ボーイミーツガール&ジュブナイルSF映画『夏へのトンネル、さよならの出口』
「ウラシマトンネルって知ってる?」
そのトンネルに入れば欲しいものが手に入る代わりに年をとってしまうという、都市伝説のようなうわさ話から物語は始まります。
原作は第13回小学館ライトノベル大賞で「ガガガ賞」と「審査員特別賞」をW受賞した八目迷のデビュー小説。
作者へのインタビューによると、この小説を書くにあたって映画『インターステラー』(2014年)の「ミラー博士の星」から着想を得たと言います。
また、『時をかける少女』や『ほしのこえ』などが好きだという八目。この映画『夏へのトンネル、さよならの出口』では、原作以上にその『ほしのこえ』へのオマージュともいえるような表現があり、スマホではなくガラケーの時代がなつかしく思い起こされます。
CONTENTS
映画『夏へのトンネル、さよならの出口』の作品情報
【公開】
2022年(日本映画)
【監督】
田口智久
【製作】
CLAP
【キャスト】
鈴鹿央士、飯豊まりえ、畠中祐、小宮有紗、照井春佳、小山力也、小林星蘭ほか
【作品概要】
悩める“高校二年の夏”をノスタルジックに描きだした『夏へのトンネル、さよならの出口』。
『デジモンアドベンチャー LAST EVOLUTION 絆』(2020年)などで知られる田口智久が脚本・監督を務め、原作に登場する人物の中からメイン2人のエピソードを構成しました。
製作は『映画大好きポンポさん』(2021年)のCLAP、作品を彩る美術は「かくしごと」や「のんのんびより」などを手掛けた草薙が担当。
映画『夏へのトンネル、さよならの出口』のあらすじとネタバレ
「ウラシマトンネルって知ってる?そこに入ったらほしいものが何でも手に入るの。だけど代わりに、100歳年をとっちゃうんだって!」
クラスでそんなうわさ話を耳にした塔野カオルは、降り出した雨にビニール傘を開き、ひとり下校の途につきます。香崎駅までやってくると、電車が鹿と接触して30分程度遅れるとのアナウンス。ここではよくあることです。
ホームのベンチに見慣れない女子高生がずぶ濡れで座っています。話しかけようか逡巡していると、「ジロジロ見て気持ちわるい」と言われてしまいます。
「親が心配するよ」と塔野が傘を貸そうとすると親はいないという彼女。反射的に「それはよかった」と塔野は答えてしまいハッとします。すると彼女は傘を借りると言い、ちゃんと返すから、とふたりは携帯電話で連絡先を交換します。
翌日、塔野のクラスに転校生がやってきました。花城あんず、昨日傘を貸した彼女でした。花城は塔野に傘のことで話しかけますが、それ以外の同級生からの質問には一切答えずずっとひとりで本を読んでいます。
クラスの女王様的存在の川崎小春が花城につっかかり、彼女が読んでいた古いマンガを取り上げてわざと床に落とします。すると花城は「ケンカ売ってる?」と言って立ち上がると川崎の顔面を躊躇せず殴り、川崎は鼻血を出して倒れてしまいました。
夜、自室で塔野は音楽プレーヤーからイヤホンで音楽を聴いています。すると階下で父の暴れる音が聞こえてきました。妹のカレンが木から落ちて亡くなったあと母親が蒸発し、いまこの家には父と息子しかいません。
酒に溺れるようになった父は、心配して下りてきた息子に向かって「お前のせいでカレンは死んだ。返せ。お前の命と引き換えにして…」と言い、音楽プレーヤーを取り上げると投げて壊してしまいました。
塔野はたまらず家を飛び出し走り続けます。踏切まで来るとそのまま線路の上を歩き始め、やがて接近してきた電車を避けようと斜面を転がり落ちてしまいます。
茂みを歩いていると、池の先に洞窟のような三角形のトンネルがありました。中に赤い光が見え、塔野は吸い込まれるように進んでいきます。
しばらく行くと鳥居があり、その先は幹がクリスタルのように輝く真っ赤な紅葉の並木が続いています。戻ろうと思ったその瞬間、水面に何かが浮かんでいるのが見えました。
それは古い女児用のサンダルで裏に「カレン」と書かれています。紛れもなくそれは亡くなった妹のものでした。
塔野がさらにトンネルを進んでいくと、一羽のインコが飛んできました。それは人間に教えられた歌を歌おうとしており、塔野がカレンといっしょに飼っていたインコのキィにそっくりですが、キィは既に死んでいます。
(ウラシマトンネル?)。そう思った塔野はインコをつかんだまま急いで引き返します。音をたてないように自室に戻った塔野は、空っぽだった鳥かごにインコを入れるとつまずいて大きな音を出してしまいます。
一階から父親があがってきていきなり抱きつくと、「よかった!」と息子の帰宅を喜び、一週間もどこに行ってたんだと言ってきました。
