連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2022見破録」第27回
映画ファン待望の毎年恒例の祭典、今回で11回目となる「未体験ゾーンの映画たち2022」が2022年も開催されました。
傑作・珍作に怪作と、さまざまな映画を上映する「未体験ゾーンの映画たち2022」。今年も全27作品を見破して紹介して、古今東西から集結した映画を応援させていただきます。
最終回となる第27回で紹介するのは、これぞ究極の未体験映画と呼ぶべき怪作『プラネット・オブ・ピッグ 豚の惑星』。
豚人間に支配するデストピアと化した地球。伝説の最強戦士は果たして人類を救えるのか?
エロ・グロ・バイオレンス、見る者のド肝を抜くトンデモ映画に、あなたの常識と理性と知性は耐えられるのか!これぞ「未体験ゾーンの映画たち」が突きつけた挑戦状です…。
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CONTENTS
映画『プラネット・オブ・ピッグ 豚の惑星』の作品情報
【日本公開】
2022年(カザフスタン・ブルガリア映画)
【原題】
Bullets of Justice
【監督】
ヴァレリー・ミレフ
【脚本・製作】
ヴァレリー・ミレフ、ティムール・トゥリスベコフ
【キャスト】
ティムール・トゥリスベコフ、ダニー・トレホ、ドロテア・トレヴァ、ヤナ・マリノヴァ、ネリ・アドノヴァ、サミール・アルカディ
【作品概要】
恐るべき豚人間に挑む最強戦士とイカれた仲間の活躍を描く、バイオレンス・スプラッター・アクションにナンセンスに満ちあふれた、パンク映画の登場です。
監督は『コード・レッド』(2013)、『クライモリ デッド・ホテル』(2014)、『RE-KILL リ・キル 対ゾンビ特殊部隊』(2015)のヴァレリー・ミレフ。
彼は本作の主演・脚本・製作のティムール・トゥリスベコフの所属するバンド、”Project Zenit”のミュージックビデオを撮影します。そして本作のプロジェクトが開始されました。
『バイキング・クエスト』(2015)、2023年公開予定の『ミッション:インポッシブ ル デッド・レコニング パート・ワン(原題)』に出演のドロテア・トレヴァが共演。
エキストラ俳優から『マチェーテ』(2010)シリーズの主演俳優に上り詰め、今は『スリー・フロム・ヘル』(2019)や『アクセレーション』(2019)など、様々なB級映画をサポートする形で出演している、ダニー・トレホも登場した作品です。
映画『プラネット・オブ・ピッグ 豚の惑星』のあらすじとネタバレ
鋭い眼光で賞金首を狙う最強戦士ロブ・ジャスティス(ティムール・トゥリスベコフ)。”中2病”丸出しの名を持つ彼が銃を向けるのは、豚の頭を持つ人間です。
こいつが賞金首の”マズル”だ、と叫ぶ相棒の女ニーナ(ヤナ・マリノヴァ)。怯えたのか豚人間は豚らしく(?)、尻から大きい方を漏らしました。
豚を撃て、との相棒の声に従い豚人間を射殺したロブ。彼はニーナに賞金首の耳を切るよう指示します。
突然ジェットパックを背負い、ガトリンクガンを握った豚人間が飛んで現れます。賞金首は俺のモノだ、タラツ!、と叫ぶロブ。
空飛ぶ豚人間タラツは発砲してきます。反撃する2人に、タラツの背中のパックから現れたミニサイズの男、ブルバも銃弾を浴びせてきました。
ブルバが投げ落とした手榴弾で吹き飛ばされたロブはつぶやきます。「このとんだ戦争が、どうやって始まったか教えてやろう…」
…第3次世界大戦が勃発し、人類の7割が死滅した世界。まだ少年のロブは姉のラクシャと共に、”墓堀人”の父(ダニー・トレホ)に育てられていました。
人間は神の失敗作だ、それが口ぐせの父と男勝りの姉ラクシャに鍛えられ成長したロブ。武術に優れた姉は立派な口髭を生やしています…。それはともかく、ある日2人は父に連れられ買い物に出ます。
その日が始めて”マズル”を見た日だ、と振りかえるロブ。店に入った父は喰い荒らされた人間の死骸に気付きます。そして店の奥から現れた豚人間に襲われる父。
