Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

連載コラム

Entry 2020/07/16
Update

映画『剣の舞 我が心の旋律』感想と考察レビュー。ハチャトゥリアンの代表作となった名曲はひと晩で誕生していた|心を揺さぶるtrue story1

  • Writer :
  • 咲田真菜

連載コラム「心を揺さぶるtrue story」第1回

読者の皆さま、はじめまして。連載コラム『心を揺さぶるtrue story』を担当させていただくことになりました、咲田真菜です。このコラムでは実話をもとに描かれた映画の魅力についてお伝えして参ります。

第1回目でご紹介するのは『剣の舞 我が心の旋律』です。この作品では、おそらく誰もが一度は耳にしたことがあるであろう「剣の舞」を作曲したアラム・ハチャトゥリアンが実際に経験した物語を描いています。

映画『剣の舞 我が心の旋律』は、2020年7月31日(金)より新宿武蔵野館ほかにて全国順次公開されます。

【連載コラム】『心を揺さぶるtrue story』一覧はこちら

映画『剣の舞 我が心の旋律』の作品情報

(C) 2018 Mars Media Entertainment, LLC, DMH STUDIO LLC

【日本公開】
2020年(ロシア・アルメニア合作映画)

【監督・脚本】
ユスプ・ラジコフ

【キャスト】
アムバルツム・カバニアン、ヴェロニカ・クズネツォーヴァ、アレクサンドル・クズネツォフ、アレクサンドル・イリン、イヴァン・リジコフ、インナ・ステパーノヴァ、セルゲイ・ユシュケーヴィチ

【作品概要】
1942年12月。コーカサス地方のアルメニアを舞台にしたバレエ『ガイーヌ』は、初演を目前にしていました。ところが、劇団幹部から最後を締めくくる勇壮な踊りの追加が命じられます。

時はソビエト連邦に大粛清の嵐が吹き荒れた数年後。命令は絶対であり、失敗したら作曲家人生は終わる…そんな重圧の中、1度聞いたら忘れられない「剣の舞」をひと晩で書き上げたのは、ソビエトが誇る現代作曲家のアラム・ハチャトゥリアンでした。

祖国アルメニアへの思いを音楽で表現する情熱の作曲家アラムを演じるのは、ロシアで舞台やTVで活躍するアンバルツム・カバニャン。

宿敵のプシュコフはアメリカのTVドラマ「24」などにも出演してたアレクサンドル・クズネツォフ。

脚本と監督はウズベキスタン出身のベテラン、ユスプ・ラジコフが務めています。

映画『剣の舞 我が心の旋律』のあらすじ

第二次世界大戦下のソ連。疎開中のキーロフ記念レニングラード国立オペラ・バレエ劇場は、10日後にお披露目するバレエ『ガイーヌ』のリハーサルに集中していました。

しかし、アラム・ハチャトゥリアンは振り付け家のニーナから修正を求められ、その上、文化省の役人プシュコフから曲を追加せよと難題を命じられます。

過去にアラムとトラブルを起こしたプシュコフは、周囲を巻き込み復讐のチャンスを虎視眈々と狙っていたのでした。

作曲家としての意地とアルメリア人としての誇りを胸にアラムはピアノに向かいます。

さまざまな感情が渦巻く中、鍵盤の上でひとつのリズムが踊り始めました。それが世界で愛される『剣の舞』。

この曲には民族の悲しみと世界平和への祈りが込められていました。

映画『剣の舞 我が心の旋律』の感想と評価

(C) 2018 Mars Media Entertainment, LLC, DMH STUDIO LLC

「剣の舞」誕生の裏に潜む暗い歴史

この作品は、主人公の作曲家・アラム・ハチャトゥリアン(アンバルツム・カバニャン)が代表作「剣の舞」を1942年12月にひと晩で書き上げた背景を描いています。

それは若い頃のアラムが実際に経験したほんのわずかな期間の出来事なのですが、この物語の特徴は、曲の誕生までの経緯を詳細に描くというよりも、第二次世界大戦下のソビエトで、粛清に怯えながら暮らさなければいけない時代がどういうものだったのか、また、祖国アルメニアで起きた悲劇を忘れることなく生きているアラムの姿を等身大に描いているところです。

