連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2022見破録」第23回
映画ファン待望の毎年恒例の祭典、今回で11回目となる「未体験ゾーンの映画たち2022」が2022年も開催されました。
傑作・珍作に怪作、極限状況をえがいたSF映画など、さまざまな映画を上映する「未体験ゾーンの映画たち2022」。今年も全27作品を見破して紹介して、古今東西から集結した映画を応援させていただきます。
第23回で紹介するのは、未来の過酷な世界での壮絶なサバイバルを描いた『マーズ』。
地球を捨てた移住者たちが、火星に移り住んだ遠くない未来。しかし彼らの生活は過酷なものでした。
ある時は争い、ある時は協力する。生き残るために、様々な選択を迫られる人々の物語が始まります。
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CONTENTS
映画『マーズ』の作品情報
【日本公開】
2022年(イギリス・南アフリカ合作映画)
【原題】
Settlers
【監督・脚本】
ワイアット・ロックフェラー
【キャスト】
ソフィア・ブテラ、イスマエル・クルス・コルドバ、ブルックリン・プリンス、ネル・タイガー・フリー、ジョニー・リー・ミラー
【作品概要】
移住者たちがそれぞれ居住地(コロニー)を作り、厳しい環境で生活を営んでいる火星。ある日、辺境のコロニーで生活する家族は何者かの襲撃を受けます…。近未来の世界を舞台にしたSFサバイバル・アクション映画。
短編映画を製作・監督してきたワイアット・ロックフェラーの初監督長編映画に、『キングスマン』(2015)や『ザ・マミー 呪われた砂漠の王女』(2017)、『プリズナーズ・オブ・ゴーストランド』(2021)のソフィア・ブテラが出演しました。
『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』(2018)のイスマエル・クルス・コルドバ、『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』(2017)の演技が高く評価されたブルックリン・プリンス、ドラマ『サーヴァント ターナー家の子守』(2019~)のネル・タイガー・フリー、『トレインスポッティング』(1996)と『T2トレインスポッティング』(2017)のジョニー・リー・ミラーが共演しています。
映画『マーズ』のあらすじとネタバレ
荒れ果てた火星の荒野に、居住用のブロックや作物栽培用のビニールハウスなどが並んでいます。
この小さなコロニーで幼い少女レミ(ブルックリン・プリンス)は、父親のレザ(ジョニー・リー・ミラー)と母親のイルザ(ソフィア・ブテラ)と暮らしていました。
居住地は建物の外に出ても呼吸が可能でした。野菜を収穫するイルザと外で1人で遊ぶレミを、レザは見守ります…。
【第1章 ~レザ~ 】
その日、父のレザは遠くに外出しているようでした。レミは荒野で何者かの姿を探し求めますが、豚を世話している母は、娘が遠くに行くことを許しません。
その日の夜、レザは疲れ切った様子で帰ってきます。父がイルザと共に、何か深刻な様子で話す姿を目撃するレミ。
寝室に現れたレザに、レミは近くに見知らぬ人がいると訴えます。父はそれを否定し、ここにいるのは自分たち家族だけだ、と言い聞かせます。
父娘は冗談を交わし、落ち着きを取り戻したレミにキスをして、レザは去って行きました。レミの部屋の窓には親子3人を模った、針金で作った粗末な人形が置かれていました。
眠れないレミは両親の寝室を訪れます。娘のためにギターを演奏して歌うイルザを、夫のレザは優しく見守ります。
様々な動物を見た事があるか、と尋ねたレミに、レザは見た動物は犬だけだと答えます。地球はもう、お前の想像している場所では無いと告げるレザ。
だから地球を去ったの?、とレミは訊ねます。この話は改めてしようと告げると、レザは娘を寝かしつけました。
しかし翌朝、レミは居間の窓に大きく書かれた「LEAVE(立ち去れ)」の文字を見つけます。
文字に気付いたイルザが夫の名を叫ぶと、レザは銃を持って現れます。娘に大丈夫だ、と言い聞かせるイルザ。
