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Entry 2024/01/20
Update

【髙橋栄一監督連載インタビュー1】映画『ホゾを咬む』と監督特集上映で実感する“芯”×映画という“叫び”を存在させ続けるために

  • Writer :
  • 松野貴則

映画『ホゾを咬む』は2024年1月22日(月)より高円寺シアターバッカスにて3ヶ月ロングラン上映!さらに同館では髙橋栄一監督特集上映も同時開催

2023年12月の封切り後、横浜ジャック&ベティで2024年1月20日(土)〜1月26日(金)、元町映画館で1月27日(土)〜2月2日(金)と全国で順次公開される髙橋栄一監督の長編デビュー作『ホゾを咬む』。

そして本作が2024年1月22日(月)より3ヶ月ロングラン上映される高円寺シアターバッカスでは、髙橋監督の特集上映の開催も決定。『ホゾを咬む』に至るまでの過去作も併せて観ることで、映画監督・髙橋栄一の「過去・現在・未来」をさらに掘り下げていく企画となっています。


(C)松野貴則/Cinemarche

Cinemarcheではロングラン上映&監督特集上映を記念し、全3回にわたる髙橋栄一監督への連載インタビューを敢行。

連載第1回となる本記事では髙橋監督の“過去”にフォーカスし、過去作品に映る「変わらない芯」や人と人の分かり合えない憤り、「叫び」としての映画の存在価値など、これまで語られてこなかった貴重なお話をお伺いしました。

髙橋栄一監督連載インタビュー記事・第2回へと続く→

映画監督として「2巡目」の挑戦へ


(C)2023 second cocoon

──2011年から13年間、映画監督として作品を生み出し続けてきた過去を、今どのように振り返りますか。

髙橋栄一監督(以下、髙橋):映画監督を始めたばかりの頃の初期作品は実力も追いついていなければ、勉強も足りていなかったので、当然どこからも評価されませんでした。その事実が悔しくて、ちゃんと評価してもらうためにはどうしたらいいのか、役者たちとどう接したら良い作品につながるのかを制作の経験を積むことで吸収しようと当時は考えました。

手探りではありましたが、まずは自分の中に映像文法を吸収していくところから始め、例えば『イエスマン “YES”は人生のパスワード』(2008)のような誰にでも受け入れられやすい名作映画を、文字で書き起こしシナリオを解剖してみたり、演出を独学で勉強してみたり、そこから得た知識を基に映像作品を制作してみたり……そうすることで、自分自身の言葉に説得力を持たせたかったんです。

何年もの間、どうすれば人々に僕の映画を受け取ってもらえるんだろうと葛藤しながらも、一昨年の2022年に様々なジャンルの映像制作に挑戦することを決意しました。

そんな挑戦の日々の中で、『ホゾを咬む』のプロデューサーであり俳優の小沢まゆさんと出会い、小沢さんとのやりとりの中で、自分の作品が少しずつ周りの人たちに伝わるようになっていると実感し始めたんです。そこから「自分が本当に表現したいもの」に向き合い直してみようと思い立ちました。

そういった過去の経験が、『ホゾを咬む』と今回の特集上映につながっています。様々な試行錯誤を通して、人に観てもらうための映像表現から、改めて自分なりの想いを乗せた映画表現へ、映画監督としての表現の形が一巡したと言えるかもしれません。

しかし一方で『ホゾを咬む』を東京の劇場で2館、そして大阪でも劇場公開させていただいて、多くの人に観てもらえることを実感するようになると、今よりもさらに人々が受け取りやすい表現方法がたくさんあったとも感じるのです。

今は映画監督として、2巡目の挑戦に入っていくところなのだと思います。

荒削りだったが、今も変わらない“芯”


(C)2023 second cocoon

──映画監督として2巡目の挑戦に入っている中、今回の特集上映を迎えることになりました。髙橋監督の今の心境をお聞かせください。

髙橋:まずシアターバッカスさんをはじめ、今回のような機会を作ってくださった皆さんには本当に感謝しています。

その時々の「これを作りたい!」という衝動から生まれた過去の作品たちは、もちろん技術的なことを言えば、まだまだ未熟なところが多くあり恥ずかしくなる部分もあります。

ただその反面、「結局、自分の中でやりたいことは当初から変わっていなかったんだ」とも感じているんです。自分の中の流行りも含まれている創作の衝動、作家性とまでは行き着かない「今はこれが好きだ!」という荒削りな想いを一心に込めて、作品を一つ一つ制作してきたんだと。

10年以上、独学で映像制作について学びながら、様々なアプローチを試してきました。それでも結局、自分が描きたい“芯”になるものは、『ホゾを咬む』を生み出した時の想いと根底ではあまり変わらないんです。