そのため「剣の舞」の誕生は物語の後半でスピーディーに描かれていきます。そこにたどり着くまでは、共産党の命令は絶対という体制のもと、それに逆らうことができない時代の暗さが中心となります。

そんな暗い時代にスターリン賞を受賞するなど、作曲家としての地位を確立したアラムの心の中には、常に祖国・アルメニアの風景があります。

雪が降り積もる寒くて暗いソビエトの地とは対照的に、美しいアルメニアの風景がたびたび映し出されます。

そしてこの物語を通して、アルメニアで起きた大虐殺という悲劇の歴史を知ることができます。

この出来事が世界で黙殺されたことによって、その後のファシズムやユダヤ人虐殺が起きたのだという事実はとても重いものです。

祖国で起きた悲劇を常に胸に抱きながら生きるアラムは、その想いを音楽にぶつけていきます。

そして誕生したのが、激しく鳴り響く木琴の音とサクスフォーンの旋律が特徴的で、たった2分30秒の曲なのに強烈なインパクトを残す「剣の舞」だったのです。

宿敵・プシュコフの「ゲス男」ぶり

(C) 2018 Mars Media Entertainment, LLC, DMH STUDIO LLC

アラムが「剣の舞」を生み出したのは、宿敵ともいえるプシュコフ(アレクサンドル・クズネツォフ)が目の前に現れたことがきっかけとなります。

文化省の役人であるプシュコフは、かつてアラムとひと悶着を起こしたことがありました。

アラムの才能をねたんでいたプシュコフは、アラムが一番言われたくない言葉を投げかけたのです。激怒したアラムとは、その日を境にして絶縁状態となりました。

バレエ『ガイーヌ』の上演を目前にして、連日のように舞台に変更が生じ、その対応に追われて不眠不休で働くアラムの目の前に、プシュコフは登場するのです。

作曲家として評価されているアラムをなんとか引きずりおろしたいと画策するプシュコフは、ねちっこく、まるで蛇のようにアラムを狙います。

アラムに憧れるバレエ団のソリスト・サーシャ(ヴェロニカ・クズネツォーヴァ)に色目を使ったり、サーシャに想いを寄せる失業寸前のサクスフォーン奏者・アルカジーを利用してアラムをハメようとしたり、まさに「ゲス男」そのものです。

これは、当時のソビエトを色濃く表しているのかもしれません。共産党の上層部に目を付けられたら最後、どこまでもしつこく追い詰めていく手法は、当時当たり前のように存在していたのでしょう。

そして極めつけが『ガイーヌ』の上演まで1週間と迫った時、最終幕に士気高揚する踊りを追加しろと命じます。

しかしプシュコフの無茶ぶりに対して果敢に挑み、名曲を生み出したアラム。そこには共産党の思想のもとに芸術が抑圧されていた時代の暗さに立ち向かう力強い姿がありました。

随所に盛り込まれる美しいバレエと旋律

(C) 2018 Mars Media Entertainment, LLC, DMH STUDIO LLC

「剣の舞」の誕生は物語の後半で一気に描かれますが、物語の中では、バレエや音楽がふんだんに盛り込まれ、音楽映画ならではの見どころがたくさんあります。

アラムが友人である作曲家、ショスタコーヴィチとオイストラフと親交を温める場面が登場するのですが、物語の全般を通して憂鬱そうに暗い表情を見せるアラムが、唯一笑顔を見せる貴重なシーンとなります。

『ガイーヌ』上演へのプレッシャーで疲労困憊し、入院したアラムの陣中見舞いに現れたショスタコーヴィチとオイストラフ。音楽とどのように向き合えばいいのか悩むアラムにとって、親友たちとの音楽談義は大きな癒しとなります。

