Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

連載コラム

Entry 2019/05/29
Update

映画『シェイクスピアの庭』ケネス・ブラナー監督インタビュー【シェイクスピアは真に主観的だ】FILMINK-vol.12

  • Writer :
  • FILMINK

オーストラリアの映画サイト「FILMINK」が配信したコンテンツから「Cinemarche」が連携して海外の映画情報をお届けいたします。

映画『All is True』

「FILMINK」から連載12弾としてピックアップしたのは、伝説の劇作家ウィリアム・シェイクスピアを描いた映画『All is True(邦題:シェイクスピアの庭)の監督と主演を務めたケネス・ブラナーです。

【連載レビュー】『FILMINK:list』記事一覧はこちら

スポンサーリンク

シェイクスピアを演じるということ

本記事は映画『All is True』の監督と主演を務め、世紀の吟遊詩人シェイクスピアを演じるために生まれてきたといえる俳優ケネス・ブラナーのインタビューです。

――同じくベン・エルトンによるイギリスのテレビシリーズ『Upstart Crow』にてシェイクスピアを演じたのは、コメディアンとしても活躍するデイヴィッド・ミッチェルでした。あなたがテレビドラマ『Upstart Crow』にゲスト出演した時はどのような役を演じましたか?

ケネス・ブラナー(以下ブラナー):最初に出演した時は、変装をしながらシェイクスピアと共に旅をする、当時の交通に大きな不満を抱いた風変わりな乗客役でした。また、ディケンズの『クリスマス・キャロル』のパロディを扱った回では、シェイクスピアの間違いを諭す未来の幽霊役を演じました。

――いつかシェイクスピア本人を演じたいと思っていましたか?

ブラナー:答えはノーです。『恋に落ちたシェイクスピア』をはじめとする、数々の彼に関する娯楽作品を楽しんでいましたが、実際に彼自身を演じるだなんて考えてもいませんでした。

年月を経て、『冬物語』を含む、成熟した演劇に携わるようになりました。『冬物語』にて幼い息子を失った喪失的で非常に個人的な感覚が強いキャラクター、レオンテスを演じた時は、まず、シェイクスピアと、彼の若くして亡くなった息子のハムネットの関係を調べることから始めました。彼の他の戯曲も調べたのですが、『ジョン王』の中にも明白なものがあり、かなりたくさんの戯曲で子どもの喪失について言及されています。

――あなたは映画の記者会見時にも、シェイクスピア劇での子どもの死について述べられていますよね。

ブラナー:はい。このテーマについては、彼の晩年の戯曲でより多く描かれています。フィクションという魔法を使って、彼の演劇と彼自身の人生を幸せなエンディングにしようと試みていたかのようでした。

――舞台、特にシェイクスピア劇では、俳優は老若問わずキャラクターを演じます。あなたは28歳の時に28歳のキャラクターであるヘンリー五世を演じていますが、『All is True』では何かぎこちなさは感じましたか?

ブラナー:そうですね、シェイクスピアが死んだ年齢をもう越していますからね。

――シェイクスピアは52歳で亡くなる数年前には引退しているので、こんな短い期間で多くの劇や詩を残したのは驚くべきことです。

ブラナー:私はそこに、答えのない大きな疑問を感じました。なぜこんなに才能に溢れた男性が早くに引退したのだろう?とね。

――グローブ座を崩壊させた火事も原因でしょうか?

ブラナー:その火事は彼がロンドンで劇作家としての人生を始めてから、20年ほど経った頃に起こりました。当時、ペストが街に蔓延し、他にも火事が度々起こるなど、混乱した時代でした。

シェイクスピア自身も王室へのご機嫌伺いや、法律が改正により、一晩で劇場を川の向こう側へ移動させるなど、多くのことに対処せねばなりませんでした。そのことを予想すれば、彼は疲れ果てていたのだろうと思います。

また、家が彼にとってどんな意味を持つかも考えてみました。彼はエネルギーが残っている時に引退し、長い間空けていた小さな町の家族の元へ戻りました。それは非常に説得力のある彼の“人生のドラマティックなシナリオ”です。

故郷に帰ったシェイクスピアを待っていたもの

映画『All is True』

――本作でシェイクスピアは、批評家や怠惰な作家たちを代表するような変わった人に接近され、悩まされています。そして「あなたはどうして書くのをやめたのですか?」という質問以外の、多くのことに渋々ながら答えていますよね。先ほどあなたが仰ったような“答えのない大きな疑問”をそのキャラクターは尋ねるわけですが、シェイクスピアはどのように反応したと思われますか?

