連載コラム『すべての映画はアクションから始まる』第49回
日本公開を控える新作から、カルト的に評価された知る人ぞ知る旧作といったアクション映画を時おり網羅してピックアップする連載コラム『すべての映画はアクションから始まる』。
第49回は、1979年公開のクリント・イーストウッド主演作『アルカトラズからの脱出』。
サンフランシスコ湾に浮かぶアルカトラズ島内にある、難攻不落の刑務所から脱走を試みた囚人たちの実話を描いた緊迫ドラマを、ネタバレありで解説します。
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映画『アルカトラズからの脱出』の作品情報
【日本公開】
1979年(アメリカ映画)
【原題】
Escape From Alcatraz
【製作・監督】
ドン・シーゲル
【製作総指揮】
ロバート・デイリー
【原作】
J・キャンベル・ブルース著『アルカトラズからの脱出――さらば連邦刑務所』
【脚本】
リチャード・タッグル
【撮影】
ブルース・サーティース
【編集】
フェリス・ウェブスター
【音楽】
ジェリー・フィールディング
【キャスト】
クリント・イーストウッド、パトリック・マクグーハン、ロバーツ・ブロッサム、ジャック・チボー、フレッド・ウォード、ポール・ベンジャミン、ラリー・ハンキン、ブルース・M・フィッシャー、フランク・ロンチオ、ドン・シーゲル(カメオ出演)
【作品概要】
1960年初頭に、アメリカ・サンフランシスコ湾内のアルカトラズ刑務所から脱獄したフランク・モリスを含む3人の男の実話を綴ったノンフィクションを、『ダーティハリー』(1972)のドン・シーゲルが映像化。
シーゲルとは『マンハッタン無宿』(1969)、『ダーティハリー』などでコンビを組んできたクリント・イーストウッドがモリス役を演じ、テレビドラマ『プリズナーNo.6』(1967~68)のパトリック・マクグーハン、『レモ/第1の挑戦』(1986)のフレッド・ウォードらが脇を固めます。
脚本を後年のイーストウッド主演作『タイトロープ』(1984)で監督デビューしたリチャード・タッグル、音楽を『ガントレット』(1976)のジェリー・フィールディングがそれぞれ担当。
映画『アルカトラズからの脱出』のあらすじ
1960年1月20日の深夜、1人の囚人フランク・モリスが、アルカトラズ島内の連邦刑務所へ護送されてきます。
刑務所長ウォーデン管理の下で厳重な警備体制がとられるこの刑務所は、脱獄できても一面がサンフランシスコ湾に囲まれており、さらに潮の流れが早いために泳いで本土に逃げることは不可能とされていました。
高い知能指数を活かし、幾度となく脱獄をしてきたモリスを所長室に呼びつけて警告するウォーデン。ですが、モリスは隙を突いて爪切りを盗みます。
所内図書館の係員に配属されたモリスは、同じく係員で黒人囚人グループのボス格のイングリッシュ、ネズミをペットにしているリトマス、そして絵を描くのを趣味とするドクといった囚人たちと会話を交わすように。その一方で、入所早々に乱闘騒ぎを起こして以来、粗暴な男ウルフに付け狙われます。
ある日、モリスは潮風による施設の老朽化で独房の通気口が脆くなっていることに気づきます。隣の独房に来た饒舌な囚人チャーリー・バッツを囲い、看守が近づいてきたら合図してもらいつつ、夜の消灯時間に爪切りで穴を空ける作業を日々くり返します。
そんな中、ドクが自分の肖像画を無断で描いていたことが気に入らなかったウォーデンが絵画道具を没収。絶望したドクは、作業場で指を斧で切断してしまいます。
やがて、別の刑務所で顔見知りだったクラレンスとジョンのアングリン兄弟と再会したモリスは、チームを組んで脱獄計画を進めることに。図書館で仕入れた新聞紙に色を塗って通気口や自分の頭部のダミー人形を作り、兄弟たちが作業場から盗んできたシートで浮袋を作っていきます。
モリスもまた、食堂から盗んだスプーンを加工して道具を作り、掘削作業を続けます。
アイテム作成は脱獄への執念
刑務所からの脱獄を企てる囚人を描く、“脱獄(プリズン)もの”映画。『俺たちは天使じゃない』(1955)、『穴』(1960)、『大脱走』(1963)、『パピヨン』(1973)、『ミッドナイト・エクスプレス』(1978)などなど、同種の先行作品を挙げるとキリがありません。
脱獄ものの醍醐味は、主人公が知力、体力、そして不屈の精神力をどう活かすかにあります。分かりやすい例が、刑務所内の道具を駆使してアイテムを作るというパターンでしょう。
『抵抗(レジスタンス)-死刑囚の手記より-』(1956)ではスプーンで作ったナイフでベッドをロープに仕立てて脱獄を図りましたが、本作『アルカトラズからの脱出』では爪切りで壁を掘り、紙でダミー人形や通気口の模造を作るという大胆な手段に出ます。
