不足して手に入りにくくなり、節約しながらやり繰りする日々でした。

マスクが不足してまったく手に入らない状況の中、富裕層の家には何十箱ものマスクがストックされています。当時「マスクがない」という状態は「死」に直面することといっても過言ではなく、社会構造の理不尽さ・不公平さが表れています

そんな厳しい状況が続く中、病気を抱えるチャクの母親は「神様が商売をやめろと言っているのでは」と口にします。しかし、それに対してチャクは「(自分たちは)神様も見向きもしないほど小さな塵だ」と答えます。

一人娘を抱えるシングルマザーのキャンディを雇って、少しずつ仕事の状況は上向いていきますが、それも束の間。彼女の“盗み癖”のせいで、チャクがこれまで信頼を築いてきた顧客の仕事はあっという間に失われてしまいます。

働いても働いても生活は楽になるどころか、訪れるのは困難ばかり。厳しい状況がリアルに綴られています。しかしチャクは、どんな時でも決して自暴自棄になったりせず、どんなに世界が不合理で非情なものであっても“誠実”であり続けようとします

全編に貫かれる彼のその信念は、本作の基調をなすものです。たとえ“塵”のような存在であろうとも、彼は“人”としての矜持を忘れていないのです

一度はクビにしたキャンディにも寛容さを見せ、二人は再びタッグを組みます。チャクの内面の優しさと強さは実に尊く心に響き、そっと明かりが灯るような温かな気持ちにさせられます。

まとめ

キャンディは派手な服をまとい、盗みも悪びれずに行う女性として登場します。

チャクに迷惑をかけるため、一見イライラさせられるキャラクターに見えるのですが、能天気そうな表面に隠された感情が時々見え隠れし、不思議と腹は立ちません。それはアンジェラ・ユンの明るく、かつ毅然とした演技によるところが大きいでしょう。

そんな彼女もチャクという人物と出会って、ゆっくりと変わっていきます。

ラム・サム監督の単独監督デビュー作である本作は、“香港のアカデミー賞”こと香港電影金像獎(第41回)で10部門にノミネートされるという快挙を成し遂げました。

神様から見えないほど小さな存在かもしれない人々が、助け合って生きていく姿を描いたこの作品は、経済的にも政治的にも不安を抱える今の時代の香港にとって必要な映画だったと言えるでしょう。

【連載コラム】『大阪アジアン映画祭2023見聞録』記事一覧はこちら



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