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Entry 2022/04/28
Update

『ゲド戦記』ネタバレあらすじ感想と結末の評価解説。映画監督 宮崎吾朗はアレンを通して若者の鬱屈と不安を描く

  • Writer :
  • 菅浪瑛子

宮崎駿監督のの長男である宮崎吾郎が初監督を務めた『ゲド戦記』

アーシュラ・K・ル=グウィン原作ファンタジーをアニメ映画化した作品では、エンラッドの王子アレンの声の出演を務めたのは、V6のメンバーであり、俳優としても活躍している岡田准一。

ヒロインであるテルーは、主題歌「テルーの唄」も担当し、歌手としてのデビューを果たした手嶌葵が務めました。

アーシュラ・K・ル=グウィン作の『ゲド戦記』(原題は『Earthsea』または『Earthsea Cycle』)は、魔法使いゲドの少年期から始まり、太古の魔法が存在する島々アースシーを舞台にした壮大なファンタジーシリーズ。本作でハイタカ(真の名がゲド)は、壮年になり偉大な魔法使いである「大賢人」になっています。

また、エンラッドの王子アレンは、原作シリーズでは3作目にあたる『さいはての島へ』で登場し、ハイタカと共に旅をしています。テルーやテナーも原作に登場する人物ですが、設定をアニメ映画化にあたり変えています。

原作にはない“父親殺し”をアレンが犯し、国を出るところから始まる本作は、若者の鬱屈と閉塞感をアレンに投影し、恐怖との戦いと自身の解放を描く力強い映画になっています。

映画『ゲド戦記』の作品情報


(C)2006 Studio Ghibli・NDHDMT

【公開】
2006年(日本映画)

【原作】
アーシュラ・K. ル=グウィン

【監督】
宮崎吾朗

【脚本】
宮崎吾朗、丹羽圭子

【音楽】
寺嶋民哉

【主題歌】
手嶌葵

【声のキャスト】
アレン(岡田准一)、テルー(手嶌葵)、クモ(田中裕子)、ウサギ(香川照之)、テナー(風吹ジュン)、ハジア売り(内藤剛志)、女主人(倍賞美津子)、王妃(夏川結衣)、国王(小林薫)、ハイタカ(ゲド)(菅原文太)

【作品概要】
建築コンサルタントなどを務めていた宮崎吾朗は、三鷹の森ジブリ美術館の総合デザインを手がけるためにスタジオジブリに入社します。竣工後は初代館長も務めていましたが、鈴木敏夫プロデューサーの薦めで初監督を務めることになりました。

その後『コクリコ坂から』(2011)、『劇場版 アーヤと魔女』(2021)の監督も務めました。

映画『ゲド戦記』あらすじとネタバレ


(C)2006 Studio Ghibli・NDHDMT

エンラッド王国では謎の病が流行し、頭を抱えるなか、王の耳に飛び込んできたのは龍の目撃情報でした。

その頃、エンラッド王国の王子アレンは一国の王子である閉塞感と正義感から心の均衡を崩し、父である国王を殺してしまいます。

国を飛び出したアレンは犬に襲われかけたところをハイタカに助けてもらいます。

アレンの持つ剣を見たハイタカはエンラッドの血のものか?とアレンに尋ねます。更に、その剣は魔法がかかっている今のお主には抜けないだろうと言います。

そうして知り合ったアレンとハイタカは共に旅をすることになります。2人が辿り着いたのホートタウンでは、人間が奴隷として売られていました。

崩壊し退廃した街を目にしたアレンはこの街はおかしいとつぶやきますが、ハイタカはこの街だけではない。作物が枯れ羊は死に、人々は頭がおかしくなっていると言います。

アレンは人攫いに追われている少女を見つけ、人攫いから救いますが、少女はアレンの手を払い除け去っていきました。

その後、アレンは不意を突かれて人攫いに攫われ奴隷として売り出されそうになります。

そこにハイタカがやってきてアレンを救い出し、昔の知り合いであるテナーの家に連れていきます。

テナーの家には、少女テルーも住んでいました。ハイタカはテルーを驚いた様子でじっと見つめ、「まさかな」と呟きます。

奴隷に逃げられた人攫いは、ボスである魔法使い・クモに奴隷を逃したのは顔に傷のある魔法使いだったと報告します。

その言葉を聞いたクモは「ハイタカだ、大賢人がやってきた」と言います。

クモにとってハイタカは因縁の相手だったのです。

以下、赤文字・ピンク背景のエリアには『ゲド戦記』ネタバレ・結末の記載がございます。『ゲド戦記』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。


