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【ネタバレ】アンデッド/愛しき者の不在|あらすじ感想と評価考察。原作小説から家族の喪失感を美しくも怖ろしく描く北欧ホラー

  • Writer :
  • 菅浪瑛子

愛しい人との別れを描く北欧ホラー『アンデッド/愛しき者の不在』

息子を亡くしたばかりのアナとその父マーラーは悲しみに暮れる日々を送っていました。

そんな時、墓地で微かな音を聞いたマーラーは、墓を掘り起こします。すると亡くなったはずの孫が生き返っていました。

不思議な現象は街全体に起こり、失った家族が戻ってきた喜びを感じる一方で、還ってきた人々は、言葉も発さずその様子は明らかに生前のものとは違っていたのでした……。

ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストの小説『ぼくのエリ 200歳の少女』と同様に、彼の同名小説を映画化。

現代のオスロを舞台に、大切な家族を亡くした人々の喪失感を静かで美しくも恐ろしいホラーとして描き上げました。

監督を務めたのは、本作が初長編作となるテア・ビスタンダル。

映画『アンデッド/愛しき者の不在』の作品情報


(C)MortenBrun

【日本公開】
2025年(ノルウェー・スウェーデン・ギリシャ合作映画)

【原題】
Handtering av udode

【原作】
ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト

【監督】
テア・ビスタンダル

【脚本】
ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト、テア・ビスタンダル

【出演】
レナーテ・レインスベ、ビョルン・スンクェスト、ベンテ・ボシュン、オルガ・ダマーニ、アンデルシュ・ダニエルセン・リー、バハール・パルス、イネサ・ダウクスタ、キアン・ハンセン

【作品概要】
『ぼくのエリ 200歳の少女』『ボーダー 二つの世界』の原作小説で知られるヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストの同名小説を映画化。ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストがテア・ビスタンダル監督と共に共同脚本も手掛けています。

わたしは最悪。』(2022)で第74回カンヌ国際映画祭で主演女優賞を受賞したレナーテ・レインスベは子供を失ってうつ状態にある女性を演じました。また、『わたしは最悪。』(2022)にも出演していたアンデルシュ・ダニエルセン・リーや、『ハロルドが笑う その日まで』(2016)のビョルン・スンクェスト、『幸せなひとりぼっち』(2016)のバハール・パルスらが出演。

映画『アンデッド/愛しき者の不在』のあらすじとネタバレ


(C)MortenBrun

現代のオスロ。息子・エリアスを亡くした悲しみに暮れるアナとその父・マーラー。

マーラーは、エリアスの墓地で佇んでいました。するとオスロの街全体に停電が起き、異様な空気が包み込みます。

マーラーは、微かな音を聞き、墓を掘り返し、エリアスを抱き抱えて家に帰ります。仕事から帰ってきたアナは、悲しみのあまり自分の顔にラップを巻きつけて息子の元に行こうとします。

物音に気づいたマーラーが慌ててラップを剥がし、アナは息を吹き返します。そんなアナは、エリアスが帰ってきたことに歓喜の涙を浮かべます。

しかし、エリアスは反応するものの声を発することはありません。そこに警察がやってきます。エリアスと同様に街では亡くなった人が生き返るという現象が起きていました。

警察から逃れるため、マーラーとアナはエリアスを連れて人気のない別荘に向かいます。

亡くした人と再会した喜びを感じていたのは、アナたちだけではありませんでした。長年連れ添った恋人・エリーザベトを亡くした老婦人・トーラの元にも恋人が帰ってきました。

亡くなったエリーザベトは以前のように話したりはせず、無反応です。それでもエリーザベトが帰ってきて、以前のように共に過ごせることに喜びを感じています。

また、フローラとキアンの母・エヴァは交通事故で亡くなり、夫のダヴィッドは病室でエヴァの遺体と対面します。しかし、その数時間後にエヴァは生き返り、ダヴィッドは困惑します。

医師も何が起こっているのか分からないと言います。一体オスロの街に何が起きているのでしょうか。

以下、赤文字・ピンク背景のエリアには『アンデッド/愛しき者の不在』ネタバレ・結末の記載がございます。『アンデッド/愛しき者の不在』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。


(C)MortenBrun

穏やかな日を過ごしていたトーラとエリーザベトでしたが……翌朝、エリーザベトに噛みつかれてトーラは絶命します。

同じく、ダヴィッドは2人の子供を連れてエヴァの病室を訪ねます。フローラはエヴァの異様な雰囲気に戸惑い、そばに行こうとせず、エヴァを見つめていました。

キアンは誕生日プレゼントに貰ったうさぎを持ってエヴァに話しかけます。エヴァは言葉を話すことはしませんが、うさぎに反応します。エヴァにうさぎを渡すと凄い力で掴み、ダヴィッドが取り上げようとしても離しません。

