連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」第16回
世界各国の怪作・珍作映画をお届けする「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」。第16回は摩訶不思議な世界を描いたホラー映画『ファブリック』。
ホラーと言えば恐怖。怪物に幽霊、殺人鬼に激しい痛み、グロテスクな光景に絶望…様々なものが恐怖の対象として描かれます。
他にも恐怖をもたらすものがあります。違和感、不条理、常識の欠落、ナンセンスな状況…日常が破壊された時もまた、人は恐怖を感じるもの。
デイヴィッド・リンチやアレハンドロ・ホドロフスキーの映画は、ホラーと呼ぶには異色の作品ですが、異色さゆえにホラー映画と呼ぶしかない、そんな存在感を持つ作品です。
今回は同様の味わいを持つ、イギリスで誕生した妖しく奇妙なホラー映画をご紹介します。
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CONTENTS
映画『ファブリック』の作品情報
【日本公開】
2021年(イギリス映画)
【原題】
In Fabric
【監督・脚本】
ピーター・ストリックランド
【キャスト】
マリアンヌ・ジャン=バプティスト、シセ・バベット・クヌッセン、ジュリアン・バラット、グウェンドリン・クリスティー、ヘイリー・スクワイアーズ、ファトゥマ・モハメド、レオ・ビル、リチャード・ブレマー
【作品概要】
格式ある百貨店で購入したのは、人々に不条理と死をもたらす奇怪なドレスです。悪夢のような世界を描いた、見る者に中毒性を与えるホラー映画。
監督は『バーバリアン怪奇映画特殊音響効果製作所』(2012)、そして『The Duke of Burgundy』(2014)と、個性的な映画を手掛けるピーター・ストリックランド。
出演はドラマ『FBI失踪者を追え!』(2002~)のレギュラー出演者として有名なマリアンヌ・ジャン=バプティストに、『インフェルノ』(2016)や『9人の翻訳家 囚われたベストセラー』(2019)のシセ・バベット・クヌッセン。
またグウェンドリン・クリスティーは『スター・ウォーズ フォースの覚醒』(2015)、『~最後のジェダイ』(2017)のキャプテン・ファズマ役、ドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』(2011~)の女戦士ブライエニー役で有名です。
『バーバリアン怪奇映画特殊音響効果製作所』と『The Duke of Burgundy』にも出演しているファトゥマ・モハメドが、今回も強烈な印象を残す役で登場します。
映画『ファブリック』のあらすじとネタバレ
ワインゲルズ銀行の窓口で働く、50代の黒人女性のシーラ(マリアンヌ・ジャン=バプティスト)。
彼女が自宅で食事を準備していると、別れた夫から電話がかかりますが、元夫は息子のヴィンスとだけ話します。
離婚以来息子と2人暮らしのシーラは、新聞にデート相手募集の広告を出していました。
彼女がデート希望者が送った資料を見ていると、TVに古風で奇妙な映像で作られた、デントリー&ソーパーズ百貨店の冬物セールのCMが流れます。
ヴィンスは父に会うと言い出て行きます。息子から元夫に新しい女が出来たと聞くシーラ。
彼女は新聞にデート相手募集広告を出した50代男性を探します。
シーラが帰宅すると、息子は年上の恋人グウェン(グウェンドリン・クリスティー)を連れ込んでいました。ヴィンスの絵のモデルをしていた彼女は、挨拶すらしません。
彼女が話かけても、ろくに相手をしない息子とその恋人。夜になると2人は部屋で行為を始めます。シーラはその声を聞かされました。
家の留守電に、彼女とデートを希望するアドニスという男からのメッセージが入ります。
彼女のドレスは虫に喰われ痛んでいました。新たなドレスを求め、デントリー&ソーパーズ百貨店に向かうシーラ。
