Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

連載コラム

Entry 2021/06/13
Update

シンエヴァ薄い本|内容ネタバレ考察。特典のQ前日譚での和歌と“マイティ”の意味/元ネタとは【終わりとシンの狭間で13】

  • Writer :
  • 河合のび

連載コラム『終わりとシンの狭間で』第13回

1995~96年に放送され社会現象を巻き起こしたテレビアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』をリビルド(再構築)し、全4部作に渡って新たな物語と結末を描こうとした新劇場版シリーズ。

そのシリーズ最終作にしてエヴァの物語の完結編となる作品が、映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版』(以下、『シン・エヴァンゲリオン』)です。

本記事では、2021年6月12日(土)より配布された『シン・エヴァンゲリオン』劇場来場者プレゼント・公式謹製36P冊子『EVA-EXTRA-EXTRA』の内容を、同冊子掲載の短編漫画『EVANGELION:3.0(-120min.)』を中心に解説・考察。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』の前日譚」が描かれているというその全貌を、ポイントごとに探ってゆきます。

【連載コラム】『終わりとシンの狭間で』記事一覧はこちら

映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の作品情報


(C)カラー

【日本公開】
2021年3月8日(日本映画)

【原作・企画・脚本・総監督】
庵野秀明

【監督】
鶴巻和哉、中山勝一、前田真宏

【総作画監督】
錦織敦史

【音楽】
鷺巣詩郎

【主題歌】
宇多田ヒカル「One Last Kiss」

【作品概要】
2007年に公開された第1作『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』、2009年の第2作『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』、2012年の第3作『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』に続く新劇場版シリーズの最終作。

庵野秀明が総監督を、鶴巻和哉・中山勝一・前田真宏が監督を担当する。なおタイトル表記は「シン・エヴァンゲリオン劇場版」の文末に、楽譜で使用される反復(リピート)記号が付くのが正式。

公式謹製36P冊子『EVA-EXTRA-EXTRA』内容解説・考察

【公式】ダイジェスト:これまでの『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』

『Q』120分前の物語:『EVANGELION:3.0(-120min.)』

総監督・庵野秀明が監修を、鶴巻和哉が脚本・監督を、松原秀典と前田真宏が漫画執筆を担当した『EVA-EXTRA-EXTRA』掲載の短編漫画『EVANGELION:3.0(-120min.)』。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』(以下『Q』)の前日譚を描いていると予告されていた同作は、タイトル通り『Q』の物語冒頭で描かれた時間帯の120分前の物語であり、『Q』冒頭でのロケット切り離しのオペレーションの通信場面へとつながっています。

そして漫画作中では、ロケット打ち上げ直前におけるアスカとマリの会話が中心に描かれており、ネルフの手によって地球の衛星軌道上に封印されたエヴァ初号機奪還を目的とする「US作戦」にあたって、ともに封印されているシンジに対する二人の想いを垣間見ることができます。

マイティK/マイティQの元ネタは?

US作戦遂行に向けてのエヴァ改2号機β/エヴァ8号機のロケット打ち上げに際し、漫画冒頭に登場した“ヴィレ所属・シーローンチデキャップル複胴式可潜艦”こと「マイティK(キング)」と「マイティQ(クイーン)」。

「シーローンチ(Sea Launch)」とは某企業の社名であると同時に、人工衛星等を搭載したロケットの海上からの打ち上げシステムのことを指します。また「可潜艦」は作戦行動における限定された状況でのみ海中に潜航し、基本的には水上航行にて運用される潜水艦の一種とされています。つまりマイティK/マイティQは「“ロケットの海上打ち上げシステム”という作戦行動に特化した潜水艦」といえます。

マイティK/マイティQという艦名の由来。それは特撮実写ドラマ『マイティジャック』(1968)を知る方であれば、もはや一目瞭然といっても過言ではないでしょう。

打ち切りの憂き目に遭いながらも、成熟した特撮技術やその後の特撮/アニメ作品に多大なる影響を与えたメカ描写から「円谷プロの最高傑作」と称えられる同作は、総監督・庵野秀明が熱烈なファンであることも知られています。

そして作中に登場する万能戦艦マイティ号は「空中飛行・海中潜航が可能な戦艦」という可潜艦として描かれていることからも、J(ジャック)に続くQ(クイーン)/K(キング)へもじりつつ、オマージュとして艦に「マイティ」の名を付けたのでしょう。

ちなみに庵野秀明の『マイティジャック』オマージュは「エヴァ」シリーズのみならず、『ふしぎの海のナディア』(1990-1991)にて描かれる戦艦N-ノーチラス号のカラーリングデザインもマイティ号をイメージしているなど、過去作においても多々見受けられます。また『マイティジャック』に登場する悪の組織の名が「Q」である点も、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』というタイトル名の由来と少なからず関わっているのかもしれません。

和歌「ぬばたまの夜渡る月にあらませば……」

漫画作中、変わり果てた月を背中越しに見つめるアスカは和歌「ぬばたまの 夜渡る月に あらませば 家なる妹に 逢ひて来ましを(意訳:もしも私が夜空を渡ってゆく月ならば、家にいる妻に逢って来るのに)」と口にします。