そのままエヴァはうさぎを締め殺してしまいます。かつてのエヴァではないことをまざまざと実感するのでした。

一方で、マーラーは、以前のように戻れると、エリアスを歩かせようとします。しかし、アナは無理させないようにと怒ります。

マーラーは怒って水を汲みに外に出て行きます。その後、物音がしてアナが外を見ると見知らぬ人が外にいます。嫌な予感がしたアナは、エリアスを抱き抱えて家の鍵を閉めます。

そこにマーラーが帰ってきます。「外に誰かいる、家に帰ろう」とアナが言うとマーラーは、その人物に向かって殴りかかりに行きますが、返り討ちにあい、噛みつかれてしまいます。

アナはエリアスを抱いて逃げ出しますが、そんなアナにエリアスが噛みつこうとします。アナはボートに乗り漕ぎ出します。

そしてエリアスを見つめ、「またどこかで会える」と言ってエリアスを湖の中に沈めるのでした。

映画『アンデッド/愛しき者の不在』の感想と評価


(C)MortenBrun

突如、死者が蘇り、果てには生者を襲うという点で本作はゾンビ映画のジャンルに属しているといえますが、ジャンル映画ではない、静謐な映画になっています。

ゾンビ映画は、儀式によって死者が蘇ったり、何かの薬や人体実験によってゾンビが発生するという設定が多く見られますが、本作はなぜ死者が蘇ったのかについては全く説明されません

それだけではなく、3つの家族と蘇った死者の物語が展開されていきますが、その家族の背景も多くは語られません。

主軸になっているアナと息子のエリアスの物語において、エリアスがなぜ亡くなったのかついても説明されることはありません。

また、エリアスの生前の姿が回想で描かれることもなく、写真で映し出されるのみです。

様々な情報を排除し、本作が見つめているのは近しい人の死に直面した人々の喪失感です。

もう一度だけでも会えたら、あと1日だけでも……。近しい人の死を受け入れられず、思わずそう願ってしまう気持ちは共感できるものでしょう。しかし、本当に生き返ったら、人はどうするでしょう。

戸惑いと喜びと、言葉にならない感情。一方で、本当に生き返ったのは自身が知っていた、生前のその人なのか?という疑問もあるでしょう。

本作においては、亡くなった姿のまま生き返り、一言も喋らない姿に、側から見てもどこか異常な姿というのは分かります。

生前の姿とは変わってしまった人をかつてのように愛せるでしょうか。

死を受け入れられないあまり、祖父のマーラーは変わってしまった孫を抱き、元通りになると信じ込んでいます。

一方でアナは、息子と再会できた喜びを感じつつもそれが以前の息子とは違うこと、もう戻れない、エリアスは死んでしまったことを頭では分かっている様子でした。

だからこそ、このままずっとそばにいたいと思いつつも、きちんと死を受け入れエリアスと別れる選択を最後にするのです。

それは、母・エヴァを失った家族もそうでした。死者が生き返るわけがないと、母に対し困惑する姿が描かれ、そこには生き返ったことを喜んでいる姿はあまり描かれていません。

事故によって突然失った直後に生き返ったことにより、様々な事態が突然として降りかかり、感情の整理がつかないことも大きいのかもしれません。

死者が蘇るという異常事態が起きても、パニック映画のような展開にはならず、淡々と日常の延長線の中で人々がその事態と向き合い、整理のつかぬ感情と向き合う姿は、ゾンビ映画でありますが、ヒューマンドラマのような重厚さもあります。

そのような空気感は『ぼくのエリ 200歳の少女』(2008)、『ボーダー 二つの世界』(2019)のような北欧ホラーともつながるものでしょう。

まとめ


(C)MortenBrun

愛しい人と別れを静かに見つめ描き出した映画『アンデッド/愛しき者の不在』。

多くを語らない本作において、『わたしは最悪。』(2022)レナーテ・レインスベは、息子を失った喪失感を抱える母親を演じています。

息子の父親となる人物は登場せず、劇中で言及されることもありません。父親と小さなマンションの一室で暮らしています。

しかし、アナと父・マーラーとの間には会話という会話もなくアナは仕事をすることで喪失感を忘れようとしている印象を受けます。

一方でマーラーは悲嘆に暮れ、孫の墓の前で悲しみに沈んでいます。もう一度会いたい、なぜ亡くなってしまったのか、そんなマーラーの祈りに応えるかのようにエリアスは蘇ります。

死者が蘇るということが、本作における大きな展開ではありますが、蘇るまでの喪失感を抱えた人々の生活を時間をかけて丁寧に紡ぎます

また、エヴァと家族に関しては、亡くなるまでの家族関係を丁寧に描き突然の死、さらにそこから蘇るという異常事態に直面した人々の動揺が描かれています。

そのように、全体を通して説明の少ない映画ではありますが、丁寧に紡がれた日常が、人々の感情の説得力にもなっています



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