彼女がドレスを眺めていると、黒い古風なドレスの制服を着た店員ミス・ラックモア(ファトゥマ・モハメド)が近寄ります。声をかけたラックモアに、シーラは見ているだけだと答えます。
お客様のためらいは売り子の心に響きます。と丁寧で大げさな言葉で話かけるラックモア。
シーラは紅いドレスに目を止めます。初デートには挑発的だと思う彼女に、ラックモアはドレスの魅力を並べ立てます。
試着したシーラにドレスはあなた自身。1つの心の記憶と、1つの触れた感触を思い出させる”Fabric”(織物)だと語るラックモア。
サイズを聞いたシーラに彼女は36と答えます。自分のサイズではないと伝えても、ラックモアは大層な言葉を重ねて褒め続けます。
合わないサイズのはずが、彼女に不思議に似合います。結局紅いドレスを買うシーラ。
受け取った紙幣を筒状の容器に入れ、エアシューター(気送管)に入れて送るミス・ラックモア。梱包されるドレスには、何か文字が書いてありました。
饒舌なラックモアが静止して黙りこみ、奇妙な時間が流れます。エアシューターで釣り銭が到着すると、動き始めたラックモア。
彼女はデート相手のアドニスは、ドレスを着たシーラを見て褒めるだろうと言いました。
シーラは息子のヴィンスを残し、ドレスを着てデートに向かいます。
彼女がレストランで相手を待っている頃、デントリー&ソーパーズ百貨店のミス・ラックモアは控室にいました。
かつらを外しスキンヘッドになるラックモア。彼女はかつらをマネキンの頭に被せます。
シーラがレストランで会ったアドニスは、事前の紹介とは異なる無神経な男でした。
ラックモアは狭い荷物用エレベーターに体を折り曲げて収め、下に降りていきました。
がさつなアドニスの行動と、会話もろくにない態度に失望するシーラ。
最悪のデートを終え自宅に戻ったシーラはドレスを脱ぎます。胸には発疹が出ていました。
息子を呼びに部屋に行くと、そこに彼の恋人のグウェンがいました。戸惑うシーラに、他人行儀な言葉を淡々と浴びせるグウェン。
ベットで次のデート相手を検討してから寝たシーラ。衣服をしまうクローゼットの中から、奇妙な音が聞こえてきます。
荷物用エレベーターで控室に現れるミス・ラックモア。彼女は開店と共に来た客を、他の従業員と共に迎え入れました。
シーラが目覚めた時、紅いドレスはクローゼットの外に落ちていました。息子のヴィンスに、グウェンが自分の衣類を物色したと告げるシーラ。
怪訝な顔のヴィンスに、彼女は遠慮の姿勢を全く見せない息子の恋人グウェンを、自分は心底嫌っていると告げました。
他の衣類と共に、紅いドレスを洗濯機に入れるシーラ。その時ドレスに、奇妙な記号を記したタグが付いていると気付きます。
洗濯中、ヴィンスとグウェンとボードゲーム「ルド」をプレイするシーラ。
彼女の胸の発疹に気付いたグウェンは、嫌みたっぷりに騒ぎ立てます。シーラを負かすグウェンの「ルド」の容赦ないプレイには、ヴィンスも一言注意しました。
洗濯機から異音が聞こえます。電源を抜いても暴走する洗濯機を止めようとして、シーラは手を切り激しく出血します。
その頃、デントリー&ソーパーズ百貨店ではミス・ラックモアが同僚とマネキン人形を手入れしていました。
マネキンの服を脱がせオイルを塗るラックモアの姿を、百貨店の責任者ランディ氏(リチャード・ブレマー)が覗いています。
そのマネキンの下半身に体毛があります。そこに付いていた血を指に取り舐めるラックモア。それを見て興奮したランディは果てました…。
職場である銀行に出勤すると、上司のスタッシュとクライヴに呼び出されるシーラ。
親切丁寧に話しかけた2人は、シーラの握手はどうも印象が悪い、退勤時タイムカードを押す前にトイレに行ったと、些細なことを指摘してきます。
勤務を終えると、シーラはデントリー&ソーパーズ百貨店に行きました。
ミス・ラックモアを待つ間、商品カタログを眺めていたシーラは、例の紅いドレスを着たモデルの写真に目を止めます。そのページに強引に手を伸ばすミス・ラックモア。
彼女の話では、このモデルのジル・ウッドメア(シセ・バベット・クヌッセン)は死に、彼女が最後に着て愛したドレスこそ、紅いドレスだと語ります。