ブラナー:先ほどシェイクスピアが、演劇のエンディングへの答えとしてフィクションの魔法を使ったとお話しました。彼は最終的に満足のいくものを見つけられたのではないか、と考えています。

彼自身が書いた最後の戯曲と思われているのは『テンペスト』です。その中でキャラクターのプロスペロはこう言います。

「私は私の芸術の上に横たわっている。享楽は今終わり、我ら役者たちは薄い空気の中へ消えてゆく。我らは夢として作られ、そして眠りとともに小さな人生を終えるのだ」と。

私はシェイクスピアは燃え尽きたのではないかと思いました。それに、家庭の問題を解決するべきだと分かっていたのかもしれません。彼は家に戻ってきた時に、今までの過ちを認めました。

「故郷の少年たちよ、喝采は無いのですか?」なんてことをきっと最初は言ったでしょう。「自分は帰って、見て、聴かなければならない。これからは戯曲を書かず、死んだ息子の供養をしよう。創造することは可能だが、私の経験は戯曲のように素晴らしいものではない」とも思ったでしょう。

シェイクスピアが故郷に帰った時、何事も容易には行かず、多くの責任を引き受けたり問題に直面していたと考えています。彼が街との閉鎖を要求したというのは面白い考えです。

シェイクスピアは18歳で弾丸のように結婚式を挙げました。8歳年上の、読み書きの出来ない妊婦と。また彼の父親は破産していました。そして演劇人生を終え彼が戻ってきた時、娘の性的なスキャンダルが問題にされていました。

シェイクスピアがファミリー・ネームをストラトフォードで落ち着かせようとしているのは、彼が自分自身の物語を書き直そうとしているからでしょう。

――あなたはシェイクスピアが帰った時に、物語や詩を書くことは計画していなかったとお考えですか?

ブラナー:私は彼が燃え尽きたということ、そして別の意味で創造的になることを選択したという主張に惹かれています。ですから映画において、私たちはシェイクスピア家の庭を舞台に設定したのです。

実際に、彼は戯曲の中で140種類の動植物について述べ、そして幾度となく言及しています。ガーデニングに長けていたかは定かではありませんが、少なくとも彼が大いに興味を抱いていたと思います。

――シェイクスピアは妻アンのことを良い庭師だと認めているようですね。

ブラナー:ええ、庭の造形で彼女自身の創造性を発揮していましたからね。

スポンサーリンク

ブラナー監督が描きたかった2つのこと

映画『All is True』

――あなたはミステリー小説の金字塔の映像化作品『オリエント急行殺人事件』、また、2020年公開予定の『ナイルに死す』にエルキュール・ポアロ役で出演されています。本作『All is True』とポアロの作品に共通点を感じることはありますか?

ブラナー:ある程度似通ったところがあると思います。シェイクスピアは英雄の帰省のような扱いを期待して故郷のストラトフォードに戻ります。しかし偉業を成した者は、自分の家に帰っても家族に歓迎されないことは付きものです。

――シェイクスピアは息子の死に関して、墓地にてある謎を発見しますよね。

ブラナー:私たちはこの映画で2つのことを描きたかったんです。1つは感情的な視点から、子どもの喪失に関してのシェイクスピアの結論、決意を物語を伝えるためにどのような度合いで散りばめるか。

次に、彼の息子ハムネットの名前はパリの登録簿に死後記されているのですが、これは当時ではかなり珍しい事です。私たちはなぜ記されたのかを想像して物語の飛躍に役立てました。

――タイトルの『All is True』は『ヘンリー八世』のオリジナルのタイトルだったと仮定されているものですね。脚本には真実や真理という言葉がたくさん散りばめられています。シェイクスピアは本作で彼の想像力を使い、また人類や魂についての答えを探索することにより「All is True=全ては真実だ」ということを彼の戯曲にて説明することができたと説明しています。また、シェイクスピア自身の父親についての言及もあり、彼は父親は泥棒だったとも言っています。父は本当に泥棒だったのか、それとも実業家だったのでしょうか?

