連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」第28回
世界の各国のホラー映画、今やブームの魔女・悪魔が登場する作品も紹介する「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」。第28回で紹介するのは『魔女の密約』。
悪魔の正体はキリスト教の普及と共に邪教とされた、自然を崇拝する古代宗教の神々がルーツとも言われています。映画においても、『ウィッカーマン』(1973)や『ミッドサマー』(2019)など、邪教と化した古代宗教をテーマとした傑作ホラーが作られてきました。
また邪教が悪魔崇拝に発展すると、悪魔と共に登場するのが魔女。近年は『ウィッチ』(2015)や『ヘレディタリー 継承』(2018)など、新たな趣向で「魔女」を描く作品が増えてきました。
悪魔・魔女映画ブームの中、アイルランドから本格派オカルト・ホラー映画が誕生しました。
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CONTENTS
映画『魔女の密約』の作品情報
【日本公開】
2021年(アイルランド映画)
【原題】
Cherry Tree
【監督】
デビッド・キーティング
【キャスト】
アンナ・ウォルトン、ナオミ・バトリック、サム・ヘイゼルダイン、エルバ・トリル、パトリック・ギブソン、リア・マクナマラ
【作品概要】
父親の命が長くないと知った女子高生は、魔女と契約を交わします。しかしその代償は……。魔女の企てに翻弄される主人公を描くオカルトスリラー映画です。監督は『ウェイク・ウッド 蘇りの森』(2009)のデビッド・キーティング。『ウェイク・ウッド』も本作同様、アイルランドを舞台にしたオカルトホラーでした。
主演は『ウイスキーと2人の花嫁』(2017)のナオミ・バトリック。『ヘルボーイ ゴールデン・アーミー』(2008)や『ミュータント・クロニクルズ』(2008)のアンナ・ウォルトンがミステリアスな女を演じます。
またジェイソン・ステイサム主演『メカニック ワールドミッション』(2016)で悪役を演じたサム・ヘイゼルダイン、『トールキン 旅のはじまり』(2019)のパトリック・ギブソンが共演しています。
映画『魔女の密約』のあらすじとネタバレ
暗黒の中世に、魔女に支配されたというオーチャード(「果樹園」の意味)の町。現在この地には恐るべき魔女エレナー・ヤングの魂が、桜の木に宿っているとの伝説が残っています……。
ショーン(サム・ヘイゼルダイン)が経営するレストランで、客のシシー(アンナ・ウォルトン)は相席していた女性に突然キスをしました。
女性は動揺して立ち去ります。夜道を歩く彼女は覆面の一団に拉致されました。ムカデが這いまわり木の根が絡み合う地下の空間で、怪しげな儀式の生贄として喉を切り裂かれる女性。
木の根が這う地面の上には、満開に花を咲かせた桜の巨木が生えていました。
女子高生のフェイス(ナオミ・バトリック)の教室では、生徒のブライアン(パトリック・ギブソン)が郷土に伝わる魔女伝説について発表しています。
フェイスは同じホッケーチームに所属する、キャロライン(リア・マクナマラ)とジェニファーからいじめられています。しかし彼女には、頼りになる親友であるエイミー(エルバ・トリル)がいました。
そんな学園生活を送るフェイスのホッケーチームに、いなくなったコーチに変わる新たなコーチとして、シシーが赴任しました。
次の試合の出場選手として、キャプテンとして活躍するキャロラインとジェニファーを選出するシシー。また彼女らとフェイスがもめているのを見ると割って入り、お互いに握手をさせます。そして次の試合に、フェイスも出場するように手配しました。
学校帰りに、父ショーンが経営するレストランを訪れたフェイス。ショーンは人目につかぬ場所で苦しみに耐えています。彼は長らく白血病を患っていました。
自宅に向かうフェイスに、ブライアンが声をかけてきます。フェイスに気があるようですが、親友のエイミーが彼に好意を寄せていると知るフェイスは、彼の誘いを断ります。
2人が自宅に着いた時、家の前に父ショーンが倒れていました。ブライアンの助けを借りて父を運び、主治医のスレイター医師を呼ぶフェイス。
親子2人で暮らすショーンは、娘の前では気丈に振る舞っていましたが、父が無理をしている様子はフェイスも察していました。
翌朝、登校する娘を見送ったショーンは病院を訪れます。彼に対して白血病の進行が早く、残念ながら余命は3ヶ月だと告げるスレイター医師。
その日はホッケーの試合の日です。開始直後、珍しく父が観に来ていることに気付くフェイス。
父は平静を装いますが、診察結果が思わしくなかったと彼女は悟ります。精神が不安定になった彼女は、ラフプレーで相手選手に怪我を負わせてしまいます。
控室で叫んで暴れるフェイス。そんな彼女の様子をコーチのシシーが見つめます。
信頼できる従業員のクレアに電話をかけ、店を任せたショーンは試合を終えた娘を抱きしめます。共に病魔と闘うことを誓う父娘。
厳しい日々が過ぎていきます。そんなある日、夜道を歩いていたフェイスに、突然シシーが声をかけてきました。
