連載コラム「シネマダイバー推薦のNetflix映画おすすめ」第132回
深い森に、切り立った断崖に囲まれた海。ノルウェーと言えばだれもが豊かな自然をイメージするでしょう。そんな風土を背景に様々な映画が作られてきました。
その中にはホラー映画、モンスター映画もあります。Netflixで配信された本格的なスケールで描かれた作品『トロール』(2022)は、その奇抜な設定が話題になりました。
今、様々なホラー・ファンタジー要素を持つ作品を放っているノルウェー映画界。今回ご紹介する『ヴァイキング・ウルフ』も、世界中のジャンル映画ファンの熱い注目を集めている作品です。
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CONTENTS
映画『ヴァイキング・ウルフ』の作品情報
【配信】
2023年(ノルウェー映画)
【原題】
Vikingulven / Viking Wolf
【監督・脚本】
スティグ・スベンセン
【脚本】
エスペン・アウカン
【出演】
エリ・リアノン・ミュラー・オズボーン、リーブ・ミョーネス、アルトゥル・ハカラフティ、ミア・フォッサウ・ラウバッヘル、ヴィダル・マグヌッセン、シュール・ヴァトネ・ブレアン、オイヴィンド・ブランツェ
【作品概要】
移り住んだ街で異様な殺人事件の目撃者となる17歳の少女。やがて彼女は、不思議な幻覚や渇望に翻弄されるようになりました。犯人は獣?それとも…。
監督・脚本はソリッド・シチュエーションスリラー映画『エレベーター』(2011)を監督したスティグ・スベンセン。脚本のエスペン・アウカンは、『トロール』の脚本にも参加しています。
主演は『ウトヤ島、7月22日』(2018)のエリ・リアノン・ミュラー・オズボーン。また『ミッドサマー』(2019)のリーブ・ミョーネス、『エスケープ ナチスからの逃亡』(2019)のアルトゥル・ハカラフティらが共演しています。
映画『ヴァイキング・ウルフ』のあらすじとネタバレ
1050年、ノルマンディーに略奪に向かったヴァイキングは、ある修道院で隠された小部屋を見つけました。修道士たちが止めるのも聞かず、ヴァイキングたちはその扉を打ち破ります。
その部屋には金銀財宝では無く”獣”が閉じ込められていました。自分たちが地獄の”獣”を解き放ったとは気づかず、ヴァイキングたちはそれを連れて故国に向かいました。
船が着く前にヴァイキングたちは全滅しており、到着した船から飛び降りた”獣は北欧の森に姿を消しました…。
それから約1000年後の現在。オスロから自然豊かな街ニボに家族と共に移り住んだ高校生のターレ(エリ・リアノン・ミュラー・オズボーン)は、友人のヨナス(シュール・ヴァトネ・ブレアン)から入り江に行こうと誘われます。
彼女は警官である母リーヴ(リーブ・ミョーネス)とその再婚相手の義父アルトゥル(ヴィダル・マグヌッセン)、口のきけない妹イェニー(ミア・フォッサウ・ラウバッヘル)と別れて入り江に向かいました。
入り江には地元の若者たちが集まっていました。まだ彼らと馴染めずにいたターレは、ヨナスが市長の娘エリンに誘われてその場を離れると、話し相手を失ってその場を離れます。
辺りが暗くなった頃、ターレはヨナスとエリンが言い争う姿を目撃します。物音がして彼女が再び2人に目をやった時にはヨナスの姿は無く、血にまみれたエリンが倒れていました。
慌てて駆け寄りエリンを助け起こしたターレは、何かに襲われて倒されます。目の前には血に染まったヨナスの姿があり、そして何者かに茂みに引きずられ姿を消したエリン。
事件を知った警察や記者が現場に集まり、その中にはリーヴの姿もありました。ショック状態のヨナスは何も話せず、目撃した娘のターレから何が起きたか聞き出して欲しいと同僚のエイラート(オイヴィンド・ブランツェ)に頼まれるリーヴ。
しかしターレも何が起きたか理解出来ずにいました。現場には血に染まったエリンのスマホが残されており、そしてリーヴは木に残された巨大な動物のかぎ爪を見つけます。
肩に傷を負ったターレが夢から目覚めた時、目の前に母リーヴがいました。改めて事件の事を尋ねられますが、何に襲われたか母に説明できないターレ。
警察は事件の犯人とエリンの行方を捜査するため、入り江に集まっていた若者たちの証言を集めます。しかしターレもヨナスも他の者と同様に、何に襲われたのか説明できません。
リーヴは娘の身を案じていましたが、ターレには今は無き実の父に対する母の態度に、今もまだわだかまりがあるようでした。
事件は狂暴なオオカミの仕業ではないかと危惧したリーヴは、同僚のエイラートに危険な野獣を狩るハンティング・チームを編成する必要性を訴えますが、それには確証が必要だと退けられます。
次の朝リーヴにエイラートから、森でエリンの遺体が見つかったとの連絡が入ります。無残に傷付けられた遺体は直ちに検死されますが、検視官はオオカミのものとは断言できないと語りました。
