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Entry 2021/06/12
Update

映画『はるヲうるひと』ネタバレあらすじ感想と結末の評価解説。タイトルの意味がラストで清々しい人間ドラマを佐藤二朗が描く

  • Writer :
  • 金田まこちゃ

閉塞感の溢れる島を舞台に「明日を生きる為の希望」を得る、人々の群像劇。

日本のどこかに存在する架空の島を舞台に、壮絶な過去を背負った兄妹と、その周囲の人達の人間ドラマを描いた映画『はるヲうるひと』

人気俳優の佐藤二朗が主宰する演劇ユニット「ちからわざ」で上演され、高い評価を受けた舞台作品を、佐藤二朗自らが脚本と監督を務め、約5年の歳月を掛けて完成させました。

山田孝之や仲里依紗など、日本屈指の実力派俳優が集結し、過酷な環境の中にある、僅かな希望を描いた、本作の魅力をご紹介します。

映画『はるヲうるひと』の作品情報


(C)2020「はるヲうるひと」製作委員会

【公開】
2021年公開(日本映画)

【監督・脚本・原作】
佐藤二朗

【脚本協力】
城定秀夫

【キャスト】
山田孝之、仲里依紗、佐藤二朗、今藤洋子、笹野鈴々音、駒林怜、太田善也、向井理、坂井真紀、大高洋夫、兎本有紀

【作品概要】
俳優の佐藤二朗が、2008年の『memo』に続き監督した人間ドラマ。

主人公の得太を、数々の映像作品で活躍する、『ステップ』(2020)の山田孝之が演じる他、『モテキ』(2011)の仲里依紗、坂井真紀、向井理など、実力派俳優が集結。

今藤洋子、笹野鈴々音、太田善也など、舞台版と同じキャストも、引き続き映画版に出演しています。

映画『はるヲうるひと』のあらすじとネタバレ


(C)2020「はるヲうるひと」製作委員会

本土から離れた場所に位置する、ある島。

本土から、日に2度連絡船が出ているだけの、隔離されたこの島は、男は建設業、女は芸者や遊女を抱えている家「置屋」で働くしかないという、明日に希望を持てない毎日を送っていました。

また、この島では、新たに原発を建設する計画が立てられており、住民は補償金を目当てにした、抗議活動に力を入れています。

置屋「かげろう」で、呼び込みや遊女たちの世話をしている真柴得太。

教養が無く、純粋で短気な得太は、島の人からバカにされる対象になっていますが「かげろう」の遊女には、信頼され可愛がられています。

「かげろう」には、古株の遊女で姉御肌の桜井峯、勝気な性格のムードメーカー柘植純子、小柄で元気な癒し系の村松りりの3人がいますが、そこへ新たに、内気な性格の近藤さつみが加わります。

さつみは、「かげろう」で働くようになって以降、自身の唇が急激に腫れてしまった事で「性病ではないか?」と悩み、何度も薬を買いに薬局へ行っていました。

ですが、遊女である事を恥ずかしくて言えず、さつみは何も買わずに帰っていました。

「かげろう」には、得太の妹いぶきも住んでいますが、病気が原因で、身も心も何も感じなくなっており、精神的に荒んでいます。

いぶきは「かげろう」の遊女に酷い言葉を平気で発する為、遊女たちには嫌われています。

ですが得太だけは、たった1人の妹であるいぶきに寄り添っていました。

ある時、買い物に行った得太が「かげろう」に戻って来ると、現在の「かげろう」を取り仕切っている、真柴哲雄が来ていました。

哲雄は、得太といぶきの兄になりますが、粗暴な性格で、得太といぶきを目の敵にし、遊女たちを暴力と恐怖で支配しています。

その日、得太が1人も「かげろう」に客を連れて来ていなかったことを知った哲雄は、得太の両手を火鉢の中に突っ込みます。

「かげろう」から立ち去る哲雄を、得太は恐怖に満ちた目で見ていました。

以下、赤文字・ピンク背景のエリアには『はるヲうるひと』ネタバレ・結末の記載がございます。『はるヲうるひと』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。


