満ち足りていた会社員の人生がリストラで一変するブラックサスペンス
『オールド・ボーイ』(2003)、『別れる決心』(2023)のパク・チャヌク監督が、『JSA』(2001)のイ・ビョンホンを21年ぶりに主演に迎えたブラックサスペンス『しあわせな選択』。
「全てを叶えた」製紙会社で25年間、堅実に仕事をしてきたマンスは、妻と2人の子供、2匹の犬を飼い、念願のマイホームで、満ち足りた生活をしていました。
しかし、会社をリストラされ生活は一変。すぐに再就職できると思っていたマンスでしたが、転職活動はうまくいかず、催促は増えるばかり。
家族のため、マンスが下した選択とは。
パク・チャヌク監督が、「一番作りたかった物語」というドナルド・E・ウェストレイクの小説「斧」を映画化。
『JSA』(2001)のイ・ビョンホンが主演を務め、Netflixドラマ『愛の不時着』(2019)のソン・イェジンに、『ソウルの春』(2023)のイ・ソンミン、『市民捜査官ドッキ』(2024)のヨム・ヘランなど実力派が顔を揃えました。
映画『しあわせな選択』の作品情報

(C)2025 CJ ENM Co., Ltd., MOHO FILM ALL RIGHTS RESERVED.
【日本公開】
2026年(韓国映画)
【原題】
어쩔수가없다(英題:No Other Choice)
【監督】
パク・チャヌク
【脚本】
パク・チャヌク、イ・ギョンミ、ドン・マッケラー、イ・ジャヘ
【原作】
ドナルド・E・ウェストレイク「斧」
【キャスト】
イ・ビョンホン、ソン・イェジン、パク・ヒスン、イ・ソンミン、ヨム・ヘラン、チャ・スンウォン
【作品概要】
『オールド・ボーイ』(2003)、『別れる決心』(2023)のパク・チャヌク監督が、ドナルド・E・ウェストレイクの小説「斧」を映画化。
25年務めた会社をリストラされ人生が一変してしまうマンスの役を『JSA』(2001)ぶりにパク・チャヌク監督とタッグを組むイ・ビョンホンが熱演。
マンスの妻・ミリ役を演じたのは、Netflixドラマ『愛の不時着』(2019)、『私の頭の中の消しゴム』(2004)のソン・イェジン。
その他のキャストに、『ソウルの春』(2023)のイ・ソンミン、『市民捜査官ドッキ』(2024)のヨム・ヘラン、『警官の血』(2022)のパク・ヒスン、『毒戦 BELIEVER』(2018)のチャ・スンウォンなど。
ヴェネチア国際映画祭コンペティション出品、トロント国際映画祭で国際観客賞を受賞、さらにはゴールデングローブ賞では、作品賞、主演男優賞、非英語作品賞にノミネートと海外の映画祭で高評価を得た作品。
映画『しあわせな選択』のあらすじとネタバレ

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堅実に製紙業界で25年働き続けた会社員のマンスは、妻のミリと2人の子供、2匹の犬と共に念願のマイホームで暮らしています。
「全て手に入れた」と満足げに家族皆を抱きしめ輪になるマンス。
しかし、製紙工場は外資にかわれ、マンスは25年勤めた会社からリストラされてしまいます。すぐに再就職すると思っていたはずが、再就職先もなかなか決まりません。
ミリはきっぱりダンスなど習い事をやめ、ダンススクールで知り合った歯科医のもとで歯科衛生士として働き始め、節約するためのリストを家族に共有します。Netflixは解約、犬は両親に預ける……など。
倉庫の仕事をしていたマンスの元にかつての後輩から連絡があり、面接に向かいますが、面接はうまくいきません。
破産して抵当に取られるよりはマシだとミリは家を売りに出し、マンスは焦り、勢いのある製紙会社の人事がトイレに行く時間を狙って直接頼み込みにいきます。
製紙会社の班長チェ・ソンチョルに引き剥がされ、恥ずかしくなったマンスは必死に顔を隠します。「恥を知っているなら、トイレでこんなことするな」とソンチョルはマンスに言います。
マンスは怒り、ソンチョルに上から植木鉢を投げて殺してしまおうかという衝動に駆られますが、冷静になり、ソンチョルを殺してもまた次の人間が班長になると気付きます。
それならばライバルを減らせばいいと考えたマンスは、偽の製紙会社の応募広告を出し、集まった応募者のプロフィールをチェックします。
そして自分より優れていそうな人物を2人絞りました。ク・ボクモとコ・シジョです。
祖父がベトナム戦争に参加した際に持ち替えたという銃を手に取り、履歴書の住所を元にボクモの家にやってきました。
そこでボクモと妻・アラの様子をのぞいていたマンスは、蛇に噛まれてしまいます。アラに遭遇し、女優だというアラは演技の経験を元に蛇の毒を取り出しました。
その後もボクモを観察していたマンスは、アラが若い男性と不倫をしている現場を目撃してしまい、なぜかボクモがその事実を知ることのないようにあの手この手を尽くします。
しかし、ボクモはアラの不倫を知ってしまいます。自暴自棄になっているボクモに銃を向けるマンス。その背後にはアラの姿が。
アラに背後から殴られ倒れたマンスでしたが、何とかボクモを殺そうと奮闘し、それを阻止しようとボクモとアラが抵抗します。
3人はもみくちゃになりながら、最後に銃を手にしたのはアラでした。アラは「リストラされたことが問題じゃない、それに対する態度が問題だ」と叫び、ボクモに銃を向けてしまいます。
初めての殺人でパニック状態のマンスは何とか逃げ出します。アラは警察に通報せず、ボクモを庭に埋めました。マンスにとっても助かる結果となります。
映画『しあわせな選択』感想と評価

