海とイルカに魅了された男の友情と宿命
『ニキータ』(1990)、『レオン』(1995)のリュック・ベッソン監督の出世作となった、『グレート・ブルー』(1988)。
海とイルカに魅了された2人のフリーダイバーの友情と競合を描くドラマを、未公開シーンを追加し再編集、さらに映像を修復した『グラン・ブルー完全版 -デジタル・レストア・バージョン-』(2010)を、ネタバレ有りで解説致します。
映画『グラン・ブルー完全版』の作品情報
【日本公開】
1988年(フランス映画) ※2010年デジタル・レストア版公開
【原題】
Le Grand Bleu: Version Longue
【監督・原案・脚本】
リュック・ベッソン
【製作】
パトリス・ルドゥー
【共同脚本】
ロバート・ガーランド、マリリン・ゴールディン、ジャック・マイヨール、マルク・ペリエ
【製作顧問】
ジャック・マイヨール
【撮影】
カルロ・ヴァリーニ
【音楽】
エリック・セラ
【キャスト】
ロザンナ・アークエット、ジャン=マルク・バール、ジャン・レノ、ポール・シェナール、グリフィン・ダン、セルジオ・カステリットー
【作品概要】
フリーダイビングの世界記録に命をかけて挑む2人のダイバーの友情を、女性との愛を絡めて描く青春ロマン。
『ニキータ』(1988)、『レオン』(1995)のリュック・ベッソン監督が、実在の伝説的ダイバー、ジャック・マイヨールをモデルに映画化。
主要キャストはロザンナ・アークエット、ジャン=マルク・バール、ジャン・レノ。音楽を、長編デビュー作『最後の戦い』(1983)からベッソンとコンビを組んできたエリック・セラが担当。
本作は、1988年公開の『グレート・ブルー』に未公開シーンを追加して再編集、さらに映像を修復して2010年に公開されたデジタル・レストア・バージョンとなります。
映画『グラン・ブルー完全版』のあらすじとネタバレ
1965年のギリシャ領・アモルゴス島。素潜りを得意とするエンゾ・モリナーリ少年は、潜水夫の父親に連れられ島を訪れていたジャック・マイヨール少年と出会います。
内向的な性格ながらも、抜群の潜水力を持つジャックをライバル視していたエンゾでしたが、ある日、事故によりジャックの父が溺死。ジャックは悲しみにくれながら地元フランスのコート・ダジュールに帰郷、エンゾも大きなショックを受けます。
月日は流れ、1988年のイタリア、シチリア。フリーダイビングのチャンピオンになるまでとなったエンゾは、弟ロベルトと共に難破船の解体作業中に船内に閉じ込められたダイバーを救助。
受け取った多額の謝礼金を元に、ロベルトにジャックの行方を探させるエンゾ。近々シチリアのタオルミーナで行われるフリーダイビング大会にジャックと一緒に出場し、そこで彼に勝利することを目標にしていたのです。
一方、ニューヨークで保険調査員をしているジョアンナは、自動車事故の調査でペルーのアンデス山脈にいました。そこで彼女は、凍った湖に数十分も素潜りで潜水する男に出会います。彼こそがエンゾが捜していたジャックでした。
驚異的な潜水力を買われ、潜水研究をしている生理学者ローレンス博士の実験に協力していたジャックは、水族館のイルカだけを友として人目を避けるように暮らしていました。そんなジャックに惹かれるものを感じたジョアンナは、コート・ダジュールに戻ったジャックの後を追いかけるようにヨーロッパへと旅立つのでした。
コート・ダジュールにてエンゾはジャックと再会。10日後に迫るフリーダイビング大会に出場するよう告げて、航空券を置いて去ります。ローレンス博士からジャックが大会に出場すると聞いて、ジョアンナもシチリアへと向かいます。
ジャックとエンゾ、そしてジョアンナの3人は意気投合。しかしジャックは「大会では僕の勝利が目に見えているから」と棄権しようと言い出します。怒ったエンゾはプールでの潜水勝負を挑み、意地の張り合いになった2人は揃って失神し、ジョアンナに救助されます。
「僕の家族はこれだけ」とイルカの写真を見せて泣き出すジャックを、ジョアンナは「私がいるわ」と励ますのでした。
ダイビング大会が開催され、先に挑んだエンゾが大会で新記録を樹立。その夜の水族館に3人で忍び込み、イルカと戯れるジャック、それを見つめるエンゾとジョアンナ。ジョアンナの存在が気になっていたジャックに、愛を求めているのはイルカだけではないとエンゾがアドバイスします。
翌日、潜水に挑んだジャックは、エンゾを上回る記録を打ち立てて優勝。エンゾの祝福を受けたジャックは、その夜ジョアンナと結ばれるも、明け方からひとり起きて、海でイルカと泳ぐのでした。