父は豚人間を射殺しますが軍人たちが現れました。”マズル”を始末しに来た軍人たちは、情け容赦なく父にも銃弾を浴びせます。
軍人たちはマズルと父の遺体を焼き払い、証拠の隠滅を図ります。その場から逃れることに成功した姉と弟。
神はいない、騙されるな。お前は自分自身のために祈れ…。”墓堀人”の父の言葉は、今もロブの心に焼き付いていました。
誰が最初の”マズル”、豚と人間のハイブリット生命体を作ったか謎だ。アメリカとロシアは互いに非難し合った、と語るロブ。
誕生したハイブリッド生物兵器”マズル”は、戦場に投入されますが、やがて豚人間たちは人類に反旗を翻します。
こうして豚人間が、戦争を生き延びた人間を喰う恐ろしい時代が到来しました。事態を鎮静化しようとアメリカとロシアは手を組みます。
2つの超大国の残存する軍隊は、協力して”マズル”を滅ぼす生物兵器を大量に散布します。それは全ての生物の生殖能力を失わせる結果をもたらし、人類は子孫を残せなくなりました。
皮肉にも”マザー(聖母)”と呼ばれる”マズル”のみが、今も豚人間を産み落としています。それは誰も見た事のない巨大な”女王豚”で、1日に0.5tの人間の肉を食べるのです。
ロブは同じく勇敢な戦士に成長した姉ラクシャ(ドロテア・トレヴァ)と、”マザー”の居場所を突き止めようと人間の肉の配送ルートを追っていました。
しかし”マザー”に忠実な”マズル”は決して口を割りません。ただ殺戮の戦いを続けている姉と弟…。
ロブの説明は終わりますが、空飛ぶ豚人間との死闘は続いています。ロブがタラツが背負うパックにワイヤー付きの銛を撃ち込み、動きを封じます。
タラツの首を相棒のニーナが切断し、ブルバがいるパックにロブは手榴弾を投げ込みます。ブルパの体は空中で四散しました。
追手が現れる前に逃げようと言うロブに、この栄誉への報酬が欲しいと告げるニーナ。彼女はロブの体を求めたのです。
俺の助手ニーナは、少女のようなケツを持っている、だが俺の方が世界一最高のケツだぜ、とニーナと体を重ねつつ考えるロブ。
しかしあのケツには、俺のケツも負ける…ロブの脳裏にロン毛でイケてる(?)、ビキニパンツを履いた男の姿がよぎりました。
ナニに励む最中に、心ここにあらず…ロブの表情気付いたニーナは、あのクソ野郎のラファエル(サミール・アルカディ)の事をまた考えていると詰ります。
行為を止め、それは幻想に過ぎず現実では無いと告げるニーナ。ロブは謝るしかありません。
だが自分にコントロールできない。ラファエルの姿は、突然脳裏に現れるのだと語るロブ。
現実の存在は私のお腹の中にいる、と彼の子を宿したと告げるニーナ。しかしこの荒廃した世界ではあり得ない話でした。
すると”マズル”たちが乱入してきます。ニーナは豚人間に斬殺されバラバラにされました。死の直前に「アスタナ」と口にするニーナ。
銃で反撃し、豚人間を始末するロブ。車で脱出した彼は無線でリュドミラ(ネリ・アドノヴァ)に任務は罠だった、お陰で助手のニーナを失ったと報告します。
ロブは多くの助手を務めた女たちを失っていました。「女のために泣くな。人生はクソだ、だがこれはお前にふさわしい人生だ」、と告げる父の幻を目撃するロブ。
車はゲートの中に入ります。ロブはT-34戦車に偽装した入口から秘密基地に入りました。彼を機械音を立てて動く老人ヴィドラが迎えます。
“マズル”抵抗組織の指揮官リュドミラに、誤った命令で相棒のニーナを失ったと抗議するロブ。リュドミラは多くの犠牲を払って実行する、真の狙いを告げました。
レジスタンスは豚人間のベネディクト・アスホール(彼の名を口にすると、何故かたいそうな効果音が流れます)を捕らえていました。その事実を”マズル”側に隠すために、ターゲット殺害を命じたのです。
ベネディクト・アスホールはニューヨークのどこかにある、”レバー”と呼ぶ”マザー”に新鮮な人間の肉を調達する、飼育場兼屠殺場の場所を知っていました。
毎週月曜”レバー”から”マザー”の元に向かう配送トラックを追跡すれば、”マズル”の支配者である女王豚を倒せると語るリュドミラ。
それは自分の戦争ではないと告げるロブに、リュドミラはこの戦いこそ人類が勝利する最後のチャンスだと説明します。
