イギリス老夫婦の実話を描く名優マイケル・ケイン引退作
2度のオスカー受賞経験を持つイギリスの名優たちが贈る映画『2度目のはなればなれ』が2024年10月11日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国順次ロードショーされます。
89歳の退役軍人が、ノルマンディー上陸作戦70年記念式典に参加するため、老人ホームを抜け出した実話を基としたヒューマンドラマの見どころをご紹介します。
映画『2度目のはなればなれ』の作品情報
【日本公開】
2024年(イギリス映画)
【原題】
The Great Escaper
【監督】
オリバー・パーカー
【製作】
ロバート・バーンスタイン、ダグラス・レイ
【脚本】
ウィリアム・アイヴォリー
【撮影】
クリストファー・ロス
【美術】
キャティ・マクシー
【編集】
ポール・トシル
【音楽】
クレイグ・アームストロング
【キャスト】
マイケル・ケイン、グレンダ・ジャクソン、ジョン・スタンディング、ダニエル・ビタリス、ビクター・オシン
【作品概要】
2014年7月に、89歳のイギリス退役軍人バーナード・ジョーダンが、フランスで開催のノルマンディ上陸作戦70年記念式典に参加するために高齢者施設を抜け出したという実話を描くヒューマンドラマ。本国イギリスでは、興行収入10億超えの大ヒットを記録しました。
バーナード役を『ハンナとその姉妹』(1986)、『サイダーハウス・ルール』(1999)で2度オスカーに輝き、約70年に渡り180本以上の映画に出演してきたマイケル・ケイン、その妻レネ役を『恋する女たち』(1969)、『ウィークエンド・ラブ』(1974)で同じく2度オスカーに輝くグレンダ・ジャクソンがそれぞれ扮します。
ケインは本作で俳優引退を表明し、ジャクソンは全英公開を控えた2023年6月15日に、87歳で逝去しています。
監督は『シンクロ・ダンディーズ!』(2019)、『理想の結婚』(2000)のオリバー・パーカー。
映画『2度目のはなればなれ』のあらすじ
2014年、夏。イギリス海峡沿いにある町ブライトンの高齢者施設に夫婦で暮らすバーナード(バーニー)とレネは、互いに寄り添いながら人生最期の日々を過ごしていました。
そんなある日、バーニーは誰にも告げることなく、フランスのノルマンディーで開かれるDデイ上陸作戦70周年記念式典に向かいます。捜索する警察のSNS投稿をきっかけに、世界中で大きなニュースとなります。
2人が離ればなれになるのは、今回が人生で2度目。決して離れないと誓っていたバーニーがレネを置いて旅に出た理由とは――。
映画『2度目のはなればなれ』の感想と評価
拡散された“偉大なる脱走者”
1944年6月6日、フランスのノルマンディー海岸で決行された上陸作戦。「Dデイ」と呼ばれるこの作戦は、第二次世界大戦において勝機が連合国側に大きく傾いた分岐点となりました。
この作戦から70年目の2014年6月6日に、元戦地ノルマンディーで各国首脳の列席のもと記念式典が開かれることに。しかしその数日前に、遠く離れたイギリスの町ブライトンの高齢者施設を無断で抜け出した89歳の男性バーニー・ジョーダンがいました。
70年前のDデイでイギリス海軍下士官だった彼は、フェリーに乗り込みドーバー海峡を渡ってノルマンディーを目指したことが判明。
捜査にあたった警察は、SNSのツイッター(現:X)でハッシュタグ「#TheGreatEscaper」を付けて行方をツイートします。
“脱獄もの”映画のクラシックとして名高い『大脱走』(1963)の原題(The Great Escape)をもじったこのハッシュタグは瞬く間に拡散。ところがスマホを持たずSNSとも縁遠いバーニーは、自分が一躍時の人となっていることを知りませんでした。
エグゼクティブ・プロデューサー兼マネージング・ディレクターのキャメロン・マクラッケンは、バーニーがDデイの記念式典に1人で足を運んだのはもちろんのこと、彼を通して戦争と老いることの現実を美化する世界中のメディアの反応に興が乗り、この騒動を映画化しようと企画。
映画ではノルマンディーに向かうバーニーの旅路と並行して、戦時中のフラッシュバックを用いての妻レネとの愛のはじまりを描いていきます。
