SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2020エントリー・ナタリア・ナザロワ監督作品『ザ・ペンシル』がオンラインにて映画祭上映
埼玉県・川口市にある映像拠点の一つ、SKIPシティにて行われるデジタルシネマの祭典が、2020年も開幕。今年はオンラインによる開催で、第17回を迎えました。
そこで上映された作品の一つが、ロシアのナタリア・ナザロワ監督が手掛けた長編映画『ザ・ペンシル』。
鉛筆という一つのモチーフからある田舎町での物語を通して、人の持つ可能性や人同士のつながりの中に存在する壁など、さまざまなイメージを想起させる作品です。
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CONTENTS
映画『ザ・ペンシル』の作品情報
【上映】
2020年(ロシア映画)
【英題】
The Pencil
【監督】
ナタリア・ナザロワ
【キャスト】
ナデジダ・ゴレロワ、ウラジミール・ミシュコフ
【作品概要】
困難な状況を脱する手段として描かれる「芸術」の力と、決して圧力に屈しない女性アントニーナの姿を描いた長編。本作を手掛けたナタリア・ナザロワ監督は女優としてキャリアをスタートさせ、その後脚本家として、『LETO-レト-』(2018)で知られるキリル・セレブレニコフの『Betrayal』(2012)など数多くの映画やTVシリーズを手掛けています。
一方キャストでは、主人公アントニーナを演じるナデジダ・ゴレロワが、監督が当て書きをしたという役をまさに全身全霊で演じている。また、絵画の才能のあるディマやクラスの恐怖の元凶ミーシャを演じたのはアマチュアの少年たちですが、彼らもリアリティある演技を披露しています。
ナタリア・ナザロワ監督のプロフィール
ロシア出身。多数のTVシリーズの台本を手掛け、『Mermaid』(2007)、『Betrayal』(2012)をはじめ、現代ロシア映画の監督たちの成功作の脚本を務めました。
初長編作の『The Daughter』(2012)はタリン・ブラックナイツ映画祭そしてワルシャワ映画祭で国際批評家連盟賞を受賞し、オープン・ロシア映画祭でも最優秀デビュー賞を受賞。さらにオンフルール、コットブス、ヨーテボリ、パームスプリングス、サンフランシスコ、ブリュッセルなど多くの映画祭に選出されました。
映画『ザ・ペンシル』のあらすじ
アーティストとして活動する中、政治犯の疑いをかけられ投獄された夫を追って、サンクトペテルブルクから刑務所の近くにあるロシア北部の片田舎にやってきたアントニーナは、地元の学校でアート教師の仕事を得ます。
都会とのあまりの空気の違いに戸惑いを見せるアントニーナでしたが、学校で村一番の凶漢を兄に持つミーシャを恐れる生徒たちに、アートの素晴らしさを伝えようと奮闘する中で、彼女は一番のいじめられっ子であるディマに特別な絵画の才能があることに気づきました。
映画『ザ・ペンシル』の感想と評価
「鉛筆」から広がるイマジネーションから作り上げられたメッセージ
この物語は、「これ」といったハプニングで物語の主題を提起するような手法とは違った方向性が感じられます。
何もかもに不自由を覚える田舎町、そこに住む「見て見ぬふりをする」人たち、さらには人の弱みに付け込んでくる人までいる。
主人公のアントニーナは主人が投獄されたことをきっかけに、道なき道を進みこの街にやってきたのです。そんな人々の持つ壁にカルチャーショックを受け、さらには自身最大の不幸を受け止めなければならず、それでも一つの才能を守ろうとします。
作品に込められたメッセージとして、このような村落での閉鎖的な関係の形成、そしてそれが人々に与える影響的なもの、人々の幸せや可能性の妨げになる危惧を問題として提起していることが感じられました。
その物語の発端は巧みな線引きで軌道を描いており、起承転結的に典型的な形で展開させるのではありません。見る側としてはその物語に引き込まれて、メッセージを胸の奥底で広げることになります。
ナザロワ監督は脚本の執筆に関して、アントニーナを演じるゴレロワに当て書きをしたということもあり、そのイメージは監督の頭の中で最初から鮮明に存在したこともうかがえます。