万葉集に収録される読み人知らず(作者不詳)の歌の一首であるこの和歌は、新羅(しらぎ)への派遣を命じられた使者・遣新羅使の一人が詠んだとされ、故郷とそこに残してきた妻への想いを夜空に浮かぶ月を通じて偲んだ歌です。

宇宙という彼方へと行き封印されたシンジに対し、地球という「故郷」に残された側の人間であるアスカ。そんな彼女が「残した側」の人間が詠んだ歌を口ずさむという行動からは、かつて好きだったシンジに対する言い表すことのできない複雑な想いが込められているといえます。

また歌で扱われている「月」も、「エヴァ」シリーズの世界における様々な混乱のすべての元凶が黒き月/白き月という二つの「月」の存在であるのを踏まえると、郷愁と悲哀の歌であるはずのこの一首は、あまりにも皮肉めいた歌にも聞こえてきます。

なおアスカはドイツ出身であるため、「彼女はいつこの歌を知ったのか?」という疑問も浮上しますが、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』作中にて短期間ながらシンジらと同じ中学校に通っていたことからも、その際に受けた授業の中でこの歌を知り、14年の月日が経ち変わり果てた世界においても覚えていたのかもしれません。

まとめ


(C)カラー

2012年に『Q』が劇場公開された当時、作中のシンジのみならず同作を観た誰もが困惑した「14年間の空白」。

2021年6月12日(土)より劇場来場者プレゼントとして配布された公式冊子『EVA-EXTRA-EXTRA』に掲載された短編漫画『EVANGELION:3.0(-120min.)』も、あくまで「US作戦開始直前の物語」であり、「14年間の空白」をすべて埋めてくれる物語ではありません。

しかし『Q』へと連なるアスカらの想いをわずかながらに知る中で、同作でのアスカらはその心の内で何を思っていたのか、そしてシリーズ完結作となった『シン・エヴァンゲリオン』の結末がどうしてあの形となったのかと想像する一助となるはずです。

シリーズ自体は終劇を迎えたものの、「エヴァ」シリーズの世界はどこまでも想像の余地を残してくれている。『EVA-EXTRA-EXTRA』ならびに『EVANGELION:3.0(-120min.)』はそんな単純で何よりも大切なことを、そのことをファンに伝えてくれているともいえます。

次回の『終わりとシンの狭間で』は……

次回も引き続き、2021年6月12日(土)より配布された『シン・エヴァンゲリオン』劇場来場者プレゼント・公式謹製36P冊子『EVA-EXTRA-EXTRA』の内容を、同冊子掲載の短編漫画『EVANGELION:3.0(-120min.)』を中心に解説・考察。

漫画作中でのアスカ/マリのシンジに対する想いを、「その後の物語」にあたる『Q』『シン・エヴァンゲリオン』での描写を交えながら探ってゆきます。

【連載コラム】『終わりとシンの狭間で』記事一覧はこちら








編集長:河合のびプロフィール

1995年生まれ、静岡県出身の詩人。2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、2020年6月に映画情報Webサイト「Cinemarche」編集長へ就任。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける。

2021年にはポッドキャスト番組「こんじゅりのシネマストリーマー」にサブMCとして出演(@youzo_kawai)。


photo by 田中舘裕介

関連記事

連載コラム

映画『デスマッチ 檻の中の拳闘』ネタバレあらすじと感想考察。ジェイミーベル×フランクグリロのやばいアクションムービー|未体験ゾーンの映画たち2020【延長戦】見破録2

連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2020【延長戦】見破録」第2回 ポスト・コロナの映画界で敢然と、世界の埋もれた佳作から迷作、珍作まで紹介する、「未体験ゾーンの映画たち2020【延長戦】見破録」。第 …

連載コラム

映画『蒲田前奏曲』中川龍太郎監督作「蒲田哀歌」感想と考察評価。弟の彼女と蒲田の町で出会った意味とは|映画という星空を知るひとよ12

連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第12回 中川龍太郎、穐山茉由、安川有果、渡辺紘文という4人の監督による連作スタイルの長編映画『蒲田前奏曲』。 新しいスタイルのこの作品が、2020年9月25日 …

連載コラム

映画『なんのちゃんの第二次世界大戦』あらすじと感想評価。キャストの吹越満が現代における“戦争”を熱演する|映画という星空を知るひとよ48

連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第48回 映画『なんのちゃんの第二次世界大戦』は、太平洋戦争の平和記念館を設立させることで、祖父の過去を改ざんしようとする市長と、それに反対する戦犯遺族の物語。 …

連載コラム

映画『ポラロイド』感想と評価。ラース・クレヴバーグ監督が紡ぐ上映中止となった正統派ホラー|SF恐怖映画という名の観覧車57

連載コラム「SF恐怖映画という名の観覧車」profile057 伝説的なスラッシャー映画の最新作『ハロウィン』(2019)や、全世界で人気を持つホラー小説「IT」の再映画化第2弾など、往年の名作映画の …

連載コラム

ポランスキー初期短編映画のあらすじ感想と考察評価【殺人 /微笑み /タンスと二人の男】ほかの内容紹介|偏愛洋画劇場20

連載コラム「偏愛洋画劇場」20 今回の連載でご紹介するのは、名匠ロマン・ポランスキー初期短編集に見る才能の片鱗。 2019年11月10日から23日まで、二週間にわたって開催されたポーランド映画祭での上 …

【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学