わけもわからず散歩だと答えると、父はそれ以上詮索せず下りていきました。塔野が携帯電話を確認すると、唯一の友だちである加賀から何本もの心配のメッセージが、そして花城からも傘を返したいのに学校に来ない塔野に対して不満そうなメッセージが入っていました。
翌日、一週間ぶりに登校した塔野は加賀に適当なウソをつき、放課後はひとりで再びウラシマトンネルに向かいます。
たった数分で一週間が経ってしまったこのトンネルについて調べるつもりなのです。中と外でどれだけ時間のズレがあるか、おそらくその境界線はあの鳥居でそこから奥に入っては戻るということを試す塔野。
鳥居を過ぎて引き返そうとしたとき、突然うしろから「何、ここ?」と声がしました。そこにいたのは花城です。とりあえずあわてて花城を外に連れ出すと、外では既に5時間が経過していました。
「説明して」と命令する花城に塔野は観念し、正直にトンネルについて話しました。ほしいものが手に入るかどうかわからないが確信は得た、と。すると花城は2人で協力しようと言い出します。どうやら彼女にもほしいものがあるようです。
次の日の放課後、2人はトンネルの中と外で通話しながら進み、途切れたら戻って時間のズレを調べる実験を始めます。それにより中での3秒は外での2時間だということが判明しました。
その翌日はトンネルの出口をさがそうと2人で山を登りますが、それは無謀な挑戦であきらめざるを得ませんでした。
その後は塔野の家にインコを見に来たり、図書館で地元の伝説を調べたり、と加賀に「つき合ってる?」と言われるほど2人はともに時間を過ごすようになっていました。
今度は、中からの外に向けてのメールが届くかという実験をする2人。境界線より奥に入った塔野がその外側にいる花城にメールを送り振り返ると、残像のようにちょこまかと動き回る花城の姿が見え、うずくまって動かない彼女を心配して出てみると7時間が経っていました。
実験にはまとまった時間が必要なため、次は7月の3連休に行うことに決めた2人。それでも往復で108秒しか使えないのです。
実験とは関係なく、花城の発案で2人は水族館デートをすることになりました。好きとかそういうのじゃないけど塔野のことを気に入ってるという花城は、共同戦線の相手としてコミュニケーションをとっておきたいのだと言います。
塔野は「この世界にカレンをもう一度取り戻したい」と語り、そんな自分のことが怖くないかとたずねますが、花城は「全然」と答えました。
いよいよ3連休。2人は54秒で折り返す段取りを確認し、よーいドンで走り出します。もうすぐ折返し時間というところで、トンネルの奥から紙の束が飛んできました。それはマンガの原稿のようです。
水面に散らばるそれらを必死で拾い始める花城にすぐ引き返すよう叫びますが、全部拾うから先に戻って、と言うことを聞きません。
既に時間は1分を超えており、塔野もいっしょに拾って急いで戻ると2分8秒が経過していました。時刻は朝の4時。今さら家に帰れないと塔野が困っていると「うちくる?」と花城。
花城がひとり暮らしをしているマンションはもとは彼女のおじさんが住んでいて、実家に帰るので彼女が住むことになったそうです。
彼女の部屋の本棚にはたくさんの本やマンガがあり、その中には彼女の祖父と思われる人物のマンガもありました。そして机の上の状況や、隠すように置いてあったマンガの原稿から塔野は花城がマンガを描いているという答えを導き出し、そのことを彼女にたずねてみました。
彼女は祖父が売れないマンガ家だったこと、そんな祖父が大好きだったが、彼女の両親は自分たちに借金してまで描き続ける祖父のことをよく思っていなかったこと、そしてマンガ家になりたいと言い出した彼女を持てあましこんな田舎に“島流し”したことなどを話してくれました。
祖父のマンガがほとんど世間に知られていないことを悲しみ、自分はこの世界に何か残せるような特別になるための才能がほしいのだといいます。そしてあのウラシマトンネルで拾ったのは、父親に捨てられてしまった過去の原稿でした。
塔野はマンガを読ませてと言ってみました。花城は断りますが、共同戦線なんだよね?と言われ渋々一番新しい作品を差し出しました。
読んでいる間は落ち着かない様子でしたが、読み終わった塔野が「おもしろい!」と言って詳細な感想を述べ始めると足をバタバタさせて喜びを表しました。
さらにほめる塔野に対し花城は、「ちがう。塔野くんが特別なんだよ」と反論します。「塔野くんは自分の願いを叶えるために他のすべてを躊躇なく捨てられる」そう言うと塔野を押し倒し、「私にも塔野くんの世界、見せてよ」と言いました。
8月2日を決行日と決めた2人。今度はカレンを連れ戻すまでトンネルを出ないつもりです。しかしその前に塔野は花城を夏祭りに誘いました。