本作の主人公で実在人物のフランク・モリスは、引っ込み思案な性格で満足な教育を受けていなかったものの、IQ133という高い知能指数を持っていたと云われています。「何としても脱獄してやるぞ」という強い執念が創意工夫となり、自由を掴むこととなります。
ちなみに、やはり実話をベースにした脱獄もの『プリズン・エスケープ 脱出への10の鍵』(2020)では木片製の鍵が脱獄アイテムとなっており、監督のフランシス・アナンは本作や『抵抗(レジスタンス)-死刑囚の手記より-』を参考に演出しています。
イーストウッド&シーゲル最後のコンビ作
ヒストリーチャンネル「アルカトラズからの脱出:アメリカ史上最も大胆な脱獄劇」
本作の原作は、1963年に出版されたJ・キャンベル・ブルースのノンフィクション『アルカトラズからの脱出――さらば連邦刑務所』。78年に、これに興味を示した元雑誌編集者のリチャード・タッグルが自ら脚色し、お気に入りの監督だったドン・シーゲルに草稿を送ります。
脚本内容に惹かれたシーゲルは、過去4作品でコンビを組んでいたクリント・イーストウッドに話を持ち掛けます。イーストウッドからの『アイガー・サンクション』(1975)の監督オファーをシーゲルが断って以降、疎遠になっていた両者でしたが、囚人役を演じたがっていたイーストウッドの意向と合致し(詳細は後述)、撮影はスタート。
しかし、すでに監督業も評価されていたイーストウッドは演出面でシーゲルと意見が対立。終盤の撮影はイーストウッド主導で行われたと云われるほど関係が悪化し、両者のコンビ作はこれが最後となってしまいました。
ただ、そもそもイーストウッドが監督業に着手するようになったのは、シーゲルの強い薦めから。
「ドンは間違っても浪費だけはしない。(製作首脳陣に)終始文句を言っていたが、実に効率よく(撮影を)進めた。自分が欲しいものが分かっていたし、判断を過つことはなかった。予算と日程をいつも守った」(「孤高の騎士 クリント・イーストウッド」フィルムアート社・刊)
ワンテイク撮影で予定日よりも早く撮了し、製作費も予算内にキッチリ抑えて仕上げる――。今では広く知られるイーストウッド監督の作風スタイルは、シーゲルの監督ノウハウをそのまま踏襲しています。
『48時間』(1982)
最後に、本作にまつわるトリビアをいくつか。
本作の企画が動き出したのとほぼ同時期に、イーストウッドは『ゲッタウェイ』(1972)の脚本家ウォルター・ヒル原案の企画で刑事役をオファーされます。内容は、身代金強盗に誘拐され48時間の時限爆弾を身体に付けられた州知事の娘を救おうと、刑事が犯人の元仲間だった詐欺師の囚人とコンビを組むというもの。
ところが、刑事を演じるのに嫌気が差していたイーストウッドは囚人役を希望。当時人気絶頂の黒人コメディアンのリチャード・プライヤーに囚人役を想定していた製作側と意見が合わず、結局イーストウッドが本作への主演を決めたため、ヒルの脚本は宙に浮いてしまいました。
後年、ヒルは脚本に再度手を加え、監督として『48時間』(1982)を製作。ニック・ノルティ演じる刑事がどことなく『ダーティハリー』のハリー・キャラハン刑事=イーストウッドっぽいのは、企画が紆余曲折した名残です。
本編に関するトリビアだと、「リーサル・ウェポン」シリーズ(1987~98)でトップスターとなったダニー・グローヴァーは本作で映画デビュー。図書館の本を配るモリスに毒づく囚人役で出演するも、完成版では声は吹き替えられています。
ほかにも、モリスと共に脱走するアングリン兄弟の弟ジョン役のフレッド・ウォードは、後年『裸の銃を持つ男PART33 1/3 最後の侮辱』(1994)でセルフパロディ的に囚人役を演じていたり、監督のシーゲルも医者役でカメオ出演しています。
『運び屋』(2018)
刑事役だけでなく罪人や無法者役も演じてきたイーストウッドですが、刑務所の厄介になる囚人役は、本作『アルカトラズからの脱出』と『運び屋』(2018)ぐらいしかありません。
しかも『運び屋』にいたってはラストで収監されるので、実質的な囚人役は本作が唯一と断言してもいいかも。
「準備に873日間かけた」(日本版ポスターアートより)男の執念の脱獄劇は、今観ても色褪せることがありません。
次回の『すべての映画はアクションから始まる』もお楽しみに。
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松平光冬プロフィール
テレビ番組の放送作家・企画リサーチャーとしてドキュメンタリー番組やバラエティを中心に担当。主に『ガイアの夜明け』『ルビコンの決断』『クイズ雑学王』などに携わる。
ウェブニュースのライターとしても活動し、『fumufumu news(フムニュー)』等で執筆。Cinemarcheでは新作レビューの他、連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』『すべてはアクションから始まる』を担当。(@PUJ920219)