父は人間は神の失敗作だと言った、自分は多くの女たちを失ったと語るロブに、あなたは最高の戦士だとリュドミラは讃えました。
一方異なる場所のレジスタンス秘密基地で、トレーニングに励んでいる口髭をたくわえたラクシャ。
彼女は足を痛め装身具が必要な身でした。しかし優れた戦士と誰もが認める勇者でした。
ラクシャは基地の隊長アスカーに、新しい部下を連れ、合流地点に向かえと命じられます。経験の浅い部下には困難な任務だと彼女は反対します。
リュドミラが指揮する基地の尋問室に、”マズル”のベネディクト・アスホールがいました。彼の顔には「アスホール」があり、アゴには何やら妙なモノが付いてます…。
尋問室に入るとベネディクト・アスホールに暴行を加え、「アスホール」に見える口に銃身を突っこみ”レバー”の場所を聞き出そうとするロブ。
しかし無口な”マズル”は口を割りません。彼を留置所に戻せとロブは命じます。
奴らは”マザー”を裏切ることはない、いら立つロブにリュドミラはバーに行って落ち着くよう言いました。
ラクシャはエスターたち3人の新兵と行動することになります。死を恐れるエスターに自らの体を撃たせ、強固な肉体を見せ励ますアスカー隊長。
新兵を引き連れたラクシャはボートで進みます。生き残った者は、凄腕の賞金稼ぎロブと寝れると言い励ますラクシャ。
1名をボートに残し、2名を引き連れ上陸し林の中を進むラクシャ。しかし潜んでいた”マズル”が襲ってきました。
エスターに豚人間が投射した回転ノコギリの刃が命中し、もう1人の新兵と共に殺害されました。ラクシャは”マズル”たちを殺害すると、迎えのヘリコブターに乗り込みます。
ヘリにヴィドラが乗っていました。人工音声でラクシャに、気持ちを察しますと告げたヴィドラに、機械のあなたに人間の気持ちが判るのか、と問うラクシャ。
どうしてあなたは口髭を生やしているのか、とヴィドラは聞きますが、ラクシャは解答を拒否します。
その後何かを話し、ヴィドラに抱きつくラクシャ。彼女の言葉はヘリの音に遮られて聞こえません。
酒場に現れたロブは、先客のレジスタンスたちに歓迎されます。しかし彼の脳裏に、なぜか表彰台に立つラファエルの姿がよぎります。
ここは男性モデルコンテストの会場でしょうか、そこにはロブの姿もあります。自分こそベストモデルに相応しい、君はこの場に相応しくないと告げるラファエル。
ラファエルは現れた女性に、彼がコンテストで2位のロブ・ジャスティスだと紹介します。彼に手を差し出した女は、ラクシャによく似ていました。
あなたは私の姉に似ている、口髭が無いこと以外は。そう口にしたロブは女に殴られます…。
我に返ったロブは酒場でラクシャに殴られていました。どうしてこんなに長く離れていた、と告げ弟を抱きしめるラクシャ。
アスカーが自分と共に送り出した新兵は死んだ、とラクシャは告げます。だが自分は林の中で遭遇した豚人間を倒した、と言葉を続けるラクシャ。姉の強さは誰よりロブが知っていました。
姉弟の絆を確かめようと、2人は酒場を後にします。その時1人の男が「アスタナ」で何があったのか、教えてくれと叫びます。
その時お前はどこにいた、と訊ねる男に、ラクシャは銃を突き付け黙らせました。
ロブとラクシャは男と女として体を求め合います。自分は人の親にはなれない身だと自覚しているラクシャ。
彼女は弟が今もラファエルの幻想に囚われていると気付きます。心配するなと告げた姉は、ロブにお前こそ私の”ミスター・ユニバース”だと言い聞かせます。
彼女は今後の計画を尋ねます。故意に”マズル”のベネディクト・アスホールを逃がし、その後を尾行すると告げたロブ。
彼は尋問の際、ベネディクトに密かに明日逃がしてやる、と伝えていました。同時に彼の体に発信機を付けていたのです。計略に満足し嬌声をあげるラクシャ。
ロブの計略通りに事態は動き、リュドミラも満足します。リュドミラや老いたレジスタンスたちに見送られ、ロブとラクシャはベネディクト・アスホールを追跡します。
2人はヘリコプターで基地から出発します。ヘリを着陸させ廃墟と化したニューヨークに潜入する2人。