『グラン・ブルー完全版』の感想と評価
エリック・セラ『The Big Blue Overture』(『グラン・ブルー』サウンドトラック)
「映画では夢が叶えられる」
1959年、スキューバダイビングのインストラクターをしていた両親の元に生まれたリュック・ベッソンは自身もダイバーの道を歩み、10歳の夏のモロッコでイルカと遭遇し、その生命に魅入られます。しかし17歳の時にダイビング中の事故で体調を崩し、医師からスキューバを止めるよう宣告されることに。
意気消沈したベッソンですが、伝説のダイバー、ジャック・マイヨールのドキュメンタリー映画を観て感銘を受け、もう一つの趣味だった映画制作にのめり込むこととなります。
長編デビュー作『最後の戦い』で「“生きたい”という叫び」、続く『サブウェイ』(1984)で「失われた10代の青春」をそれぞれ描いたベッソンは、3作目として「自分の子ども時代の全て」を詰めた『グレート・ブルー』に着手。
主人公ジャック役には、クリストファー・ランバート、ミッキー・ローク、マシュー・モディーン、メル・ギブソンといった候補者を経て、「短い髪、澄んだブルーの眼差し。子どものような手と、奇妙なほど穏やかな声」が印象的だったジャン=マルク・バールを起用。
「僕自身もかつてイルカになりたいと思った時期があるんだけど、でも結局は、現実には不可能なんだというふうに感じてしまう時期と、その虚無感がある。しかし、映画では「夢」が叶えられるということがとても重要なんだ」
(『キネマ旬報』1992年7月上旬号)
ベッソン自身がなりたかった姿をジャックとエンゾという2人の人物に投影して描いた『グレート・ブルー』は、1988年の公開時にはフランス本国で大ヒットを記録。日本では興行的に振るわなかったものの、ビデオ化された際にじわじわとファンを増やし、92年6月に公開された再編集版『グラン・ブルー/グレート・ブルー完全版』はロングランヒットとなりました。
後述するドキュメンタリー『ドルフィン・マン~ジャック・マイヨール、蒼く深い海へ』(2019)の監督レフトリス・ハリートスによると、本作の認知度は本国フランスや欧米よりも、日本の方がはるかに高いそうです。
“広大な青”との戦い
タイトルの『グラン・ブルー』とは、ベッソンによると一種の潜水夫用語を表しており、フランスの夕刊紙『ル・モンド』1992年5月12日号で、以下のように説明しています。
「仮に45メートル潜水するとして、30メートルを過ぎないと海底は見えてこない。その最初の30メートルが「広大な青」であり、この、もはや拠り所のない宇宙では何も見えない。あるのは青だけ。その眩暈の感覚に抗するためには、頭の中で扉をいくつか開くことが絶対に必要だ」
地上と完全に遮断された“広大な青”=グラン・ブルーに身を投じることで生じる眩暈。ある意味、酸欠と水圧がもたらすこの眩暈と戦うには、頭の中の扉を開かなければならない。扉を開けることによって、より深い海底へと潜ることができるということなのでしょう。
また、『グレート・ブルー』にはなく、本作『グラン・ブルー完全版』で追加されたシーンの一つに、一旦ニューヨークに帰ったジョアンナに、ジャックが電話ごしに人魚の話をします。
「深く海を潜っていくと、人魚に出会える瞬間がある」――このジャックの言葉についてベッソンは、「人魚とは信仰心の象徴であり、人魚という素晴らしくて美しいもののために、死を決意する」と補足しています。
ジャックやエンゾがダイビングに心身を捧げたのは、人魚という存在を追い求めていたからなのか?それとも人魚自体がイルカのメタファーなのか?解釈は観た人によってさまざまでしょうが、青い海にはそれらを内包した神秘性があるのかもしれません。
まとめ
『ドルフィン・マン~ジャック・マイヨール、蒼く深い海へ』(2019)
「イルカになりたい」という夢を持っていたリュック・ベッソンは、伝説のダイバーだった“イルカのような男”ジャック・マイヨールに、本作の脚本協力と製作顧問を依頼。ドキュメンタリー『ドルフィン・マン~ジャック・マイヨール、蒼く深い海へ』では、そのジャックの生涯を追っています。
『グラン・ブルー』のジャックが、ダイビング大会チャンピオンとして注目を浴びることで世俗から離れていったように、実在のジャックもまた、映画と本人のイメージの乖離に悩まされることに。
「海にとって、世界で一番不要なのは人間だ」とまで言い切ったジャック・マイヨールとイルカの関係は、本作にも通底します。
『グラン・ブルー』共々、『ドルフィン・マン』も併せてチェックしてみてはいかがでしょうか。