(C)2006 Studio Ghibli・NDHDMT

テナーの家で農作業をし過ごすアレンとハイタカでしたが、テルーはアレンを避け嫌っています。

理由がわからず困惑するアレンでしたが、テルーに「命を大切にしないやつなんか大っ嫌いだ」と言われます。

テルーはアレンが人攫いとの会話で命なんかどうでもいいと言ったことを聞き、アレンを嫌っていたのです。

アレンは悪夢にうなされていた翌日ハイタカは外せない用事があると言って出かけ、テナーにアレンをよく見ていてやってほしいと言付けます。

アレンはテナーからテルーが親に酷い目に遭わされ、道端に捨てられたということを聞き驚きます。

また、テナーはかつてハイタカによって光の中に連れ出されたと話します。

テルーを探しに丘にやってきたアレンはテルーの歌声をきき、涙を流します。

「僕は父を刺してここまできてしまった。わからないんだ、なぜあんなことをしたのか」

「お父さんは立派な人だ、ダメなのは僕なんだ。自信がなくて。それなのに凶暴になってしまう、自分でもおさえられない」

「早く行かなきゃ、奴が来てしまう」

アレンはテルーにそう話します。そしてテナーとテルーが夕食の支度をしている間に家から出て行ってしまいます。

ハイタカは街に出て武器商人からアレンの剣を買い取ります。

途中に人攫いがやってきてハイタカを連れ出そうとしますが、ハイタカは魔法で姿を変え難を逃れます。そしてクモがここにいることを知ります。

ハイタカもアレンもいないなか、人攫いがやってきてテナーを人質に連れて行ってしまいます。アレンもクモの館へと連れて行かれます。

ハイタカは永遠の命を探すために旅をし、それを手にする他の者を許さない。

アレンが永遠の命を手にする者だから殺すためにこの地にやってきたとアレンを騙し、一緒に不安と恐怖を克服するために共に行こうと唆します。

「私に真の名を差し出せ」

「…レバンネン」

真の名を明かしてしまったアレンはクモに支配されてしまいます。

テルーに会い、テナーが捕えられたことを知ったハイタカは急いでクモの館に向かいます。

パルンの知恵の書を使い死者はおろか生者の命まで弄んだ、悔い改めるのではなかったのか、とクモを問い詰めます。

クモは古の魔法の書を手に入れ生死両界を分つ扉を開ける方法を見つけ出したと言います。

「その扉を開けてはならん。まだわからぬのか、力を持つものはその使い方をあやまってはならんのだ。世界の均衡を破壊するつもりか」

「私は不死を手に入れ永遠不滅の存在になるのだ」

「死と再生の繰り返しこそが命の根幹なのだぞ」

ハイタカが諭してもクモは耳を貸さず、クモはハイタカの前にアレンを差し出します。クモに真の名を明かしたアレンは操られ永遠の命を欲しています。

死を拒絶することは、生を拒絶することだ。

自分がいつか死ぬことを知っているのは天から贈られた素晴らしい贈り物なんだ、わしらが持っているものはいずれ失うものばかりだ。

苦しみでもあり、宝物でもあり、天からの慈悲でもある、とハイタカはアレンを抱きしめ優しく諭します。

アレンは大粒の涙を流し我に帰ります。その時ハイタカはクモの手下に捕らえられてしまいます。

館はクモの魔法によりハイタカの魔法が使えなくなっていました。

一人家に残るテナーはアレンの影と出会います。

アレンの心は不安でいっぱいだった、その不安が体を奪い闇と共にあるべき光の存在を置き去りにしてしまった。光は体を求めて彷徨う影になった。

アレンの影はそう説明すると、父の剣を僕に渡してくれ、僕の真の名前を君に差し出す。僕の名前はレバンネンだとテルーに告げます。

テルーは館に忍込みアレンを見つけますが、アレンは憔悴し、剣を受け取る資格はないと言い、死ぬことがわかっているのに命が大切だと思えるのかなと言います。

「違う。死ぬことがわかっているから命が大切なの。アレンが怖がっているのは死ぬことじゃなくて生きることよ。一つしかない命を生きるのが怖いだけよ」

「私はテナーに生かされた、だから生きて次の命に繋げなくてはならない。レバンネン、命はそうやって続いていくんだよ」

アレンは自分の真の名をテルーが知っていることに驚きます。

「私の真の名もあげる。テハヌーよ」

2人はハイタカとテナーを助けに行きます。

「残念だよ。君とは分かり合えると思っていたのに」

クモの術に苦しみながらもアレンは祈りながら剣に力を込めます。すると眩い光と共に鞘から剣が引き抜きます。

魔法で鍛えられた剣にクモは怯み、テナーを連れて塔の上へと登っていきます。

