リュック・ベッソン監督が描いた“ドッグマン”の人生
実話を基に、リュック・ベッソン監督が手がけた映画『DOGMAN ドッグマン』。
家族から犬小屋に入れられた過去を持つ“ドッグマン”と呼ばれる男の、愛と暴力の切なくも壮絶な人生を描きだします。
父から暴力を受け、人よりも犬に愛情を持っている強烈な存在感の主人公は、弱者を助ける目的で犬を使って悪人どもをやっつけるダークヒーローです。
こんな“ドッグマン”を演じる、ケイレブ・ランドリー・ジョーンズの怪演が見ものの映画『DOGMAN ドッグマン』を、ネタバレありで解説します。
映画『DOGMAN ドッグマン』の作品情報
【公開】
2023年(フランス映画)
【原題】
Dogman / DogMan
【監督・脚本】
リュック・ベッソン
【音楽】
エリック・セラ
【製作】
ヴィルジニー・ベッソン=シラ
【キャスト】
ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ、ジョージョー・T・ギッブス、クリストファー・デナム、クレーメンス・シック、マリサ・ベレンソン、グレイス・パルマ
【作品概要】
『DOGMAN』は、『ニキータ』(1990)や『ANNA/アナ』(2020)などのリュック・ベッソン監督が、5歳の時家族によって檻に入れられた少年の実話に着想を得て作り上げたバイオレンスアクション。
主演は『アンチヴァイラル』『アウトポスト』(2021)のケイレブ・ランドリー・ジョーンズ。共演は『フレッシュ』(2022)のジョージョー・T・ギッブス、『ザ・ベイ』(2012)のクリストファー・デナム。2023年・第80回ベネチア国際映画祭コンペティション部門出品。
映画『DOGMAN ドッグマン』のあらすじとネタバレ
ある夜、殺人事件を追っていた警察は、1台のトラックを検問で止めます。
運転席には、マリリンモンロー風に女装した男性が乗っており、荷台には十数匹の犬が乗せられていました。
精神科医のエヴリンは夜中に警察署からよびだされました。エヴリンは、DV夫と離婚しましたが未だにその陰に脅えながら、まだ赤ん坊の我が子を実母と育てています。
バタバタと家を出て警察署でこの男性の話を聞くことになりました。男性の名前は、ダグラス。けれども「ドッグマン」と呼ばれているそうです。
連れていた犬たちのことを子どもたちと呼び、あの子たちの愛に何度も助けられてきたと言うダグラス。
「犬が好きなの?」「犬は好きだ。人間を知るほどに犬への愛が深まる」。最初は頑なだったダグラスはやがてポツリポツリとその半生を語り始めました。
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闘犬で生計を立てていたダグラスの父は、犬を商品としか見ておらず、大きな犬小屋にいっぱい入れた犬に肉をちらつかせて犬の飢えをあおり、闘争心をかきたてていました。
家庭でも暴力を振るい9歳のダグラスとその母は始終、父の暴力に泣かされていました。
父の片腕ともいえる兄は、自らも犬に手をくだしていました。ある日、ダグラスは可愛がっている犬に肉をやっているのを兄に見られ、それを父に告げ口されます。
怒った父はダグラスに「そんなに犬が好きか? 家族よりも犬が好きなのか」と聞き、好きだと答えたダグラスを犬の檻に閉じ込めました。
「もうお前は家族じゃない。お前の家族は犬だ」と父に言われ、ダグラスは檻の中で犬と暮らすようになりました。
そんな暮らしが続くなか、母は父の暴力に耐えかねて、家を出てしまいます。ますます残酷で暴力的になった父。
ダグラスは檻の隣に建っていた納屋に積んであった母の女性雑誌を読むことだけで、人間社会との繋がりをもっていました。
やがて、父に内緒で一匹の犬が子犬を産みました。ダグラスは可愛くてなりませんが、それを見つけた兄がまたしても父に密告します。
檻の外から鉄砲で子犬を殺そうとする父を、檻にいるダグラスは大声を出して懸命にやめさせようとします。
すると怒りに我を忘れた父はダグラスに向けて銃を発砲。銃弾はダグラスの小指を撃ち落とし、跳ね返ってダグラスの脊髄を傷付けました。
仰向けに倒れたダグラスを放置して父と兄は家に入ってしまいました。ひん死のダグラスは、落ちた血だらけの自分の指を拾って袋に入れ、雑誌に映っているパトカーを一匹の犬に見せて、「この車を捜してこの袋を見せてくれ」と頼みました。
