ヘンリー・ジェームズの傑作短編小説をベルトラン・ボネロ監督が大胆に翻案
2044年。AI中心の社会において人間の感情は不要とされ、重要な仕事に就くには感情を消し去らねけらばなりませんでした。
ガブリエルは、記憶を消去するために前世のトラウマを遡り始めます。
100年以上の時を経て転生を繰り返す男女。記憶を辿ったガブリエルが下す選択とは。
『SAINT LAURENT サンローラン』(2015)のベルトラン・ボネロ監督がヘンリー・ジェームズの傑作短編小説を大胆に翻案。
『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』(2020)のレア・セドゥがガブリエルを演じ、ガブリエルと転生を繰り返すルイを『FEMME フェム』(2025)のジョージ・マッケイが演じました。
また、『Mommy マミー』(2015)のグザヴィエ・ドランが共同プロデューサーを務め、声の出演も務めました。
映画『けものがいる』の作品情報
(C)Carole Bethuel
【日本公開】
2025年(フランス・カナダ合作映画)
【原題】
La bete(英題:The Beast)
【監督】
ベルトラン・ボネロ
【原作】
ヘンリー・ジェームズ著『密林の獣』
【キャスト】
レア・セドゥ、ジョージ・マッケイ、ガスラジー・マランダ、ダーシャ・ネクラソワ、エリナ・レーベンソン、ジュリア・フォール、グザヴィエ・ドラン(声の出演)
【作品概要】
『SAINT LAURENT サンローラン』(2015)のベルトラン・ボネロ監督がヘンリー・ジェームズの傑作短編小説を大胆に翻案。
AIに管理された近未来をスタイリッシュなディストピアSFとして映像化した2044年、35ミリフィルムで撮影された華麗なコスチューム・プレイが繰り広げられる1910年、ガラス張りの豪邸を舞台にしたスリラー劇から目が離せない2014年。3つの世界を通してガブリエルとルイの数奇な運命を描き出しました。
ガブリエル役には、『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』(2020)のレア・セドゥ、ルイ役には『FEMME フェム』(2025)のジョージ・マッケイが務めました。
映画『けものがいる』のあらすじとネタバレ
(C)Carole Bethuel
2044年のパリ。AIが国家の社会システムを管理し、人間の感情が不要とされていました。
ガブリエルは、良い職に就こうとしていましたが、そのためには感情の消化する浄化というプロセスを経なければなりませんでした。
浄化に対し、不安を感じながらも浄化センターに向かいます。AIの指示に従って質問に答えていきます。ガブリエルは漠然とした恐れを抱いていました。
その恐れの原因を探るため、前世を辿っていきます。
1910
(C)Carole Bethuel
ピアニストのガブリエルは、人形工場を経営するジョルジュと結婚し、裕福な生活を送っていました。ある日、社交の場でロンドンから来たルイと再会します。
2人は互いが好意を抱いていることを感じ取っていました。しかし、それは許されぬ関係でした。
2人で過ごしていた際、パリは大洪水に見舞われ、ガブリエルとルイは火事が起きた人形工場で孤立してしまいました。
ルイはガブリエルを宥め、共に脱出しようとしますが、その最中で命を落としてしまうのでした。
映画『けものがいる』の感想と評価
(C)Carole Bethuel
ヘンリー・ジェームズの傑作短編小説をベルトラン・ボネロ監督が大胆に翻案した映画『けものがいる』。
同小説の映画化として、パトリック・シハ監督、アナイス・ドゥムースティエ、トム・メルシエで『ジャングルのけもの』(2024)があります。
『けものがいる』と比べて、『ジャングルのけもの』はより原作小説に近い展開になっています。
何かを待ち続ける男女の逢瀬、そしてその“何か”に気づいて時にはもう遅すぎるというラストになっています。
その何かは彼が与えられなかった愛であり、そのことに気付いた時には、彼女はもうこの世にいませんでした。
小説のテーマを踏まえつつ、『ジャングルのけもの』はクラブという場所を通して時代の変化を映し出しているのが面白い点です。
一方、『けものがいる』では、男女の逢瀬を時代を超えた前世からの数奇な運命として描き出し、死ではなく感情の消去という方法で2人の別れを描き出しています。
更に、原作小説や『ジャングルのけもの』では女性側が亡くなるという展開でしたが、『けものがいる』では、男性であるルイ側の感情の消去という別れになっていました。
男女の数奇な運命をドラマティックに描き出し、大切な“何か”に気付いた時にはもう遅い……という後悔は、『けものがいる』でも共通しているテーマです。
そのテーマをベースにベルトラン・ボネロ監督は、近未来の世界をディストピア的に描き、AIと人間の感情というテーマも内包しています。
感情は仕事をする上で時に邪魔なものかもしれません。しかし、それを排除することは、人間としての根幹を失うことかもしれません。
そのことに恐怖を抱くのもまた人間的です。
まさに、AI技術が進歩している現代社会において、人間が行っていた業務がAIに取って代わると囁かれています。
人間はAI技術が進歩する前から近未来の技術の進歩を創造し、映画や小説で描き続けていました。
『ブレードランナー』(1982)の舞台は2019年の世界でした。
当たり前ですが、フィクションである映画とは違い、実際の2019年は『ブレードランナー』のような世界になっているわけではありません。
しかし、見方を変えてみれば技術の進歩より先に人の想像力があると言ってもいいのです。
『けものがいる』で描かれた2044年は今から20年近く経った未来です。果たしてその頃、AI技術はどこまで進歩しているでしょうか。
産業革命を経て技術の進歩を続けてきている世界は、かつて人々が思い描いていたフィクションの近未来とは違うところもありますし、その想像を超えた技術の進歩もあります。
しかし、いつの世も人は想像し、夢を抱き続けてきました。同時に人には消し去れない感情が付き纏い、それ故に問題を起こしたり、苦しんだりします。
そんな人の感情は、時に動物的でまさにけものとも言えるのです。
人は理性的な動物とも言われますが、感情を排して何かを判断し、選択することはできません。
感情があるからこそ人は想像することができる、想像があるからこそ進歩することができると言えます。
そう考えると感情を排した人々が向かう先はどうなるのでしょう。
様々な想像を掻き立てられると同時に、人間の持つ普遍性も感じられる映画です。
まとめ
(C)Carole Bethuel
転生を繰り返し巡り合う男女の数奇な運命を描いた映画『けものがいる』。
ガブリエルとルイは互いに想い合っており、そのことを互いに感じ取っています。
それなのに、2人は決して結ばれることはありません。触れ合うことすらできないのです。
その切なさ、時代を超えたロマンティックな出会いは、恩田陸の小説『ライオンハート』を想起させます。
また、本作は当初レア・セドゥとギャスパー・ウリエルのキャストで撮影予定でした。
しかし、ギャスパー・ウリエルが不慮の事故により亡くなり、ジョージ・マッケイがルイ役を演じることになりました。
『1917 命をかけた伝令』(2020)で大きな注目を集め、『FEMME フェム』(2025)や『ミュンヘン 戦火燃ゆる前に』(2022)と活躍の幅を広げてあるジョージ・マッケイが、本作ではフランス語での演技にも挑戦しています。
時代によって様々な表情を見せるジョージ・マッケイに、様々な感情を表出するレア・セドゥの見事なかけ合いが、独特の世界観を創り上げています。