シーラが帰るとラックモアはそのページを破り、丸めて自分のスカートの中にしまいました。
帰宅したシーラはヴィンスの部屋で悪趣味なグウェンの下着に悪趣味な絵、年上女性と付き合う方法のHowTo本を見つけます。
新たなデート相手に、シーラは募集広告からザックを選び会いました。今回は別のドレスを着て会ったザックは、話の弾む相手でした。
2人がデートしている時、家でヴィンスとグウェンが愛し合います。そこに忍び寄る紅いドレス。
着る者の無いドレスがグウェンに覆い被さり、彼女は悲鳴を上げました。
デートを終え家に帰り、ベットで眠るシーラを見下ろすように、紅いドレスは宙に浮いています。
デントリー&ソーパーズ百貨店では、今日もランディ氏とミス・ラックモアたちが開店前に詰めかけた客を迎え入れました。
シーラの家に招かれたザックは、紅いドレスに「私を着るあなたは、私を知るでしょう」と書いてあると気付きます。
単なるデザイン上の遊びだとザックは言いますが、これを着たモデルは死んだと話すシーラ。
チャリティなどで流通する古着の半分は、故人の物だ語るザック。ドレスは君に似合うので、ぜひ着て欲しいと話します。
ドレスを着たシーラとザックは愛し合います。しかしその後、ドレスは独りでに部屋の外に出て宙を舞いました。
別の日、紅いドレスの上にコートを着て、ザックと野原にデートに出たシーラ。そこで飼い主の元から逃げた犬に襲われます。犬はシーラのドレスを噛み引き裂きます。
自宅に連れ帰ってくれたザックを、息子のヴィンスに紹介するシーラ。母にドレスをどうするか尋ねるヴィンス。
破れて棄てたドレスは、いつの間にか元通りに戻っています。
その夜眠っていたシーラは物音で目覚めます。それはクローゼットの中でハンガーから逃れようと動く紅いドレスの立てる音でした。
ドレスの動きに合わすように、奇妙に体を動かすミス・ラックモア…。
映画『ファブリック』の感想と評価
参考映像:『バーバリアン怪奇映画特殊音響効果製作所』(2012)
この映画を見た人は、一体どう解釈して良いのやら、困惑している事でしょう。
オルタナティヴ・ロックバンド”ステレオラブ”のメンバー、ティム・ゲインが結成したバンド、”キャヴァーン・オブ・アンチマター”。
サイケデリックな音楽を生む彼らが、『ファブリック』に提供したのは70年代映画を思わせるメロディです。
映画で描かれた舞台も70年代風で、鮮やかなドレスの紅色からダリオ・アルジェントを連想する方も多いでしょう。
私の正直な印象は当時ブライアン・デ・パルマが、デイヴィッド・リンチ風の映画を撮ったら、きっとこんな作品だ、です。
奇想天外な状況を、鮮烈なイメージの映像に仕立てた本作を、批評家はこぞって大絶賛しています。
一方で本作を並みのホラー映画だ、『バーバリアン怪奇映画特殊音響効果製作所』同様の映画だ、と思って見た方からは「何だこれは!」という声が上がっています。
どちらも正直な反応、デントリー&ソーパーズ百貨店従業員、ミス・ラックモアならこの映画を、「あなたの好奇心旺盛な魂を、さぞ満足させることでしょう」と紹介するでしょう。
現実を誇張して描かれた映像世界
ピーター・ストリックランド監督はインタビューで、皆がこの作品をジャッロ(主に70年代、アルジェントらが製作したイタリア製怪奇・ホラー映画)と比較すると話しています。
しかし一番影響を与えたのは、イギリスのドラマ『The Office』(2001~)、ごく一般の人々が職場で遭遇する奇人や変人、珍妙な出来事を描いたコメディだと語る監督。
監督は本作を、ホラー映画の雰囲気で作りたかったと認めています。
同時に彼は自分の作る映画は非常に論理的で、奇妙に見えても全て我々のある部分や、遭遇した出来事を誇張して描いたに過ぎないと説毎します。
本作を見た人の多くは、テーマは消費文明への風刺と受け取るでしょうが、意外にも監督本人はインダビューでそれを否定していました。
