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Entry 2023/08/31
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『月』映画あらすじ感想と評価解説。実際の事件がモデルの社会派サスペンスで宮沢りえ×オダギリジョーが熱演|映画という星空を知るひとよ169

  • Writer :
  • 星野しげみ

連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第169回

実際に起こった障がい者殺傷事件をモチーフとした、辺見庸による同名小説を映画化した『月』。

監督は、コロナ禍を生きる親子を描いた『アジアの天使』(2021)『茜色に焼かれる』(2021)、『生きちゃった』(2020)、『舟を編む』(2013)など常に新しい境地へ果敢に挑み続ける石井裕也です。

重度障がい者施設で働くことになった堂島洋子。他の職員による入所者への心ない扱いや暴力を目の当たりにして驚きを隠せません。ある心の痛みを抱えながら働いている洋子ですが、ついに恐るべきことが施設で起こります。

主人公・洋子役を宮沢りえが、彼女と同じ名前の同僚・陽子役を二階堂ふみが務めます。また洋子の夫をオダギリジョーが、介護職員の“さとくん”を磯村勇斗が演じました。

映画『月』は2023年10月13日(金)より新宿バルト9、ユーロスペース他にて全国公開されます。

【連載コラム】『映画という星空を知るひとよ』一覧はこちら

映画『月』の作品情報


(C)2023『月』製作委員会

【日本公開】
2023年(日本映画)

【脚本・監督】
石井裕也

【原作】
辺見庸『月』(角川文庫刊)

【キャスト】
宮沢りえ、磯村勇斗、長井恵里、大塚ヒロタ、笠原秀幸、板谷由夏、モロ師岡、鶴見辰吾、原日出子、高畑淳子、二階堂ふみ、オダギリジョー

【作品概要】
辺見庸の同名小説を原作に、脚本・監督に石井裕也、主演に宮沢りえ、共演にはオダギリジョー、磯村勇斗、二階堂ふみといった実力派を揃えて製作された長編映画。

原作は実際の障がい者殺傷事件をモチーフとした小説であり、監督を務めたのは『茜色に焼かれる』(2021)『アジアの天使』(2021)、『生きちゃった』(2020)、『舟を編む』(2013)など常に新しい境地へ果敢に挑み続ける石井裕也。

2023年10月開催予定の第28回釜山国際映画祭、ジソク部門(Jiseok部門)にて出品も決定。

映画『月』のあらすじ


(C)2023『月』製作委員会

深い森の奥にある、重度障がい者施設。

施設で新しく働くことになった堂島洋子(宮沢りえ)は“書けなくなった”元・有名作家です。彼女を「師匠」と呼ぶ夫の昌平(オダギリジョー)と、ふたりで慎ましい暮らしを営んでいます。

施設職員の同僚には作家を目指す陽子(二階堂ふみ)や、絵の好きな青年“さとくん”(磯村勇斗)らがいました。

そしてもうひとつの出会いとして、洋子と生年月日が一緒の入所者“きーちゃん”がいます。光の届かない部屋で、もう10年もベッドに横たわったまま動かない“きーちゃん”のことを、洋子はどこか他人に思えず親身になっていきます。

しかしこの職場は、決して楽園ではありませんでした。洋子は他の職員による入所者への心ない扱いや暴力を目の当たりにし、心を痛めます。

そんな世の理不尽に誰よりも憤っているのは、同じ介護スタッフの“さとくん”でした。彼の中で増幅する正義感や使命感が、やがて怒りを伴う形で徐々に頭をもたげていきます。

そして、その日はついにやってきました。

映画『月』の感想と評価


(C)2023『月』製作委員会

実在の事件がモチーフとなっている小説を映画化した本作。映画を観ると「あの事件のことか」と思う方も多いことでしょう。

書けなくなった有名作家・堂島洋子は、深い森の奥にある重度障がい者施設のスタッフとして働くことになりました。

お世話をするのは、重度の障がいを持った入所者たち。日常生活が困難な人、会話ができない人、車椅子で生活している人。中にはベッドに寝たきりの人や、座敷牢じみた一室に閉じ込められたままの人もいます。

うまく言葉を話せないために、意思の疎通は思うようにいきません。それゆえに苛立ち、暴れてしまうこともある入所者たちに対し、時には力づくで施設の“決まり”を押しつけるスタッフたち。重度障がい者と向き合うことがいかに大変か……洋子は身をもって感じ取ります。

そんな洋子が出会う、同じ職場で働くスタッフの“さとくん”は、明るく正義感あふれる好青年。自分で紙芝居を作って入所たちを喜ばせようとしますが、その胸のうちには、「“人間”と言える者だけが生きる権利がある」という危うい思想が沸き起こっています。

会話が成り立たなければ、“人間”ではないのでしょうか。あるいは、言葉が通じなければ“人間”と呼べないのでしょうか

“さとくん”と対峙する洋子ですが、彼に問い詰められて答えられません。それでも「違う。みんな一生懸命に生きている」と叫びますが、いつしか“さとくん”ではなく、もうひとりの自分と向き合っていました。

本心ともいえる、もうひとりの自分と真っ向から対立する形で、自身の思いを吐露する宮沢りえの迫真の演技に注目です。

宮沢りえの鬼気迫る表情、洋子を支える夫を演じるオダギリジョーの包容力と諦めムードが、この夫婦の隠された秘密を醸し出します。

施設で働く洋子の同僚を演じる二階堂ふみは自我とプライドと闘い、磯村勇斗が挑む“さとくん”は「命」を裁こうとしています。もしも家族が重度の障がい者だったら……それまでの自分の人生も一変してしまうのに違いありません。

本作の登場人物たちは、その方向性が間違っていたとしても、皆が「社会のために」と奔走します。それはある意味「狂気」とも呼べますが、本作はその一言だけでは裁くことのできない問いを突きつけます。

“普通”と違うことで社会から異端とされる理不尽さを痛感し、その向き合い方を深く考えさせられることでしょう

まとめ


(C)2023『月』製作委員会

実際の事件をモチーフとした辺見庸の同名小説を映画化した『月』をご紹介しました。

「何者を“人間”と呼ぶのか」という普遍的な問いのもとで、人の心の奥に潜む優越感や差別感を生々しく抉り出したともいえる作品です。

煌々と夜空に冷たく輝く月がそんな邪悪な気持ちを炙り出すのではないかと思える演出にも注目してください。

映画『月』は2023年10月13日(金)より新宿バルト9、ユーロスペース他にて全国公開!

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星野しげみプロフィール

滋賀県出身の元陸上自衛官。現役時代にはイベントPRなど広報の仕事に携わる。退職後、専業主婦を経て以前から好きだった「書くこと」を追求。2020年よりCinemarcheでの記事執筆・編集業を開始し現在に至る。

時間を見つけて勤しむ読書は年間100冊前後。好きな小説が映画化されるとすぐに観に行き、映像となった活字の世界を楽しむ。





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