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25年勤めた会社をリストラされ、再就職もうまくいかないマンス。過去の栄光に縋り、製紙業に固執し続けるマンスは、自分より有能な失業者を殺してまで職を得ようとします。
「幸せ」とは何か、そうまでしてマンスが守りたいものは何だったのでしょうか。
本作が映し出しているのは、韓国社会に根深く蔓延る家父長制の呪縛と中年クライシスです。マンスが口にする「女性は男が守らないと」「自分は家長だ」という言葉はまさにマンスが家父長制にとらわれていることを意味しています。
高卒のマンスは、働きながら通信大学で学位を取り、夢のマイホームを手に入れた、叩き上げの人間です。その自負がいつしかプライドとなり、再就職を阻んでいることに気づけません。
プライドを捨てれば、仕事に就くこともでき、また着々と積み上げることもできたかもしれません。マンスは倉庫で働いている場面がありますが、マンスにとってその仕事は本来自分がするべき職ではないと思っています。
なかなか再就職できないマンスと対照的に、妻のミリは歯科衛生士として働き始めます。それだけでなく、節約し、不要なものは売りに出し、2匹の犬も自分の両親に預けます。
マンスに比べて現実をきちんと受け止め、対応していると言えます。マンスは再就職できない自分自身の問題に目を向けようとせず、他の候補者を殺すという暴挙に出ます。
マンスが最初に狙ったク・ボムモもマンス同様に製紙業にこだわり、過去の栄光に縋っていました。そんなボムモに対し、マンスは「妻の助言に従ってカフェでもやればよかったのに」と言います。
ボムモの姿が自分の鏡写しのように見えたのかもしれません。マンス自身も、自分がプライドを捨てきれないことをどこかで自覚していたのでしょう。
ミリと違ってボムモの妻・アラは、夫に不満を感じ、それを態度に出していました。「リストラされたことが問題なのではない、それに対する態度が問題なんだ」と怒り、夫に銃を向けます。
マンスやボクモとは対照的に、コ・シジョは現実を受け入れ、靴屋で働いています。慣れない仕事で客にへりくだった姿勢のシジョの姿は、マンスにとって耐えられない、どうしてもなりたくない姿だったのかもしれません。
そんなマンスが固執しているポスト、「幸せ」の根底にあるのは、男はそうあるべきという家父長制の呪縛に他なりません。
悪く言えば、それでしか自身のアイデンティティーを保てないのです。そんなマンスのプライドをミリは守ってきました。
お酒を飲んでいることや、マンスの言動に不信感を抱きつつも、問い詰めて突き放すことはせず、「私も一緒に」と共犯者になることを選びます。
マンスとミリ、そしてボクモとアラ。2つの夫婦は、似ているところもありますが、対照的な夫婦として描かれていると言えます。
アラは、再就職もできず堕落していくボクモを見放し、若い男性と不倫をしています。マンスは、ミリが職場の若い歯科医師との不倫を疑っていますが、ミリは否定します。
しかし、ミリは自身の性的な魅力に対して自覚的な自分として描かれています。息子の罪を軽くするため、あえてブラジャーを外し、その姿を共犯の息子の父親に見せます。
ミリとアラは対照的な女性ではありますが、ファムファタルの要素を持つ女性として描かれ、その点がパク・チャヌク監督らしさと言えるかもしれません。
マンスは念願の製紙業に再就職を果たしますが、マンスが以前していた、職人と自負していた仕事とは全く違う仕事でした。AI化が進み、人員は減らされただAIされた機械を監視するだけの日々を送るマンス。
「これが得たかった幸せなのか?」皮肉な問いかけをパク・チャヌク監督は観客に投げかけているのです。
家父長制の呪縛にとらわれ、変わりゆく時代に迎合できないマンスの姿を滑稽に描き、エンタメとして描いていますが、果たして笑ってみていられるでしょうか。
まとめ

(C)2025 CJ ENM Co., Ltd., MOHO FILM ALL RIGHTS RESERVED.
パク・チャヌク監督×イ・ビョンホンで送るブラックサスペンス。
本作の英題は「No Other Choice」。意味は「選択肢がない」ですが、マンスは本当に選択肢がないのでしょうか。確かに選択肢が限られている側面もありますが、マンス自身が選択を狭めている側面もあります。
マンスの内にこもり、自分が何とかすると背負いこむ姿は、“男らしさ”すなわち家父長制の呪縛と言えます。
そんなマンスや、親に内緒でスマートフォンを盗み、転売してお金にしようとする息子の姿を見てミリは「なぜうちの男どもは隠し事をするのかしらね、くたばりたいのかしら」と娘の前で呟きます。
『お嬢さん』(2017)で男性の抑圧から脱却する女性の姿を鮮やかに描いたパク・チャヌク監督でしたが、本作では家父長制にとらわれているマンスの姿を通して徹底的に滑稽に描き出します。
本作のミリは家父長制に反発するのではなく、マンスを支え、プライドを守りつつも、どこか手の上で転がしているような様子も感じられます。
ミリとは違ってマンスにNOを突きつけているのは、娘の存在なのかもしれません。娘は、誰かの言葉をおうむ返しするだけで、話そうとしません。
チェロの演奏も、両親に聞かせようとはしませんが、チェロの先生からは天性の才能があると言われています。そんな娘が最後にチェロを弾き始める、その痛快さがパク・チャヌクらしいエッセンスと言えるでしょう。



