2部構成で出来た『ファブリック』は、本来はもっとエピソードを重ねる予定でした。予算上の制約でこの形になった、と説明しています。
監督の狙いは怪談を描くことでは無く皆が職場で遭遇する、店舗で消費者あるいは従業員として遭遇する、奇妙なエピソードを誇張して描き積み重ねることでした。
様々なイメージや自分の見る夢、睡眠中に見た夢からは稀だが、白昼夢からはよくアイデアを得ている、と語るデイヴィッド・リンチ。
リンチはそういった映像を重ねて映画を作り、時に映画全体のストーリーは難解で、意味不明と呼ばれる作品を完成させました。
『ファブリック』も同様に、監督が興味を抱いた状況を映像化し積み重ねた作品です。
呪われたドレスは、奇妙な状況をつなぐ狂言回しとして、映画の中をさまよっているのです。
身近な「あるある」を描いた映画として楽しもう
参考映像:『The Duke of Burgundy』(2014)
映画の登場人物は、全て私自身の代理人だと語る監督。シーラとレッグの中に、たくさんの自分が存在すると説明しています。
世間の多くの人々が小売業に関わるように、映画製作者たちも同様の業務に関わらねばならない。それらの経験もまた、映画に反映されたと解説していました。
本作のシーラの上司、スタッシュとクライヴはお気に入りのキャラクターとだと語る監督。まさにドラマ『The Office』の登場人物のような存在です。
自分自身は暴力よりも、性的なものに興味を魅かれると監督はインタビューで告白しています。
どんな人も皆、様々な性的欲望に悩まされている。それを題材としたルイス・ブニュエルの映画を、私が好む理由だと語っています。
監督の前作『The Duke of Burgundy』には、性的な題材に挑む姿勢が見て取れます。本作に散りばめられた性的描写も、監督の興味を大いに反映したものです。
これらも奇妙なシーンの数々として登場します。同時に通常の映画には少ない、50代のカップルの真面目で美しく愛おしいラブシーンも描かれました。
『ファブリック』はストーリー性やテーマを求めると、観客は迷宮に捕らわれるタイプの作品です。リンチやアレハンドロ・ホドロフスキーの映画をご覧の方なら想像出来るでしょう。
むしろ日常に潜む奇妙な出来事、接客の場や職場での珍事、性に関する秘め事など滑稽さを、身近な「あるある」ネタを誇張して楽しむ感覚で、素直に見るべきです。
「このような素晴らしい映画をあるがままに受け取らないことは、映画の性質に反する行為です」。と本作に登場するデントリー&ソーパーズ百貨店の、ランディ氏なら語るでしょう。
まとめ
ストーリーを求めれば難解。しかし1つ1つのシチュエーション、そして鮮烈な映像イメージが実に見応えある映画『ファブリック』。
無論ドレスにまつわる怪談話、ブランドを信奉しそれに振り回される人を描いた、消費文明への批判として見る事も可能です。
高価な婦人服の価値など判らない、そういう方は多いでしょう。しかし人は自分の好む物、趣味や贔屓の対象には極端に価値を見い出すものです。
その対象がアイドルであれアニメやコミックであれ、スポーツであれギャンブルであれ、ペットや愛する身近な人であれ、信奉するものに価値を与える行為こそ、無上の喜びでしょう。
第三者に理解されずとも構わない、誰もが自分の趣味をそう感じているはず。
私が映画の素晴らしさを伝える行為も、多くの場合第三者には意味不明なことも含めて、本作のデントリー&ソーパーズ百貨店のランディ氏みたいな言動です。
理解してくれる方を信じて書いてます。…そういえばランディ氏、映画の中でトンデモないことをしています。そうはならぬ様に、自戒することにしましょう。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」は…
次回第17回は、崩壊した世界で人々が熱狂するスポーツは、宇宙の運命を左右する戦場だった!ロシア発のSF映画『コスモボール/COSMOBALL』を紹介します。お楽しみに。
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