そこは豚人間の”マズル”が支配する世界でした。”レバー”では牢の中で人間が飼育され、引き出されて屠殺されると解体され、出荷を待っていました。
ロブとラクシャは”マズル”の排泄物を首筋に塗り、その臭気を付けて豚人間に紛れニューヨークの街に潜入します。
2人は”レバー”に入るベネディクト・アスホールを見つけます。”レバー”の番人の豚人間は、臭いで彼を仲間だと確認しました。
臭いのおかげで白昼堂々街で行動していたロブとラクシャも、”レバー”への潜入を試みます。
ここにいる”マズル”を皆殺しにしようと意気込むラクシャに、これは俺たちの戦争ではない、任務を果たすのみと告げドアをノックするロブ。
現れた見張りの豚人間は、何か怪しいと執拗にロブの臭いを嗅ぎます。面倒だと銃を抜いて射殺するラクシャ。
仲間の前に現れたベネディクト・アスホールは、アレに見える口でアレが出すような音を立て(…)会話します。
冷凍トラックに積み込まれる、出荷を待つ人体の山を目撃したロブとラクシャは解体場に接近しました。
そこで泣く赤ん坊の姿を見たロブは、気が変わったと言いました。”マズル”を皆殺しにしたい姉の意見に同意した彼は、吊るされた死体に隠れ豚人間を待ち伏せします。
ナニを使い銃を隠したロブは奇襲に成功、ラクシャも発砲しました。”マズル”たちはベネディクト・アスホールが敵を呼び寄せたと騒ぎます。
解体場の豚人間を次々射殺する2人。しかし殺した相手はベネディクト・アスホールではない、こいつはロバート・アスホールだと叫ぶロブ。
観客に区別は付かず、どうでもいい話に思えますが、実は大事な事なのか「ベネディクト・アスホール!」と連呼するロブ。豚人間たちとの死闘が続きます…。
映画『プラネット・オブ・ピッグ 豚の惑星』の感想と評価
参考映像:Project Zenit プロモーションビデオ”Dissatisfaction(不満)”
これは、「クレヨンしんちゃん」が現在の精神年齢のまま逞しく成長し、第3次世界大戦後の世界で「ぶりぶりざえもん」と闘う映画でしょうか…。
愛おしいほどにハチャメチャで強烈な映画が誕生しました。本作は単なる悪趣味映画では無い、パンク精神が炸裂した映画だと宣言させて頂きます。
禁断の「〇オチ」ならぬ「〇〇〇〇オチ」ですが、反則技のオチではなく、何がこの異様な世界を生んだのかを納得させる展開が実に痛快でした。
この映画はティムール・トゥリスベコフが所属するバンド”ProjectZenit”のミュージックビデオを、本作監督のヴァレリー・ミレフが監督したことから始まります。
“ProjectZenit”はミュージックビデオをYouTubeに公開しており、ヴァレリー・ミレフ監督作が多数ありますので、ぜひご覧ください。ティムール・トゥリスベコフと、彼のバンドの持つ魅力も確認できます。
その中に豚人間と、彼らに食肉として飼育される人間を描いた、英題は「Dissatisfaction(=不満)」という作品があります。
ご覧頂くとお判り頂けますが、この作品は他のミュージックビデオと異なり、映画的に作られました。その結果多くの鑑賞者から「これは映画の予告編ですか?」と聞かれた、とインタビューで説明しているティムール・トゥリスベコフ。
そこでミレフ監督と相談し45分の中編作品、テレビドラマのパイロット版として映像化する事を決定します。
しかしシリーズ化するための、資金の調達方法の目途が立たずにドラマ化は断念。そこで追加シーンを撮影して長編映画化します。こうして『~豚の惑星』が誕生したのです。
中編映画にシーンを足し長編映画化したから、色々と珍妙なんだ!…慌てて結論を出さず、作品製作の舞台裏を見ていきましょう。
突然現れたサッカーの達人は何者?カオスな映画の舞台裏
本作はファンタスティク系作品を上映する映画祭の中でも、極めつけにブっ飛んだ映画を紹介するロンドン・フライトフェスト映画祭2019で、ワールドプレミア上映されました。
その際インタビューで、本作を「とんでもなく非現実的なコメディホラーで、一言で説明できないよ」と笑いながら紹介しているティムール・トゥリスベコフ。