次いつ来られるか、1000年後かもしれないから、というのが誘った理由です。花火も打ち上げられる大きなお祭りで、塔野は以前カレンと来たと話し始めます。
両親が大ゲンカして2人で出てきてここに来た、と。はしゃいでいたけどカレンは泣いていたと花火を見ながら塔野は話します。そして2人は自然と手をつないでいました。
映画『夏へのトンネル、さよならの出口』の感想と評価
映画を見始めてまず感じたのは、「あ、ガラケーの映画だ」ということでした。登場人物は皆ガラケーを使っていてやりとりはメール、アドレス交換は赤外線通信のようです。音楽を聞くプレーヤーも今ではないタイプですし、喫茶店にはインベーダーゲーム(?)が設置されています。
作中の部屋のカレンダーは2005年7月となっており、思い返してみるとそういう時代だったかな、とちょっとノスタルジックな気分になります。(インベーダーゲームはもっと昔のものだとは思いますが、田舎の穴場喫茶店ということで“有り”かもしれません)
物語の終盤にはスマホの時代になり、時の変化がそのツールだけで理解できます。また、例えば連絡が来るかもしれないから古い携帯電話を手放せない、なんてことはその時代ならではの恋愛関係の切なさを感じさせてくれる素敵な表現でした。
新海作品へのオマージュ
ガラケーでのメールのやりとり、と聞いて一番に思い浮かぶのは新海誠監督の初期の作品『ほしのこえ』(2002年)です。
2046年ころという未来の話でありながら、製作当時のテクノロジーであるガラケーのメールをモチーフにしており、その簡素なメールがかえって孤独や絶望を浮き彫りにする閉塞感のあるSF作品です。
そのストーリーは、地上と宇宙空間とに離れてしまった少年と少女が打つメールにどんどん時間のズレが生じていき、やがてその差は8年に…というものでした。
本作では、原作でそれほど重要視されていなかった携帯電話をピックアップし、メールの送受信のタイミングでふたりのすれ違いや花城あんずの不安な気持ちを表現しています。
メールの送受信自体に時間がかかっているわけではありませんが、ウラシマトンネルによって2人の世界は断絶し、メールが滞ってしまったということです。
原作とのちがい
まずは塔野と花城の出会い方ですが、画になるシーンということで香崎駅のホームが採用されたようです。
そのため小道具としてビニール傘が登場し、錆で時の流れを表現しています。
登場人物では、重要なサブキャラ・川崎小春のエピソードがかなり削られています。彼女と花城との交流は原作のラストにも関わってくるので、そこを失くしたかわりに携帯電話が活躍することとなりました。
また花城の祖父のマンガ家という設定も原作にはありません。ここの部分はなくてもおかしくなかったような気はしますが、彼女と両親との確執を際立たせるために必要だったのかもしれません。
ウラシマトンネルの中の様子やカレンに出会ってからのあちら側での出来事なども、それぞれさまざまな変更が施されています。
特に重要な違いは、もとの世界に戻ろうとするきっかけ。原作ではカレンの死に対して感じていた罪悪感をカレン自身に許され、また連れて帰ろうとする兄に対しカレンが自分でもとの世界にはもう戻れないと言っています。
映画では花城からのメールをきっかけに、彼女に会いたい気持ちがもとの世界の戻る大きな原動力となっており、カレンがもとの世界に戻ることはできないと双方が理解しているような感じがします。
それから原作をこれから読むという方には読まないでいただきたいのですが、塔野カオルの父親は、彼の実の父親ではありません。
蒸発した妻(カオルの母)が浮気をして、その浮気相手との間にできた子どもだったのです。なのでカレンが生きていたころから塔野家は微妙なバランスで成立していたようで、そうとわかると父親の行動にも少しだけ合点がいきます。
また夏祭りでは蒸発した母に偶然会ってしまうという描写も原作にはあります。そのときの母の拒絶の表情にショックを受けた塔野が、しばらくの間無言で花城を抱きしめるというシーンがあり、それによって平静さを取り戻すのですが、帰宅して父に新しい母を紹介されるということでその次の行動へとつながっていくのです。
ただ、原作ではラストに父親との関係修復を予感させるような出来事があり、救いのある終わり方になっています。
まとめ
制作会社CLAPの作品『映画大好きポンポさん』のセオリーどおり、コンパクトにまとめられたテンポの良い作品です。
決して派手さはありませんが、爽やかなキャラクターデザイン、日本の田舎の風景や幻想的な表現が美しく、過ぎゆく夏を惜しむ季節にピッタリな映画です。
そして、傷ついた者に寄り添うことや、前に進む勇気を持つことの大切さ、そんなメッセージが込められており、悩める人に少しでも響いたらいいなと思います。