何か訴えた妻に黙れ、と叫ぶレザ。彼は警戒しながら周囲を伺いますが、メッセージを書き残した者の姿は見えません。
彼らの息子だったら?と問う妻に、慎重に外の様子を眺めているレザは、もう何も言うなと告げました。何が起きているのか理解できないレミ。
相手は3人、それとも6人なのか判明しません。外に向かって来やがれ、と叫ぶレザ。しかし反応はありません。
レミは飼育している豚を気遣いますが、両親は家から出ようとしません。彼女は子豚の世話をしようと、密かに家から出ました。
それに気付いたイルザが戻るよう叫びます。レミはビニールハウスの向こう側に現れた人影に気付きます。
彼女は居住ブロックに向かって走り出しますが、荷物を背負った2人の人物に追われます。1人は気付いたレザに射殺されました。
もう1人にイルザが飛び掛かり、馬乗りになってナイフで何度も刺しました。レミの母が殺した相手は、まだ若い女性でしょうか。
イルザは娘を抱きかかえて身を隠します。レザの周囲には、遠方から彼を狙って放たれた銃弾が土煙を上げます。
レザは建造物の陰に身を隠します。敵は狙撃してきますが、イルザが確認した相手に命中弾を与えて倒すレザ。
居住ブロックに戻った彼は、ライフルに弾を補充してまた外に出て行きました、イルザは襲撃者の遺体から武器を回収します。
レミは倒れている1人の、若い女性の顔を見つめます。外に出た娘に居住ブロックに戻れと叫ぶイルザ。
娘が中に入るとイルザはその顔を拭いてやります。突然外で銃声が響きました。何かが起き、レザは戻ってきません。無線機に父が応答しないか試し続けるレミ。
外の様子は判りません。トイレに行こうとするレミを連れたイルザは、窓から見られぬよう身をかがめ慎重に動きますが、突然物音が響きました。
危険を察したイルザは一室に入り、娘にそこにあったバケツで用を足すよう告げました。すると電気が消え非常用の照明が点灯します。
何者かが近くにいるのは確実ですが、正体は判りません。時間だけが過ぎていきます。ナタを手にしたイルザは外の様子を伺いますが、何かに気付きその母に呼びかけるレミ。
振り返ったイルザが見たのは、居住区に侵入し彼女に銃を向けた男(イスマエル・クルス・コルドバ)の姿でした。足を負傷している男は、イルザに武器を捨てろと命じます。
武器を手放したイルザに、この居住地は両親の物だった。自分はお前たちが両親に何をしたのか知らない、と告げた男。
自分はお前たちが何をしたか気にしない。だが自分はここで生まれ育ち、長い時間をかけて戻って来た。この地を去るつもりはないと言いました。
あなたを傷つけるつもりは無い、望むなら去っていい。だが自分は悪い人間ではない、望むならあなた方を手助けし、守ることができると男は語ります…。
【第2章 ~イルザ~ 】
レミを抱き抱えイルザは居住ブロックから出て行きました。父レザは男に殺されたと悟り、泣きながら母にここから出て行こうと訴えるレミ。
あの男に何もさせない、あなたの身を守ると言い聞かせて娘を落ち着かせたイルザ。しかし他に住める場所も無く、母娘は施設の陰に身を隠し男の様子を伺います。
男は野外で作業をしていましたが、常に銃を手放さず2人を視界に収める範囲にいます。男が外にいる隙に、居住ブロックに忍び込むイルザ。
彼女はナイフを掴んで身を隠し、男に襲い掛かって足を刺しますが、捕らえられて銃を突き付けられます。お前には子供がいる。よく考えろ、自分を殺した後、どうやって子供と生き延びるつもりだと告げる男。
わかった、取引しよう。と言い出す男。30日間一緒に生活した後、このテーブルの上に銃を置いて外に出る。その時にもまだ自分を信用できないなら、銃で撃って良いと提案します。
その会話をレミも聞いていました。男に対し夫を埋葬して欲しい、とイルザは言いました。
居住地から離れた尾根の上の、岩を積んだ墓にレザは埋葬されました。母娘はその前に立ちますが、男は別の墓に殺された仲間たちを葬ります。
男は母娘に必要なだけ居住区にいれば良い、と告げました。レミはこの地を捨てどこかに行こうと訴えますが、無理だと答えるイルザ。
こうして母娘と男の、互いに愛する者を殺された者の奇妙な共同生活が始まりました。男は武器になりそうな物は隠しますが、イルザとレミの生活に干渉せず生活します。
レミは男が床下に武器を厳重に保管する姿を目撃します。男が外出すると持ち物を調べるレミ。酸素マスクや手帳を見つけました。