この傷は自分が見たオオカミのものとは異なる、そう語ってリーヴに肉食動物の専門家の連絡先を渡す検死官。
エリンの死を知らされ、動揺する母親の市長を前にして言葉を失うリーヴ。一方現場を訪れたターレは、森の中から自分の名を呼ぶ声に気付きます。彼女は森の中で何者かの姿を目撃しますが、再度目を向けた時にはその姿は消えていました。
その頃、ノルウェー獣医科大学の獣医ウィリアム(アルトゥル・ハカラフティ)は、上司からニボの警察に協力するよう指示されていました。オオカミの仕業はありえないと疑いつつ、興味を示して承諾するウィリアム。
ある日の夜、検死所の死体安置室に忍び込む男の姿がありました。同じ頃ターレのスマホにヨナスから話したいとのメールが届きます。
翌朝、ニボの警察署にラースと名乗る片腕の男が現れます。その男こそ検死所に現れエリンの遺体を見た男でした。リーヴに面会した彼は事件はオオカミ人間の仕業だ、自分は人狼を長年追っていると語りました。
彼は感染が広まる前に人狼を根絶やしにすべきと訴えます。話を信じず不謹慎な態度だと怒るリーヴに、自分はキャンプ場にいるから助けが必要なら連絡しろと告げ、これを使えと言い残し銀製の拳銃弾を渡すラース。
ヨナスと会ったターレは、共に事件の記憶から逃れられない苦しさを語り合います。しかし他の高校生達は、ターレはエリンを残して逃げたのだと言って心無い態度で彼女を責めます。
その言葉にショックを受けたターレは家に駆け戻ります。心配した母親に実父が亡くなるまでの期間、自分を放置されていた、と怒りをぶつけるターレ。
リーヴは家族で再出発するためにこの地に移ったのだと説明しますが、娘は納得しません。肩の傷を心配する母を振り切るとターレはベットに入ります。
奇妙な夢を見たターレが目覚めた時、寝室は乱れていました。寝坊したと気付き慌てて登校した彼女は突然不快な気分に襲われますが、そんな彼女にヨナスが声をかけました。
ニボの警察署を訪れた獣医のウィリアムは、エリンの遺体を見て1頭の大型の動物の仕業だと語り、リーヴが見つけたかぎ爪はオオカミの物で傷跡とも一致するが、オオカミの物にしては大き過ぎると説明します。
それでもオオカミの仕業との確証を得たので、ハンティング・チームを編成すると森に向かうリーヴとエイラート。
ハンター達は簡単にオオカミを仕留めるつもりでいました。同じ頃ターレは、授業で北欧神話の狼の姿をした怪物フェンリル(フェンリスウルフ)について説明されていました。
その時ターレは自分の聴覚が研ぎ澄まされ、敏感になっている事実に気付きます。さらに幻覚を見て動揺した彼女は、荷物を掴むと教室を後にします。
リーヴたちが猟犬の後を追って森を進んでいると、亡命を試みた密入国者でしょうか、野獣の犠牲となった無惨な死体を見つけます。この場所に2人のハンターを残してリーヴたちは先に進みました。
自分を詰る死んだエリンの幻覚を目撃したターレは学校を飛び出します。同じ頃森の中で、閉鎖された古い坑道を見つけたリーヴとハンターたち。
坑道の中にあったハシゴをリーヴが降りると、そこには新たな犠牲者の死体がありました。その時外から、死体の発見現場に残した2人のハンターの悲鳴が聞こえます。
2人を助けようとエイラートとハンターたちが行動しますが、彼らを追ってハシゴを昇ったリーヴが見たのは、オオカミと呼ぶにはあまりにも巨大な”獣”でした。
穴底に転落した彼女を追って”獣”が降り出来ます。リーヴは何発も拳銃を発砲し命中させますが、”獣は全く怯みません。
弾が尽きたリーヴは、拳銃にラースから渡された銀の銃弾を装填します。そして彼女は突進してくる”獣”に向け、それを発砲しました…。
映画『ヴァイキング・ウルフ』の感想と評価
北欧のモンスターと言えばトロール、トロールと言えばムーミントロール、あの「ムーミン」をイメージするのは、多分善良な人々でしょう。
一方ホラー映画ファンなら『ジェーン・ドウの解剖』(2016)を手掛けたノルウェーのアンドレ・ウーブレダル監督のモキュメンタリー映画『トロール・ハンター』以来、怪獣と化して大暴れするトロールの姿を思い浮かべるはずです。
その流れをくむ映画『トロール』やヨアキム・トリアー監督の『テルマ』(2017)、ゾンビ映画の快作(怪作?)トミー・ウィルコラ監督の『処刑山 デッド卍スノウ』(2007)に、その続編の『処刑山 ナチゾンビVSソビエトゾンビ』(2014)。
シリアスな作品からコメディまで、現在様々なホラー映画の秀作が誕生している北欧諸国の中でも今一番ユニークなジャンル映画を作り出しているのはノルウェーでしょう。そんなノルウェーから新たな「人狼ホラー映画」が誕生しました。
「人狼伝説」は北欧にも存在していますが、やはり童話に登場する「狼男」の本場はフランスにドイツです。映画などのメディアで「狼男」が活躍するようになってからは、イギリスとアメリカもその本場に加えるべきでしょうか。
