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Entry 2021/04/21
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映画『かく恋慕』あらすじ感想と評価解説。手島実優の演技力でドラマチックな愛の香りを描く|インディーズ映画発見伝5

  • Writer :
  • 菅浪瑛子

連載コラム「インディーズ映画発見伝」第5回

日本のインディペンデント映画をメインに、厳選された質の高い映画をCinemarcheのシネマダイバー菅浪瑛子が厳選する連載コラム「インディーズ映画発見伝」第5回

コラム第5回目では、菱沼康介監督の映画『かく恋慕』をご紹介いたします。

目に見えない“匂い”をテーマに“におい”でつながる夫婦の愛の物語を描いた映画『かく恋慕』。国内外多くの映画祭にて上映され、多くの賞を受賞しました。

また、本作は池袋シネマ・ロサで開催された「菱沼康介特集上映『四角い卵』」で劇場公開されました。

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映画『かく恋慕』の作品情報

(C)hishinuma

【公開】
2020年(日本映画)

【監督・脚本・製作】
菱沼康介

【キャスト】
手島実優、札内幸太、芋生悠

【作品概要】
匂いに敏感なアリカを演じたのは『赤色彗星倶楽部』(2018)、『カランコエの花』(2018)の手島実優。アリカの義理の妹役には『ある用務員』(2021)、『ソワレ』(2020)など近年の活躍が目覚ましい芋生悠、アリカの夫役には『生きてるものはいないのか』(2012)の札内幸太が演じました。

監督・脚本を務めた菱沼康介監督は26歳で自主製作した映画『つづく』ぴあフィルムフェスティバルのグランプリを受賞し、『ライフ・イズ・デッド』(2012)など商業的な映画も製作しつつ、自主映画も製作を手がけ、国内外多くの映画祭で受賞しています。

映画『かく恋慕』のあらすじ

(C)hishinuma

「もぉーいぃかい?」

かくれんぼをするアリカとコウキの夫婦。鼻の効くアリカは鬼になって“匂い”を頼りにコウキを探します。

コウキは匂いをたどられないよう工作しますが、アリカに見つけられてしまいます。

ある日、アリカはコウキから嫌な匂いがすることに気づきます。入院し、少しずつ変わっていくコウキの匂い。

不安げなアリカを心配したコウキは妹のカスミにあるお願いをします。

映画『かく恋慕』感想と評価

(C)hishinuma

本作は目に見えない、画面に映し出して伝えることの難しい“匂い”をテーマに描いています。

夜飲んで帰ってきたコウキがカップ麺を食べようとしていたら鼻を摘んで現れるアリカ。

焼きたての食パンに鼻をくっつけて匂いを嗅ぐアリカとコウキ、そして妹のカスミ。決して伝わらないはずの匂いが画面を通して伝わってくるような、確かに知っている匂いだと思わせる演出がなされています。

それは出てくる食べ物が馴染みのある食べ物ということもあるかもしれません。

匂い”は目に見えないけれど、確かに存在しているものです。

逆に言えば、匂いのないものはそのものの存在をなくしてしまうことに繋がります。コウキがまさにカスミに頼んだのは“自分の匂いを消す”、すなわち“自分の存在を消す”ことでした。

自分の命がもう長くないことを知ったコウキは、残していってしまうアリカの身を案じます。

アリカはコウキのものを捨てられず、コウキの匂いが残った家でいつまでも前に進めないのではないか。

そう考えたコウキは妹カスミに「あの家から俺の匂いを消してくれ」と頼むのです。

アリカからコウキの匂いを奪うことに対する罪悪感もありながら、アリカ同様兄を大切に思っていたカスミは、消臭剤を片手に踊るように家中からコウキの匂いを消しました。

後日アリカに出会ったカスミは謝り、気が済むまでぶってくださいと言いますが、アリカはぶたずカスミを抱きしめます。

それまでどこかぎこちなく打ち解けていなかったアリカとカスミ。しかし、この場面でカスミは初めてアリカをアリカさんではなく“お姉ちゃん”と呼びます。

匂い”でつながっていたアリカとコウキの夫婦からコウキの匂いがなくなります。

匂いがなくなりコウキの存在もなくなったはずが、アリカとカスミという繋がりは強くなったのです。

匂いを消してもその人の存在全てや、愛は消すことは出来ないのです。

まとめ

(C)hishinuma

商業映画から自主映画まで手がける菱沼康介監督が目に見えない“匂い”を題材に愛を描いた映画『かく恋慕』。

“匂い”は目に見えませんが、確かにそこにあり、人々の愛も絆も目に見える形で表すことは出来ませんが確かにそこにあるものです。

匂い”は人の存在を認識する一つの手段といえるでしょう。ではその人の匂いがなくなったらどうなるのでしょうか。コウキは自身の匂いを消すことでアリカに前を向いて欲しいと願います。

確かに匂いがないとその人の存在を確かなものとして認識できなくなるかもしれません。

しかし、人と人の繋がりや思い出、愛は匂いだけではありません目に見えなくても確かにあるものなのです。

“匂い”を通して“愛”という不確かでありながら確かに存在するものを描く斬新さは改めて匂いや愛について人々に問いかけます

匂いに敏感なアリカという難しい役を演じた手島実優の、目に見えないものでありながら見ている観客に既視感や共感を与えさせる演技が魅力的です。

繊細なアリカとは対照的に飄々とした夫コウキ役を演じた札内幸太、アリカとぎこちない距離感の妹を演じた芋生悠の3人の絶妙な掛け合いが、この映画の空気感を彩ります。

次回のインディーズ映画発見伝は…

「連載コラム「インディーズ映画発見伝」第6回は、金子由里奈監督の作品『食べる虫』。お楽しみに!

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