連載コラム「銀幕の月光遊戯」第12回
いち早く新作を取り上げご紹介し、皆様の「観るべき映画リスト」に加えてもらうのを目的とした本連載も12回目となりました。
今回取り上げる作品は、12月22日(土)よりシネスイッチ銀座他にて全国順次ロードショーされるスペイン、アルゼンチン合作映画『家へ帰ろう』です。
70年前、ホロコーストから逃れたユダヤ人の老人が、自分の命を救ってくれた友人との約束を果たすため、時を経て、アルゼンチンから故郷ポーランドまで旅する姿を描く奇跡のロードムービーです。
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CONTENTS
映画『家へ帰ろう』のあらすじ
(C)2016 HERNANDEZ y FERNANDEZ Producciones cinematograficas S.L., TORNASOL FILMS, S.A RESCATE PRODUCCIONES A.I.E., ZAMPA AUDIOVISUAL, S.L., HADDOCK FILMS, PATAGONIK FILM GROUP S.A.
ブエノスアイレスに暮らす88歳の仕立て屋、アブラハムの家には子どもたちや孫が一同に集まっていました。
明日にはもう老人施設に入居することになっているアブラハムは孫たちと記念写真を撮りますが、気持ちは晴れず、浮かない顔です。
家政婦が「これはどうします?」と持ってきた一着のスーツを目にした時、彼はあることを決意します。
子どもたちは一旦帰り、明日また迎えにやって来ることになっていましたが、まだ夜もふけないうちにスーツを手に取ると、家を抜け出しました。
ユダヤ人の友人の孫娘から、ブエノスアイレスからマドリッド行きの航空券を手配してもらい、飛行機に乗り込みます。
飛行機で隣同士になった男性にアブラハムがあれこれ話しかけると、男性はうるさがって席を立ってしまいました。アブラハムは、しめしめとばかり二席を陣取ると、不自由な右足を伸ばして横になります。
マドリッドに到着するも、入国の際に手間取り別室に連れて行かれてしまいます。最初はなかなか話そうとしないアブラハムでしたが、自分がポーランドに行こうとしていること、自分自身ポーランド出身であること、親友に最後に仕立てたスーツを届けに行くことを説明します。
それでも納得しない職員に対し、アブラハムは言いました。「ヨーロッパのユダヤ人にあの時何があったか知っているか?」と。
ようやく入国を許可され部屋を出ると、飛行機で隣に座っていた男性が、強制送還されるかもしれないと助けを求めてきました。アブラハムは航空券も金もないという彼にチケット代を渡してやります。
男性の車でホテルに送ってもらったアブラハムを迎えたのは愛想の悪い女主人でした。ベッドに横になったアブラムハはいつしか眠ってしまい、夢を見ていました。それは、幼い妹が、自分で作ったお話を一生懸命披露して、皆から喝采を受けていた想い出の場面でした。アブラハムもまだ幼くて、妹の話に感動した彼は、妹を誇りに思い力いっぱい抱きしめていました。
女主人に起こされて彼は目を覚ましました。思いっきり寝過ごしてしまい予定の列車には間に合わなくなっていました。
彼女は彼を元気づけるためバーに誘います。ところが、戻ってくると彼の部屋の窓が全開になっていました。泥棒が入り、有り金を全て奪われてしまった後でした。
「どうするの?」と問う女主人に「マドリードに娘が住んでる」とアブラハムは告白しますが、頼めないのだと付け加えました。アブラハムは彼女を勘当していたからです。
理由を尋ねる女主人に彼は説明を始めました。人生に疲れたので財産も家も子どもたちにゆずることにした、そのかわり、自分のことをどう思っているか簡単な言葉で伝えて欲しいと、子どもたちに述べた時のことです。
子どもたちは次々、美辞麗句を並べ始めましたが、その娘だけ、恥ずかしい、そんな空々しいことは言えないと言いました。「愛情は行動で示すものだ。こんな儀式には参加できない」と娘は言い、彼は自分に恥をかかせたと怒り、彼女を勘当してしまいました。
話を聞いた女主人は、「正直なだけじゃない。他の子どもたちは?」と尋ね、「家を売り払い俺を老人ホームに」と彼は応えました。
「自業自得ね」と女主人は呆れ、娘に逢って相談するようにと促します。
飛行機の男に車で送ってもらい、娘の家にやってきたアブラハムでしたが、なかなか会う決心がつきません。やっとの思いでチャイムを鳴らすと娘が出て、驚いて階段を降りてきました。
父が訪ねてきた目的が金だとわかると娘はがっかりしたように、金を取りに上がっていきました。
パリについたアブラハムは、ドイツの地を踏まずにポーランドに行く方法はないのか、と駅の案内係に訪ねますが、それなら飛行機でなきゃ、と一笑されます。
ドイツ人だという女性の手助けでなんとかワルシャワ行きの列車に乗れたものの、目的地に近づくに連れ、過去のつらい想いが彼を襲い始めます。
列車の中で幻覚を見た彼は通路に倒れてしまいます。
ホロコーストで痛めつけられた脚を引きずりながら、故郷を目指すアブラハム。
70年前、ホロコーストから逃れて、命からがら故郷に帰ってきた彼を助けてくれた友人と、再会することは出来るのでしょうか?!