物語の冒頭と終わりには、鉛筆工場にうずたかく積み上げられた鉛筆の画が映し出されますが、この鉛筆からはさまざまなイメージが劇中に描かれます。
アントニーナが学校で教鞭をとる際に、鉛筆というアイテムからイメージするものを引き出す場面、一方、授業をボイコットしようとするミーシャが、鉛筆に対してする行為。
こういったものを一つ一つたどると、そのメッセージは胸の奥ではっきりした輪郭を示してくることでしょう。
ナタリア・ナザロワ監督インタビュー
「教師という存在は人々の人生において重要だと思います。良い折に適切な人と出会えば人生も変わり、人格形成に影響を与え、そして新しい道も開きます。しかし、その教師たちは自分の仕事の成果をなかなか目にすることはありません。
そういう目に見えない教師の仕事についてのドラマを念頭に、この作品の脚本を書き始めました。私自身、演技を教えているからこそ、内側からこの職業の喜びと苦悩がよく分かります。鉛筆(ペンシル)は実際に劇中に登場しますが、象徴でもあります。村人の人生は、ベルトコンベアに乗せられたペンシルとそっくりだと思うのです。」
エンディングの作り方におけるセンス
一方、物語の中で一番強い印象を残すのがクライマックスの部分ですが、その描き方もまた独特なセンスを感じさせるものであります。
アントニーナはさまざまな困難の中でも自身の意思をかたくなに守り続けようとしますが、結果的に彼女自身にプラスになる場面は劇中でほとんど現れません。
しかし彼女のその思想が周りに与えた影響は、確かに映像に表現されます。
それは最後に鉛筆の山を見ながら見せる人々の表情など、やはり「これ」という特徴的なハプニングを示さないところにあります。
人々の表情からは、物語の結末がどうなったのか、アントニーナが最後にどうなったのかという事実は全く示されない中で、見る側に「どうなったのか」という想像心を強く喚起します。
そのストーリーラインの作り方、画作りのセンスという部分には高い技術をうかがわせるものがある一方で、いわゆるハリウッド作品のような定石的な手法とも異なるオリジナリティすら感じさせます。
SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2020「監督賞」「審査員特別賞」W受賞コメント
本作はSKIPシティ国際Dシネマ映画祭2020の国際コンペティション部門にて「監督賞」「審査員特別賞」のダブル受賞を達成。ナザロワ監督の授賞式への来場はかないませんでしたが、その喜びのコメントを寄せました。
「映画祭の関係者、観客の皆様、審査員の皆様に心より感謝いたします。監督賞を受賞することは想像していなく、すごいことと驚いています。私の作品を高く評価していただき、本当にありがとうございます。日本の詩など、あらゆる日本の伝統的な文化を愛していますので、私にとってこの受賞はとても大きなことです。いつの日か日本を訪れ、皆さんにお会いし、私の日本文化への気持ちをお伝えしたいです。皆さんを愛しています。」
まとめ
物語には一見、「こんな物語、今時あるものか」と感じられる方もいるかもしれません。しかし例えば近年コロナ感染拡大の問題に関して、ここ日本では関東、特に東京都とそれ以外の地方に関して意識の持ち方に大きな隔たりが生じました。
このような例からは、人それぞれ住む場所による意識の違い、人同士の壁や風習へのとらわれ方はそれぞれに異なり、対立を生む原因はいつでも、どこでも起こりえると考えさせられます。
程度の違いはあれ、日本にもこの物語で訴えられているような壁が生じる可能性は十分にあり得るのです。
近年は世界的にローバル化が進んでいる裏で密かに保守的な思想が広がっている傾向もあり、この物語はまさにそういった状況への危惧をも叫んでいるようです。
その意味では今回、映画祭で同じく国際コンペティション部門にノミネートされた『戦場カメラマン ヤン・グラルップの記録』や『カムバック』、観客賞を受賞した『南スーダンの光と影』といった時流を感じさせるものがあった一方で、より普遍性のあるテーマを扱ったものとも見られ、W受賞という栄冠に輝いたことも十分に納得できるものであります。
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