シシーは彼女の父の容態を知っていました。見せたいものがあると告げ、古い邸宅の地下にフェイスを案内します。
彼女は自身の叔母は、偉大な魔術の使い手だったと語ります。半信半疑のフェイスを、魔術の信奉者が儀式を行う地下集会場に案内したシシー。
地下奥深くに、木の根に覆われた集会場がありました。シシーはこの場所について「冥界の王から贈られた」と語り、自分たちはここに儀式を行い、彼に仕えていると説明します。
見返りとして、冥界の王は報酬を与えてくれる。その為には彼の求める献身に応えねばならず、逆らえば彼の怒りを買うと彼女は言葉を続けます。
自然には独自の力がある、それを操る行為を人々は魔法と呼ぶと語るシシー。彼女はニワトリの喉を切って殺し、その血を器へと注ぎます。
器の中にはうごめくムカデと共に、さくらんぼの実がありました。ムカデは魔術に役立つ使い魔だと説明するシシー。
ムカデはニワトリの死骸へと潜り込んでいきます。すると死んだはずのニワトリが生き返り、何事も無かったかのように動き出します。
シシーは死は全ての始まりだと説明します。いつの間にか周囲には、覆面姿の悪魔信奉者たちがいます。フェイスは驚いて逃げ出しました。
その日から彼女は、友人を避けて1人で思い悩みます。改めてシシーに会うと、父を治せるか尋ねるフェイス。それを証明するために、あの日魔術を見せたと告げるシシー。
シシーは望みを叶えるには強い願いが必要、力とは欲望から生まれるものだと説きます。
父を心から強く救いたいと望んでいる。そう訴えるフェイスに、代償として赤ん坊を要求するシシー。まだ15歳のフェイスは驚きました。
去る命があれば、生まれる命もある。自然はつながっていると語るシシー。そうするしか父を救う道は無いのだと説明します。
悩んだ末、赤ん坊を生み差し出すと決めたフェイス。あなたは若い、誕生日の日に誰か素敵な若い男と関係を持て。シシーはそう告げました。
誕生日の夜、フェイスは多くの知人・友人が集まった父のレストランに現れます。そこにやって来ると、彼女にプレゼントを渡すシシー。
フェイスは友人のエイミー、そしてブライアンと共に誕生パーティーの会場に向かいます。
にぎやかなパーティーの最中に、外にブライアンを誘い出すフェイス。2人でキスをしている姿をエイミーに目撃されました。
自身がブライアンに恋していると知っていた、フェイスの裏切りに怒るエイミー。気まずくなりますが、それでもフェイスはブライアンを誘います。
寝室に入る2人を密かに見つめるシシー。2人がベッドで関係を持った時、シシーが渡したプレゼントの箱からムカデが這い出しました。
ムカデはブライアンの背中を食い破り、彼の中に入って行きます。瞳が、そして体が黒くなり、怪物じみた姿になったブライアン。
行為を終えフェイスが目覚めた時、そこにブライアンの姿はありませんでした。彼女は現れた悪魔信奉者にとある一室へと案内されます。
その部屋のベッドの上に、父ショーンが眠っていました。父を囲む悪魔信奉者には学校の教師など、フェイスの見知った顔もありました。
信奉者たちのリーダーであり魔女のシシーは、術を使ってショーンの喉を切り裂きます。それを見て悲鳴を上げたフェイス。
シシーは父の体に、さくらんぼの実の汁を注ぎます。体の中にムカデが入って行きました。そして信奉者たちが呪文を唱え、シシーが魔術を使うとショーンはせき込みます。一度死んだはずの父が甦ったのです。
翌朝フェイスが目覚めると、父はキッチンにいました。いつもより食欲があると元気そうに話すショーン。
登校したフェイスは吐き気に襲われます。トイレに駆け込んだ彼女の前に、チームメイトで彼女をいじめるジェニファーが現れます。
フェイスに妊娠検査薬を渡し、使用しろと告げるジェニファー。あり得ないことに彼女の体は検査薬に反応しました。
結果を勝ち誇った顔で聞くジェニファーとキャロライン。2人が事情を知っている事実、そして普通ではない妊娠の経過に、フェイスは不安を覚えます。
何が起きているのか訊ねても答えること無く、ジェニファーとキャロラインは笑って彼女の前から立ち去りました。
映画『魔女の密約』の感想と評価
参考映像:『ウェイク・ウッド 蘇りの森』(2009)
「地味なアイルランド製ホラー映画」と思っていたらエグい殺され方の描写があったり、『ミディアン』(1990)のような妖怪じみた化け物が出現したり……と全く油断の出来ない作品でした。
古代ケルトのドルイド教の流れを組む邪教のお話と言えば、映画『ウィッカーマン』の世界。イギリス・アイルランドはケルト文化の風習が色濃く残る世界です。
本作の最後に登場するハロウィンも、イングランドでは一度廃れたもののスコットランド、そしてアイルランドでは脈々と受け継がれました。
そしてアイルランド系移民と共にハロウィンはアメリカに広まり、今や日本でも年中行事の一つになりました。本作に魔女と共に自然信仰、巨木崇拝が登場するのも納得です。
デビッド・キーティング監督の前作であり、ホラー映画の名門・新生ハマー・フィルム・プロ製作の『ウェイク・ウッド 蘇りの森』には魔女は登場しませんが、本作と多くの共通した要素があります。それらはアイルランド出身の監督ならではの、こだわりの成せる技でしょうか。
この映画、現代版『悪魔の性キャサリン』!?
