映画『エス』は2024年1月19日(金)よりアップリンク吉祥寺にて劇場公開!
太田真博監督が自身の逮捕体験から着想を得て構想を重ね、罪を犯した者と彼を応援する人々の友情の破壊と再生を描いたヒューマンドラマ映画『エス』が、2024年1月19日(金)よりアップリンク吉祥寺にて劇場公開されます。
SKIPシティ国際Dシネマ映画祭・長編コンペティション部門にノミネートされた『園田という種目』(2016)から7年の時間を重ね、太田監督がさらなる深い構想の末に制作した長編映画です。
このたびの劇場公開を記念し、本作で染田に寄り添う女性・千穂役を演じた松下倖子さんへインタビューを敢行。
太田監督と共に歩んだ10年以上の軌跡、ありとあらゆる可能性を探る準備段階、本作『エス』への想いなど、貴重なお話をお伺いしました。
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脚本の中の“ありとあらゆる可能性”を探る
──前作『園田という種目』をベースに制作された本作『エス』の公開を迎えて、今の心境をお聞かせください。
松下倖子(以下、松下):前作から10年。もちろん、あの頃のことはよく覚えているので、懐かしさもあります。
本作『エス』に関しては、太田監督の中で構想がさらに膨らみ、より一層深みのある、全く別の作品になったと改めて感じています。それは脚本を読み込んでいる時から感じていました。
私が演じた役に関して言えば、前作との大きな違いは物語上での明確な役割が増えたということです。そして、その役割とは、「過去に罪を犯し、逮捕された染田を社会復帰させる」ということ。私自身は、現実の人間関係において基本的に安全地帯にいる人間なので、「はたして自分は染田に対して、それほどまでの熱い想いが持てるのか」という不安はありました。
特に最後、辻川幸代さん演じる、千穂の職場の同僚・長尾さんと屋上で対峙する場面では、私自身とても悩み、太田監督と相談してシーン全体のイメージを共有したうえで、本番に挑みました。結果的には想定していたものとは全く違うシーンになりましたが、それも辻川さんが演じる長尾さんが素晴らしかったからこそ、千穂の葛藤が大きくなって表出したのだと思います。
このように、周りの俳優さんたちの素晴らしいお芝居もあったことで、脚本を読んだ段階では見えていなかった景色を見ることができたと思っています。ようやく劇場公開を迎えられたことに感慨深さを覚えています。
──本作で、より鮮明になった千穂という女性の葛藤を自分の中に落とし込むに当たって、どのように役作りを進めていったのでしょうか。
松下:実は本作『エス』での千穂という役に関して、そこまで“役作り”はしていないかもしれません。それこそ前作を制作した7年前は、役のバックグラウンドをノートに何ページも書いて、演じる上で必要な情報を埋めるための作業をしていました。
しかし、今ではそのようなことはしません。かえって演技を制限する恐れがあるからです。代わりに準備段階で脚本を読む際に、自分のセリフだけではなく全ての役のセリフを何度も何度も声に出し、ありとあらゆる可能性を即興的に探るようにしています。
その役の脚本に綴られた役割りを把握するところから始め、自分の役をシーンの目的に向かって、ある意味自由にしていくのです。対峙する相手の方がどんなアプローチを選んでも、役として対応できるような柔軟さを心掛けました。
これは、私が生み出した演じ方ではなく、太田監督から長年教わってきた演技へのアプローチ方法です。私はここ10年ほど、女優として太田監督の作品だけに集中してきました。そこでの学び、そして培った演じる技術をこの作品に全て注ぎ込むことに努めました。
“どうなるか分からない”ことの魅力
──太田監督と歩んだ10年以上の中で、女優として、とくに印象に残っているエピソードはありますか。
松下:そうですねぇ……。おそらく、どこにも上映されていない作品なんですけど、私の一人芝居の長編作品があるんです。6年前、太田監督に脚本と監督を務めて頂いた作品で、私が90分間ほぼずっと電話をしている映画なのですが、膨大な台詞量のなか、相手との会話を想像しながら、何とかやり遂げました。
あの作品“以前と以降”では自分の演技に対するものの見方がガラリと変わってしまったと感じています。見えない相手役の様子や人物像、表情、場所の雰囲気をイメージして、その想像に頼るしかない作業の中で、女優としてかなり鍛えられました。
──先ほどの「脚本を想像して読み込む」という演技法にも通じる大きな挑戦だったのですね。
松下:はい。一人芝居で苦労した経験があったからこそ、より一層、相手役がいる芝居の楽しさも感じられるようになったんです。誰かと一緒に生み出す芝居の面白さは“どうなるか分からないこと”にあるのではないでしょうか。
撮影前の準備段階では、しんどいと感じる時もあります。ただ、相手役が居て、演出家や監督が居て、お芝居が始まった時、相手役とのどうなるか分からないスリルが面白くて、その瞬間の為にお芝居をしている感覚があるんです。
例えば本作『エス』では、大学の演劇サークルのメンバーが染田を迎えるため、家で飲んでいる場面が忘れられません。安部康二郎さん演じるコンちゃんが皆を笑わせるために、冗談をやったりしながら、ものすごい心配そうな顔をして、私のことをずっと見てくれていたのをひしひしと感じていました。