では現代のノルウェーを舞台にした「人狼映画」である『ヴァイキング・ウルフ』は、どのような物語として描かれたのでしょうか。
疎外感を抱いた者の逆襲とそれがもたらす悲劇を描く
本作には現実に存在しない?…はずの”人狼”を追い続ける男、ラースが登場してフィクションの世界を説明する語り部になります。『ヴァイキング・ウルフ』の脚本を手掛けたエスペン・アウカンは、『トロール』でも同じスタイルを使用しています。
そしてラースの口を通じてノルウェーの地に住む人々を襲う”人狼”のルーツは、「狼男」の本場はフランスにあったと説明し、ホラーファンを満足させる設定を与えました。
本作の製作が発表された時、『ミッドサマー』でカルト集団の印象的な村人の1人、リーブ・ミョーネスが出演すると知ったファンは「フォーク(民族的)ホラーと狼男映画の融合する」と期待に胸を膨らませました。
実際に完成した映画は従来の狼男映画と同様に”人狼”と化していく自身に苦悩する主人公、エリ・リアノン・ミュラー・オズボーン演じる主人公ターレを中心に展開します。
実父を失い母とは気持ちがすれ違い、都会(オスロ)から田舎に移り住んだ結果学校でも孤立する。妹との仲だけが救いですが、この姿に多感な青春時代の孤独が描かれていました。
そういったストレスは彼女が”人狼”と化した結果、無慈悲で悲劇しかもたらさぬ激しい暴力の形で発散される、ホラー映画に繰り返し描かれてきた「疎外された若者の反撃」が存在します。
無論ターレ自身も”人狼”の被害者であり、全編を通して自分の運命に苦悩する悲劇の主人公でもあります。それでも彼女がもたらした暴力はあまりにも圧倒的で、取り返しのつかないものでした。
日本だけでなく世界各国で、自らを疎外された孤独な存在と感じる人物の起こすテロ行為や、無差別殺人が社会問題化しています。
ノルウェーで起きた悲劇的な事件、2011年の”ノルウェー連続テロ事件”を映画化した『ウトヤ島、7月22日』に出演したエリ・リアノン・ミュラー・オズボーンの本作への起用も、こういった社会背景と狼男映画の融合を意図したものではないかと思われます。
現代の人狼を演じきった若手女優に注目
2001年生まれのエリ・リアノン・ミュラー・オズボーンは『ウトヤ島、7月22日』の翌年の映画、『Psychobitch』で初主演を経験します。この映画はトンデモないタイトルから想像できる通り、クラスの変わり者女子を主人公にした青春映画です。
ある意味本作主人公と似たキャラクターを演じた彼女は、2021年のインタビューで『Psychobitch』に出演していた当時と、現在の自分を比較して「17歳の時は敏感だったが、今の私はそれほど敏感では無いと思います」と語っています。
10代の頃に知りたかったが、今は知っている事はありませんかと聞かれた彼女は、「世界は自分を中心に回ってはいないと気付いた事です」「そして周囲の人々がどう受け止めようが、100%自分らしくあるべきだ、との思いです」と答えました。
インタビュー当時撮影中だった『ヴァイキング・ウルフ』の役柄について、『Psychobitch』の主人公と同じく街の新顔であり個性的な、少し変わった人物という点が似ており、2人はきっと友達になれると話したエリ・リアノン・ミュラー・オズボーン。
吸血鬼や人狼を演じるのが夢だった、と語る彼女は鑑賞した狼男映画として『トワイライト』シリーズ(2008~)を挙げています。流石21世紀生まれのℤ世代のチョイスでしょうか。
そして『ヴァイキング・ウルフ』と似た映画としてジョン・ランディス監督の『狼男アメリカン』(1981)を挙げました。この発言には年配のホラー映画ファンも納得するでしょう。
まとめ
“人狼”と化す少女の運命を通して青春の疎外感がもたらす痛みを描き、それに対する逆襲が凄惨な結果をもたらす光景を映画『ヴァイキング・ウルフ』。
将に現在の社会を背景に誕生した狼男映画と呼べるでしょう。この目的に合うよう、人体破壊描写はそれなりに過激ですからファンはご注目下さい。
なお主人公は女子高生ですが、恋愛・性的要素は控え目です。それがメインテーマになりがちな吸血鬼映画と、狼男映画との大きな違いの1つでしょうか。
それだけに本作は、周囲に馴染めず怒りを抱えた少女の苦悩に焦点を当てた”作品と評する事が可能になりました。しかし望まずに人狼と化した彼女は悲劇をもたらし、彼女自身も悲劇的な最期を迎える…?、これぞ狼男映画と呼べるでしょう。
以上のようなテーマを持つ本作の主人公の姿に、『ウトヤ島、7月22日』以降の自身の出演経歴と自らの成長を重ねた女優、エリ・リアノン・ミュラー・オズボーンの今後の活躍にご注目下さい。
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