ミレフ監督は本作を、映画業界に対する失望や今日の世界の状況、そして私たちのB級映画への愛情が生んだ、説明し難い「反映画的な映画」と紹介しています。
ドロテア・トレヴァは鑑賞前の観客に本作の内容を説明しようとして断念、ともかくユーモアあふれるアクションコメディと紹介しました。
“ProjectZenit”のミュージックビデオに出演していたヤナ・マリノヴァは別のインタビューで、ミレフ監督は頭の中に映画に使う最終バージョンを完成させた上で現場に現れる、まるで撮影の20手先までを見通した人物だと紹介しています。
そして本作が初めての映画の演技経験だった、と語るティムール・トゥリスベコフ。脚本を書いている段階は実に楽しく、セリフを読んで笑いながら、これなら演技も簡単だと誰もが思うでしょうと話しています。
しかし実際にカメラの前に立ち撮影が始まると、まるで脳卒中に襲われ体が麻痺したように、単純な動作にすら信じられないほどの努力が必要になる。
「早すぎる?」「いや、遅すぎだ。」「私はまがい物なのか?」「そもそも、私はここで何をやっている!」そんな疑問が頭の中でグルグル回り始めた、と自身の演技の苦労を正直に語っています。
こんな無意識に行われる自己分析が演じることを難しくしている。初めての撮影は崖から冷たい水の中に飛び込むようなもの、もう後戻りは出来ないと悟り、後はリラックスして受け入れるだけだと話すティムール・トゥリスベコフ。
この言葉は演技を経験した方、演技に興味をお持ちの方の多くが納得するのでしょう。
同じく演技経験が無いように思えるのが、ゲスト的に登場するブルガリアのサッカー選手、ダニエル・ズラトコフです。
彼が撮影現場に現れた際、この映画のコンセプトを理解しているのか、我々が彼を馬鹿にしてると思われていないか、色々と心配したとトゥリスベコフは振り返ります。
幸いにもそれは危惧に過ぎず、ズラトコフ選手は素晴らしい人物で共に仕事をするのが楽しい、真面目に文句も言わずに脚本通り演じてくれたと語りました。
ゲスト的に起用された登場人物の存在が本作の魅力ですが…ズラトコフ選手のシーンは、とって付けたような、何だかおかしいような…これもパンク精神だと信じましょう。
人間が抱く妄想をハチャメチャに映像化した痛快作
まさに「クレヨンしんちゃん」の登場人物のようで、スタイリッシュ版『HK 変態仮面』(2013)と呼ぶべき華麗な(?)活躍を見せるラファエル。
この強烈なキャラを演じたのはサミール・アルカディ。彼は自らのパフォーマンス動画をネット上に公開していますから、興味を覚えた方はぜひご覧下さい。
コンプライアンスという言葉があらゆる分野で重視される現在。バイオレンスに性的描写、汚いシーンなど悪趣味のオンパレードな本作に、顔をしかめる方もいるでしょう。
本作は「〇オチ」、あるいは「〇〇〇〇オチ」映画ですが、それを理解した上で振り返えれば映画が描いた世界は主人公の内面、頭の中の反映だと示す描写が存在します。
主人公は同性愛、おそらくバイセクシャルの傾向を持つ人物です。周囲の人物に性的な憧れと、劣等感が入り混る複雑な感情を抱いているのでしょう。
そんなストレスを抱えた男が、”中2病”と呼んでよい暴力やグロテスクにまみれの、英雄願望じみた妄想を抱きつつバットトリップした…と考えれば、一見デタラメな本作に筋の通ったものが読み取れます。
登場する女性か過剰にセクシーで、そんな女性にヒゲがあり、しかも近親者である設定も、複雑な主人公の内面の反映と考えれば納得です。
人間の内なる欲望や願望は”中2病”の形で示される事もあります。そして人の心を抑圧するものは多くの場合、人間関係から生じるトラウマでしょう。
人の心に潜む幼稚さと、性的な関心とトラウマが入り混じる妄想を、パンク精神を発揮し映像化した作品こそ『~豚の惑星』です。
それは劇中で「変態仮面」より強烈なキャラとして描かれたラファエルが、ラストで現実には何者であったかを示す事で明らかにされました。
インタビューで、本作の主人公のように世界を救うのはあなた次第なら、あなたは最初に何をすると聞かれたティムール・トゥリスベコフはこう答えています。