参考映像:『悪魔の性キャサリン』(1976)
女子高生の周囲で起きる怪異を描いた『魔女の密約』。しかし青春ホラー、学園ホラーの枠に収まるような作品では決してありません。
悪魔崇拝や魔女をテーマにした作品には、生贄だの処女だの出産だの、物騒がせでエロチックな題材が登場します。
そんなテーマに忠実な本作、該当シーンも登場します。とはいえ残酷シーン同様にネチっこくない、素材にこだわるがアッサリ系だと、ラーメンみたいに例えられる描写です。おかげで安心して観れたと感謝するか、充分悪趣味と思うか、もっと過激に観せろと感じ取るかは、ご覧になる方の感性次第でしょう。
三角関係に異性愛に同性愛描写もあるなど、全編通して色々あります。盛り込み過ぎで各エピソードが駆け足気味、チープな賑やかさが楽しいホラー映画です。
例えるならレディースコミックのホラーの様な、B級グルメ的完成度が高い作品。しかし、ぼんやりしてると怪奇漫画の大ゴマの様に、いきなりショックシーンが登場する……そうした魅力を持った映画と言えます。
新生ハマー・プロの『ウェイク・ウッド 蘇りの森』を撮ったキーティング監督ですが、本作は旧ハマー・プロ末期の作品、『悪魔の性キャサリン』(1976)の雰囲気によく似ています。
クリストファー・リー、リチャード・ウィドマーク出演作より、ナスターシャ・キンスキーの出世作として名高い『悪魔の性キャサリン』。TV放送時のタイトルは『恐怖の性!キャサリン エロスの残酷な饗宴』と実に昭和チックなものでしたが、『魔女の密約』も放送する時は、凄いタイトルにするのでしょうか。
ハマー・プロホラー映画のゴシック感漂う青春ホラー
冗談はさておき、この映画とキーティング監督が、ハマー・プロのホラー映画と密接な関係を持っていることが確かです。
同時に悪魔信仰の根にある、古代宗教の自然崇拝要素を描いた点ではクリストファー・リー主演の『ウィッカーマン』風でもある『魔女の密約』。イギリス・アイルランドの、ケルト文化圏の生んだホラー映画と呼んで良い作品でしょう。
本作を古風に描けばハマー・プロ風のゴシックホラー、現代の辺境を舞台に描けば『ウィッカーマン』『ミッドサマー』風の寒村カルト宗教ホラーになったはず。
しかし本作は女子高生の周囲、学校や家庭を軸にした青春ホラーのフォーマットで描かれています。この点でも盛り過ぎ、駆け足描写になった感は否めません。
観るべき要素が盛り沢山はホラー映画ファンにとって嬉しいことながらも、同時に消化不良感がもったいない本作。ですがレディースコミックホラーや、貸本漫画から発展した昭和の怪奇漫画、ひばり書房の怪談シリーズ(怪談マンガ文庫)的な作品と捉えると、これはこれで正解なのでしょう。
まとめ
エロ・グロ・バイオレンス要素を適度な表現で盛り込んだ『魔女の密約』。駄菓子を詰め合わせたようなホラー映画として楽しむと、より満足感が味わえる作品です。
そしてその背景には、ケルト文化やドルイド教、そしてハロウィンを愛し守り育ててきたアイルランドの風土と、ハマー・プロを筆頭とするイギリス・アイルランド圏のホラー映画の歴史が隠されていました。
続々作られる魔女映画ですが、本作公開以降に新たな視点で描いた作品が続々登場したと思うと、この映画は早すぎたのかもしれません。
同時にこの映画は、古典的な魔女映画に忠実過ぎました。多くの要素を詰め込みながらも新機軸を描けなかった結果、やや埋もれてしまったのでしょうか。
「桜の樹の下には屍体が埋まつてゐる!」と書いたのは梶井基次郎ですが、本作の桜の木の下には、よりトンデモない世界がありました。
本作の本質はエロやグロでは無く、デカダンスだと強調しましょう。ジャンクフード的お手軽デカダンスですが、ハマー・ホラーはそんな映画でした、これでイイんです。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」は…
次回第29回は、仲良し男女3人組が海の真っ只中の船上で修羅場を演じるサスペンス『ハープーン 船上のレクイエム』を紹介します。お楽しみに。
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