人と分かり合えない“憤り”


(C)2023 second cocoon

──今回、過去作39本を拝見させていただいた中で、髙橋監督の内にある“人と人の分かり合えない憤り”のようなものを感じとりました。その感情は髙橋監督にとっての、映像制作の原動力なのでしょうか。

髙橋:どうでしょう……もちろん、すべての作品がそうだとは言い切れません。

例えば、2011年に制作した最も初期の作品『an incident』は女性の生理の苦しみを描いた作品です。僕自身も胃が弱くトイレに籠ることが多くて、その時の心情をミゲル・アンヘル・ビバス監督の『屋敷女』(2007)の映像表現に重ねて、見様見真似で制作しました。

そのように映像作品ごとに自分の中の流行りやテーマはありますが、内省的な価値観までつながっていたかは正直わかりません。

ただ自分の無意識の範疇でいえば、人と人が分かり合えないことへの“憤り”は過去作に反映されていたのかもしれないと、今話しながら感じています。というのも、『ホゾを咬む』のチラシで書かせていただいたように、自分自身がASDのグレーゾーンだということが分かったんですね。

それが分かるまでの自分は「人の考えは人それぞれ」という言葉の意味が、よく理解できていませんでした。今でも本当の意味は分かっていないのかもしれません。昔の自分は本当にその思い込みが強くて、他人同士であったとしても絶対的に「こうだ」という共通認識は形成できるとずっと信じていたんです。

「相互理解に達することができないのは、知識や経験がそれぞれ不足しているのが原因だ」「とことん話し合えば、必ず一つの答えにたどり着く」という感覚があって、目の前の人と話し合うことから僕は逃げたくなかったんです。

それが25歳・26歳の頃の自分でした。


(C)松野貴則/Cinemarche

髙橋:人の言ったことに対して、なんとなく「あぁ、そうだね」って返すことが僕はできなくて「なんで?」と周りに問い続けていました。そこに敵意はなく、分かったふりをする方が相手に失礼だと考えていました。それが原因で、人と揉めてしまったり、一人孤立する状況になってしまったりしていたんです。

そういう出来事が続き、自分自身も仕事以外の人間関係を断ってしまった時期もありました。飲み会も行かないし、友達付き合いもやめ、本当に一人、孤独な時間を過ごしていました。

そんな日々を過ごしていると、どんどん自分の気持ちも落ちていきました。そうした人と分かり合えない時期は、本当にいつもイライラし、自分でもどうしたらいいか分かりませんでした。

もしかしたら、その当時制作した作品には、無意識的にそういう“人と分かり合えない苛立ち”や“ちゃんと人と向き合いたい”という想いが自然と注ぎ込まれていたのかもしれません。

映画という“叫び”を存在させる


(C)松野貴則/Cinemarche

──人間関係の苛立ちや孤立に悩みながらも、髙橋監督は13年間で、40本以上の映像作品を生み出しました。髙橋監督がこれほどまでに、映像作品の制作を続けられた理由は何でしょうか。

髙橋:とても抽象的で誤解を生んでしまうかもしれないのですが、僕は映画を生み出す人には2種類のタイプがいると思っていて、それは「映画が好きで、映画を作りたい人」と「そうではない人」なんです。

エンターテインメントとして映画を生み出し、そういった作品を心から愛している映画監督はたくさんいますよね。そういう人たちは「自分が愛するエンターテインメント映画を作りたい」という想いが強い。一方で僕のような「そうじゃない人」は、自分は映画を愛しているかと自問した時に、あまりそうとは思えないんです。

その気づきは、デヴィッド・O・ラッセル監督の『世界にひとつのプレイブック』(2012)を観た時に、「これは僕には無理だ」「この人みたいな作品は、絶対に作れない」とある種の圧倒的な諦めを感じたのがきっかけでもあります。

そしてずっと、「僕にとって良い映画って何だろう」「自分はどんな作品を制作したいのだろう」と自問し続けている。その時にいつも思い出す映画が、レオス・カラックス監督の『アネット』(2022)という作品です。

『アネット』の本編の物語における結末は、どうしようもなくバッドエンドです。それにもかかわらず、本編後のエンドロールでは「みんなに口コミしてね」と明るいメッセージをこちらに投げかけてくる(笑)。あの感覚がすごいなと。


(C)松野貴則/Cinemarche

髙橋:『アネット』を観終えた後、あの衝撃が残ったままで想像してみたんです。「アダム・ドライバーが演じる主人公ヘンリーが最後に救われていたら、物語がハッピーエンドを迎えていたら、自分は映画に衝撃を受けたのか」と。その時に感じたのは「きっと“映画の嘘”に、自分は突き離されてしまう」という恐れや虚しさでした。