手帳には若い女の姿を描いた絵がはさんであります。これはイルザが殺した、男と行動していた女の似顔絵でしょうか。
居住区に戻って来ると、イルザに話し合いが必要だと提案する男。生きるためには、互いの仕事を分担する事が必要だと言いますが、それを拒絶するイルザ。
ただ日々が過ぎていきました。ある日、倉庫を片付けていたイルザは、壊れて収納していたロボットが勝手に起動したと気付きます。
動き出したロボットはレミの前で止まり、彼女の動きに反応します。久々に笑顔をみせたレミは、ロボットの名を尋ねました。
それはただの道具だ、と告げる男。しかし自分に反応を示したロボットに、スティーブと名付けたと母親に話すレミ。
母娘と男は距離を置いて食事をとっていましたが、食事を終えたレミは動きに反応するスティーブを相手に遊び始めます。
イルザの近くに来て、初めて自分はジェリーだと名乗る男。自分の両親は自分について話したか、と訊ねますがイルザは答えません。
ジェリーはこの開拓地を捨て、長らく帰っていませんでした。ここには居たくなかった、しかし都市も、他の集落も全て無くなった、と話すジェリー。
私はあなたの母を殺していない、ここに着いたときには死んでいた、とイルザは口を開きました。
彼女はすでに死んでいた、私たちは火星の都市も見ていない、と話すイルザ。彼女たちの乗った宇宙船は火星の大気圏に突入した際、撃墜されたと語ります。
遭難した彼女たちを助けたのが、このコロニーに住んでいたジェリーの父でした。しかしイルザが妊娠していると知ると、彼は銃を向け出て行くよう告げました。
なぜ父はそんな事をした、と訊ねたジェリーに、私たちが地球から来たと悟ったからだろう、と答えるイルザ。
娘の命を守るため、ナイフでジェリーの父の喉を切り裂いた、と彼女は告白します。そしてイルザはレザとこの地で暮らし始め、レミを産んだのです。
過去を語ったイルザに、あなたは私について様々な想像を巡らしているだろう、と語りかけるジェリー。異なる部屋で眠る母娘に、彼はおやすみと声をかけました。
翌朝レミがロボットのスティーブを連れ、子豚の世話をしているとジェリーが現れます。ノートに挟んでいた絵を無くしたが、何か知っているかと尋ねるジェリー。
遠回しにレミが持っているなら返して欲しい、とジェリーは頼みます。確かに女の絵をレミは隠し持っていました。
ある日、レミは母とジェリーが親し気に話す姿を目撃します。それはまだ父を慕うレミには、思いがけぬ光景でした。
ジェリーが約束した30日目が近づいてきます。しかしレミは、ビニールハウスの中でイルザとジェリーがキスをする姿を目撃します。
1人尾根を越えて歩いてゆくレミの姿を、地表に発射物を打ち込む作業をしていたロボットのスティーブが見つめます。娘の姿が無いと気付き探し始めるイルザ。
後を追ってきたスティーブに、帰れ、もうすぐ母はジェリーとの間に新しい娘を作る、とレミは叫びました。
岩だらけの大地を歩んだレミは、透明の壁があり先に進めないと気付きます。彼女が住む居住地は、ガラスか何かで出来た巨大なドームの中にあったのです。
もう先に進めないと知り絶叫するレミ。しかし彼女はトンネルの入り口のような施設に気付きました。
その前に立ちボタンを押すと、頑丈に作られた扉がゆっくりと開きました。どうしようか迷っていると母の声が聞こえます。覚悟を決めてトンネルに入るレミ。
中は暗く、彼女は照明ボールを取り出し先に進みます。すると入口の扉が閉まりました。
先に進むしかないようです。すると前方で扉が開き、光が見えてきました。トンネルの先にはドームの外の世界が広がっているようです。
しかしレミは息苦しさを感じます。急激に呼吸が困難になり彼女は引き返そうとしますが、すぐに力尽き倒れてしまいます…。
映画『マーズ』の感想と評価
閉ざされた環境で若い男女が共に生活して結ばれる。この1901年の小説「The Blue Lagoon」は何度も映画化されます。ブルック・シールズ主演の『青い珊瑚礁』(1980)、ミラ・ジョヴォヴィッチ主演の『ブルーラグーン』(1991)はご存じでしょうか。
男女双方が確執を抱えつつ、必要に迫られ共同生活を強いられた場合はどうなるのか?これが本作のテーマです。同様ですがエロ描写に寄った作品に、ジャンカルロ・ジャンニーニ出演の『流されて…』(1974)がありました。