(C)2020「はるヲうるひと」製作委員会

さつみは純子から、哲雄が得太といぶきを目の敵にしている理由を聞きます。

哲雄と、得太といぶきは腹違いの兄弟でした。

哲雄の父親は、愛人だった得太といぶきの母親と共に心中し、ショックから狂った哲雄の母親も、後を追うように自ら命を絶ったのです。

得太といぶきの母親が遊女だった事から、哲雄は、自分から母親を奪った得太といぶき、そして遊女たちを目の敵にしているのです。

ある時、得太は、子供の頃の自分の幻影と出会います。

子供の頃の得太の幻影は、哲雄の父親と得太の母親が命を絶った家に向かった為、得太も家の中に入って行きます。

そこでは哲雄と峯がいて、峯が哲雄の性欲の処理をしていました。

その光景にショックを受けた得太でしたが、哲雄は表情を一つも変えずに得太を自宅に誘います。

得太は哲雄の自宅で、哲雄の奥さんと娘の手料理をご馳走になります。

哲雄は「これが真っ当だ」と語り、得太といぶき、そして「かげろう」の遊女たちは「真っ当からは程遠い存在」「嘘で生きる中身の無い虚ろ」と罵ります。

島では、原発建設に関する住民の、反対運動が過激になっていました。

その反対運動を先導してるのが哲雄で、原発建設の責任者に圧力をかけるようになります。

一方「かげろう」には、ベトナム人のユウという常連客が来るようになっていました。

「愛を探している」と語るユウは、りりを紹介され、りりに恋心を抱くようになります。

ある夜「かげろう」の遊女たちとユウは、食事をしていました。

食事を終えたさつみが、自分の部屋に戻ろうとした際、哲雄がいぶきを強姦している現場を目撃します。

哲雄は峯に責められますが、哲雄は「お前が、俺の愛人になろうとしたからだ」と冷たく言い放ちます。

峯は哲雄の愛人になる事で、今の現状を変えようと考えていましたが、哲雄は「お前らでは無理だ、何も変わらない」と罵ります。

そこへ、得太が帰ってきます。

遊女たちから状況を聞いた得太は、哲雄を刺そうとします。

ですが、哲雄を刺せない得太は、突然泣き崩れ、困惑した様子でこれまで秘密にしていた両親の死の真相を語り始めます。

実は、哲雄の母親と得太といぶきの母親は愛し合っており、その現場を何度も得太は見ていました。

その関係に耐えられなくなった、得太たちの父親が、2人を殺害した後に、命を絶ったのです。

殺害現場を目撃した得太は、父親から「この事は誰にも言うな」と約束させられた為、今まで黙っていたのでした。

「自分は母親から愛されていなかった」と悟った哲雄は、ショックを受け「お前も俺もハナクソだ」と呟きます。

ですが、その現場にいたユウは「愛を知らないなら、ハナクソ以下だ」と語ります。

その出来事から月日が過ぎ、ユウとりりが、結婚する事になりました。

結婚式が行われた集会場にいた得太は、いぶきから「人間全員が歯に見える」と聞かされ「歯だ!歯」と連呼し、2人は笑い合います。

薬局で働いているユウは、さつみが何度も薬局を訪れては、何も買わずに帰って行った事を思い出し「あなたの目的は何だったんだ?」と聞きます。

さつみは、笑顔で手を差し伸べ「私、春を売る人やってます」と答えるのでした。

映画『はるヲうるひと』感想と評価


(C)2020「はるヲうるひと」製作委員会
架空の島を舞台に、そこで生きる腹違いの兄妹と、置屋「かげろう」の遊女など、周囲の人々の人間ドラマを描いた、映画『はるヲうるひと』。

近年コメディーのイメージが定着した、佐藤二朗が原作と脚本、監督を務めた本作ですが、かなりシリアスな内容となっており、作品からは何とも言えない、閉塞感が溢れています。

まず、舞台となっている島ですが、本土から日に2回の連絡船が来るだけという、閉ざされた印象のある場所となっています。

この島では、男は建設業で働き、女は置屋で遊女になるしかないという、将来の選択の余地が無い場所でもあります。

さらに、遊女同士の会話は、さまざまな方言が飛び交っており、独特の雰囲気を生み出しています。

この島が日本の何処にあるのか?すら分かりません

得太といぶきが本土を眺めながら「島が、どんどん本土から離れている気がする」という台詞から、同じ日本でありながら島の住人からすると、本土は遠い場所で、別世界に感じている事が分かります。