「何とも言えません、何から世界を救うかにもよるでしょうが。…きっと私は全ての人々を神経症(ノイローゼ)から解放するでしょう。そうすれば世界はもっと平和になるはずです」。
まとめ
パンク精神を持ってイカれた世界をエネルギッシュに描いた怪作、『プラネット・オブ・ピッグ 豚の惑星』。
洒落と悪ノリを愛する方には最凶の娯楽映画です。このハチャメチャな世界を伝えるべく、あらすじとネタバレは色々工夫して書きましたが…この強烈さを味わうには見てもらうしかない、トンデモ映画です。
悪趣味・悪ノリ映画は数あれど、チープ感や稚拙さを丸出しにした作品や、作り手だけが盛り上がっている映画や、拙い部分は笑って許して…という作品が多数あるのも事実です。
しかし本作は真面目に、開いた口が塞がらない世界を映像化した怪作です。まさに「未体験ゾーンの映画たち2022」のラストを飾るのに相応しい1本でした。
悪趣味映画と受け取る方もいるでしょうが、人間の複雑怪奇な内面をロック魂で映像化した、意欲的作品だと応援させて頂きます。
本作にゲスト的に出演のダニー・トレホ。映画ファンはご存じでしょうが、彼は貧困家庭に生まれ父親に虐待されて育ち、少年時代にドラックを経験する荒んだ生活を送っていました。
10代で犯罪組織に関わりますが、刑務所で服役中にボクシングと信仰に目覚め、出所後に薬物更生プログラムを通じて出会った人物の紹介で、映画業界でエキストラからキャリアを重ねます。
その後様々な映画に出演し、俳優・父親・実業家として成功を収め、薬物中毒者更生プログラムのカウンセラーなど、社会貢献にも努めました。
彼は近年、若手監督のインディーズ映画、特にジャンル系のB級映画に多数出演しています。彼が出演することで作品が注目を集め、若い映画人の成功の助けになるなら…との姿勢によるものです。
『~豚の惑星』も、地域によっては”ダニー・トレホ主演作”として宣伝されました。この彼の姿勢に、多くのインディーズ映画製作者たちが感謝の声を寄せています。
ダニー・トレホ出演をヴァレリー・ミレフ監督は最高の体験で、自分の撮影現場にいる事実がシュールに思えたと語り、ティムール・トゥリスベコフは彼のエネルギッシュで健康的な姿に驚き、時間の許す限り様々なシーンを撮影したと語りました。
2019年本作がヨーロッパの映画祭で披露される直前、遭遇した交通事故現場で取り残された乳児の救出活動を行い、賞賛されたダニー・トレホ。
そんな彼の出演シーンですから、「明らかに撮影拘束時間が短いな」とか、「Fワードを含む、判ったような判らんようなセリフを言わされてるな」など、批判せぬようお願いします。
ズラトコフ選手出演シーン同様に、彼の出演シーンも何だか妙だ…と感じた方。これもまたロックな、パンク精神だと理解して許してやって下さい。
「未体験ゾーンの映画たち2022見破録」
今回で全27作品の紹介は無事完了しました。特に今回はそれぞれユニークな作品というだけでなく、コロナ禍に翻弄されながら製作・公開された映画が数多くありました。
映画の製作・公開する環境が激変する中、娯楽を追求するB級映画やメッセージ性の強いインディーズ映画は、今後どのように作られ、どんな形で観客の目に触れていくのでしょうか。
B級映画やジャンル映画を愛する映画ファンの皆さんに、どんな形でも良いからこんな作品を、自分なりの形で応援して欲しいと深く望んでいます。「未体験ゾーンの映画たち2022見破録」のコラムは、これらの映画への私なりの応援だと受け取って頂ければ幸いです。
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増田健(映画屋のジョン)プロフィール
1968年生まれ、高校時代は8mmフィルムで映画を制作。大阪芸術大学を卒業後、映画興行会社に就職。多様な劇場に勤務し、念願のマイナー映画の上映にも関わる。
今は映画ライターとして活躍中。タルコフスキーと石井輝男を人生の師と仰ぎ、「B級・ジャンル映画なんでも来い!」「珍作・迷作大歓迎!」がモットーに様々な視点で愛情をもって映画を紹介。(@eigayajohn)