ブラナー:それは見方によって異なります。シェイクスピアの父親はお金を貸していましたし、また利息は犯罪とも言われていました。

実際に彼は、例えるなら自分の大事な肥料を間違った場所に置くような人物でありましたが、熱心な人でもあったんです。彼は地元の人々の一人によって密告され、それは陰謀の始まりでもあったのです。

――父親の問題が無かったとしてもシェイクスピアの家族の評判は良い訳ではありませんが、彼はそれでも父親は泥棒だったと故意に述べています。息子に関しては、シェイクスピアは家族から伝えられた虚偽にしがみついています。本作で最も興味深いポイントは、作中のシェイクスピアは彼の虚偽の演劇に対するインスピレーションに基づいている、ということです。彼は自らの息子に対して間違った見方をしていたこと、また娘ジュディスが執筆の才能を持っていることに気がついても、見ないふりをしました。シェイクスピア自身は真実を知らないし、知りたくもないようです。

ブラナー:はい、それは彼が自分の人生を考え始めた重要なきっかけだったんでしょう。彼は堕ちていくことを知っている。そして彼は引退という道を選んだことで、彼に与える物事を考え始めなければならないのです。

真実は主観的である

メイキング画像:撮影現場のケネス・ブラナー

映画『All is True』

――あなたと脚本家ベン・エルトンはストラトフォード・アポン・エイボンでのシェイクスピアの晩年について多くの推測をしましたが、映画の中で事実は真実と等しいものでしょうか?

ブラナー:私たちは事実から始め、それからフィクションを構築しました。そしてそれは私が真実と認識しようとしていることであり、映画の中に存在するように主観的です。ですから、彼の妻アンとジュディスが知っているハムネットの死に関してのことは、事実です。もしシェイクスピアが受け入れることを拒んだとしても、家族の意見は取り入れなければなりません。

加えて最も挑発的なのは、読み書きができないことにいつも憤りながらも、父親と同じくらい肥沃な想像力を持っている娘ジュディスの真実を、シェイクスピアに向けて解き放つことです。『All is True』という、シェイクスピアが共同で執筆したと考えられている作品のタイトルを使うことは大きな挑発であり、観客たちを憤慨させることでした。

シェイクスピアは、イギリスの君主制について書いた他の8つの演劇の間に何が起こったのかということ以上に、ヘンリー八世の治世中に権力の背後に何があったのかということを知らなかったんです。それどころか、彼がローマの演劇を書くにあたって『プルタルコス』を読み、インスピレーションを受けながらもその真実について、また『マクベス』を含む彼の戯曲執筆を触発させた、ラファエル・ホリンズヘッドの年代記の真実についても知りませんでした。

この挑戦的な考え方は他の彼のタイトル『お気に召すまま』『十二夜』を見ても疑いようがありません。真実は主観的である、というある種の認識が私にはありました。

――1990年代初頭に、あなたの映画『ヘンリー五世』について、私は次のようなことを書きました。「全ての台詞は対話相手に影響を与えることを意図してキャラクター達によって配信される。無駄な言葉は無い」本作もまた同じでしょうか?

ブラナー:はい、そうあろうと努めました。極力会話は減らし、緊張感を高める沈黙の時間を大事にしました。役者として、私たちは他のキャラクターが話している間は耳を傾け待っています。怒りを孕むような、緊張感のある沈黙です。

――世界で最も偉大な言葉遣いであるシェイクスピアが、言葉が失ってしまう瞬間を演じるのは好きですか?