「こわい…こわい…」

アレンはクモに自分と同じだ、死を恐れ生から目を背けている、他者の存在を忘れ生かされていることを忘れていると言います。

クモは聞こうとせず、死は怖いと言いながらテルーを締め殺そうとします。

クモに首を絞められたテルーはぐったりとして倒れ込み、クモは呆然と死んだ…と言いどこかに行こうとします。

しかし、テルーは立ち上がりクモに待ちなさいと声をかけます。テルーの姿は光に包まれ龍に変身していきます。

闇は消えろと強く言い放つと龍になったテルーはクモを焼き殺し、アレンを連れ野原へと飛び去っていきます。

野に降り立ったテルーは元の人間の姿に戻ります。

不安を克服し、自分自身と向き合い始めたアレンは罪を償うため、国に帰るとテルーに告げ、また会いにきてもいいかと約束します。

映画『ゲド戦記』感想と評価


(C)2006 Studio Ghibli・NDHDMT

アレンが抱える閉塞感と不安

宮崎吾朗監督が初演出した映画『ゲド戦記』は、宮崎駿監督作品はなかった、闇を抱える主人公の鬱屈、不安、そしてそこに差し込む光が描かれています。

宮崎駿監督作の登場人物は真っ直ぐで、ひたむきな印象が強く落ち込んだりはしても、本作のアランほど闇を抱えた人物が描かれることはあまりありません。

アヘンの抱える不安は世の中に対する漠然とした不安や、死ぬこと、そして王子という立場ゆえのプレッシャーなど様々なものでしょう。

その不安に押しつぶされ、アレンの肉体も不安に蝕まれてしまいます。一体であるべきの光と闇が乖離し、肉体を失った光は影となり彷徨います。

アレンが恐れているのは死ぬことじゃない、生きることだとテルーが言うように、光という本来ならポジティブな存在と捉えられるような物事に対し不安を感じているのです。

アレンが抱える不安は今を生きる観客にも通じるものなのかもしれません。

漠然とした社会不安を前に生きることに意味を見出せず、負の感情に苛まれてしまう、希望を見出せない……そう言った感情は今を生きる若者の中にもあるかもしれません。

一方、テルーは両親に酷い目に遭わされながらも、テナーに救われ、自分の命をしっかりと生き、次の世代に繋げようと強く思っています。

アレンにとってテルーは対極にある生を信じ強く生きようとする存在です。生きることを大切にしているからこそ、テルーは死を恐れません。

クモに首を絞められ、ぐったりと倒れていたはずのテルーは、しっかりと立ち上がり龍へと姿を変えてきます。その姿はまさに生と死の円環の象徴と言えるでしょう。

死を受け入れることで新たな生が生まれていくのです。

原作の『ゲド戦記』の世界では、人間はかつて龍であったことや、龍に姿を変える人々の姿が描かれています。

テルーは龍の血を引く存在であり、だからこそ龍に変身したとも考えることができます。テルーやハイタカ、テナーの存在により、恐れに打ち勝ち生きていく決意をしたアレン。

その姿は、宮崎駿監督が『風の谷のナウシカ』(1984)や、『もののけ姫』(1997)で描いてきたともに生きることに通ずるものがあるように感じます。

まとめ


(C)2006 Studio Ghibli・NDHDMT

神々しい龍の様子や、色鮮やかな街並みの様子など、映像の美しさ、闇を抱えるアレンの存在など、父である宮崎駿監督作とは違う宮崎吾郎監督ならではの視点で描いたアニメーション映画『ゲド戦記』。

6作からなるアーシュラ・K・ル=グウィン原作には、アレンやテナー、テルーなどアニメに出てきた人物らが登場しますが、少し設定は異なります。

アレンが登場するのは3作目の『さいはての島へ』ですが、そこではハイタカ(ゲド)と壊れた世界の均衡を取り戻すために、世界の果てまで旅に出る物語が描かれているのみです。

アレンとテルーが共に登場するのは、5作目の『アースシーの風』になります。

6作目となる『ドラゴンフライ アースシーの五つの物語』は中短編をまとめたものであるため、5作目の『アースシーの風』がゲドの少年期から始まった物語の最終章にあたります。

『アースシーの風』では、テルーと龍の関係性が描かれるほか、ゲドとテナーの世代からテルーとアレンの世代へと受け継がれていく様子が描かれています。

アニメーション映画『ゲド戦記』はこのように、『さいはての島へ』と『アースシーの風』の内容を主軸に作り上げられたのでしょう。


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