これを確執を持つ人間対人間の物語と受け取るなら、本作と比較すべき作品はジョン・ブアマン監督、三船敏郎とリー・マーヴィンが共演した『太平洋の地獄』(1968)でしょう。
本作から観客は、様々なメッセージを受け取ったはずです。この興味深い作品を監督したのはワイアット・ロックフェラー。どこかで聞いた有名な名字です。
彼はロックフェラー兄弟財団の評議員の1人です。映画公開の際、監督の詳しいプロフィールは発表されませんが、あの有名なロックフェラー一族に関係ある人物でしょう。
プリンストン大学で学んだ彼は2007年に卒業しますが、オバマ大統領の選挙キャンペーンに参加します。大統領の当選後は、米国環境保護庁副長官の機密補佐官として政権のために働きました。
その後タンザニアのエネルギー流通関連の新興企業に就職。この経歴と財団での職責から判断すると、未来の環境やエネルギー問題、それに取り組む未来の人材育成に強い関心を抱く人物なのでしょう。
しかし、自分は映画が好きで11歳の頃からカメラを持ち走り回っていた。自分にはやりたい事があると気付いた、と本作公開時のインタビューでワイアット・ロックフェラーは語っています。
そこで改めて映画学校に入り、学び始めます。そして短編映画の製作を開始した彼は、MBA(経営学修士)とMFA(美術学修士)を持つ人物になりました。
このように人生を歩んだ彼が、初めて監督した長編映画が『マーズ』です。処女作にしては豪華キャストでメュセージ性の強い本作、何やら納得できた気がします。
本作を「”未体験ゾーンの映画たち”で上映された、無名な新人監督のB級低予算SF映画の1つ」と思った方は、きっと驚くでしょう。同時に映画の内容にもなるほど、この人物ならと納得しませんか。
SF映画が我々に向き合わせる現実
本作の脚本を書き、自ら監督した理由を問われた監督は、本作のプロデューサーの1人でもある自分の妻から、あなたが政治的映画を撮るつもりで無いのは知っていた、と指摘された話を語ります。
しかし彼女から、(トランプ政権が誕生する)大統領選挙が始まった直後の2016年秋に、このような作品を書き始めた事実を理解すべきだ、と言われたエピソードを紹介しました。
その時期はシリア内戦が激化、アメリカやヨーロッパで難民問題が政治の争点となった時期です。妻の指摘は正しかった。政治映画を書くつもりは無かったのに、気候変動の危機と人々の難民化の物語を描いた、と認めています。
また同時期、ニュースになった権力による性差別に対する、力強い反対運動からも影響を受けたと語りました。我々は皆、時代の産物なのだと語るロックフェラー監督。
SFなどのジャンル映画は、人の偏見を打ち破る絶好の機会です。これらの問題に直接取り組むことも可能だが、場所や名前が異なるSF的舞台の物語にすれば、人々は様々な社会問題にもっとオープンに向き合える、と説明しています。
同時に彼は、SFで「寓話」を作る難しさを説明しています。架空の世界を作る時は、その背景にある物語全体を練り上げる必要があり、それが非常に重要だと語る監督。
画面に現れるセット上のすべての物に、それが存在する理由が必要だ。それらはそれ自身の裏話を持っている必要があり、それを構築するのは大変だと振り返りました。
『マーズ』は劇中で物語の科学技術や政治・歴史的背景、そして人間関係の多くを説明していません。しかし観客はその全ての背後に、説得力あるリアルなものを感じるでしょう。
正式な科学アドバイザーはいないが、プロダクションデザイナーは製作初期の段階で、有名な科学アドバイザーに電話をして意見を求めた、と当時を語る監督。
私は映画の世界を、もっともらしく見せる研究を楽しみ、それが映画に多くの質感をもたらした。例えば火星の夕日が青いと知り視覚的に表現し、農場の向こうで起きている何かを示唆した、と話しています。
俳優たちがリアリティを表現するまで
本作に出演のソフィア・ブテラは、観客としてインディーズ映画やアート映画を見るのは好きで、女優としてそんな作品の一部になるのは大好きだ、と話しています。
逆に大規模な作品に出るのも好きだ。スタジオで作業するか、インディーズ映画で作業しているかで、セットで起きる様々な出来事のペースやリズムに違いがあり、それにワクワクすると語るソフィア・ブテラ。
