サスペンスの神様の鼓動34
こんにちは「Cinemarche」のシネマダイバー、金田まこちゃです。
このコラムでは、毎回サスペンス映画を1本取り上げて、作品の面白さや手法について考察していきます。
今回ご紹介する作品は、昏睡状態の人間の記憶が作り出した異世界を舞台に、記憶を失った主人公が、陰謀が渦巻く戦いに巻き込まれるSFアクション『アンチグラビティ』です。
本作はSFアクションではあるのですが「異世界の秘密」「それぞれに与えられた能力の理由」「指導者の陰謀」など、サスペンス色の強い作品となっており、今回は謎解き要素に注目しながらご紹介します。
自身の記憶を失った男が、建物が浮遊する不思議な世界を舞台に、黒い怪物「リーパー」との戦いに巻き込まれる姿を、最新のVFX技術で描いた、ロシア映画。
本作の制作には、ロシアで社会現象を巻き起こし、日本でも熱狂的なファンを生み出した戦車アクション映画『T-34 レジェンド・オブ・ウォー』のプロデューサー、ルーベン・ディシュディシュヤンが携わっています。
CONTENTS
映画『アンチグラビティ』のあらすじ
自分の部屋と思われる場所で目覚めた、記憶の無い男。
部屋には建築物の模型が置かれており、恋人と思われる女性の写真が置かれています。
男は部屋の中を散策しますが、黒い粒子の塊が部屋中を移動しており、不安を感じた男は外に出ます。
外には、建物が浮遊している不思議な光景が広がっていました。
また、道を歩く人も、首から上が黒い粒子の塊で消えているなど、やはりおかしな光景が広がっています。
状況が把握できない男が、そのまま街を歩いていると、突如、黒い怪物に襲われます。
怪物から逃げる男を、3人の戦士が救い出します。
戦士のリーダーと思われる「ファントム」、女性戦士の「フライ」、男性戦士の「パイロット」は、男を連れて、空中に浮いた建物を飛び移りながら怪物から逃げますが、怪物はどこまでも追いかけて来ます。
その怪物との戦いで、ファントムも負傷し、「逃げられない」と感じた戦士達ですが、パイロットが爆弾を抱え怪物に特攻し、自らの命を犠牲にして怪物を倒します。
戦士達の基地に向かう道中、男はフライから、この世界の秘密を聞かされます。
この世界は、昏睡状態の人間の記憶の集合体であり、男も何かしらの事故で、昏睡状態である事を聞かされます。
そして、黒い怪物は「リーパー」と呼ばれ、この世界に多数存在しており、リーパーに襲われると現実世界でも命を失ってしまいます。
男は戦士達の基地「工場」に辿り着きます。
工場には、多数の戦士と住人が存在しており、これらを率いているのが「ヤン」と呼ばれる指導者でした。
ヤンは、リーパーが存在しない平和な島の存在を探しており、それを導くのが男であると語ります。
男には記憶が無く、自分の名前も覚えていませんが、自分の部屋に建築物の模型が置かれていた事から、職業が建築家だったらしいと考え、自身を「建築家」と名乗るようになります。
建築家は、工場内の自分が住む部屋に通されますが、そこには自動車事故の瞬間と思われる光景が広がっていました。
その光景を見た瞬間、建築家は自身が恋人と車に乗り、どこかへ向かっている、事故の前の記憶が一瞬蘇ります。
ですがファントムに、部屋に広がっている光景は「夢」であり「夢に迷い込むと抜け出せなくなる」と忠告を受けます。
建築家はヤンに「この世界の住人には、何かの能力に目覚める者がいる」と聞かされます。
フライには傷を癒す能力がある他に、戦士の中には、霊能力に優れ、幻覚を見せる能力を持つ「スピリット」、世界の地図を作り出す能力を持つ「アストロノーマ」など、特殊な能力を持つ者がいます。
「能力は実戦の中で覚醒する」と考えるヤンにより、建築家はロボットと戦わされますが、何の能力にも目覚めません。
ファントムは建築家を「役立たず」と決めますが、建築家は戦士達と外の世界に向かい、実戦に参加する事を希望します。
サスペンス構築要素➀「突如出現した異世界の秘密」
空中に建物が浮遊し、重力の法則が無視された独特の世界で展開されるSFアクション『アンチグラビティ』。
本作はSFアクションではあるのですが、物語は次々と謎や秘密が明かされる、サスペンス要素の強い内容となっています。
まず、作品の序盤ですが、前述したような異世界に、主人公の男性が放り込まれる所から始まります。
主人公は、自身の名前も覚えていない記憶喪失の状態で、訳も分からず街を彷徨い、リーパーに襲われ、戦士に助け出されるという展開が、何の説明も無く進んでいきます。
浮遊した建物を飛び移り、重力を無視したアクションで、リーパーと戦う場面は視覚的に非常に面白いのですが、目の前で起きている事が、全く理解できないという点で、観客は主人公と感覚を共有する事になるのです。
やがて物語が進むにつれて、戦士の1人であるフライから「この世界が昏睡状態の人々の、記憶の集合体である」事が説明されます。
世界の秘密は分かりましたが、では何故、主人公がこの世界に迷い込んだのか?そして戦士達は何故、主人公を助けに来たのか?