ブラナー:ええ。観客たちはシェイクスピアがどんな人物かという考えを抱いて劇場にやってくるでしょう。たとえ彼をよく知らないとしても、彼の姿を見れば、素晴らしい大量の戯曲を書いた言語の達人なのだ、と考えるでしょう。(言葉が失うような)機会にフィットする言葉は常にあるわけではありませんから、その瞬間に語らせることは意識的な決断でした。

彼は多くのことを書いていますが、語りはしていません。芸術家は創作を続けるに連れて、余計なものはそぎ落とされて、洗練されて行くというのが私の考えです。画家のストロークにしても、劇作家の言葉にしても、少なければ少ないほど多くのことが達成されます。

彼らは話すことも含めて、以前したことよりも少ないことをする傾向があります。言葉には効力があり、シェイクスピアを始めとして作家たちは言葉の価値を知っています。ですから彼は注意深く話すことを試み、答える前に言われたことについて熟考します。

あなたが仰った「無駄な言葉は無い」という文句は正確です。言葉は重要であり、キャラクターたちは自分たちの台詞に影響力があることを望んでいますから、劇ではどんな台詞にも意味があります。重要では無い会話を試みたとしても、アンのような人々はただそれを打ち返すだけです。彼らは馬鹿げたことを許しません。シェイクスピアはこの映画で、強力なだけでなく、彼にとって非常に重要な言葉を放ちます。

スポンサーリンク

ジュディ・デンチについて

映画『All is True』

――アンを演じるジュディ・デンチとあなたは映画、舞台で多くの仕事をしてきました。シェイクスピアが帰ってきた最初の夜の、寝室のドアの前での夫婦のシーンについてお聞きしたいのですが、アンはシェイクスピアがまるで客人のようであるので、ゲストルームで眠るように言います。それは時代も考えると、妻が夫に放つ台詞として驚くべきものですよね。

ブラナー:ジュディと私はあまり本作に関して話をしていないのです。彼女からたまに質問を投げかけられますが、ジュディはアンに強くシンクロしていたため、アンがシェイクスピアと何年か前にスキャンダルを起こしたソネット(14行詩)について対決するシーンを決めました。

――アンは夫に、サウサンプトン伯爵からの評判を気にするべきでは無いと言いますが、彼女自身は心配していますね。

ブラナー:はい。私がセットに到着した時ジュディは既にその場におり、アンとしてのテンポや物事を考え始めていました。彼女は、アンの憤りは非常に大きく、また正当化されたものであり、そしてアンがそれを証明することが重要だと考えていました。

役とジュディの強固な繋がりを、娘ジュディスを演じるキャサリン・ワイルダーからも感じました。彼女たちには、今まで声を与えられなかった女性たちに対する責任感がありました。ジュディはアンがはっきりと述べたことを聞きたいと考えていました。

――あなたとジュディ・デンチは、今まで11回も仕事を共にしたそうですが、サウサンプトン伯爵を演じたイアン・マッケランと今まで一度も共演したことに驚きました。

ブラナー:イアンとは何年も話し合ってきたんです。若い俳優の偉大な支援者である彼は、何度も私の元を訪れました。イアンはバーミンガムで『お気に召すまま』の昼興行の舞台に立ったりもしていたんですよ。想像できないでしょう?

私は『ヘンリー五世』に出演してくれないかと頼んだのですが、断られてしまいました。でもその後、デレク・ジャコビが役を引き受けたと知ったイアンは、「断るんじゃなかった」と後悔していましたよ。

イアン・マッケラン演じるサウザンプトン伯爵との愛

映画『All is True』

――シェイクスピアとサウザンプトン伯爵という男性2人が、火のそばに座って心情を吐露し合うようなシーンは今まで見たことがありませんでした。

ブラナー:私もです。脚本家のベンがそれを提示した時とても興奮しました。2台のカメラで同時に撮影したのは、本作の中でこれが唯一のシーンです。各シーンを臨場感に溢れさせたかったので、キャラクターたちが相手の話に耳を傾けたり、遮ったりするやりとりは、会話と同じくらい重要なのです。