そしてその延長線で3人がストリートミュージシャンとともに、街中で楽器を演奏し、楽しい音楽を繰り広げます。

著名な作曲家3人が実際にこのような演奏をしていたのであれば、その場に居合わせた人たちは、なんとラッキーなのだろうと羨ましい気持ちになりました。

また、戦地に向かう兵士たちの慰めになるようにと上演されるバレエも見どころの一つです。

生きて戻れるか分からない、二度とバレエを観ることはできないかもしれない若者が、目を輝かせながら舞台に目を向ける姿は、切ないものがあります。

芸術は、ほんのひとときでもつらい現実から解き放ってくれる力があるものだと、改めて感じられるシーンとなりました。

まとめ

(C) 2018 Mars Media Entertainment, LLC, DMH STUDIO LLC

表現の自由が抑圧されていた時代に、苦悩しながらも芸術に真摯に向き合い名曲「剣の舞」を生み出したアラム・ハチャトゥリアンの姿に心をギュっとつかまれる本作。

そして抑圧する側であるプシュコフが物語の中で発する「音楽を侮ってはいけない」という言葉も心に深く刻まれます。

もちろんプシュコフがこの言葉に込めた想いはネガティブなものですが、ある意味言い得て妙だと感じられました。

どんな時代も音楽は人の気持ちに寄り添い、影響を与えるものだということが、この作品を通じて改めて感じることができたからです。

今、世界中でエンターテインメントが直面している危機的な状況の中、やはり音楽の力は偉大なもの、決してなくしてはいけないものだと再確認できる作品に出会えたような気がしてなりません。

映画『剣の舞 我が心の旋律』は、2020年7月31日(金)より新宿武蔵野館ほかにて全国順次公開です。

次回の連載コラム『心を揺さぶるtrue story』もお楽しみに。

【連載コラム】『心を揺さぶるtrue story』一覧はこちら

関連記事

連載コラム

香港映画『ハッピーパッポー』あらすじと感想。パン・ホーチョン節の炸裂にブレはなし‼︎|OAFF大阪アジアン映画祭2019見聞録11

連載コラム『大阪アジアン映画祭2019見聞録』第11回 今年で14回目の開催となる大阪アジアン映画祭。2019年3月08日(金)から3月17日(日)までの10日間、アジア圏から集まった全51作品が上映 …

連載コラム

【来るネタバレ考察】岡田准一演じる野崎は最後に何と戦い生き残ったのか|映画道シカミミ見聞録27

連作コラム「映画道シカミミ見聞録」第27回 こんにちは。森田です。 中島哲也監督の新作『来る』が、異色のホラー映画として、12月7日の公開直後からさまざまな解釈をされています。 (C)2018「来る」 …

連載コラム

HYODO八潮秘宝館ラブドール戦記 |あらすじ感想と評価解説。世界で1番の”ヘンタイ”博物館を描く必見のドキュメンタリー映画|増田健の映画屋ジョンと呼んでくれ!9

連載コラム『増田健の映画屋ジョンと呼んでくれ!』第9回 この世には見るべき映画が無数にある。あなたが見なければ、誰がこの映画を見るのか。そんな映画が存在するという信念に従い、独断と偏見で様々な映画を紹 …

連載コラム

イタリア映画祭2019開幕!豪華ゲスト登壇の開会式リポート|2019年の旅するイタリア映画祭1

連載コラム『旅するイタリア映画祭』第1回 2019年で19回目となるイタリア映画祭が、ゴールデン・ウィーク期間中の4月27日(土)〜5月4日(土・祝)まで東京・有楽町朝日ホールにて開催されています。 …

連載コラム

映画『ゴジラVSビオランテ』感想と解説。帰ってきたウルトラマン34話の怪獣との共通性を深掘り⁉︎|邦画特撮大全27

連載コラム「邦画特撮大全」第27章 読者の皆さま、新年明けましておめでとうございます。 先年は私の拙文にお付き合いいただき誠にありがとうございます。 今回取り上げる作品は『ゴジラVSビオランテ』(19 …

【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学