現実において、ハッピーエンドはあまり経験できません。今も日本では地震で、世界では戦争で苦しむ人たちがいる。そこまで追い込まれていなかったとしても、社会的に苦しんでいる人たちはたくさんいますよね。

そういう苦しさから解放されて、最後に幸せを迎える映画ばかりになってしまうと「現実と映画は違う」と言われているみたいで、途端に突き放された感覚に僕は陥ってしまうんです。

その感覚を今一度体験したことで、ハッポーエンドではない映画の存在価値は、僕らのような苦しんでいる人々への肯定や共感につながると考えました。苦しみを抱える人たちが「自分と同じことを感じている人もいるんだ」「こんな自分も存在していていいんだ」と感じられる。そういう映画があってもいいと思ったんです。

僕が作りたいのは、ある種“叫び”のような映画と言えるかもしれません。

映画によって、多くの人々に苦しみに対する共感のメッセージを届けるのが目的ではなく、“苦しみを叫ぶ映画”を存在させること自体が目的なのかもしれない。映画という“叫び”をこの世に存在させ、多くの人に感じ取ってもらうことが、映画監督としての使命だと今は感じています。

髙橋栄一監督連載インタビュー記事・第2回へと続く→

インタビュー・撮影/松野貴則

髙橋栄一監督プロフィール

岐阜県出身。建築・ファッションを学んだ後に塚本晋也監督作品『葉桜と魔笛』(2010)『KOTOKO』(2011)に助監督として参加。以後ショートフィルムやMV、広告、イベント撮影、テレビ番組などの制作を手がける。

監督作品に『華やぎの時間』(2016/京都国際映画祭2016C・F部門入選、SSFF&ASIA 2017ジャパン部門入選&ベストアクトレス賞)『眼鏡と空き巣』(2019/SeishoCinemaFes入選)『MARIANDHI』(2020/うえだ城下町映画祭・第18回自主制作映画コンテスト入選)『さらりどろり』(2020/SSFF&ASIA 2021ネオ・ジャパン部門入選)『鋭いプロポーズ』(2021/福井駅前短編映画祭2021優秀賞)『サッドカラー』(2022/PFFアワード2023入選)がある。

映画『ホゾを咬む』の作品情報

【公開】
2023年(日本映画)

【監督・脚本・編集】
髙橋栄一

【プロデューサー】
⼩沢まゆ

【撮影監督】
⻄村博光

【キャスト】
ミネオショウ、⼩沢まゆ、⽊村知貴、河屋秀俊、福永煌、ミサ・リサ、森⽥舜、三⽊美加⼦、荒岡⿓星、河野通晃、I.P.U、菅井玲

【作品概要】
短編映画『サッドカラー』がPFFアワード2023に入選するなど、国内映画祭で多数の賞を獲得し続けている新進気鋭の映像作家・髙橋栄一による⻑編映画。

主⼈公を演じるのは、主演作『MAD CATS』(2022)から『とおいらいめい』(2022)など幅広い役柄をこなすカメレオン俳優・ミネオショウ。主人公の妻役には、映画『少⼥〜an adolescent』(2001)にて国際映画祭で最優秀主演⼥優賞を受賞した⼩沢まゆ。主演作『夜のスカート』(2022)に続き本作でもプロデューサーを務めた。

また撮影監督を、『百円の恋』(2014)など武正晴監督作品に数多く参加し『劇場版 アンダードッグ』(2020)で第75回毎⽇映画コンクール撮影賞を受賞した⻄村博光が担当した。

映画『ホゾを咬む』のあらすじ


(C)2023 second cocoon

不動産会社に勤める茂⽊ハジメは、結婚して数年になる妻のミツと⼆⼈暮らしで⼦どもはいません。

ある⽇、ハジメは仕事中に普段とは全く違う格好のミツを街で⾒かけます。帰宅後聞いてみるとミツは、⼀⽇外出していないと⾔いました。

ミツへの疑念や⾏動を掴めないことへの苛⽴ちから、ハジメは家に隠しカメラを設置します。

⾃分の欲望に真っ直ぐな同僚、職場に現れた⾵変わりな双⼦の客など、周囲の⼈たちによってハジメの⼼は掻き乱されながらも、⾃⾝の監視⾏動を肯定していきます。

ある⽇、ミツの真相を確かめるべく尾⾏しようとしますと、⾒知らぬ少年が現れてハジメに付いて来ました。そしてついにミツらしき⼥性が、誰かと会う様⼦を⽬撃したハジメは……。




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