――「シェイクスピアにとって、それはロマンチックな愛なんです。サウサンプトン伯爵にとって愛は、シェイクスピアが芸術家であることへの深い感謝なのです」とあなたは記者会見で仰いましたが、完全には同意できかねます。サウサンプトンが出発する前に振り向き、シェイクスピアの昔のソネットを言う所を除いては同意できます。私はそれを「あなたに惹かれています」という暗示かと解釈しました。

ブラナー:ええ、あえて名前を明かさない愛の暗号です。また心の底から意味を知っているからこそ引用できるという伯爵の証明でもあります。それは伯爵にとって大変重要なことでした。シェイクスピアは書くことを通して、片思いの愛情について知っていました。

サウサンプトンの少しぶっきらぼうな、このようなセリフがあります。「君は農民だ。だから決して(恋慕など)起こりえない。私は領主だ」。彼らの関係は社会的に許されるものでは無かったでしょうが、魂の底では既に始まっていた愛なのでしょう。それ以上先に進めない関係というのは、ひどく悲しいものです。

――サウサンプトン伯爵のあの美しいブロンドの髪と顔にズームしたショットが私はお気に入りです。シェイクスピアが初めて彼に会った時、どれほど若く美しかったか確認することができました。

ブラナー:確か私が15歳か16歳の時、“Plays and Players”のコピーをプレゼントされたのですが、そこに写っていたのは1969年当時のイアン・マッケランでした。彼は30歳で、エジンバラ・フェスティバルでリチャード二世とクリストファー・マーロウのエドワード二世を演じていました。手の甲をこう挙げて、それはそれは美しいジェスチャーをしていたんです。私はあのシーンを撮影した時に、その時の記憶を思い出しました。

シェイクスピア劇が今なお生き続ける理由

――映画の後半でシェイクスピアとベン・ジョンソンが彼らの生活状態について話すシーンがあります。「一時でなく、永久に生きる」とシェイクスピアに言ったことで有名なのはジョンソンですよね。ジョンソンは単にシェイクスピアの作品についてそう述べたのでしょうか、それともシェイクスピアその人を指して言ったのでしょうか?

ブラナー:両方でしょう。なぜならシェイクスピアの贈り物には、彼という人物と彼の魂が詰まっているからです。彼自身が彼の戯曲の為の材料でした。ですから、キャラクターたちの物語と彼らの楽しさ、興奮と、スリルと共に、シェイクスピア劇は今も生き続けています。

そしてその中心には、挑戦的で嘲笑されもした、生きている人間の魂が込められています。この映画のタイトル『All is True』のようにね。

FILMINK【Exclusive! Kenneth Branagh: Shakespeare’s Truth is Subjective

英文記事/Danny Peary
翻訳/Moeka Kotaki
監修/Natsuko Yakumaru(Cinemarche)
英文記事所有/Dov Kornits(FilmInk)www.filmink.com.au

本記事はオーストラリアにある出版社「FILMINK」のサイト掲載された英文記事を、Cinemarcheが翻訳掲載の権利を契約し、再構成したものです。本記事の無断使用や転写は一切禁止です。

映画『シェイクスピアの庭』の作品情報

【製作】
2018年(イギリス映画)

【日本公開】
2020年3月6日

【監督】
ケネス・ブラナー

【脚本】
ベン・エルトン

【キャスト】
ケネス・ブラナー、ロリータ・チャクラバーティ、ジャック・コルグレーヴ・ハースト、ジュディ・デンチ、イアン・マッケラン、キャサリン・ワイルダー、リディア・ウィルソン

【作品概要】
書いた戯曲は今なお世界で読まれ、上演され続けているにも関わらず、謎に包まれたウィリアム・シェイクスピアの人生の終幕について描いたドラマです。

ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー出身で数々のシェイクスピア劇に出演してきたケネス・ブラナーが、満を持してウィリアム・シェイクスピアを演じ、監督も務めました。