あのような、意図せず生まれた、脚本にはない役者たちの反応が楽しくて、その為なら、途方もない準備期間の苦労も乗り越えられるんです。そういうことを感じられるようになったのは、太田監督のもとで、多く学ばせてもらったおかげだと感じています。
太田監督との出会いで女優を続けた
──そもそも女優として活動を始めたきっかけについて、お聞かせください。
松下:10代の頃から、とにかく映画を観るのが好きでした。高校生の時、宮崎あおいさんや蒼井優さん、浅野忠信さんなど、映画を中心に活躍する映画俳優の方たちがいたんですね。そんな映画の中を生きる俳優さんたちに憧れていました。
しかし、原体験としてハッキリと俳優業に挑戦したいと感じたのは、日本テレビで放送されたテレビドラマ『家なき子』(1994)で、当時12歳の安達祐実さんの演技を見てからなんです。安達祐実さんが自分と同世代だったこともあり、ドラマの主人公・相沢すずという役にすごく感情移入してしまったんです。それは「この役は自分がやりたかった!」と思えるほどでした。
それが一番最初に、女優を明確に意識した記憶です。しかし、その当時、両親が持つ私に対する期待とは、あまりにも違ったので、周りにはずっと嘘をついて、幼少期を過ごしていました。
──幼い頃から女優になりたいという夢があったのですね。その想いがずっと残っているからこそ、今も女優業を続けられているのでしょうか。
松下:そうですね、まず大前提として“好きだから”続けられているのだと思います。あとは、きっと辞めるタイミングもなかったんです。それは太田監督との出会いが大きなきっかけでした。
他の監督だったら「ダメだね」「下手だね」で終わってしまうところを、太田監督は「アウトプットは違うけど、中身で感じているものは合っている」という風に、俳優に寄り添って教えてくれたんです。
私にとって、役者として「ダメなところ」と「良いところ」を初めて理解し、伝えてくれたのが太田監督でした。もしかしたら太田監督に出会っていなかったら、今はもう俳優を続けていないかもしれません。
『エス』を集大成に“女優として門出”
──本作『エス』は女優・松下倖子さんの中で、どんな意義を持った作品になったのでしょうか。
松下:私はこれまで、太田監督とユニットを作って、少人数で映像作品を制作してきました。いつか太田監督の作品が世に出ることを夢見て、一緒に走ってきたんです。そして、今回ようやく、大勢のプロのスタッフさんと共に映画を作り上げることができました。
沢山のプロのスタッフさんたちが知恵を絞って、アイデアを出しながら、より良い作品を作ろうとする時間が本当に幸せであり、心から嬉しかったんです。太田監督と良い映画を創ろうという想いで走ってきた道のりのゴールが、一つ見えてきたような感覚と言えるかもしれません。
そしてこの度、色々なご縁が重なり、無事に劇場公開をさせてもらえることで、その想いにも一区切りがつきました。今までは、女優としてより高みを目指すために、太田監督作品に全力を注いでいたのですが、これからは、もう少し色々な人とも一緒に作品を生み出していきたいという想いが湧いてきています。
もちろん、今後も呼んでいただけるなら、太田監督の作品に挑戦していきたいという想いは常にあります。ただ、本作をきっかけに、女優として新しい道を一歩ずつ進んでいきたいとも感じているんです。今振り返ると、この10年以上の月日は本当にあっという間でした。
インタビュー/松野貴則
撮影/藤咲千明
松下倖子プロフィール
1984年生まれ、埼玉県出身。本作で監督を務めた太田真博監督と共に、映画演劇ユニット「松田真子」を主宰し、舞台映像問わず俳優として活躍。
太田監督が監督し、松下倖子が出演した映画『園田という種目』がSKIPシティ国際Dシネマ映画祭長編コンペティション部門にノミネート。福井映画祭長編部門ではグランプリを受賞する。
太田監督のもとで10年以上に渡り、俳優として自らを磨き、その苦労があったからこその演技力を本作で存分に発揮している。今後、多くの作品での活躍が期待されている。
映画『エス』の作品情報
【公開】
2023年(日本映画)
【監督・脚本】
太田真博
【プロデューサー】
上原拓治
【撮影監督】
芳賀俊
【キャスト】
松下倖子、青野竜平、後藤龍馬、安部康二郎、向有美、はしもとめい、大網亜矢乃、辻川幸代、坂口辰平、淡路優花、石神リョウ、河相我聞
【作品概要】
とある事件により逮捕され、拘留期間を経て釈放された染田を迎えた大学の演劇サークル時代の仲間たちの間での、友情の破壊と再生を描いたヒューマンドラマ映画。
監督は『園田という種目』(2016)でSKIPシティ国際Dシネマ映画祭・長編コンペティション部門にノミネートし、福井映画祭長編部門ではグランプリを受賞した太田真博。
染田の一番の理解者であり、想いを寄せる女性・千穂役を演じるのは松下倖子。絆の深い仲と自称する男性・鈴村役に後藤龍馬。さらに染田の新作で主演を張るはずだった、がけっぷち俳優・高野役に青野竜平。インディーズ映画に欠かせない実力派俳優たちが作品を彩る。
映画『エス』のあらすじ
とある事件を起こし、逮捕されてしまった染田。
新進気鋭の若手映画監督として、まさに売れ始めた矢先のことでした。
染田の大学時代の仲の良い演劇仲間たちは、嘆願書を書く目的で久しぶりの再会を果たします。
釈放された染田に対してそれぞれの想いを抱きながらも、集まる飲み会の場。
仲の良い演劇サークルのみんなで染田を応援するはずだったのですが……。