彼女が演じたイルザは、脚本では映画より少し冷たい人物として書かれていました。それを彼女は監督と早い段階で話し合い、家族と過ごしたそれぞれの経験を元に、思いやりや愛情が感じられるものに変えたと説明しました。
イルザは彼女の名が付いた第2章で、家父長制にNoと言っている、と解説するソフィア・ブテラ。
この映画で美しいと思うのは、彼女があきらめることを拒否した点だ。もし彼女が状況に留まり満足したら、それはあきらめになるとインタビューに答えています。
重要なのは俳優が、自分たちの行為を信じていることだと思う、とロックフェラー監督は語っています。演じる人物の性格と、行動の理由を俳優が理解している事が重要だ、と彼は話しました。
本作は観客にどんな情報が知らせるか、極めて制御する必要がある。それゆえ脚本に固執する必要がある中で、私は俳優に登場人物を演じる上で多くの自由を与えたかったと当時を振り返っています。
撮影現場では即興の演技も行われた。私は彼らが選んだ演技を本当に信頼し、その信頼を感じてくれた俳優たちは徐々に自由に演じ、画面によりリアルなものをもたらしてくれた、と説明する監督。
俳優たちは協力的で、全ての俳優と一緒に同じロッジに滞在し、共にに食事をして過ごしたと語る監督。最初に来たジョニー・リー・ミラーとブルックリン・プリンス、父と娘を演じる2人と、まずリハーサルをする機会ができました。
それがブルックリンの演技に役立った。これは他の俳優にも伝わり、彼女が演じるレミが物語の中でどう機能し、彼女は物語の中で何を望んでいるか他の俳優も理解した、と監督は話しています。
まとめ
火星の辺境コロニー、というソリッドシチュエーションを舞台に、土地や生存を巡る争いを描いた『マーズ』。これが移民問題や環境破壊など、現代社会を風刺したものと既にご理解頂いているでしょう。
そして男性優位の価値観と、それを正当だとする考え方を否定する物語です。男女が暮らせば恩讐すら越え、結び付くのが自然の摂理と考えていませんか?
これはある種の神話で、それも男性側の心理を束縛する神話だと言えます。本作のジェリーは、性的欲望に突き動かされ行動していません。
むしろ可能な限り紳士的に振る舞い、保護者として受け入れてもらえる、良き家父長であろうと努力し続けます。それはとても哀れな姿に見えました。
ロックフェラー監督は初期に脚本を読んだ、女性の映画関係者の友人から「あなたが書いたこのシーンを、あなた自身がどこまで評価しているか判らないが、自分はこのシーンを身近に感じて共感できる」と言われた経験を語っています。
侵略や戦争、収奪や自然破壊。これらも家父長的な使命感・義務感から行われ、行為を正当化した歴史があります。私は本作は男性批判の物語ではなく、そういった価値観・歴史観への批判と受け取りましたが、いかがでしょうか。
ラストでコロニーから人間は姿を消します。その先に人類への希望が描かれたのか、絶望が描かれたのか私には判りません。
しかしコロニーにはロボットと、それが世話をする生き物たちが残ります。
この「ユートピア」像に、ダグラス・トランブル監督作『サイレント・ランニング』(1972)のラストシーンと、その影響を受けたピクサー映画『ウォーリー』(2008)が描いた世界が重なりました。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2022見破録」は…
次回第24回は、第1次世界大戦後のハンガリーで、遺体写真家の男が訪れた村で目撃した怪異とは…異色ホラー映画『ポスト・モーテム 遺体写真家トーマス』を紹介いたします。お楽しみに。
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増田健(映画屋のジョン)プロフィール
1968年生まれ、高校時代は8mmフィルムで映画を制作。大阪芸術大学を卒業後、映画興行会社に就職。多様な劇場に勤務し、念願のマイナー映画の上映にも関わる。
今は映画ライターとして活躍中。タルコフスキーと石井輝男を人生の師と仰ぎ、「B級・ジャンル映画なんでも来い!」「珍作・迷作大歓迎!」がモットーに様々な視点で愛情をもって映画を紹介。(@eigayajohn)