しかし、島に原発の建設計画が立ち上がるあたり、この島は「日本の負の部分」を押し付けられた印象もあります。

この閉塞感のある島で生きる、3人の兄妹の物語が本作の主軸になるのですが、特徴的なのは、3人ともどこか壊れてしまっているということです。

まず、本作の主役である得太は、純粋で喧嘩っ早い性格ながら、泣き虫という、言わば憎めない奴なのですが、腹違いの兄である哲雄に、身も心も支配されています

それでも、実の妹のいぶきには、心配をさせないように優しく寄り添う辺りなど、本当に優しい男です。

得太の妹いぶきは、病気で何も感じない体になってしまったうえに、お酒に溺れてしまっています

いぶきは「かげろう」の遊女に「あなたたちは、お金を稼ぐための道具」と平気で言い放つなど、心も壊れてしまった印象です。

そして、得太といぶきの腹違いの兄である哲雄。

得太といぶき、そして「かげろう」の遊女たちを暴力で支配している哲雄は、得太たちを「中身が空っぽの虚ろ」と罵り、目の敵にしている男です。

哲雄は、自らを「真っ当な人間」と語り、マイホームを建て、幸せな家族を作り上げています。

哲雄が得太に「真っ当な生活」を見せつける為に、マイホームに招待する場面があるのですが、この場面が作品全体を通すと、かなり不自然な印象を受けます。

「真っ当な生活」を作り出す為、哲雄は反対運動を先導し「かげろう」の遊女たちを支配しているという、汚れ仕事も平気で行っており、本作の登場人物の中で、一番真っ当から程遠い存在が哲雄です。

前述した、哲雄のマイホームも幸せな家族も、真っ当に固執している哲雄の「幻想のようなもの」なのです

本作のクライマックスで、得太に両親の死の真相を聞かされたことにより、哲雄はそれまで大事に守って来た、真っ当が崩れ去ります。

そして、その後の、ユウとりりの結婚式が描かれた場面では、全員が生きる事に前向きになっており、哲雄が否定していた「変化」が訪れています。

この結婚式の場面では、哲雄が出てきませんが、峯と純子の「あの人は脂が抜け落ちた」という会話から、哲雄から以前のように、暴力による支配を受けていないことが分かります

「真っ当」という幻想が崩れた哲雄は、無気力になったのか?優しくなったのか?定かではありませんが、確実に変化があったという事です。

ユウとりりの結婚式で、穏やかな表情を浮かべて笑い合う、得太といぶきからも、哲雄の変化は読み取れます。

閉塞感の漂う島で、壊れた兄妹たちの人間ドラマというと、救いの無い物語のように感じるかもしれませんが、本作で描かれているのは「ほんの少しの希望」です。

「ほんの少しの希望」とは、大きな障害は残ったままなのですが「それでも明日も生きてみよう」と思える希望で、佐藤二朗は「そこにドラマを感じる」とインタビューで語っています

職業選択の自由すら無い、希望が見えない島でも、いくらでも人は変われるし、そこに希望を見出すことができるのです。

逆に「真っ当な人生」という幻想に捉われた哲雄こそが、一番弱く、何も変えられないまま生きてきたのです。

自分の弱さを受け入れることが、変化の始まりで、大事なのは今の自分を受け入れること

そのメッセージを観客に伝える役割を担っているのが、新人遊女のさつみです

本作のラストシーンでは、それまで遊女であることに恥を感じていたさつみが、自らの現状を受け入れ、笑顔になります。

『はるヲうるひと』という本作のタイトルは、このラストシーンに直結するのですが、映画の締めくくり方も含め、鑑賞後は、なんとなく清々しい気持ちになる作品でした。

まとめ


(C)2020「はるヲうるひと」製作委員会

コメディーのイメージが強い、佐藤二朗が脚本と監督を務めた本作は、イメージとは真逆のシリアスな作品でした。

佐藤二朗は本作で、哲雄を演じているのですが、哲雄が登場する場面は全て緊張感に溢れており「怖い佐藤二朗」を堪能できる作品でもあります。

本作では佐藤二朗だけでなく、他の出演者も、これまでのイメージとは違うキャラクターを演じています。

主人公の得太を演じる山田孝之も「喧嘩っ早い泣き虫」という、これまでとは違う演技を見せていますし、仲里依紗も、心が壊れてしまった、いぶきというキャラクターを、独特の雰囲気で表現しています。

また、姉御肌の遊女、峯を演じる坂井真紀は、峯の内面の弱さを繊細に演じていますし、ムードメーカーの純子を演じた今藤洋子や、癒し系のりりを演じた笹野鈴々音は、舞台版でも同じ役を演じており、当て書きのようです

佐藤二朗の「俳優のいい芝居が観たい」という想いも込められている『はるヲうるひと』は、登場人物全員が個性的で、魅力的な群像劇でもあります。

かなり過激な描写もある作品ですが、最後は希望を感じて清々しい気持ちになれますので、日本屈指の俳優が集結した本作で、監督佐藤二朗の、恐ろしさすら感じる「鬼才」ぶりを堪能してみてはいかがでしょうか?


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