賢い犬はすぐに袋を咥えて、破れた檻のすきまをかいくぐり、家の壁の穴から外へでてパトカーを捜し出しました。
犬の先導で警察がダグラスの家へ到着。酷い参上をみた警察は、すぐさま父と兄を逮捕し、倒れて動けないダグラスに手当を施しました。
こうしてダグラスは地獄のような家から救出されますが、脊髄損傷で立つことは出来ても歩けない身体となりました。
傷つけられた脊髄から溶液が出るのを防ぐため、なるべく歩かないような生活を強いられます。退院後は、車椅子での児童施設生活が待っていました。
ですが、そこはダグラスにとっては、犬がいないのが寂しいだけで、天国のようなところでした。一緒の施設にいた演劇好きの女の子の影響で、文学や演劇に興味を持つようになります。
淡い恋心を抱いていたのですが、数年後にその子の舞台を観に行った時にその子が結婚していることを知りました。
その頃働いていたドッグシェルターに戻り、そこにいる犬の檻のそばで大泣きします。その時も檻を出た犬たちがダグラスに駆け寄り、なぐさめてくれました。
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ダグラスは、犬たちの存在に救われながら成長し世間になじもうとするも、人に裏切られて深く傷つくこともたびたびです。
資金不足でシェルターを閉鎖されたあとは、廃墟ビルの奥に隠れ家をつくり、犬たちと生きていくために働こうとしますが、なかなか彼を雇ってくれるところはありません。
映画『DOGMAN ドッグマン』の感想と評価
『ニキータ』(1990)や『レオン』(1994)、『ヴァレリアン 千の惑星の救世主』(2018)『ANNA/アナ』(2020)など、アクション作品を多数手がけるリュック・ベッソン監督が放つ渾身作の『DOGMAN ドッグマン』。
親からの虐待もあって人間よりも犬に深い愛情を持つ主人公ダグラスは、人間界の悪を憎み次第に犯罪に手を染めていきました。
その手口はまさに‟ドッグマン”! ダグラスは、犬たちとのアイコンタクトで意思の疎通をはかり、意のままに犬たちを使えるのです。
犬は、誰一人傷つけることなく、屋敷に忍び込んで金品だけを持ち去ります。人を襲うのは、ダグラスを傷付けり、彼が危険な目にあうときだけです。
ここまで犬たちと意思の疎通が取れるのは、ダグラスが犬を愛し、犬もまたダグラスを信じ切っているからでしょう。
動物は裏切らないと言いますから、犬たちから慕われるダグラスは全くの孤独者ではなく、愛することも心の痛みもわかる優しい心を持ったダークヒーローと言えます。
一方で、ダグラスの生い立ちを知れば、そこに見えるのは親からの虐待であり、弱者を見殺しにする社会の歪んだ構造でした。
ダグラスの社会の悪への静かな復讐心は燃えていきます。まず逮捕された父と兄への復讐。父は逮捕されるとすぐに獄中で自殺したと言います。
模範囚で釈放された兄には、釈放される日にダグラスは使者を送りました。刑務所を出て歩く兄の後を何匹もの大型犬が付いていきます。気が付いた兄は逃げようとしますが、袋小路に追い詰められ、犬に取り囲まれてしまいます。
そこでどんなことが起ったのか。語られていませんが、復讐といえる修羅場だったことでしょう。
アクション映画が得意なリュック・ベッソン監督ですから、このように、人と人、人と犬の格闘シーンは見応えたっぷりです。
女装も得意で人間離れした犬使い‟ドッグマン”を演じるケイレブ・ランドリー・ジョーンズの熱演はもとより、可愛い犬たちの命令に従う細かい動作、格闘シーンは名演技で、本作の見どころと言えます。
まとめ
『DOGMAN ドッグマン』は、実話を基にリュック・ベッソンが脚本と監督を手がけて作り上げた作品。
動物との戦い、銃撃戦など、おなじみのアクションも用意され、ファンを魅了しています。また、ダグラスの指示に従う犬たちの一挙一動に、犬との深い絆が感じられます。
見張り役の犬、伝令役の足の速い犬、細やかな仕事を手伝う小型犬、細いところをすり抜ける細身の犬など、犬たちが自分たちに能力に適したところで活躍する名演技に拍手喝采。
こんな犬たちを愛し、「犬は唯一愛を返してくれる対象」とダグラスは言い切ります。彼をそこまで思う人間にしたものは何か。リュック・ベッソン監督の静かな問いかけに、深く考えさせられます。