ジュディ・デンチ、イアン・マッケランといったベテラン俳優が物語に説得力を与えています。

映画『シェイクスピアの庭』のあらすじ

1613年、ロンドン。

舞台『ヘンリー八世』上演中に、劇場グローブ座が全焼。

ウィリアム・シェイクスピアは妻のアン・ハサウェイと共に、故郷であるストラットフォードに帰ってきます。

劇作家ウィリアム・シェイクスピアの人生の最後の日々とは…。

【連載レビュー】『FILMINK:list』記事一覧はこちら

関連記事

連載コラム

映画『LETO -レト-』感想と考察評価レビュー。ロシアンロックにのって蘇るセピア調の淡い恋と青春像|映画という星空を知るひとよ7

連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第7回 ロシアのロックスターの音楽への情熱と淡い恋心を描いた映画『LETO -レト-』。無実の容疑で拘束されて、ロシア政府の監視下にあるキリル・セレブレニコフ監 …

連載コラム

映画『フェイクプラスティックプラネット』評価感想と内容解説。山谷花純が一人二役を演じるサバイバルミステリー|銀幕の月光遊戯 67

連載コラム「銀幕の月光遊戯」第67回 映画『フェイクプラスティックプラネット』は、東京・名古屋での上映を好評のうちに終え、2020年8月15日(土)からは大阪のシネ・ヌーヴォに舞台を移して公開を開始。 …

連載コラム

映画『mellow』あらすじ感想と考察。今泉力哉監督が描いた“告白”の真相|映画道シカミミ見聞録45

連載コラム「映画道シカミミ見聞録」第45回 こんにちは、森田です。 今回は1月17日より全国公開された映画『mellow』を紹介いたします。 さまざまな「告白の瞬間」が切りとられた本作をとおして、人は …

連載コラム

『真・仮面ライダー』ネタバレあらすじと感想評価。白倉伸一郎による“大人のための仮面ライダー”へと続く序章(プロローグ)|邦画特撮大全57

連載コラム「邦画特撮大全」第57章 2019年8月1日、『シン・ウルトラマン』の製作が発表されました。 (C)2016 TOHO CO.,LTD. 円谷プロダクション、東宝、カラーによる共同製作作品で …

連載コラム

映画『願い』あらすじと感想評価レビュー。SKIP映画祭の最優秀作品賞に輝いたマリアセーダル監督自身の経験から得た死への思い|2020SKIPシティ映画祭9

SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2020エントリー・マリア・セーダル監督作品『願い』がオンラインにて映画祭上映 埼玉県・川口市にある映像拠点の一つ、SKIPシティにて行われるデジタルシネマの祭典が、2 …

U-NEXT
CINEMA DISCOVERIES【シネマディスカバリーズ】
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
【連載コラム】光の国からシンは来る?
タキザワレオの映画ぶった切り評伝『2000年の狂人』
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【KREVAインタビュー】映画『461個のおべんとう』井ノ原快彦の“自然体”の意味と歌詞を紡ぎ続ける“漁師”の話
【玉城ティナ インタビュー】ドラマ『そして、ユリコは一人になった』女優として“自己の表現”への正解を探し続ける
【ビー・ガン監督インタビュー】映画『ロングデイズ・ジャーニー』芸術が追い求める“永遠なるもの”を表現するために
オリヴィエ・アサイヤス監督インタビュー|映画『冬時間のパリ』『HHH候孝賢』“立ち位置”を問われる現代だからこそ“映画”を撮り続ける
【べーナズ・ジャファリ インタビュー】映画『ある女優の不在』イランにおける女性の現実の中でも“希望”を絶やさない
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
アーロン・クォックインタビュー|映画最新作『プロジェクト・グーテンベルク』『ファストフード店の住人たち』では“見たことのないアーロン”を演じる
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
【平田満インタビュー】映画『五億円のじんせい』名バイプレイヤーが語る「嘘と役者」についての事柄
【白石和彌監督インタビュー】香取慎吾だからこそ『凪待ち』という被災者へのレクイエムを託せた
【Cinemarche独占・多部未華子インタビュー】映画『多十郎殉愛記』のヒロイン役や舞台俳優としても活躍する女優の素顔に迫る
日本映画大学