パブロ・ソラルス監督のプロフィール
(C)2016 HERNANDEZ y FERNANDEZ Producciones cinematograficas S.L., TORNASOL FILMS, S.A RESCATE PRODUCCIONES A.I.E., ZAMPA AUDIOVISUAL, S.L., HADDOCK FILMS, PATAGONIK FILM GROUP S.A.
1969年生まれ。ブエノスアイレスの演劇学校を卒業後、舞台俳優として活動。アルゼンチンとメキシコで演技指導をしつつ、演出も学び、モリエールの戯曲などを演出します。
シカゴで映画を学んだのち、アルゼンチンに戻り脚本家としても活動。2002年に『Intimate Stories』(カルロス・ソリン監督)で脚本を担当し、アルゼンチン映画批評家協会賞脚本賞を受賞しました。
フアン・タラトゥーロ監督の『A Boyfriend foe My Life』(2008)でも脚本を担当。のちに『僕の妻のすべて』(2013)というタイトルで韓国でリメイクされました。
2005年にはショート・フィルム『El Loro』で監督デビューを果たします。2011年に長編初監督作品『Juntos para Siempre』を発表。本作が第二作目となります。
ソラルス監督は、祖父の存在が本作のヒントとなったと語っています。「ポーランド」という言葉は祖父の前では禁句となっており、祖父は自身が体験した出来事を決して話そうとはしませんでした。子供の頃から、何故だろう?と不思議に思っていた彼は、やがて祖父がどのような経験をしてきたかを知るようになります。
映画の目的地となるポーランドの“ウッチ”も祖父が生まれ育った地域です。ソラルス監督は、自身の経験や取材をもとに脚本を書き始め、10年間で何通りものプロットを書き、撮影にこぎつけたそうです。
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映画『家へ帰ろう』の感想
ユーモア溢れる滑り出し
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映画の序盤はどことなくコミカルな味わいです。頑固親父とちゃっかりドライな子どもたちのジャブのような応酬が行われている中、まだ幼い孫娘は映画史上類を見ない、と表現してもいいくらい、したたかな子どもとして登場します。
iPhon欲しさに爺ちゃんと駆け引きする恐るべき孫娘。そんな彼女に「これだからお前は~」と拳を振り上げる調子で言って「大好きだ」と言う爺さんもかなりの強者で、二人共不思議な魅力が漂っています。
そのくせ、爺さんは些細なことで気を悪くして一番思いやりのある娘を勘当していたりします。この頑固で不器用なアブラハムをアルゼンチンの名優、ミゲル・アンヘル・ソラが貫禄たっぷりに演じています。
実は彼、1950年生まれで、特殊な老けメイクをして役柄に望んだそうです。とてもメイクとは思えず、演技も自然で、旅に出る際のコーディネイトも洒落ていてお年寄り特有のダンディな雰囲気がよく出ています。
旅の最中に出会う人々
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アルゼンチンからポーランドへ。脚も不自由な老人の旅は、一筋縄ではいきません。
そんな彼を各国の様々な人が支える姿が描かれます。ここには性善説にも似た人間讃歌があります。
ホテルの女主人、飛行機の青年、パリのドイツ人女性、ワルシャワの看護師。旅先でアブラハムは何人かの人々と出逢い、交流を持ちます。
とりわけ、パリで出会うドイツ人女性(ユリア・ベアホルト)が印象的です。
ドイツという名前を発音することすらいやがるアブラハムの気持ちをほんの少しとはいえ、彼女は動かすことが出来たのです。人と人が向かい合うことの大切さを思わずにはいられないエピソードです。