この新たな謎が、『アンチグラビティ』という物語の軸となります。
サスペンス構築要素➁「指導者の恐るべき正体」
『アンチグラビティ』を語るうえで重要な部分が「異能力」の存在です。
戦士達には「異能力」に目覚めた者も存在しており、現実世界では看護師だったフライは「治癒能力」、現実世界で霊能力が強かったスピリットは「幻覚能力」など、現実世界での影響を強く受けている事が特徴です。
主人公は、現実世界で建築家だった事から、何も無い場所に建築物を造り出す能力を持ち、自身を「建築家」と名乗るようになります。
これらの能力は、戦士達の指導者であるヤンにより導かれ、ヤンはリーパーから戦士と住人を守る為、リーパーのいない場所に新たな理想郷を作る事を計画します。
異世界の中で、異能力に目覚めた主人公が、リーパーから全員を守る為、理想郷を求める戦いに出る…と思いきや、主人公は突如目覚めて、現実世界に戻ります。
これまで観客が、主人公を通して体感していた異世界は「教祖」と呼ばれる科学者が作り出した脳内世界でした。
教祖は人々の頭の中に「理想の世界」を作り出す実験を進めており、主人公が異世界の中で出会った戦士達が、ベッドの上で寝かされているという、衝撃的な光景が広がります。
教祖は異世界では指導者ヤンになっており、建築物を造り出す能力を持つ、主人公の能力に注目し、異世界へと導いたのです。
次々に明かされる、あまりにも残酷な真実に、主人公が異能力に目覚めて以降の、ワクワクした気分は一気に沈んでいきます。
これまで、異世界での戦いが中心だった本作は、真実が明らかになった中盤以降、主人公と教祖という、現実世界での対立構造が物語の主軸となっていきます。
サスペンス構築要素➂「理想の世界か?厳しい現実か?」
『アンチグラビティ』では、作品後半は現実の記憶を持った主人公が異世界へと戻り、教祖と対決する展開となります。
残った戦士達に、主人公は、全てが教祖の陰謀である事を説明しますが、教祖は異世界にいる戦士達は「現実世界では全く成功していない人物達」と語ります。
異世界では、自由自在に建築物を造り出せる主人公も、現実世界では建築家として全く上手くいっておらず、教祖に「小屋1つ作れない」と罵倒されます。
それでも現実世界に戻る為、主人公が異世界からの脱出を目指す展開が、ラストへと繋がっていきます。
本作で提示されているテーマは「理想と現実」です。
ラストシーンでは、教団が作り出した脳内の世界に逃げ込む事を求める人達の姿が、ニュース映像で流されます。
その映像を無言で眺める主人公は、自らが考案した都市計画は全く認められていませんが、建築事務所に就職が決まるなど、現実世界での成長を見せます。
念じるだけで、理想の建築物を造り出せる異世界を捨て、現実に立ち向かう主人公の姿を通し、小さくても新たな一歩を踏み出す事の大切さを描いた作品、それが『アンチグラビティ』です。
映画『アンチグラビティ』まとめ
異世界で、異能力に目覚めた主人公の戦いを描いた本作は「リーパー」や「夢」など、独特の設定も多い為、最初はとっつきにくい印象を受ける方も多いかもしれません。
ですが鑑賞していくと、この世界のルールは把握できますし、異空間と現実が交差しながら、次々と展開される「謎」が、観客を物語に引き込んでいきます。
『アンチグラビティ』での異世界は、教祖が作り出した脳内の世界ですが、現実世界でも「VR」や「ゲーム」など、異世界を体験できるコンテンツは多数あります。
特にゲームは、夢中になると、ゲーム内での能力がどんどん上がり、時間を忘れてしまいますが、ふと我に返ると現実では何も変わっていない事に気付き、虚しさと恐ろしさを感じる事がありますね。
現実逃避は時に大事ですが「逃げ続けても何も変わらない」と、現実と向き合う大切さを感じる作品でした。
次回のサスペンスの神様の鼓動は…
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