不朽の夫婦愛と戦争の語り部
突如として姿を消したバーニーと、彼の帰りを待つレネのジョーダン夫妻を演じるため、レジェンド俳優が揃いました。
バーニー役は2度のオスカー歴を誇るマイケル・ケイン。近年は「ダークナイト」トリロジー(2005~12)や『インターステラー』(2014)、『TENET テネット』(2020)などクリストファー・ノーラン監督作の常連でしたが、2022年に俳優業から身を引き、ノーランの『オッペンハイマー』(2023)のオファーも断っていました。
本作のオファーも一旦は固辞するも、脚本を受け取った当時のケインが89歳、そして実際のバーニーがノルマンディーに渡った年齢も89歳という奇縁と、中盤での、ストーリーに“並外れた深み”を与えるシーンに感銘を受けたのが、出演の決め手となりました。
かたやレネ役のグレンダ・ジャクソンも、『恋する女たち』(1969)、『ウィークエンド・ラブ』(1974)で2度オスカーに輝いており、50代で政界入りし80歳を機に女優業にカムバックした経歴の持ち主。実はケインとは『愛と哀しみのエリザベス』(1975)以来、およそ50年ぶりの夫婦役となります。
軽快な会話を交わすバーニーとレネの関係は観ていて実にチャーミングですが、ジャクソンとの久々の共演についてケインは、「2人とも精神的には歳を取っていないから、以前とまったく同じでした。僕たちは今でも若く、楽しく、大笑いしましたよ」と振りかえります。
本作は長年連れ添った夫婦愛を描く一方で、戦争との向き合い方にも捉えています。
実際に戦争に赴いた兵士の中には、当時の記憶を掘り起こしたくない人もいます。本作の監督オリバー・パーカーの父親も、第二次大戦時のビルマ(現・ミャンマー)で大尉に就いていましたが、2人の兄弟(パーカー監督にとっての伯父)を亡くしてしまい、多くのことを話そうとしなかったのだとか。
しかしパーカー監督は語ります。「戦争の話とは語り継ぐべきものなのです」
年月を追うごとに、その数が減っている元兵士たち。それはひいては、戦争という過ちを繰り返さないための語り部も減っていることと同じ。
「この映画は戦争を美化しているのではなく、そこで戦った老人たちを讃えている」と語るケイン。敵対国だった兵士も、年老いた現在は同じトラウマを抱える者同士。そんな大きな代償を払ってしまった彼らを責めることなどできません。
そうした、パーカー監督を筆頭とするスタッフの思いは、ケインが本作出演を決めたという“並外れた深み”のシーンに表れているといえます。
ちなみに本作ではバーニー以外にも、やはり第二次大戦で空軍パイロットだったアーサーや、元アフガン戦争兵でフェリー従業員のスコットといった面々も登場します。彼ら退役軍人が抱える、PTSDのメンタルケアというシビアな問題に触れているのも特筆すべき点です。
まとめ
バーニーとレネの2人にとって、“最初のはなればなれ”となったDデイ。そして70年後のDデイに、“2度目のはなればなれ”が訪れます。
なぜバーニーは、再びノルマンディーへと向かったのか? そして、彼を待ち続けるレネの思いとは?
本作をもってケインは正式に俳優引退を表明。そしてジャクソンは、本国イギリスで公開直前の2023年6月15日に亡くなりました。
名優たちが最後に織りなす、切なくも清々しい夫婦の追憶を、是非ともご堪能下さい。
映画『2度目のはなればなれ』は2024年10月11日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国順次ロードショー。
松平光冬プロフィール
テレビ番組の放送作家・企画リサーチャーとしてドキュメンタリー番組やバラエティを中心に担当。主に『ガイアの夜明け』『ルビコンの決断』『クイズ雑学王』などに携わる。
ウェブニュースのライターとしても活動し、『fumufumu news(フムニュー)』等で執筆。Cinemarcheでは新作レビューの他、連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』『すべてはアクションから始まる』を担当。(@PUJ920219)