ルイス・ブニュエル監督の遺作『欲望の曖昧な対象』に出演したのを始め、これまでに数多くの作品に出演、数々の女優賞を受賞しているアンヘラ・モリーナが演じるマドリードの女主人も極めて個性的で、忘れがたいキャラクターです。
女主人は、アブラハムを酒場に連れ出して、自身は歌を歌います。これがまた実に素敵で、これを観るだけでも価値がある、と思えるほどの名場面となっています。
恐ろしい戦争、とても人間のすることとは思えないナチスの非道。人間とはこれほど残酷になれるものなのかという事実が描かれる一方、家族でもないまったくの赤の他人に親切に手を差し伸べることを厭わないのもまた人間の姿です。
特別なことをしなくてもいい、自分ができることをほんの少しするだけでいい、親切の連鎖が人を助けるのだ、と映画は語っているようにも見えます。
あのままアブラハムが老人ホームに直行していれば、決して味わうことができなかった経験ばかり。
家に引きこもりがちになる高齢者が、外に出ることの大切さ、家族以外の人に触れることの必要性が示されているともいえます(もっとも泥棒にもあってしまうのですが)。
悲しみと絶望。不安と希望
(C)2016 HERNANDEZ y FERNANDEZ Producciones cinematograficas S.L., TORNASOL FILMS, S.A RESCATE PRODUCCIONES A.I.E., ZAMPA AUDIOVISUAL, S.L., HADDOCK FILMS, PATAGONIK FILM GROUP S.A.
とはいえ、アブラハムはかなりの高齢で、おまけに収容所で痛めつけられた右足が今にも壊れそうな状態です。
旅はハードで、目的地が近づくに連れ、老人の意識に過去の辛い想い出が蘇ってきて、彼は心身ともに、疲労し始めます。
長年彼が抱えてきた深い悲しみや絶望が、物語が進むに連れ明らかになっていくストーリー構成は巧みで、説得力があります。
過去の回想を挿入しながら、映画は一人のユダヤ人男性の一生を、寄り添うように慈しむように見つめていきます。
マドリードやパリは通過点でほんの少し滞在するだけですが、その短い期間の描写にそれぞれの国の特徴がよく現れていて、ロードムービーならではの面白さが感じられます。
最終目的地であるポーランドの都市、ウッチの風景は、とびきり美しく画面におさめられ、心を動かされます。
それは不安と希望が入り混じったアブラハムが捉えた視界そのものなのでしょう。
まとめ
(C)2016 HERNANDEZ y FERNANDEZ Producciones cinematograficas S.L., TORNASOL FILMS, S.A RESCATE PRODUCCIONES A.I.E., ZAMPA AUDIOVISUAL, S.L., HADDOCK FILMS, PATAGONIK FILM GROUP S.A.
本作は、2018年SKIPシティ国際Dシネマ映画祭国際コンペティション部門に出品され、観客賞を受賞。2018年マイアミ国際映画祭でも観客賞を受賞するなど、数々の映画祭で観客賞を受賞し、映画を観た人々の心を確実に捉えてきました。
アブラハムを演じたミゲル・アンヘル・ソラは、第44回シアトル国際映画祭、2018年ハバナ国際映画祭で最優秀男優賞を受賞しています。
2018年はこの作品を観ないで締めくくる事はできないと断言したくなるほどの傑作に仕上がっています。
『家へ帰ろう』は、12月22日(土)よりシネスイッチ銀座他にて全国順次ロードショーされます。
次回の銀幕の月光遊戯は…
次回の銀幕の月光遊戯は、12月01日(土)より渋谷シネクイントにて公開されるのを皮切りに、全国順次公開されるアメリカ映画『KICKSキックス』をご紹介いたします。
お楽しみに。